淫夢、みませんでした?




 大河内の二冊の本が、脱稿された。

 一乗寺財閥110周年記念配布作品、剣豪小説、「文治の風/武士の覚悟」

 そして、典子が依頼したBL時代小説、「文治の風/忍ぶ恋」。


 二本の小説は、直緒が拝領し、編集作業に当たることになった。



 「本当に直緒さん一人で大丈夫ですか?」

古海がしつこい。

「なんなら、編プロに頼めば。ほらあの人、臼杵さんのとこにでも」

「大丈夫です。『忍ぶ恋』の方は、校閲さえすれば、後は典子さんがやってくれるし」


 現に典子は、イラストの依頼だと言って、絵師の先生の所へ出掛けている。


 「でも直緒さん、無理するから」

「好きな仕事です。無理なんて、思ってませんし。それより、古海さん。典子さんをダマしてるかと思うと、僕、心が痛みます……」

「そんなこと、気にしなくてよろしい」


古海は、紅茶のカップをそっと直緒の前に置いた。


「一乗寺財閥の名で、BL本を配布するなど、言語道断。もらった方も、困るでしょう。それに、『忍ぶ恋』の方は、著者が、モーリスに出版する権利をくれたんでしょ? しかも、大河内要の名で。時代作家に、BL小説を書かせる。お嬢様の目的は、達成されたわけじゃないですか」


