第102話 対決~2、ぶつかりあう二人の術者~
「ほっほ、我が正体に気付きおったか、小僧」
「あぁ、おかげさんで」
突然現れた悪霊の言葉に、護は呪符を引き抜きながらそう返す。
その隣には、昨日よりも険しい顔をしている満の姿があった。
満の顔を見た道満は何かを引っかかるものがあるらしく、あごに指を添え、その違和感の正体について考え始める。
やがて、その違和感の正体に気づいたのか、軽くうなずき。
「そうかそうか。我が子孫が答えを持ってきたのだな?」
「あんたの子孫だなんて思うと、こっちは身の毛もよだつけどね……さっさと成敗されてくれない?」
「ふむ? 祖霊への礼がなっておらんのぉ」
「いや、あんたに敬意を払うのは難しいぞ、爺さん」
残念そうにため息をつく道満に、護は半眼でツッコミを入れた。
日本をはじめ、アジアの文化圏には、先祖を敬うべき、という風習がある。
だが、現在進行形で災厄を振りまいている先祖に対して礼儀をわきまえることができるだろうか。
その問いかけに、一地域で今も語られるほどの偉業を成し遂げた人物であれば話は変わるのだろうが十人中十人、できない、と答えるだろう。
「ふむ……まぁ、確かに、お主の先祖のようにいかぬかもしれんな」
「あんたは好奇心に走りすぎなんだよ、もうちょっと自重すりゃよかったのに」
「それこそ無理な話だ。わしの目的は呪術の追究ゆえの」
何気ない言葉のやり取りのように見える。
だが、その実、霊力と霊力がぶつかり合い、ピリピリとした感覚が肌を刺激していた。
まさに一触即発。どちらが先に仕掛けるかで、その後の戦局が大きく変わってくる。
そんな状況を変える声が、護の隣から響いてきた。
「貴様に敬意を払うつもりは一切ない! さっさと修祓されてしまえ!!」
「ほっほ、威勢のいい小娘よのぉ! ならば一つ、術比べとゆくか!!」
好々爺然とした笑みを浮かべたかと思った次の瞬間、ざわり、と全身の毛が逆立つ。
動きを注意深く観察していると、道満は無言で呪符を取り出し、静かに護たちのほうへと投げ捨てる。
その動きに、護は即座に対応し、呪符を投げ返したその瞬間、道満の呪符は蛇に、護の呪符は孔雀へと変わった。
蛇はまっすぐに護たちのほうへと向かっていったが、そのことごとくを孔雀が加え、飲み込んでいく。
「ほぉ、孔雀明王呪の応用じゃな?」
「種を明かすようなことをするとお思いか?」
問いかけてくる道満を睨み返し、護はさらに呪符を引き出し、道満に向かって投げつけたが、呪符はまったく見当違いの方向へと飛んでいく。
道満に一つも課する様子はなかった。
――ふむ? 何か狙いがあるのか、それとも的を外したのか
護の狙いに思考を巡らせるが、どのような結果がもたらされようと、回避する自身がある。
むしろ、どのような狙いでどのような術を使ってくるのか。
それが楽しみで仕方がないという様子で、道満は手印を結びながら笑みを浮かべている。
一方で。
「どこに投げているんだ?! 君の目は節穴か?!」
満は怒鳴りながら呪具を取り出そうとした。
だがその瞬間。
「縛っ!」
刀印を結んだ護が鋭い声をあげる。
その瞬間、明後日の方向へ投げられた呪符から、霊力をまとう光の鎖が伸びる。
光の鎖は道満へとまっすぐ飛んでいき、雁字搦めにした。
「ほっほぉっ!」
「
感心するような声を上げる中、護は木片を取り出し、道満に向かって投げつける。
木片は護の手を離れた瞬間、青白い炎をまとい、燃え始めた。
「ナウマクサンマンダ、ボダナン!タギャタテイビャク、サラバボッケイビャク、サラバタ、タラタ、センダマカロシャダ、ソハタヤ、ウン!!」
護はさらに不動明王印を結び、
その真言に合わせて、青白い炎は徐々に金色へと染まっていった。
「むぅ? これはさすがに厳しいかの?」
「とか言いながら、本当のところはあるんでしょう?抜け出る策が」
炎はすべてを清める、と言われている。
まして、不動明王の真言を受けた炎の中で飄々としている道満を見て、呆れたような表情を浮かべながら、護は問いかけた。
その問いかけに、やはり余裕があるらしい道満は、楽しそうに笑みを浮かべる。
「ほっほ!やはり、おぬしは聡いのぉ」
すると、道満は袖口から何か丸いものを取り出し、自分の頭上へと投げる。
いったい、何を投げたのか。護はその正体を確かめることができないまま、道満が呪文を紡ぐことを許してしまった。
「ナウマクサンマンダ、ボダナン、バルナヤ、ソワカ」
それは龍神の最高位に座しているという水天に雨を祈願する真言だった。
雨は水であり、水は火に克つ。
その体に水気をまとい、そのまま強引に火界咒を打ち破るつもりのようだ。
だが、それだけではない。
「解くる不動の縛り縄、緩まりきたれ!」
金縛り術を解く呪文もほぼ同時で発動させ、自分を雁字搦めにしている霊力の鎖を打ち砕いた。
――水天祈雨だけじゃなく、金縛り解除を同時に?! まったく違う呪法を同時に行使するって、どんな手際だよ?!
間違いなく今まで術比べをしてきた相手の中で、一番の強敵だ。
伝承の中に語られる存在であるとか、自分の先祖と同じ時代に生きていたとか。
そういった要因を一切排除したとしても、それは確かな事実だった。
――俺、まじで勝てるかな、こいつに……
命取りになることはわかっているのだが、護はつい、そんな不安を心中でこぼしてしまうのだった。
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