第23話 いつもと変わらない日常~昼の光景~

 護と月美はドタバタしながらもどうにか遅刻することなく、教室にたどり着いた。

 教室に到着して早々、護は清に捕まり、月美はクラスメイトの女子数名とおしゃべりしていたため、学校で会話することはほとんどない。

 だが、二人とも特にそのことを気にしてはいないようだ。

 確かに、二人はつい先日になって恋人同士になった幼馴染で、月美の実家の事情で同棲している間柄であるが、それは互いの学校生活を拘束する理由にはならない。

 加えて、護自身が月美にはここにいる同級生たちと少しでも早く友達を作ってほしいと願っている。

 月美は確実に失われるはずだった護の命を救うため、月美は家族や親友との間にある関係性を対価として支払った。

 そのため、出雲にいる家族や親友たちの記憶から、月美に関する思い出は消失している。


――なくした友人の穴埋めをすることも必要だ。それに、学校の中でも一緒に行動しなきゃいけないルールはないしな


 と思っているため、特に月美とずっと行動できないことに不満を覚えているわけではない。

 だが、だからといって他の男子が月美に色目を使うことは許容できないらしい。


「おい、お前、気になってたんだろ?風森のこと」

「あ、あぁ、そうだけどさぁ……」

「いまなら土御門がそばにいないから、声かけるチャンスだって!!」


 現に、月美と少しでも親しくなろうとする男子たちが話し合っている声が耳に入れば、護は殺気が漏れない程度に鋭い視線を男子の方へ向けていた。

 だが、それに気づかない男子たちは、いざ月美のもとへ向かい、声をかける。


「か、風森さん。よかったら放課後、どっか遊びに……」

「……なんで、わたしがあなたたちと一緒に遊びにいかなきゃいけないの?」

「え?……そ、それは……」

「ほ、ほら、風森さんはまだこっちに来たばかりでまだ慣れてないだろうから、色々案内しようかなぁと」

「学校の周りと、お世話になってる場所の周辺だったら、護から色々教えてもらっているから、必要ないわ。それに、みんなからも教えてもらってるし」


 どうにか、放課後デートに誘おうと必死になっている男子たちだったが、月美ははっきりと拒絶の意思を持って切り返す。

 月美が護以外の男に興味がないことは明らかであり、はっきり言って、勝負はすでに見えているのだが、それでも粘ろうとして、男子はしどろもどろになる。

 そんな様子を見て、月美はにっこりと愛らしい笑みを浮かべつつ、その背後に般若の仮面を浮かびあがらせた。


「いい加減にしてくれないかしら? それとも、きっぱり言わないとわからないほど、あなたは鈍感さんなの?」

「え、えぇとそれは……」


 普段見せない月美の笑っていない笑顔に、男子の顔に冷や汗が伝い始める。

 そして、その影響は月美に声をかけるよう仕向けた男子たちにも出始めていた。


「あんまりしつこいと、どうなっても知らないわよ? ね、護?」

「そうだな」


 月美が男子の背後にむかってそう声をかけたので、恐る恐る背後に視線を向ける。

 そこには、不機嫌そうな顔をしている護の姿があった。

 錯覚かもしれないが、その背後には黒い炎のようなものがちらりちらりと見えている気がする。

 護のその状態に、男子たちの生存本能が警鐘を鳴らす。

 敗戦の色が濃く、これ以上の戦闘は余計な被害を生むだけ。

 そう判断した男子は、月美にむかって。


「す、すみませんでしたぁっ!!」


 と謝罪しながら、フェードアウトしていく。

 公言こそしていないが、護と月美が一緒にいる頻度の多さと、ぶっきらぼうなうえに不愛想で笑うことがほとんどなく、何より人を寄せ付けない雰囲気を常にまとっている護が、月美と一緒に話しているときだけはその雰囲気を柔らかくなっていることを知っている女子たちは 護と月美が恋人同士そういう関係であることを理解していた。


「ふん、いい気味」

「男子ってどうしてこう、鈍感なのかしらね?」

「さぁ?」

「まったく。普段の土御門を見てるなら、変化に気づけるはずだってのに……ほんと、男子って鈍感よね」


 そのため、ナンパに失敗した姿を見て、いい気味だ、と思っているらしく、辛辣なセリフを口にしていた。




 放課後になり、護と月美は家路に就こうとしていた。

 いつもなら、二人だけでしゃべりながら歩いているのだが、今回はその背後に清の姿がある。

 近寄りがたい雰囲気を常にまとっている護を、人並みの付き合いができるようにしようと画策している清としては、このまままっすぐ帰らせるつもりはない。

 護をどこか遊びに行ける場所に誘おうとしていた。

 が、やはりいつもの通り。


「お~い、護~、風森~」

「……」

「……」


 何度声をかけても、まるで示し合わせているかのように、無視を決め込んでいた。

 それでもくじけず、清は数回、数十回と声をかけ続ける。

 そのどれも無視を続けていたのだが、最終的に。


「……二人して同じ扱いなんて、ひどくないか? この似たもの夫婦」

「なっ??!! ふ、夫婦じゃないだろっ!!」

「そ、そうよ! まだ夫婦じゃないわよ!!」


 清がいじけながらつぶやいた言葉に、護と月美は同時に顔を真っ赤にして叫んだ。

 だが、その反応こそ、清が待っていたものだった。


「こうでもしないと、お前ら二人とも振り向かないだろ?」

「てめぇ、からかいやがったな……」

「はっはっは! 我勝利を得たり!!」


 顔を赤くしたまま、ややかすれた低い声で護が問いかけると、清は高らかに笑っていた。

 その様子に、護は呆れて何も言えず、顔を覆ってうなだれる。

 一方の月美は。


――ふ、夫婦……護と、夫婦……


 清の「夫婦」という単語が脳裏にループ再生していた。

 恋人同士であるため、近い関係にあるということは嘘ではない。

 嘘ではないとはいえ、やはり面と向かって言われたために恥ずかしさが出てきたようで、顔を紅くしたまま、呆然としてしまっていた。

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