14 老婆マイヨール
ティアがこれまでの経緯を打ち明け、イスラを紹介した後で、ティアとイスラ、カホカと老婆のマイヨール――イヨ婆で卓を囲む。
「オレがリュニオスハートに来たのは――」
そこからティアは話を切り出した。
「ここから西の森の洞窟で、たまたま反乱の話を聞いたんだ。話のぜんぶが聞こえたわけじゃない。その後でイスラがふたりを追ったんだが、商人風と農民風の男たちだったと言っている。そのうちの農民風の男がリュニオスハートに入ったとも」
言いながらふたりの反応をうかがってみたが、イヨ婆とカホカの表情に変化はなかった。カホカにいたっては椅子に腰を深く沈ませ、また
構わずティアは続けた。
「で、すこし前の夜明け頃に、もうひとりの商人風の男がここに来るのを見た」
カホカの指が止まった。
「つまりアンタは私たちが反乱を企んでるって言いたいわけだ?」
「ちがうのか」
訊くと、カホカは面倒そうに天井を仰ぎながら、
「ちがわない」
きっぱりとそう言った。
「なにがあった?」
カホカに尋ねる。ティアの頭にあるのは、リュニオスハートの家名で呼んだときの彼女の反応である。相応の事情があるにちがいないのだ。
「別に……」
カホカは言って、
「
「その恨みを晴らしたい、ということか」
「恨むなって方が無理でしょ?」
カホカはゆるゆると顔を下ろす。碧い瞳がティアに向けられた。
「でも、わからない。恨みを晴らしたいって人もいるだろうけど、戦争がこういうもんだって諦めてる人もいるかもしれない。そんなの、色々。でも、この反乱に協力している人たちは、なんていうか……」
カホカの瞳が揺れるようだった。
「領主に目を覚まして欲しい、何かを伝えなきゃ気が済まない、ってことなんだと思うよ」
「そうか……」
領主のミハイル=リュニオスハートはカホカの父親に当たる人物である。にも関わらず、彼女はさも他人行儀に『領主』という言葉を使う。
違和感を覚えずにはいられなかったが、ティアはとりあえず黙っておくことにした。
そもそも、領主に対して領民が意見を申し立てること自体は珍しいことではない。税金が重すぎる、今年は農作物が不作だから軽減してほしい、といった具合に、領民はことあるごとに領主に対して要求する。
それで話が済めば事は単純だが、問題は和議がまとまらず交渉が長引いた場合、国が介入する可能性が出てくるということだ。あくまで自領のことは自領で解決するのが貴族間での不文律になってはいるものの、これがうまくいかないとなると、領主は国から貴族の資格を剥奪されかねない。「自領を統治できぬ者に、貴族を名乗る資格はない」というわけだ。王でさえ貴族である。自分の直轄領を増やすべく虎視眈々とその機会をうかがっているものだし、敵対する貴族に対しても絶好の付け入る隙を与えることになる。
それを恐れた領主が暴発し、武力のみで反乱を鎮圧してしまうこともありえる。こうなると反乱が収まったとしても禍根ばかりが残り、怨嗟の鎖が続くことになる。
目的が和議ではなくなってしまう。
「ティアといったな」
イヨ婆が口を開いた。
「お主は何がしたい。何を望む」
「よもや人助けと思うておるわけではあるまいないな」
言外に、お前は余所者だろう、という意図が込められているのをティアは敏感に感じ取っていた。たしかにその通りだ、とは思う。
「オレは元貴族だ」
まず言って、ティアは考え込む。自分が余所者であることはティア自身が一番よくわかっている。それでも、リュニオスハートに来た理由……。
「領主と領民が争うのを見るのは、悲しいことだ」
「それが本音かい?」
重ねて訊かれ、ティアは「たぶん」と答え、それからカホカに視線を移した。カホカが「ん?」といった様子で顔を傾げる。
「それと、カホカが悲しむのが嫌だと思った」
自分と関わりと持っている人が不幸になるかもしれないのを、見て見ぬふりはできない。
人だろうが吸血鬼だろうが、関係ない。そう思うことはとても自然なことで、カホカは他でもないティアの……タオの元婚約者であり、妹弟子なのだ。
そうティアが告げると、
「ば、馬鹿じゃないの!」
カホカが取り乱した様子で立ち上がった。
「タオに心配されるほど、アタシは落ちぶれちゃいないわ!」
「知ってるさ」と、ティアは認めて笑う。「カホカはオレなんかよりよっぽど器用にできている。心配したのはオレの勝手だ」
「……おのれ」
カホカは恨めしそうにつぶやくと、こちらに背を向け、イスラの前に屈み込んだ。
「スグリの実、食え」
「いらぬ」と断るイスラを無視し、「いいから食え」と、その口にスグリの実を押しつけはじめた。
「いらぬというが!」
イスラが唸り声をあげて威嚇しているにも関わらずに、「狼のくせに遠慮するな」と、ぐいぐい押しつけている。その耳が赤くなっているのを、ティアが微笑ましく見ていると、
「よかろう」
イヨ婆が笑うように言った。
「これがお主の疑問に答えることになるかは知らぬが、教えてやろう。お主の言うところの商人風の男とは、この街で武具を扱う
「そうだったのか……」
ようやく腑に落ちてティアが相槌を打つと、
「もともと戦争の舞台となった場所は領内のはずれでな。戦禍を被ったのも農民ばかりじゃった。そういった者たちをまとめたのがそこにおるカホカじゃ」
「そうか」
ティアがカホカを見ると、その視線を感じたのか、「うるさいな」と、ぼそりと言って、イスラの噛みしめた牙からせっせとスグリの実を押し込んでいる。
「……すっぱい」
イスラが不満げに言った。
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