第26話 予兆
しばらくの間、ハンバーガーショップで明美と談笑していた月美だったが、夕食の時間が近くなり。
「あ、ごめん。そろそろ帰らないと」
「へ? もうそんな時間なの?!」
月美の指摘で、明美もようやく時計を見て、驚いたような声をあげる。
門限が厳しいというわけではないらしいが、それでも夕飯前には帰宅していたいという気持ちはあるらしい。
「そろそろお店、出ようか」
「そだね」
月美の提案にあっさりと同意し、明美は店を出る支度をした。
店を出た二人はそのまま家路に就いたのだが、この店から明美の家までの道の途中には土御門神社がある。
必然的に月美は明美と並んで帰ることになり、その間に様々なことを質問されることとなった。
「へぇ? あの土御門が一緒に勉強ねぇ」
当然、居候先である土御門神社のことにまで話が広がり、護と家でどのように過ごしているのかも問いかけられた。
術者であることは伏せて、当たり障りのない範囲で答えたのだが、その内容を聞いた明美は、普段の護からは想像できないらしく。
「……ちょっと想像できないわ」
とあり得ないとでも言いたそうな顔をしていた。
「そうなの?」
「だって、あいつ、ほとんど一人でいるんだよ?」
月美が首をかしげながら問いかけると、明美ははっきりと答えた。
おまけに、と明美はさらに続ける。
「無愛想だし、人と関わろうとはしないし。話しかけても無視するし、いつの間にか姿をくらませているし」
「へ、へぇ……」
明美の口から飛び出してくる言葉に、月美は苦笑を浮かべる。
確かに、明美が話していることは間違ってはいない。
間違っていないのだが、月美は護がそんな態度を取っている理由を知っている。
――護は、小学生の頃にひどいいじめにあったせいで他人を信じることをやめたって言ってたけど、それだけじゃない
護は幼いころから、その並外れた霊力と見鬼の才が災いして、人には見えないものを見ることができたため、同級生からも変人として扱われていた。
ただ変人扱いするだけならばともかく、ある事件をきっかけに、化け物呼ばわりされるようにもなったという。
その事件がきっかけで、同級生たちは護から距離を取るようになり、護は自然と孤立していったらしい。
だが、護が持つ生来の優しさがなくなったわけではない。
「人と距離を置こうとしてるけど、頼ったら助けようとしてくれるよ?護は本当はそれくらい優しい人だもん」
その優しさを知っている月美が、明美にそう説明した。
だが、普段の護の態度が態度であるためか、明美は信じることができないらしい。
「ごめん。優しい土御門とか、想像できないわぁ……」
額を抑えながら、そう返していた。
「そうかな?」
「だって話しかけても返事しかしないし、授業中に落とした消しゴム拾ってくれることもないし、宿題見せてくれたことなんて一度もないし」
「……最後のはさすがに優しさなんじゃないかなぁ?」
明美がいままで経験してきた護とのやりとりを聞いて、月美は苦笑しながらそう返す。
なお、落ちた消しゴムを拾わなかったのは、単純に消しゴムの存在に気づかなかったからであるのだが、それは明美が知る由もない。
月美が苦笑を浮かべていると、ふと背筋に冷たいものを感じた。
――妖気? けど、まだ明るいのに……
通常、妖が姿を見せはじめるのは、黄昏時の暗くなり始める時間帯だ。
春の彼岸を過ぎ、日も長くなってきたこの頃は、
そのため、まだ妖たちが活動するには少しばかり早い。
日が暮れるまでの間、妖たちは暗がりの中に身をひそめ、じっと気配を殺しているはずだ。
だというのに、感覚を研ぎすますことなく、妖気を感じ取れた。
それだけの力を持った妖、あるいは人に憑りついて活動しているということなら、話は早いのだが。
――そんな強い力を持っている妖がここにいるなんて話は聞いたことがない……
通常、力のある妖は自然とのつながりが強いため、人里から離れた森や山などに隠れ、身をひそめていることが多い。
だが、都会化が進み、森や山がなくなりつつある東京に、はたしてそれだけの力を持つ妖がいるのだろうか。
月美がそのことを疑問に感じていると、明美が声をかけてきた。
「月美、ついたよ。ほら、あそこ」
明美に促され、月美は明美が指さす方向へ視線を向けると、そこには浅葱色の袴姿で、竹箒を手にしている護がいた。
どうやら、境内の掃除をしていたようだ。
「あ、護……ただいま」
「おかえり。桜沢はさっきぶりか。月美が世話になったな」
「え? う、うん……」
まさか護の方から声をかけてくるとは思わなかったのか、明美はぽかんとしながら返す。
だが、すぐに護の服装に違和感を感じたらしい。
「てか、土御門。あんた、なんでそんな恰好でここにいんの?」
と聞いていた。
「この神社、俺ん家」
明美の質問に護が短く答えると、明美は納得顔になった。
だが、その言葉の意味を理解した瞬間、目を見開き、驚きの声をあげる。
「うぇっ??!! あんた、神社の息子だったの??!!」
「だったら悪いか? つか、苗字で気づけ」
「それもそっか……って、悪いとは言ってないじゃん! つか、なんで話さなかったのよ?!」
「話したぞ? 忘れただけだろ」
「あたし、聞いてない!!」
「なら、一年の時にクラスが違ったかのどっちかだ」
「同じクラスだったでしょうが!!」
「知らんな」
「あ、あのぉ……」
明美の反論が激しくなっていく中で、月美はおずおずと二人に声をかけてきた。
「そろそろ、おしまいにしない? 切りがないし」
その一言で、明美はそれ以上の反論をやめた。
明美が反論してこない以上、護もそれ以上、何も口を開くことはない。
ひとまず、この場が収まったことに、月美はほっとため息をついて、境内へとあがっていった。
「それじゃ、明美。また明日」
「ばいばい! 土御門も、またね」
月美がにこやかに別れの挨拶を告げると、明美は微笑みを浮かべながら返し、護にも別れを告げた。
もっとも、護はそれに言葉で返すことなく、無言で手を上げるだけだったのだが。
その様子に、さきほどの饒舌なやりとりが、実は嘘なのではないかという疑念を抱きながら、明美はいそいそと家路についたのだった。
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