第54話 敵の懐

 施設に入っていった光率いる調査局特別チームの突撃班は、目の前に広がっているまるでSF映画のような光景に唖然としていた。


「な、なんだよ、これ……」

「おいおい、勘弁してくれよ……」

「……うぇ……」


 職員たちの口から、次々に文句の声が飛び出す。

 中には、胃の中のものを吐き出しそうになるものもいた。

 彼らの前に広がっているものは、何かの薬品なのであろう緑色の液体が満たされた、成人男性の肩幅に近い太さの円形の水槽。

 その中に何かが漬け込まれており、その正体を知ってしまったために気分を悪くしたようだ。

 そんな中、光だけは冷静に周囲を観察しているものがいた。


「……たしかに、悪趣味としか言えないわね。というか、こんなの漫画でしか見たことないわよ」


 口元を抑えているものの、目もとはまったく動揺している様子はない。

 彼女の目に写っているものは、完成しかけている臓器や体が半分ちぎれているような人間、あるいは動物たちだった。


「生物の培養。たしか、皮膚細胞の培養に成功したというニュースは聞いていたが、臓器を完全に培養する技術が存在してたとは……正直、かなり驚きね」

「……感心するところですか?」

「技術に関しては、ね。正直、こんなのまだ早すぎるわよ」


 現在の科学技術では、細胞シートと呼ばれるものや筋肉に似た組織を生み出すことはできるのだが、臓器や人間を丸ごと培養することは、現段階では不可能となっている。

 もっとも、それは科学技術の側面でしかない。

 西洋魔術の一派閥である錬金術の中に『人造生命体ホムンクルス』と呼ばれる人工的に生命体を生み出す術が存在する。

 だが、この生命体錬成の実験は、失敗の報告が大多数を占めており、数少ない成功したという報告と同じ内容で実験を行っても、人造生命体を生み出すことができなかったため、眉唾物として扱われてきた。

 だがもし、科学者と本物の錬金術師が手を組んだとしたら、今目の前に広がっている光景を生み出すことも可能なのではないか。


「もしかして、錬金術のノウハウを使ってこんなことを?」


 そのことに気づき、呟いた職員の言葉に、光は培養槽に触れる。


「その可能性はあるわ……というか、それくらいしかないでしょ」


 そう返す彼女のその顔はどこか忌々しげに歪んでいる。


「確証があるわけではないけど、一足飛びの技術の進歩なんて、神代の遺物アーティファクト超越技術オーバーテクノロジーしかありえない」

「……まさか、神話時代の技術が?」

「それこそわからない。けれど、これを放っておくわけにはいかないし、残しておくわけにもいかないわね……」


 確かに、錬金術のノウハウと科学技術が合わされば、遺伝子工学はさらに進歩する。

 臓器をむしばむ難病の治療も容易となるだろうが、科学の進歩に犠牲が伴うように、魔術もまた代償を必要とするもの。

 だが、その代償は科学技術の進歩に必要なものよりもはるかに大きく、一つ違えば、取り扱った人間だけではなく、世界の理そのものを破滅しかねない。

 それを理解した職員たちは、持参した爆薬を各所に設置し始める。

 残しておくわけにはいかない、となれば跡形もなく消し去ってしまうほかない。

 そう解釈し、脱出と同時に、ここを爆破するつもりのようだ。

 光は、彼らの行為を止めるつもりはないらしく、何も口を挟むことなく、先の通路のクリアリングを行っていた。




 一方、護と月美は襲撃してきた妖たちからどうにか逃げ切り、光たちが侵入した施設の前に来ていたが、侵入口がわからず、五色狐たちにどこか入れそうな場所がないか、探してもらっている。

 もっとも、その間は二人とも手持ち無沙汰になるわけだが、その時間を護は息を整えるための休息にあてていた。


「……ふぅ……」

「護、本当に大丈夫?」

「あぁ。途中からあいつらが追っかけてくるのやめてから、術は解いてたからな」


 ならいいのだけど、と月美は呟いき、心配そうに護を見つめている。

 韋駄天の加護を降ろした結果、いつも以上に早く走れるようになった。

 そのため、妖たちの襲撃を撒くことができたが、足の筋肉に負担がまったくないわけはない。

 いまは会話するには問題ない程度に整ているが、つい先ほどまで呼吸は荒く、五色狐たちを呼び出すにも一苦労したくらいだった。

 もっとも、いまは本当に問題ないらしく、もう回復したと判断するや否や。


「さてと。白桜たちばかりに任せてられないから、俺らも」

「うん」


 自分たちも周辺の探索を開始していた。

 だが、素人目にわかることなどあるはずもなく、わかったことといえば、建築物として異様であるということ。

 そして、なぜか物々しい恰好をした男たちがある一角を固めているということの二つだけ。

 彼らがいったいどういった素性の人々なのかはわからないため、むやみに接触することは危険と判断した護は、ひそひそと月美に下がることを提案した。


「……月美、少し下がるぞ」

「うん……あの人たち、いったい……?」

「わからん。けど、下手に接触するとなんか危ない気がする」


 実際、護の勘は半分は正しかった。

 彼らは光の命令で、この建物に近づく人間を遠ざけるよう指示を受けて残っている調査局の職員だ。

 むろん、護と月美は「一般人」という定義からは外れる。

 だが、調査局の職員ではないうえにその界隈では名の通った術者が同行していない以上、一般人となんら変わりはない。


――仕事で来てるなんて行っても信じてくれないだろうし、最悪、拘束されるかもしれないな……さて、どうしたものかな


 彼らの包囲網を突破して、どうやって敵の懐に潜りこむか。

 護はその問題を、どう解決するか思考を巡らせることとなった。

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