直緒のデスクに寄り掛かり、自分もひとくち、紅茶を飲んだ。


「ま、先生の読者を根こそぎひっぱってこれるかどうかは、わかりませんがね」

「……」


 それは、直緒も無理なんじゃないかと思っている。

 何より、年配の読者の反応を思うと、不安にもなる。


 この層は、プラスの反応より、マイナスの反応の方が多かろう。

 炎上もありうるかもしれない。


 モーリスの為に、先生は、とても思い切ったことをなされたのだ。

 今さらながら、感謝の気持ちが湧いてくる。



 「君らの為じゃない。一乗寺財閥の為でもない。BLを文学に? はっ」

直緒に著者アカを入れたゲラを返す時、大河内は笑った。

「私は、息子の為にこれを書いた。息子との間の溝を、少しでも埋める為に。できたら、これから、理解し合える為に。その為の、ジャンルミックスだ」

それから、こう、付け加えた。

「ただ、そのきっかけを作ってくれた君には、感謝している……」




 「……直緒さん。いい仕事をなさいましたね」

 傍らで、古海が言った。

 直緒を、じっと見つめている。


「いいえ。これは、小説そのものが持っている力です。編集の仕事ではありません」

きっぱりと直緒は言った。

「僕の仕事は、BL小説と剣豪小説、先生から二つのお原稿を頂いたことです。これから、きっちり校閲して、割り付けすることです」

身内の引き締まる思いだった。


 「直緒さん……」

古海が言葉を途切らせた。

「直緒さん」

そう言って、すごく優しい顔をした。




 ドアフォンの音が聞こえた。

 モーリスの専用回線だ。

 立ち上がろうとする直緒を、古海が制した。

 「オフィスを無人にするのもどうかと。今日は、私が出ます」

そう言うと立ち上がり、部屋を出て行った。


 すぐに、来客を伴って戻ってきた。


 「やあ、モッチー、元気してた?」

 大河内の息子、義元だった。

 上機嫌で手を振っている。


 ちらと、古海を見やった。

「あ、あなた、席、外してくれる?」


 古海は無言で一礼し、立ち去った。



 「あのさ、その、モッチー、っての、やめてくんない?」

 古海の姿が見えなくなると、直緒は抗議をした。

 本谷、が、どうすれば、モッチーになるのか。


「なんで? 吉野さんもそう呼んでるじゃん」

吉野とは、大河内のところの家政婦の名である。


「吉野さんはいいよ。でも、君に呼ばれると、なんだか、背筋がむずむずする」

「じゃ、なんて呼べばいいのさ」

「普通に。名字で」

「わかった。これからは、ナオって呼ぶ」

「それは名前だよ」

「さっきのあの人も、直緒さんって呼ぶんだろ?」

「……ああ」


 考えてみれば、典子も古海も、名前で呼ぶ。


 典子は友達がいないので、直緒のことを友達に見立てている、フシがある。

 疑似的な、

 腐友。

 いや、まさか。


 一方、古海は……。

 ……なんで古海さんは、俺のこと、名前で呼ぶんだろう。



 義元は、父親から、ゲラを預かっていた。

 予めゲラには、直緒が、誤字脱字などのアカ入れし、疑問出しをしていた。

 そのアカの了承と、疑問への回答だ。


「細かいところまでみてくれてるって、親父、喜んでたぜ」


 実の所、編集サイドでアカを入れると、怒り狂う著者が、意外と多い。

 誤字脱字でさえ、赤い字で直されると怒る。

 この程度の字も間違えるのかと、人格を否定されたような気がするらしい。


 でも、敢て言わせてもらえば、完璧な原稿など、この世には存在しない。

 もっと言えば、完成された製品である本にも、誤字脱字が全くないわけではない。

 国語辞典にさえ、誤字脱字は、散見される。


 人間は、誰でも間違える。

 それは、直緒が実務編集者になって、最初に学んだことだ。


 一方、校正者は、日本語のプロだ。

 日本人なら誰でも使う日本語だが、その中にだって、プロはいる。

 間違いを必死になって探す、プロが。


 だから、アカ入れされても怒ることはないのに……。


 大河内は、直緒のアカを、全て許可してくれていた。

 疑問出しにも、丁寧に答えてくれている。

 よほど、著者との人間関係がうまくいっていないと、こうはいかない。



 「BLにまで、校閲かけたんだってね」

義元がゲラを指した。


 「ああ、それ」

「ゆもじって、女性用の下着のことなんだ。俺、知らなかったよ」


 「二布」という言葉に、大河内は「ゆもじ」とルビを振っていた。

 「ゆもじ(湯文字)」というのは、女性用の下着のことだ。

 問題は、作中でそれを身につけていたのが、男だったわけで……。


 「『浮世風呂』に『白木綿二布に規したもの』とあることまでは調べがついたんだ。二布というのは、横布2枚分、つまり、横方向を基準にした布2枚分を使うということだね。ただこれは、女性が腰から下を覆うシロモノでね。男性が身に着けたかどうかまでは、わからなかったんだ」


