第107話 もう一つの決着
翌日。
護との霊的つながりを断ち切ってもらった佳代は、学校に来ていた。
当然といえば当然のことだが、今回、密かに騒動となっていた体調不良者の続出は収まり、すでにほとぼりも冷めている。
何より、騒動の原因が佳代が行っていた呪詛にあることを知っているものは、護と月美以外にはいないため、佳代が久しぶりに登校しても誰も咎めることはなかった。
咎められることはなかったが。
「な、なんか、視線が集中しているような」
「そうか?」
「そう言われれば、なんとなくいつもよりこっちを見てる人が多い気はするけど」
いつもより多くの人から視線を向けられているように感じた佳代がそう口にする。
月美も普段から視線を感じてはいるのだが、いつもよりもその視線が多いように感じ、首を傾げた。
二人を困惑させる原因となっている周囲の生徒たちはというと。
「お、おい……まさか勘解由小路と桜沢に続いて、吉田もか?」
「もしかしなくても、土御門って、案外、フレンドリーだったりするの?」
「案外、話しかけたら答えてくれるぞ?」
「まじか?!」
「まじもまじ。普段があんなだからわかりにくいかもしれんけど」
「な、なら今度遊びに誘って、ついでに風森も……」
「やめときなって、風森さん目当てってのわかったら怖いよ?絶対」
元々、護は人間嫌いであり、周囲にいるのは恋人と公言している月美とその親友である明美、そして、なぜか臆せず構い倒してくる清の三人しかいない。
そこにまったく接点がなかったはずの佳代が入り込んできたのだ。
注目を受けるのは当然だし、護に対する印象も変化するのは必然だった。
もっとも、月美を横取りしようという魂胆がないわけではないようだが。
そんな視線に気を取られていたが、月美は佳代の表情がどこか居心地が悪そうな印象を受けたらしい。
「佳代、大丈夫? なんか気分が悪そうだけど」
「う、うん、大丈夫。ただなんかちょっと、ね? 気分が悪いわけじゃないんだけど」
これほどの視線を受けたことがなかったこともそうなのだろうが、視線の種類にも問題があるらしい。
今まで学校という場において、佳代はそもそも視線を浴びることすらなかった。
視線を浴びることがあるとすれば、それは侮蔑や軽蔑のみなのだが、たった数日で好奇の視線を向けられるようになり、気まずいと感じているようだ。
「ちっ……吉田のくせに」
「どうする?あいつからまたせびる?」
「いつもの倍くらい?」
そんな視線を佳代が集めているという事実が、面白くないと思う人間がいた。
常々、佳代に理不尽を押し付けてきた不良グループたちだ。
自分たちのおもちゃだった佳代が、いきなり良くも悪くも注目を集めている四人の中に入っていることがよほど気に入らないらしい。
普段なら、強請りくらいで済ませるのだが。
「あ、ついでに下着でも貰って売り払うか!」
「現役女子高生の生パンとか、絶対おやじ受けするしね」
今度は所持品まで強奪しようと計画していた。
放課後になり、いよいよ間近に迫ってきた体育祭の本番に向け、実行委員会だけでなく、教職員もてんやわんやの大騒ぎをしている中。
佳代はいつものいじめグループに呼び出されていた。
「……ねぇ、もうこれで最後にしてくれないかな?」
「へぇ? そんな生意気、言っちゃうんだ?」
「吉田のくせに、偉くなったなぁ」
「風森と絡んでるからって、自分が特別だとか思うなよ?」
いつもなら、おどおどとしているのだが、今度は少しばかり違っていた。
一度、生成りになったからだろうか、それとも一度は呪詛で呪った相手だからか。それはわからないが、なぜか恐怖心というものが沸いてこなかった。
「別に、特別とか思ってない」
「へぇ~?」
「けど、だからって理不尽に抗わない理由にならない」
「なるほど、ちょっと痛い目を見ないとわからないんだ?」
今まで反抗してこなかった佳代が突然、反抗的な態度をとったことに戸惑いはしたが、それよりも苛立ちのほうが強かった。
自分たちの思い通りになるはずのおもちゃが急に不調になったのだ。
――こいつ、憂さ晴らしに叩こう。憂さ晴らしになるし、一石二鳥だ
そう思い、佳代を囲み、殴りつけようとした瞬間。
カシャリ、パシャと聞きなれたシャッターの音が聞こえてきた。
音がした方へ視線を向けると、携帯のカメラレンズをこちらに向けて構えている護と月美の姿が。
「ちょっ?! つ、土御門?! 風森?!」
「ほいっと、現行犯の証拠写真ゲット」
「これ、ばらまいたらどうなるかな?」
そこには、いまにも佳代に殴りかかろうとしている不良グループたちの姿が収められた画像があった。
どうにかその画像を奪おうと、二人ほどが護と月美につかみかかってきたが、あっさりと回避され、逆に地面に転がされることとなる。
「わたしはこれが一度目だから、見逃すつもりだけど。護はどうする?」
「俺は二度目だしな。それに、こいつらが復讐って名目で俺らに何かしてきても困るし……」
いっそ警察に、と護が言いかけた瞬間、不良グループのリーダー格が突然、慌てた声を上げた。
「わ、わかった。あんたらには何もしないし、吉田にもこれ以上何もしない!」
「だから、警察に持っていくのだけは……」
「ふ~ん? けど俺、基本的に人間は信じないんだよなぁ?」
「け、契約書でも何でも書くから!! なんだったら、録画してもいい!!」
「なら、契約書だな」
ニヤリ、と笑みを浮かべて、護は二枚の紙とペン、さらに朱肉を取り出した。
よほど警察沙汰にしたくないのか、リーダーは契約書とペンを受け取ると、自分の名前を書いて拇印を押す。
それを見届けた護は、二枚の契約書をずらし、割り印の代わりに家紋である五芒星を書き入れ、一枚をリーダーに渡した。
それを受け取ると、リーダーはさっさとその場を立ち去り、彼女を追いかけるようにほかの生徒たちもその場を去った。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。けど、これでもう大丈夫かな?」
「これを書いてもらったし、書いた場面は録画したし。これで俺たちのうちの誰かに何かしようものなら学校と警察に投げつけりゃいいだろ」
にやり、と意地の悪い笑みを浮かべながら、護はそう返した。
その笑みを見て、月美は苦笑を浮かべ。
――つ、土御門くんって、もしかしなくても意外に黒い?
佳代は、同級生の意外な一面にそんな感想を心中で呟いていた。
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