第121話 夏休みも半分が過ぎ……
夏休みに突入してから三週間。
護と月美は、習慣になりかけていた清たちとの図書館での勉強会に参加していた。
が、それも間もなく終わりが近づいていた。
月華学園は基本的に生徒全員に部活動の所属を義務付けているが、あくまでもそれは努力義務であり、家の事情で所属できない、あるいは所属しない生徒がいないわけではない。
護と月美も、そんなどこの部活にも所属していない生徒であるため、夏休み中は部活動に束縛されることがない。
よって自由に使うことができる時間は潤沢にあり、その時間を修行や課題に使っていた。
必然的に。
「終わりっと」
「……終わったぁ……」
課題が早々に終わる、ということになる。
ようやく課題が終了した二人は、疲労感たっぷりに机に突っ伏し、ため息をついた。
その様子を見ながら、少し前に終わらせていた佳代が、お疲れ様、と笑みを浮かべながら、二人をねぎらう。
「ありがとー」
「ん、サンキュ」
短く礼を言うと、二人は手元に用意していた本に手を付け始めた。
一方、少し離れた場所では、明美が目くじらを立てながらどうにかサボろうとしている清に熱血指導をしていた。
「た、頼む……少し、少しでいいから休ませてくれぇ……」
「駄目よ。そもそもあんたが言いだしっぺなんだからね?早く宿題終わらせないと旅行に行けないって」
「そ、そうだけどよぉ……」
すっかり尻に敷かれているようである。
傍から見れば、ダメ亭主を叱る鬼嫁、というところか。
もっとも、それを口にすれば二人同時に猛烈な勢いで否定してくる。これ以上ないほど、嫌な顔というおまけ付きで。
「……というか、あの二人、なんで付き合ってないんだ?」
「さぁ?」
「え? 付き合ってなかったの、あの二人?」
護と月美があきれ顔でそうつぶやく言葉に、佳代は目を丸くして問いかけた。
問われた二人は、佳代がそのことを知らなかったという事実に目を丸くする。
明美が清の行動に世話焼きオカンのごとく、逐一忠告したり、行動をたしなめたりしている光景は、恋人同士のそれのようにも見えなくもない。
だが、実際のところ、二人は付き合ってすらおらず、あくまで明美が一方的に清に世話を焼いているというだけで、互いに恋愛感情は抱いていないようだ。
抱いてはいないのだが、なぜそんな相手にあそこまで世話を焼くことができるのか。
それが明美の気質なのだろうが、謎としか言いようがない。
とにもかくにも、清が課題を終わらせないことには、旅行の計画もなにもあったものではないため、護たちは待機を余儀なくされていた。
とはいえ、やり遂げるであろうことは三人とも予測しているため、先に行きたい場所をピックアップしておこうと考え、手元に置かれたガイドブックを開き。
「ま、あいつらはいいから、早いとこ始めちまおうか」
旅行先で向かう場所のピックアップを行おうとしていた。
「……ねぇ、護。もしかしなくても、楽しみにしてたりするの?」
「……否定はしない」
最初こそあまり乗り気ではないように思えた護の態度だった。
だが、ガイドブックを開いて読んでいる当たり、実は楽しみにしているのではないかと思い、思い切って問いかけてみると、肯定こそしていないが否定もしていない返答が飛び出してくる。
護の今更ながらの天邪鬼な態度に、月美も佳代も苦笑を浮かべ、開かれたガイドブックを覗き込む。
「やっぱりパワースポットは行ってみたいかなぁ」
「なら神泉苑だな。あそこに建てられている社は入口が常に恵方を向くようになってる」
「そういえば、護。晴明神社は?」
月美が出したその神社の名前に、護はこめかみを抑え、うめいた。
「あぁ~ご先祖祀った神社かぁ……あっちに連絡しとくかなぁ」
「そういえば、晴明神社は親戚が管理してくれてるんだっけ?」
なお、東京と京都で本家と傍流に分かれているのかといえば、そうではない。
確かに、京都と晴明神社を守護する役目を負っているのは本家で、東京で皇族を守護する役目は傍流が担っている。
だが、東京の守護役が第二次世界大戦の戦渦に巻き込まれて全滅してしまった。
そのため、京都守護を担っていた本家から、急遽護の祖父が派遣されたのだという。
「そ。たしか、じいちゃんの兄の長男が継いでるんだったかな」
「へぇ……あれ? もしかしなくても、土御門くんの家って結構な大家族?」
「……そんなはずは……ないと思いたい……」
佳代の質問に、護は自信なさげに返す。
実際のところ、安倍晴明の血縁という意味で言えば大家族になってしまう可能性もある。
だが、京都の守護役を引き受けていた家という意味だと、そこまで大家族ではないのではないかと思っているようだ。
京都の守護役を担っていた戦前の当主には二人の息子がいた。その弟が祖父だったはず、と護は記憶している。
そして、祖父の兄、翼の叔父にあたる現代の当主の子供、つまり護のまたいとこにあたる人物は三人だったはず。
幼少期ならばともかく、中学に進学してから京都の本家に顔を出す機会がめっきり減ってしまっている。
うろ覚えとなってしまっていたが、たしかそのはずだ、と記憶を掘り起こし、説明していた。
「……いや、けど五人。七人? 六人?? まぁ、それだけの人数がいるっていうのも十分すごいと思うけど」
「そうかな?」
「そうだよ」
「そういうものか?」
核家族化が進んでしまった現代において、やはり五人家族というのは珍しいようだ。
もっとも、風森家を出る前は四人家族だった月美と、兄弟姉妹こそいないが、産まれた時から近くにいる式神を家族同然に思っている護にその感覚が薄いらしい。
「まぁ、ひとまずこの話はこれでおしまいにしよ? きりなくなるだろうし」
「賛成」
「そう、だね……でさ、やっぱり金閣寺は外せないよね?」
収拾がつかなくなることを考慮して、月美が無理やり話を切り上げると、佳代は再びどこへ行くか、目的地の設定に話題を変えた。
その後も会議は続き、候補地がいくつかピックアップできた頃になってようやく。
「お、終わったぁ……」
「はい、お疲れ様」
清が課題を終わらせたらしく、疲れ切った声が護たちの耳に届くのだった。
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