13 カホカ=リュニオスハート

「じゃれるのはそこまでにおし」

 老婆に言われ、カホカは「うぃうぃ」と、その隣に腰を下ろす。

「で、アンタがタオのなんだって?」

 首を傾げ、カホカが訊いてくる。

「オレが、タオ=シフルだ」

 ティアが告げると、カホカが「はぁ?」と、こちらを見つめてくる。それから自分の胸とティアの胸とを見比べ、ポツリと「死ねばいいのに」と物騒なことを言い添えた。

「なんでタオがアタシよりも大きくなってんだよ?」

 そこは、「なんで女になってるんだ?」と訊くところではないだろうか。

 ティアは咳払いをしつつ、

「色々あったんだ。とりあえず話を聞いてくれ」

 これまでの経緯を話すと、カホカははじめ不審そうに聞いたが、話が進むうちに次第に熱心に耳を傾けるようになっていった。

 そうして自分が女に――吸血鬼ヴァンパイアになった経緯までを話し終えると、

「ふーん……」

 ぽりぽりと、カホカが頭を掻いた。

「イヨばあはどう思う?」

「嘘をついておる様子はない」

「うーん……」

 カホカはまだ釈然としない様子だ。しかし、それも当然かもしれない。旧知の人間と久しぶりに顔を合わせてみた結果、容貌だけでなく、性別までも変わっていたのだ。

「じゃ、訊くけどさ」

 そう言ってカホカからいくつかの質問を受けた。すべて、タオとカホカの出会いから師匠での修行の日々についてだった。当人たちでなければ知るはずもない内容である。

 もちろん、タオであるティアに答えられない質問はなかった。

「ぜんぶ、正解なんだよなぁ」

 カホカが困ったように笑った。腕組みをすると、

「ていうか、アンタの話がぜんぶ本当なら、めちゃくちゃ悲惨な目に遭ったってことじゃないの?」

「だから、そう言ってる」

「すげーひどい奴じゃん、そのウラスロって奴」

「そうだ」 

 思わず、ティアの目つきが険しくなった。

「……嘘であってくれれば、どれだけ救われることか」

 燃えるシフルの街と、冷たい影と化した家族たち。 

 その光景が脳裏に映し出された時、ティアの相貌がにわかに赤く染まりはじめた。思い出すだけで呪詛と憎悪とが混ざり合い、腹の底に黒く溜まっていく。

「オレは、すべてをウラスロに奪われた」

 ティアの言葉に、カホカが驚いたように瞳を大きくさせた。

「アンタ……」

 まじまじとこちらを見つめてくるカホカに対し、ティアもまた、まばたきもせずカホカを見つめ返した。

「アンタ、本当に?」

 カホカがするどく息を呑む。

 その時、隣の老婆が口を開いた。

「王都に行く、とクラウディアから聞いておる。お前は一体、国の第一王子に復讐でもするつもりかえ?」

「そりゃ、するでしょ」

 なぜかカホカがうなずく。が、一方のティアはうなずくことができなかった。

「復讐はしたい」

 瞳の力を弱めていく。

「いや、しなければいけない。今すぐウラスロを殺したい。でも――イスラはまだ早いと言う。いまのオレには無理だと。それでもオレは王都に行こうと思った。自分が何を思うか、何ができるのか、確かめたいんだ」

 タオ=シフルであって、タオ=シフルではないもの。

 自分はいったい何者なのだろう。

 改めてティアは思う。


 ――吸血鬼ヴァンパイア

 夜を支配する者、泣き虫ティアーナの吸血鬼。


「……イスラとはお前の影に潜む者かえ」

 老婆から訊かれ、ティアが答えようとすると、

「その通り」

 イスラの声が室内に響いた。ティアの影から、イスラがゆっくりと顔を出し、その体躯を現す。

「おお、でっかい犬」

 カホカが猫のように円らな瞳を見開く。

「狼じゃ」

「へぇ」となぜかカホカは嬉しそうに顔を輝かせた。

スグリの実ベリー食うか?」

「いらぬ」

 ぷい、とイスラはカホカから視線を老婆に向けた。

おうなよ。なかなかに奇妙な力を持っておるな」

 イスラから言われ、老婆は含んだ笑い声を漏らした。

「なに、他より長生きが進めばこうなりましょう。猫も戸を開けるようになる」

「狼もな」

 お互いにくっくと笑う。ティアはイスラと老婆を交互に見やった。両者とも永い時を生きているだけあって、共感する部分があるのかもしれない。

「強い神気を感じまするな」

「この程度の力、残りカスのようなものじゃ」

 言い、イスラはティアを鼻先で示す。

此奴こやつを吸血鬼化させるためにほとんどの力を使い果たしてしまった。にも関わらず、此奴は感謝すらせぬ」

「しているぞ」

 思わずティアは口を挟む。感謝は、している。本音を言えば、吸血鬼化うんぬんではなく、ただ一緒にいてくれるという、それだけで十分感謝をしているのだが、さすがに面とむかって伝えるのは気恥ずかしい。

「挙句の果てに血さえ飲もうとせぬ。まったく呆れた娘じゃ」

 やれやれと首を振るイスラに、ティアがむっつりと黙り込んでいると、

「血が欲しいのか?」

「いや……」

 カホカからあけすけな質問を投げられ、ティアは口ごもる。

「アンタがタオなら、別にちょっとくらいあげるけど」

 そう言ってカホカは自分の首筋をティアに見せつけてくる。白いうなじを見せつけられ、ティアが所在なげに視線をさまよわせると、「ははーん」と、カホカは意地悪そうに口の端を持ち上げた。

「もしかして恥ずかしがってんの?」

 くっひっひ、と笑いながらカホカは卓に膝をつき、こちらに身を乗り出してきた。これ見よがしに自分のうなじを見せつけてくる。

「ほぉーれ、ほぉーれ。このエロすけめ。カホカちゃんの血が欲しい言うてみ」

「誰がエロすけだ!」

「よかったのう」

 つまらなさそうにイスラが言った。

「提供者が見つかったぞ、喜べ」

「喜ぶかよ」

 ティアは自分の頬が熱くなるのを感じて顔をそらした。

「誰がこんな奴の血なんか……」

「あぁん?」

 カホカが不満そうな顔をこちらに近づけてくる。

「アタシの血が飲めねぇってのか」

 息巻く姿は酔っ払いのそれである。

「上等じゃねーか。オラ飲め、飲めこの臆病者チキンやろう。ここいらじゃ、アタシの血は馬鹿みてぇにうめぇってもっぱらの噂」

「いい加減なことを言うんじゃない!」

「そんなもん飲んでみなきゃわかんないでしょうが。あ――」

 はっはーん、とカホカはさらに口の端を持ち上げた。彼女がこの邪悪な笑みを浮かべるときはロクなことが起こらない。

 案の定、カホカは卓に置いた膝を持ち上げると、上衣の長裾をずらして太腿ふとももを見せつけてきた。

「こっちか。こっちがええんやろこのメス豚め。ほれほれぇい」

「やめろ、馬鹿!」

「乳がなんぼのもんじゃーい!」

 ふはは、と勝ち誇ったようにカホカが高笑いする。完全に酔っ払である。

 すると、老婆の杖が床を叩いた。

「カホカ、遊びが過ぎるよ。いい加減におし」

 老婆に叱られると、カホカは驚くほど素直に「へーへー」と椅子に戻り、卓の上で両脚を組んだ。

「タオのせいでイヨ婆から怒られちゃったじゃない」

「……全部お前が勝手にやったんだ」

「まったく、話が進まなくていけないね」

 愚痴をこぼし、老婆は苦い笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る