第101話 対決~1、静かな始まり~
道満をどのように対処するか。満の話を聞いた護は、その方針を決め、それに従って準備を始めた。
――不動明王の
一口に魂を消滅させるといっても、簡単なことではない。
そもそも、相手は千年もの長きにわたり魂のみで存在し続けている、もはや妖と変わらない存在だ。
ゆえに護は退魔降伏に用いられる呪法の中でも、特に強力な呪術を準備しようとしていた。
火界咒と降三世明王の怨敵調伏は、退魔術の中でも高い位にある術の一つであり、それ故に扱いこそ難しいが、絶大な効力を持っている呪術だ。
だが、それだけでは足りないと直感が告げている。
――念には念を。こっちのほうも用意しておくか
そうならないことが一番なのだが、相手は先祖に並ぶ高名な術者だ。
どこで出し抜かれるか、どんな手を打ってくるか。
それらがまったくわからないからこそ、取れる手段は多いに越したことはない。
――むしろ、そういう相手だからこそ、何も備えずに相対することのほうが怖い……油断すれば、骨の髄どころか魂の一片まで吸い尽くされちまいそうな
その時は怒りの感情のほうが勝っていたため、表には出さなかったが、そんな感覚すら覚えていた。
あれからいろいろとあって、すっかり忘れていたが。
――今にして思えば、俺、よくあの場でひるまずに動けたよな、俺
そんな感想を抱きながら、護は最後の切り札を準備し始めた。
その日の夜に護は月美の部屋を訪ねていた。
普段、ひとつ屋根の下で一緒に住んでいるとはいえ、互いのプライバシーを意識しているので、滅多に部屋を訪ねることはない。
「あ、あの……護、どうしたの?急に」
「あぁ、ちょっと月美に手伝ってほしいことがある」
「手伝ってほしいことって、もしかして呪詛返しのことで?」
「あぁ」
「もしかして、返した呪詛が吉田さんに向かわないようにするとか?」
護が抱えている事情はわかっているし、その難易度も理解しているためか、月美は手伝ってほしい内容もある程度、予測できたらしい。
「いや。呪詛を返したとしても、瘴気が吉田にいかないように対策は考えてある」
だが、護の口から帰ってきた答えは、その予測を裏切るものだった。
それでも月美の中から、その頼みを断るという選択肢が存在しない。
基本的に、仕事に関することで護が月美に何かを頼むということはないが、今回は護の方から自分を頼ってきてくれたのだ。
それを無下にするということが、月美にはできなかった。
「なら、何を手伝えばいいの?」
「もしかしたら、いや、ほぼ確実に邪魔が入ると思う」
「例の悪霊?」
「あぁ。いまはどうにかごまかせてるようだけど、確実に来ると思う」
「てことは、護が悪霊を相手している間、吉田さんを守ることがわたしにやってほしいこと、なのね?」
月美からの確認に、護はただうなずく。
それさえ確認できれば、月美はこれ以上、何も聞くことはなかった。
「わかった。詳しい手順を教えて」
「いいのか?」
「頼んでおいて、それ聞く?」
頼んでおきながら、月美を巻き込んでしまうことにためらいを捨てきれないようだ。
その様子に月美は苦笑を浮かべているが、本人は至って真剣らしい。
だが、月美が護を手伝いたいという気持ちも真剣なものだ。
「わたしは護の力になりたい。だから、頼むことはあっても、本当にいいのか、なんて聞くのはなし!いい?」
真剣な表情でそう言ってくる恋人に、護はそれ以上反論することはできない。
結局、月美に手伝いをしてもらうことになり、そのまま準備を進め、翌日の夕刻を迎える。
護と月美、そして満の三人は土御門神社の本殿のすぐ近くにいた。
彼らの周囲には四本の榊の枝が地面に刺さっており、四方を囲むように、ひもが結ばれている。
「榊の枝で結界を作ったか。しかし、この程度では逃げられるのでは?」
「それは大丈夫だと思います」
「その根拠は?」
「最初に遭った時の印象ですが、どうやら道満は俺と、晴明様の子孫との術比べをしたくて仕方がないというように感じました」
「なるほど。つまり」
「えぇ。俺が道満と術比べをして、この中にとどめておけばいいと思いまして」
その間に、月美が呪詛返しを行い、返ってくる呪詛の瘴気を人形に肩代わりさせ、学校にかけられた呪詛を解く。
今回の呪詛返しの儀にあたって、護が考案した手順の
その最中に護が考案した二つ目の手順へと移行することとなる。
どちらかといえば、こちらのほうが護と満にとっては本命に近かった。
「では、始めよう」
護がその一言を発した瞬間、周囲の空気が変化する。
ゆっくりと、静かに、護の口が開き、呪文が紡がれ始めた。
呪文を唱え始めてから数分。
――来たか
注意深く意識を向けなければ気づかないほど弱い結界が破られた気配を感じ取り、護は月美に視線を向ける。
その視線に気づくと月美はうなずき、護が口にしていた呪文を引き継ぐようにして口にする。
一方、護は結界が破られた方向から向かってきた闖入者に声をかけた。
「よぉ、爺……いや、芦屋道満」
「ほっほ、我が正体を知りおったか」
「まぁな……んじゃ、決着、つけようか?」
そこにいたのは、千年にも及ぶ因縁を持つ術者の悪霊、芦屋道満であった。
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