 大河内の読みにくい青インクを見ながら、直緒は頷いた。

「そうか。攻めの彼は、受けを女性に擬しているから、ここは、ゆもじでもいいわけか」


 他の疑問点につけられた解説も、一気に読み進めたい気分だった。


 「……」

 ふと気がつくと、義元が、じっと直緒を見つめていた。


 「あ?」

客人を放っておいたことに気づき、直緒は慌てた。

「ありがとう、ゲラ、持って来てくれて」

「いいよ。俺、ナオッちに話があってきたから」

「ナオッち?」

「モッチーはいやなんだろ? なら、ナオッち」

「それもいやだ」

「めんどくさい人だな」

「君の方が、めんどくさいよ」

「あのね。俺、典子さんに会った」


 直緒はぎょっとして目を上げた。

 飄々とした顔の義元がいた。


「まさか……『文治の風』が二冊あることを、バラさなかっただろうね?」

「うん、その時はね」

「その時は、って!?」

「彼女、とても熱心だね。……BLの布教に」

「布教という言葉はどうかと思うが、うちの編集長は、とても仕事熱心な人なんだ」

「俺、ヤだな、彼女をダマし続けんの」

「……しようがないだろ」

「ナオだっていやだよね」


ナオ、になった。


「……」

「それでもダマし続けるのは、古海さんの為?」


 いきなりそんな風に言われて、直緒は慌てた。

 取り乱した、と言っていい。


「いやだって、典子さんの思い通りさせてたら、一乗寺グループへのダメージが」

「関係ないだろ、そんなこと。モーリスは、一乗寺グループ傘下というわけじゃない」

「でも」


 義元は、典子の正体を知らないのだ。

 このまま暴走させたら、大変なことになる。

 そう、言いたかった。


 だが、うまく説明できない。

 なにより、ヒモノで腐女子の正体をバラすわけにはいかない。


 直緒の目を見つめ、義元は言った。

「あのコをダマし続けるのは、俺、いやだ」

「……」

「でも、どうしてもというのなら、黙っていてやってもいい」

「……?」

「ナオが、キスしてくれたら」


 義元は、唇を突きだした。

 直緒は途方に暮れて、その、瑞々しい唇を見つめる。

 目を閉じ、唇を突きだしているそのさまは、子どものようだった。


 意を決し、直緒は身を乗り出した。

 勢いよく、自分の唇を近づける。

 ……突き出された唇にではなく、頬に。

 欧米人が知り合いにするようなキスを、ちゅっとした。


「……なんだよ」


 義元が目を開けた。

 むっとした表情が浮かんでいる。


「なんだよ」

「キスだよ」

直緒は答えた。



**



 義元がオフィスを出ると、出てすぐの壁に、古海が寄り掛かっていた。


 「ナオにキス、してもらった」

 不機嫌を押し隠し、義元は言った。

 ことさら嬉しそうな顔をしてみせた。


 「そうですか」

「妬かないの?」

「妬く? なぜ、私が?」

「隠さなくてもいいよ。ナオと僕は、キス、したんだよ?」

「私には、アドバンテージがありますから」

「アドバンテージ? なんだよ、それは」


 古海は義元に、ぐいと顔を寄せた。

 唇が触れあう寸前まで近づけた。


「お子ちゃまにはわからないことです」

低い声で、彼は言った。



**



 ああ、なんで私は、いつもこういう場面に居合わせちゃうんだろう……。

 掃除用具収納用の小部屋の中で、もなみは、深いため息をついた。

 両手に捧げ持った盆が揺れ、カップの中の紅茶が、たぷんといった。



 来客があったので、お茶を淹れて、運ぶ途中だった。


 廊下を曲がったら、そわそわと歩き回っている古海が見えた。

 声を掛けようとした途端、はっとしたように、壁に寄りかかった。

 もなみに気がついたわけではない。


 すぐに、オフィスのドアが開き、客人の男の子が現れた。


 あ、もう帰るんだ、お茶、無駄になっちゃったかな、せめて、本谷さんだけにでも出すか……。

 などと平和なことを考えつつ、もなみは歩き続けた。


 不意に、古海が、男の子に飛びかかった。

 ようにしか、もなみには見えなかった。


 ……ま。古海さんったら。

 ……職場で、まっ昼間っから。


 二人は、今にも口をつけんばかりに、顔を近づけている。


 ……げ。ここでやるの?

 ……男同士の濡れ場、

 ……見たくない! 見たくありませんから!


 逃げ戻るには、近づきすぎていた。

 紅茶の盆も邪魔になる。


 もなみは、一番手近な、小部屋に逃げ込んだ。

 掃除用具収納室だ。

 生乾きの雑巾の匂いがした。



 「私には、アドバンテージがありますから」

 押し殺した古海の声が聞こえた。

 言っている内容とは裏腹に、深い焦りが、にじんでいた。


 ……あれ? 濡れ場じゃないみたい。


 そうなると、男同士が接近する理由は、ひとつしかない。

 ケンカだ。


 ……あの男の子はともかく、いい年をして、古海さんが。



 「アドバンテージ? なんだよ、それは」

男の子が問い掛けている。


 「お子ちゃまにはわからないことです」


 古海が、あんな若いコを相手に感情を露わにするなんて、理由はひとつ、というか、一人しかいない。


 ……アドバンテージって?


