第114話 体育祭が終わって……

 体育祭が終了して一週間。

 よさこいや神楽舞の朝練習から解放された生徒たちは、どこか燃え尽きたというか、物足りなさを感じながらもいつも通りの日々を過ごしていた。

 だが、そんな彼らには定期試験、またの名を、期末試験というさらなる試練が待ち受けている。


「「試験、かったるい……」」

「声をそろえて言うな」

「だってよぉ」

「体育祭の後は期末試験が待っている。んなこと、中学からわかってたことだろが」


 護が呆れたようにため息をつきながら、文句を言ってくる清にそう反論した。

 確かに、体育祭が終われば次に期末試験がやって来るというのは、このあたりの中学高校では当たり前のことだ。

 そのことは清もわかっているし、文句を言っても仕方がないことだということも理解している。

 だが、理解することと納得すること、受け入れることはまったく別ものだ。

 そのため、心情として。


「だからって、試験がかったるいことに変わりはない」


 ということになる。

 とはいうものの、試験を受けなければ卒業もできないことは重々承知しているし、何より、護からの圧が怖いので、清は渋々試験勉強を再開していた。

 それは明美も同じで、言おうとしていた文句を一字一句、すべて清に取られてしまい、若干、不機嫌になりながら手にしたシャーペンを動かしていた。

 不意に、その手の動きが止まった。


――あ、あれ?ここって、どうやるんだっけ??


 基本的な解法は理解しているが、少し応用が入った問題に突入したらしい。

 解き方がわからず、頭の中が混乱し始めた。

 問題集の基本的な解き方が記されている部分を見直したり、参考書や教科書を開いて同じような問題がないかを探してみるが、それでもやはりわからない。

 いよいよ、投げ出したくなったその時だった。


 「さ、桜沢さん」

 「へ?」

 「ここの問題、ね。このページを読めば、解けると思う」


 突然、佳代がアドバイスをしてきた。

 そして、そのアドバイス通りに参考書のページを開いてみると、確かに式に使われている数字自体は違うものの、まったく同じ問題式が書かれていた。


 「おぉっ!! ありがと、佳代!!」

 「ど、どういたしまして」


 にっこりと笑顔を浮かべ、佳代に礼を言った明美だったが、すぐに不満顔になる。

 いつの間にか一緒にいることが当たり前になっていたため、明美個人の感覚ではすでに佳代は友達なのだ。

 その友達から、いまだに敬語を使われたり、名字で呼ばれていることが面白くないのだろう。


「てか、なんでそうおどおどしてんのよ?」

「え?」

「あたし、もう佳代とは友達だと思ってるのに、なぁんかおどおどしてるんだもん」

「え、えっと……ご、ごめんなさい」


 一応、護と月美が現場を抑え、証拠写真を撮影したことで通報される危険性を感じ取り、いじめグループは佳代に接触することはなくなった。

 護と月美にも報復するような様子もなかったが、まだ月美と護以外の生徒と接することは怖いらしい。

 一か月近く一緒にいるはずの明美に対しても怯えた態度を取ることが多かった。

 月美から聞いて事情を知っているため、あまり強く言うつもりはなかったのだが、堪忍袋の緒が切れたようだ。


「もうそろそろ、あたしのことも怖がらないでほしいんだけどなぁ……」

「うっ……」

「というわけで、まずはあたしの名前を呼んでみて?」


 唐突な要求に、佳代の頭はいっぱいいっぱいになってしまった。

 佳代とて明美が、少なくとも、自分に危害を加えるような人じゃないことは、ここしばらくの付き合いでわかっている。

 だが、だからといって、いきなり名前を呼ぶことはできない。

 助けてくれたうえに親身になってくれていた月美ですら、まだ名前で呼べていないのだ。

 まして、少し前まで他人だった明美をいきなり名前で呼ぶなどできるわけがない。

 いじめグループに対して、毅然とした態度で対応できるほどの度胸がついたとはいえ、こればかりは簡単にはいかない。


「ほらほら、カモーン」

「え、えと……えと……」


 漫画であれば、目が渦巻きになっているのだろう。

 それほど困惑している佳代に、助け舟が出された。


「……明美?何してるのかな??」


 呼びかけられ、明美は声がした方へ視線を向けた。

 そこには、にこやかな、それでいて背筋が凍るような雰囲気の笑みを浮かべている月美がいた。


「何をしているのかな?」

「え、えっと……その……」

「何を、しているのかな?」

「だ、だから……あの……」

「な、に、を、し、て、い、る、の、か、な?」

「ご、ごめんなさい、勉強します」


 怯え切った明美のその返事に、よろしい、と返し、月美は問題集に視線を落とした。

 その瞬間、背筋が凍るような雰囲気は一気にやわらぎ、明美はほっとため息をついた。


「あ、あの……ご、ごめんね?」

「なんで佳代が謝るのよ? これは完全にあたしのミスだよ」

「え、でも、明美って呼べなかったから……」

「……いま、呼んでくれたからそれでチャラ」


 にへへ、と少しばかりだらしない笑みを浮かべて、明美はそう返した。

 そう指摘されて、そういえば、自分でも驚くほど自然に呼べていたことに、佳代も目を丸くし、微笑みを浮かべた。

 だが、二人のその笑みは、すぐにまた凍り付くことになった。


「ふ、た、り、と、も?」

「「ご、ごめんなさい! 勉強します!!」」


 月美からの威圧感に、二人は声をそろえて答え、参考書と問題集にかじりつく。

 なお、護と清はその光景を眺めながら、苦笑を浮かべていたのであった。

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