第113話 体育祭、本番~6、月美たちの神楽舞と体育祭の終幕~

 護たちのよさこいの演舞が終了すると、三年生の有志による男女混合のよさこい演舞が始まった。

 これが終われば、今度は女子の演舞が始まるため、月美たちはテントを離れ、出場者の待機場所へと移動している。


「うぅ……なんかすごい緊張する……」

「あははは……佳代、頑張れ」


 あまり人前に出ることが得意ではない佳代が、今更ながらに弱音を吐いていると、その横で明美が慰めていた。

 その一方で、月美は何か思うところがあるらしい。


「ほんとは神楽舞って神様に見てもらうものなんだけどなぁ……」


 風森神社の巫女見習いであった経験から、神楽舞は神聖なもので祭祀の場で行われるべきで、体育祭で神楽舞を行うことに疑問を感じているらしい。

 もっとも、本当に今更なので、文句は言っても手を抜いたりするつもりはないようだが。


「護は文句言いながらやったんだもの、わたしだってやらないと」


 そう呟きながら、配られた千早にそでを通し、神楽鈴を手にすると三年生の演舞が終わり、いよいよ、月美たちの出番となった。

 同級生の男子たちと違い、円陣を組むことはなく、静かにそれぞれの配置につく。

 全員が配置につくと、スピーカーから竜笛や笙、小鼓の音が響き始めた。

 それに合わせて、グラウンドにいた月美たちは一糸乱れぬ動きで踊り始める。

 その動きに合わせて、時折。


――シャン、シャン


 涼しく、澄んだ神楽鈴の音が響き渡る。

 その光景は、さきほどまで行われていたよさこいとはまったく正反対のものだ。


「やっぱ映えるな、月美は」

「って、褒めんのは彼女だけかよ!」

「周り、見てみろ」


 クラスのテントで月美たちの演舞を見ていた護が、盛大なツッコミを入れた清にそう指摘すると、清は周辺を見る。

 聞こえてきた彼らの言葉に、清はどこか納得した表情になった。 


「風森さん、まじできれいだ……」

「まさに天使……」

「いや、巫女なのに天使はないだろ?」


 周囲の男子の口から洩れてくる呟きのほとんどは、月美の舞に向けられたものだ。

 もっとも、それは大多数の声であり、明美や佳代に向けても、賛美の声がささやかれている。


「な、なるほど、たしかに……」

「ほかにもいるのに、なんでこう月美にばっか目をやるのか」

「そりゃ、風森が美人だからだろ?寝取り狙ってるやつがいるくらいだし」

「……ちとあいつら締めてくる」

「やめろって、まじで!」


 冗談だとは思っているが、本当にやりかねないため、清は護の腕をつかんで止める。

 むろん、護も本気ではないため、その制止に従い、おとなしく座った。


「まったく……お前、ほんとに風森のことになると見境なくなるよなぁ」

「……うるせぇよ」

「ま、そんだけ惚れてるってことなんだろうけど……」


 茶化すことを目的に、そうつぶやいた清だったが、そういえば月美も護のことになると見境がなくなる、ということはないが、護を貶そうものなら、身も凍るような雰囲気をまとわせることがあったことを思い出した。


――もしかしなくても、この二人、似た者同士なんじゃ?


 もしかしなくてもその通りなのだが、今更になってそのことに気づいた清は、背中に冷や汗が伝って行く感覚を覚えた。

 たとえ喧嘩の真っ最中であっても、互いを大切にしていることを隠さない二人が、もし同時に報復に動いたらどうなるのか。


――やめよう。どう考えたって世紀末みたいなことになりかねねぇ……


 北斗七星の傷跡を持つ大柄の男が荒野を歩く光景を目に浮かべながら、清は心中でそう呟き、それ以上、考えることをやめた。

 清が思考を停止させて、護と月美を敵に回してはいけないことを再認識し、受け入れた瞬間。

 スピーカーから流れてくる音楽が止まり、それに合わせて、月美たちも動きを止めた。

 どうやら、月美たちの神楽も終わったらしい。

 終了と次の種目に出場する生徒たちに対する集合のアナウンスが響くと、神楽舞に見とれていた生徒たちは次々に動き出した。


「終わったか」

「だな……次ってなんだっけか?」

「部活対抗競技だな」


 生徒たちに配布されているパンフレットを確認しながら、護は清の質問に返した。

 どうやら、この競技も護たちにはあまり関係のない競技のようだ。

 そう思い、テントの下にいると、衣装を返してきて戻ってきた月美は、迷うことなく護の隣に腰かけてきる。


「おかえり、でもって、お疲れ様」

「ありがとう」


 月美がテントに戻ったことを悟ると、護は労いの言葉をかけた。

 その言葉に、微笑みながらお礼を返すと、月美は本当に疲れたように大きくため息をついている様子から、本当に疲れていることが察せられる。


「……さすがに、疲れたか?」

「うん……なんというか、いつもより神経使った感じがする」

「捧げものとしてじゃなくて、見せるためのものだもんな。今回は」

「もう二度とやりたくない」

「まぁ、これで終わりだし、これ以上はないから」


 口や態度に今まで出さなかったが、やはり体育祭で神楽舞をすることに疑問を感じていた。

 その疑問を抱えたまま踊っていたことで精神的に疲れてしまったのだろう。

 もうこれ以上は何もしたくない、とでも言いたそうにうなずいて返すと、そっとため息をついて目を閉じ、そのまま体を護の方へ寄せて、静かに寝息を立て始める。


「って、おいおい……いくらなんでも寝るのか?ここで」


 いくら精神的に疲れたからといって、堂々と居眠りするほどとは思わなかったうえに、学校行事であるとはいえ、今は授業中と同じ扱いとなっている時間帯。

 見回りが緩いからといって、居眠りをしていいという道理はないのだが、護はその安らかな顔に起こす気がなくなってしまい。


――閉会式までの間、寝かせておくことにしてやるか。こんな寝顔してるのに起こすのは忍びないし


 ということで、しばらく放置することにした。

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