第56話 合流と再びの共同戦線

 調査局より少し遅れて、護と月美も怪しい施設に侵入し、通路を走っていた。

 風の術を用いて近くの部屋への最短ルートを探し、内部の図面が無くてもひとまず迷うことなく、部屋に到着する。

 だが、部屋にはすでに先客がいた。


「……なんであなたがここにいる?」

「だから、仕事だっての……何度も言わせるな」


 これで何度目になるか、数えるのも億劫になるほど同じやりとりを交わす光と護だったが、光はふと、思い出したことがあり、護に問いかける。


「前から思っていたんだけれど、あなたの仕事っていうのは、いったい、誰からの依頼なの?」

「それを話すつもりはない」


 頑なにそう返す護に、光はそっとため息をついたが、やはり気にはなっていた。


――そこまで頑なに隠そうとする依頼主と依頼内容とは、いったい何だ? それがあれば、この男をコントロールすることもできるのではないか?


 そう考えたのか、光は唐突に護に問いかけた。


「なら、あなたが請け負った依頼って、いったい何なのよ?」

「……話してもいいが、条件を飲んでくれるならな」

「条件?」


 断り続けるかと思ったが、意外な反応に光は首を傾げたが、同時にこれ以上は危険かもしれないと直感が警鐘を鳴らしていることにも気づいていた。

 あれだけ頑なに話すつもりはないという態度を取っていた護が、条件付きとはいえ、急に話す気になったのだ。

 術者でなくとも、これには何かあると勘づくことはできる。


――条件にかこつけて、無理難題を押し付けてくるつもりか? それとも、私に何かの呪術をかけるつもりか?


 だが、これはチャンスであるとも思っていた。

 条件の存在は気になるが、それさえクリアできれば、護の泣き所をつかむことができるかもしれない。

 ならば、罠があったとしても飛びこんでみる価値はある。

 そう判断した光は。


「なら、まずはその条件というのを教えてちょうだい」

「良い判断だ」


 まず、提示された条件を確認し、その内容と自分の要求を天秤にかける。

 口頭で交渉を行う上で重大なことだ。

 護はその判断を称賛し、自身の条件を提示する。


「なに、簡単なことだ。今から話すことを、施設から出たら忘れて・・・くれると・・・・嬉しい・・・


 護のその言葉を聞いた瞬間、光だけでなく同行している職員たちも、これから話すことが目の前にいる少年だけでなく、土御門家の泣き所であろうことを確信した。

 忘れてほしいとは言っているが、忘れるつもりはないし、こうして話している最中に、何かの呪術を仕掛けられている可能性もある。

 それを考慮して、光は護からは見えないように、職員の一人に彼の死角に入り、呪詛返しを準備するよう、合図を送った。

 職員の一人がその指示に従い、静かに動くと同時に光は条件を飲むことを伝え。


「わかった。その条件を飲もう」

「なら、話そう」


 承諾の意を聞き、護は依頼について話し始めた。


「といっても、半分はあんたらと同じくだ。最近出没している、わけのわからないよそ者をどうにかしてほしいって昔なじみの妖たち。あんたらの言葉を借りるなら特殊生物たちに頼まれたんだよ」


 特殊生物が宿敵であるはずの術者に、それも積年の恨みを持っているであろう大陰陽師の一族に頼み事をしたという事実に、光だけでなく、調査局の職員たちは唖然とした。

 特殊生物が人間と友好関係を結ぶことができるということもそうが、術者の世界ではかなりの実力を持っている土御門家が定期的に彼らと接触しているということが何よりも驚きである。


「な……まさかとは思っていたけど、本当に特殊生物たちと友好関係を結んでいるとでもいうの?!」

「別に友好関係というわけじゃないぞ? 血筋が血筋だから、あいつらのほうが勝手に仲間って認識しているようだしな」

「血筋……そうか、葛葉伝説!」


 土御門家の祖先である安倍晴明は葛の葉と呼ばれる白狐が母親である、という伝説は広く知れ渡っているものであるため、すぐにその考えに至ったようだ。

 そして同時に、なぜここまで頑なに依頼主を明かそうとしなかったのか、理解できた。


――千年という長い時間を経て、薄れているとはいえ、安倍晴明に連なる人間が特殊生物の血を継いでいることに変わりはない。ということは、特殊生物はいわば同胞


 それに対して、調査局の特殊生物に対する扱いは、あくまでも一般でも知られている動植物と同じ。

 保護対象となったり駆除対象となったりと、その時々の状況に応じて、たいおうが変化していく。

 ゆえに、依頼をしてきた特殊生物が駆除対象であり、そのことを口に出した場合、情報提供を求め、討伐を行う可能性も十分にある。


――前々から、土御門家の人間は特殊生物との何らかの関わりがあるんじゃないかって噂があったが……

――おいおい、これが本当なら、土御門家は俺たち術者を裏切っていることにならねぇか?

――いや、術者としての地位を得ているから、特殊生物たちにとっても裏切者ってことにならないか?


 そんな推測が、光やその場にいる職員たちの中によぎった瞬間。


「……色々推理しているところ、悪いんだが」


 護が突然、声をかけてきたため、光はじとっとした視線を向けてきた。

 だが、その視線を気にすることなく、護は光たちが入ってきたと思われる出入り口の方に親指を向ける。

 護が指さすその先には、上半身裸の男たち数名とこの施設で飼育されていたのだろうか、犬のような姿の特殊生物が数体、姿を見せていた。

 どうやら、気づかないうちにこちらの侵入を把握されていたようだ。彼らは、言ってみれば警備部隊というところだろう。


「問答は、ひとまずここまでのようだ」

「その通りだ。さて、共同戦線といきますか!」

「どうでもいいから、手伝ってよ!」


 護と光が言い合っているうちに、交戦が始まっていたらしい。

 職員たちと一緒に戦っていた月美が文句を言ってきた。

 その気迫に押されたのか、光は申し訳なさそうな表情を浮かべ、護は一言だけ謝罪を返し、呪符を引き抜く。

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