第138話 突然の甘えたモード

 護が遠縁にあたる藤香に手を出そうとした、という勘違いしかねない発言をしたことで、清は月美にのお仕置きを受けた清は、これ以上絞っても何も出てきません、という雰囲気を全身から醸し出していた。

 見かねた佳代が大丈夫かと問いかけても、どこか上の空の返事しか返ってこなかったことから察するに、かなりこってりと絞られたらしい。


 だが、京都駅までの道中、護たちとはぐれることなく、かといって通行人とぶつかるような様子もないところから察するに、ある程度の余裕は残っているらしい。

 もっとも、ある程度とは言っても。


 「自業自得だよね、これ」

 「そうね。同情の余地もないわ」


 という、佳代と明美の言葉に反応する余裕はないようだが。

 だが、これで完璧に懲りたかと言えば、そうではないことを護はよく知っていた。


 「これで三日もすりゃ復活して忘れてまたからかってくるんだよな……ある意味感心する」

 「まったくね……もうちょっときつくした方がよかったかしら?」

 「いや、あれくらいでちょうどいいだろ」


 護と月美は同時にため息をついた。

 別に、清の記憶力が鶏並みというわけではない。

 覚えなければいけないことは覚えているし、歩いているうちに忘れる、ということもない。

 だが、人をからかって遊んだ結果、自分の身に降りかかってきた悪い結末についてはすっかり忘れるようにできているらしい。

 そのため、そのうち、月美にこってり絞られたことをすっかり忘れて、護がまた月美や佳代以外の女子と話している現場を見ようものなら、今日のようにからかって遊びに来るのは目に見えていた。


 月美に絞られる前は護が自分でねちっこく言い聞かせていたのだが、それでも堪える様子がなかったので、おそらく今回もダメだろう、と護は考えていた。

 そのため、清が自分をからかって遊ぶ行為を「病気」と称していた。


 「もはやあれは病気だな」

 「……厄介な病気ね」

 「まったくだ」


 なんとか対策を考えたいところだが、妙案がすぐに浮かぶはずもなく、二人はそろってため息をついていた。


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 コインロッカーに預けていた荷物を取り出し、新幹線の乗車券を購入し、一行は駅の待合室で戻りの新幹線が到着する時刻になるまで待っていた。

 その間、佳代と明美は今日までに行った場所の感想を言いあったり、帰ったあと残りの期間は何をするのか相談しあったりしていた。


 一方で、月美は護にべったりと引っ付いていた。

 護の言葉を信頼していないわけではないが、藤香に護がとられるのではないか、というより、護が本当に藤香に手を出すのではないか、という不安を感じての行動のようだ。


 確かに、護と藤香は安倍晴明を先祖に持つ血縁者だ。

 だが、血縁と言っても血筋が分かれてからどれくらいが経っているのかわからないほど離れているため、もはや半分他人のようなもの。

 倫理的にも問題はないし、術者としてもむしろより高い力をもつ子が生まれる可能性を考慮すれば、土御門家としても安倍家としても、有益なことだ。


 月美も護とほぼ同等の霊力を持っているうえに、土御門家にとっても安倍家にとっても重要な意味を持つ神、葛葉姫命を祭る神社の巫女見習いを務めた人間だ。

 諸事情により、現在は保護という名目で土御門家に置かせてもらっているが、あくまで表向きの扱いは客人でしかない。

 護の恋人、というわけではない。

 だからこそ、盗られるのではないかと不安になっていた。


 「大丈夫、俺はお前以外の嫁は取らないよ」

 「……ほんと?」

 「ほんと」


 照れる様子もなく、あっけらかんと護は返した。

 そもそも、晴明神社の管理を行っているのは遠すぎる遠縁であることは知っていたが、その当主に娘がいることはまったく知らないでいたのだ。

 そもそもが初対面なので、印象は悪くはないので人間として好意を持つことはあっても、異性として好意を持つことはほぼない。


 「……信用できない」

 「なら、しばらくそうしてな」

 「ん、そうする。匂い移してマーキングしちゃうもん」

 「……お前は猫か?つか、マーキングて……」


 清楚可憐な外見から、見た目で月美の性格を勝手に固定してしまう同級生が多いのだが、幼馴染である護は月美の本来の部分をよく知っている。

 なかなかに寝坊助であることや、寝起きだと抱きつき癖があること、意外にも嫉妬深かったり腹黒かったりすること。

 それらのほとんどは護しか知らないことだし、それらもひっくるめて、風森月美という少女であることを受け入れているのも、同年代の異性の中ではおそらく護だけだ。


 「わたしが猫じゃ不満ですかにゃ?」

 「なぜ語尾が猫……本音を言うと、狐がよかったけど、猫もかわいいからかまわない」


 かわいいから構わない、という、普段ならばほとんど口にしないような言葉に、月美はきょとんとした顔をしたが、すぐに頬を緩ませてだらしない笑みを浮かべた。


 「んふふふ~」

 「というか、お前、酔ってんのか?」


 清が灯してしまった嫉妬心の影響で密着してくるのはまだわかるのだが、マーキングと称して頬ずりしたり、ゴロゴロと喉を鳴らしそうな勢いで甘えてきたりすることは滅多にない。

 それこそ、昨日のように酔っ払いでもしない限り。

 もっとも女性、特に恋人に甘えられて気分を害するような男は、それこそ同性愛者かよほどの女嫌いでなければいないだろうし、護はそのどちらにも該当しないため、このままでも構わないと思っていたのだが。

 そうこうしているうちに、新幹線が到着し、護たちは荷物を手にして乗車した。

 だが、新幹線の中でも月美の甘えたは続いており、しまいには膝枕を要求されてしまうほどだった。


 「……いつになく長いな、これは……まぁ、彼氏冥利に尽きるけど」


 求められるまま膝を貸した護は、静かに寝息を立てている月美の髪をそっとなでながら、苦笑を浮かべてそう呟いていた。

 結局、降りる予定の駅に到着するまで、月美はずっと護の膝を枕にして眠っていた。

 その様子を後日、明美からからかわれたことは言うまでもない。

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