 その時もなみの頭にひらめいたのは、あの、本谷を家に送り届けた夜のことだ。


 ……やっぱり古海さん、本谷さんにイタズラを。


 足音荒く、立ち去る音がした。

 続いて、微かに、古海が通り過ぎてゆく気配。


 もなみは、息を殺して、100、数えた。

 念のため、もう、100、数えた。

 紅茶、すっかり冷めちゃったな、と、ちらと思った。


 そっと小部屋のドアを開け、外へ出た。

 廊下には誰もいなかった。


 少し考え、そのまま歩を進め、モーリスのオフィスへ向かった。


 「あら、お客様、帰られたんですか?」

 わざとらしくならぬよう気を付けて、声をかけた。


 本谷が、ぱっと顔を上げた。

 顔が赤くなっている。


 「えと。本谷さん、紅茶、いります?」

「あの、さっき、淹れてくれて。古海さんが」


 そう言って、デスクの上のカップを指さした。

 さては、廊下でのやりとりが聞こえたのか、と、もなみは思った。

 すぐに打ち消した。

 オフィスのドアは閉まっていた。

 防音は完璧だ。


 「本谷さん、熱でもあるんですかぁ?」

よりマイルドな尋ね方をした。


 「ぼ、ぼ、僕……」

本谷はごくりと唾を呑みこんだ。

「キス、しました」

「へえ、キス? 誰と?」


 ……いやだって、お嬢様はお留守だし。

 ……他のメイドは、モーリスのオフィスへは近づかないし。


 ……女が、いないじゃん!


「義元君と、」

「……」

「ほっぺに、ちゅっと」



 「本谷さん」

百戦錬磨のもなみは言った。

「それは、キスとはいいません」

「……」


「そんなことより、アドバンテージです」

「は?」

「本谷さん、あの晩のこと、覚えてます? ほら、2丁目で、大河内先生を接待をした晩のこと……」

「あっ!」


本谷が、はっとしたようにもなみを見た。

「僕……僕、お礼も言わずに。古海さんに聞きました。メイドさ……篠原さんが、送ってくれたんですよね!」

「え?」


 ……古海さんも一緒だったんだよ!

もなみはそう言いたいのだが、なんとなく、言いづらい雰囲気だ。


 「本当に、女性に送らせるなんて、なんてことを……。ありがとうございました」


 本谷は、唐突に立ち上がり、深々と頭を下げた。

 イケメンに感謝されるのは、悪くないものだ。

 ほんのり頬を染めた、大層な美形に。


 「朝、目が覚めたら、きちんとパジャマを着ていて……まさか、あれ……」

「違いますよ、私じゃ、ありません。私はただ、車で送っただけです」

「そうですよね」

見るからにほっとした表情を、本谷は浮かべた。


 いよいよ、古海の名が、出しづらくなった。

 もなみは、ちょっと疾しさを感じた。

 それでも、自分は、一言も嘘をついてないわけだし。

 それにしても。


 ……古海さん、お着替えまでさせてあげたんだ。

 ……それは、つまり……?


