第53話 夜の森を駆ける
一緒に行くと決めた護と月美だったが、目的地に到着するまでが大変だった。
森や山は古来、人間の生活圏から離れているため、妖や神が住まう場所とされてきたためか、闇が消えつつある現代日本においても妖が住み着いてることが多い。
そして、そこに住む彼らは獰猛な性格をしており、夜になると凶暴になる性質を持っている。
なぜなら、森や山に住まう妖たちの多くはそこを自分たちの不可侵の縄張りとしているため、そこに無許可で入ってきたものに容赦がない。
まして、いまは
妖が行動を本格的に行動を開始する時間だ。
そんな時刻に、妖たちの領域に侵入すれば、当然。
「オン、キリキリ、カラカラシバリ、ソワカ!」
「禁っ!!」
襲撃を受けることとなる。
だが、護も月美も彼らの攻撃を妖たちを傷つけることなく、すべて回避していた。
周囲を並走しているであろう五色狐たちも、おそらく同じように襲撃してきた妖たちを気絶させこそすれ、
なぜなら、護にしても五色狐たちにしても、妖たちが襲撃してくるそもそもの原因は自分たちにある。
彼らの襲撃も、侵入者を追い返すためのものであることを理解しているのだから。
このうえ、彼らの命まで取るような外道なまねはしたくない。
その想いから護たちはできる限り、襲撃してくる妖たちを傷つけない方法を取っているのだ。
「数が多いな……月美、隠形術使えたっけ?」
「摩利支天はまだ……」
摩利支天の真言を用いた隠形術は、密教の術にあたる。
節操なしと言われるほど、東洋の魔術、占術、霊術をかき集め、独自の体系にまで持ち上げた陰陽師であれば、用いることはたやすい。
だが、月美はもともと神社の巫女であり、神道に関連する呪術しか学んでいなかった。
むろん、記憶をひっくり返せば覚えている術の中から、隠形術に近い術思い出すこともできるだろうが、いまはそれをしているほどの時間も余裕もない。
「なら、少し乱暴なやり方になるけど……韋駄天よ、我が足に宿りて千里をかける加護を与え給え! 急々如律令!!」
明らかに真言とは違う言葉をつなぐと、護の足に青白い光が宿った。
その光の正体が何かはわからないが、月美はその端に出てきた単語に、護が何を意図しているのかを読み取り、護の手を強く握りしめ。
「しっかり捕まってろ!」
「うん!」
護からの指示に月美が力強くうなづくと、強い力で体が引っ張られる。
韋駄天は俊足であることで知られている神仏であり、先ほどの言葉は、その加護を体に宿すことを請願するものだったのだろう。
その加護のおかげか、護は普段なら出すことができない速度で木々の合間を縫い、山を走っていた。
だが、この術が護の体にどれだけの負担をかけているのか、わからない月美ではない。
「護!無理しないで!!」
「だい、じょうぶ! まだ、いける!!」
月美の悲鳴にも似た声に、護は息を切らせながら返す。
大丈夫ではないことは一目瞭然だが、ここでそれを指摘したところで、護が止まるとも思えなかった。
しかし、わかっていても声を掛けずにはいられない。
「それでも! あなたがここで壊れたら、意味がないじゃない!!」
「……っ……」
月美のその叫びを聞き入れたのか、護は速度を落とす。
それを体感した月美は、ほっと安堵のため息をついた。
背後を振り向くと、自分たちを追いかけていた妖たちがいない。
どうやら、うまく撒くことができたらしい。
そのことに気づいた二人は、息を整えてから、再び山道を歩き始めた。
護たちが妖たちの襲撃を撒こうと必死に走っていた頃。
反対側では、防弾チョッキのようなものを身につけた物々しい集団が山の中を分け入っていた。
その集団に向かって、光が指示を出していることから、特殊状況調査局の職員で編成された部隊であるようだ。
「気をつけて! このあたりはまだ特殊生物が生息しているうえに、時間帯も時間帯だ! 襲撃の可能性もある!!」
「り、了解!!」
光の言葉に、隊員の一人が返し、装備を握りしめた。
事前のミーティングで、襲撃してきた特殊生物への対処については伝えられており、その内容は彼らの装備を見ればおおよそ察することができる。
彼らが所持しているのは日本警察が正式採用している「M36J SAKURA」、通称「サクラ」と呼ばれる拳銃。あるいは自動小銃「SIG SAUER P230JP」だ。
いずれも殺傷力はそれなりであっても、相手を傷つけ、場合によっては命を刈り取ることができる、近代文明が生み出した武器である。
なお、彼らの所持している拳銃の弾丸には特殊な加工が施されている。
通常の兵器でも傷つけることそれ自体はできるが、完全に沈黙させることは難しい。
そのため、真言や神咒を弾丸に刻んだり、特殊な方法で製造したりすることで、特殊生物を死に追いやることを可能にする兵器へと進化させたのだ。
調査局の特殊生物に対する扱いは基本的に、襲撃してくるようであれば返り討ちにすることもやむなし、というもの。
保護はするがあくまでも人間に牙をむくようであれば、退治してしまって構わない。
あくまで、人間上位での共存が調査局の目指すものであることが、この装備からもうかがい知ることができる。
光たち特別編成班は、侵入者を排除しようと向かってきた特殊生物たちを容赦なく迎撃し、せん滅しながら森の中を分け入った。
森に侵入してから三十分は歩いただろうか。
光は目の前に建造物らしきものを見つけ、後続の捜査員たちに止まるよう指示を出した。
「では打ち合わせた通り、突入班はわたしに続け。残りの者は施設から逃げてきたものの確保、および、この施設に近づこうとするものの捕縛を」
背後にいる捜査員たちにそう告げると、数名の捜査員が入口とおぼしき場所へ近づいていき、残りは周囲の警戒を開始する。
いよいよ、この事件に終止符を打つときが来た。
光は興奮で震える心と体を、どうにか静め、突入班が開いた突入口へとむかい、中へ入っていく。
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