 「あの、本谷さん?」

もなみは言った。

「夢、みませんでした?」

「夢?」

「ええ。なにか、その、淫夢……」


 その時の本谷の顔を、もなみは、一生、忘れないだろう。

 人間の顔が、あそこまで赤くなるとは、思いもよらなかった。

 針でちょんと頬を突いたら、血が勢いよく噴き出そうだ。


 ……本谷さん、これはいよいよ危ない。

 赤面しまくる本谷と別れ、もなみは憂えた。



**



 椅子の背に体重を掛け、ぐうーっと伸びをした。

 午後9時を過ぎている。


 ……もう、帰らなきゃ。


 校閲の仕事も佳境に入り、ついつい、残業をしてしまった。

 正直、帰る時間も惜しい。

 それでも。

 また、明日、頑張る為に。


 直緒は立ち上がった。


 玄関に向けての長い廊下を歩いていると、階段から、古海が下りてきた。

 なんだかいつもと雰囲気が違う。

 眼鏡をしていなかった。

 服装も、黒のお仕着せではない。

 ポロシャツに、柔らかな素材のスラックス姿だった。

 くだけた服装だ。


「おや、直緒さん」

眉を上げた。

「こんな時間までお仕事ですか? 感心しませんね」

「え……?」


 直緒のいた業界では、8時といったら、まだ宵の口だ。この時間に帰社して、昼間できなかったデスクワークに手をつける者もいる。


 零細版元や編プロでは、残業代が出ないのも、ざらだった。

 中には、こっそりタイムカードを通してから、無給で残務を片づける者もいる。


 ……仕事を愛しているから。

 ……好きな仕事ができる自分は、運がいい。

 そんな気持ちが、情熱となっていた。



 「いけませんね」

古海が首を振った。

「プロならプロらしく、自分の仕事をきっちり売らなくては。無給でもいいなんて、それは、自分の安売り以外の何物でもありません」


「古海さんには、わかりません」

直緒は言った。

「僕は、本の為なら、どんなことでもする。命を賭けたって、惜しくない」


「あなたのような人を使い捨てて、出版業界はどうなりましたか?」

古海は言った。

「本は売れず、疲弊し、そこになにか、楽しいことがありましたか?」


 直緒は言葉を詰まらせた。

 本が売れないのは、事実だ。


「映画やゲーム、ネット。次々と新しい分野へ、より楽しい分野へ、人は向かうのです。日々の業務に追われて、周りが見えない人間には、気がつくことさえできません」

そこで、古海は言葉を和らげた。

「もっと自分を大切になさい。自分を粗末にする人の仕事は、その程度のものなのです」


 「古海さんこそ、こんな時間に、何をなさっていたのですか」

反論できないのが悔しく、直緒は矛先を変えた。


 「私? 私は、遊びにいくところです」

「遊びに? 古海さんが?」

「ええ。一人の人にロックオンして、思い詰めるのは、よくないですから」

「は? 意味が……」

「今は、ネットで簡単に出会いが手に入ります。気分転換は必要です」

「……」

「でも、もし直緒さんが……」


「もういいです!」

直緒は言った。

「僕は、仕事に恋してます!」

それは、典子が指摘したことだった。


 古海は複雑な顔をした。

 直緒は言い募った。

「あ、あなたこそ、典子さんという方がありながら……」

「典子さん? 腐女子でヒモノのお嬢様のことですか?」

「その、典子さんです」

「直緒さん、何をおっしゃってるのです? 大丈夫ですか?」

「ですから、あなたは、典子さんの……」


 婚約者、と言おうとした。

 言えなかった。


「あなたは、一乗寺社長のお気に入りで……、典子さんにダンスを申し込んで、……身代わりに踊ったのは、僕ですが……」

「違いますよ、直緒さん」


とても優しい目をして、古海は言った。


「私は、あなたと踊ってなんかいません」

「でも……」

「そして、一乗寺社長のお気に入りでもありません。社長が、大事な娘の人生を私に託すなど、あり得ないことです。私の仕事は、お嬢様の見守りだけです。暴走しないようにね」

「……」


 「篠原でしょう?」

古海は言った。

「まったく、あの子は……。腐る心配がないのはいいのですが、違う方向にエンジン全開ですから」


 「僕と踊ったことを、否定なさるのですね」

 なぜ自分がそんなことを言うのか、直緒自身にもわからなかった。

 気がついたら、口にしていた。

「本当は、僕となんか、踊りたくなかったんでしょう?」


「……」

「……」


 しばらく二人は、見つめ合った。

 やがて古海が尋ねた。


「……あなたは、どうでしたか?」

「僕は……」


 直緒はいいよどんだ。

 古海は黙って、返事を待っている。

 思い切って、口を開いた。

「創君の撮った写真の僕は、……すごく……すごく、幸せそうでした。恥ずかしくて、まともには見れなかった」


「そうですか」

真顔で古海は言った。

「そう……」

そう言って、くるりと背を向けた。


 「……古海さん?」

「夜遊びは取りやめです」

後ろを向いたまま、古海は言った。

「今夜は、お嬢様の真似をして、読書に勤しむことに致します。BLじゃありませんけど」



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