12:帰る場所

 アルフォンはどこから来たか素性のわからない女性を帰す為に、当人から聞き入れた情報を元に場所を特定してきた。

 地域から、国を割り出し、国の地図から村や街を探し、あとは往復でかかる日数を計算。

 信頼のおける兵士を護衛につけ、兵士が抜けた穴を残った兵士で埋める。

 兵士の労働時間を超えないよう采配しなくてはならず、穴埋めに頭を悩ませる。

 どうにもならない時は、空いてしまった穴を、アルフォンの従者クレストファを動かし埋めていた。

 過去に召喚された女性たちは皆、国内から魔方陣で召喚されていた。

 フィリアルが召喚術を始めて成功させたのは五年前の事。

 美衣歌が召喚された部屋で、最初の召喚はひっそりと行われた。

 その日、フィリアルは珍しく上機嫌でアルフォンの執務室に表れた。午後の執務をすべてキャンセルしたと半ば強引に部屋から連れ出され、地下の部屋で、動きを封じられ、嫌な予感がよぎった。

 アルフォンの婚約者を連れてくるのだ、と胸を張り、『それ』は行われた。

 捕縛魔法に囚われ、動くことができないアルフォンの目前で、フィリアルは不気味な微笑みで魔法言語を唱え始めた。

 床に描かれた幾何学模様の魔法陣から黄金色の光が現れ、まっすぐ空へと延びていく。

 眩しい光に目を細めた。開けていたらこちらの目が光でやられてしまう。

 光が落ち着いた頃、魔法陣にはアルフォンより歳を重ねた、二十代の女性が現れた。手には農具、服は土にまみれた、まさに畑仕事をしていた最中の格好だった。

 彼女はくわを振り下ろしたばかりのところで、明るい場所から暗い場所に、土だった場所は石に変わり、振り子のように降ろされた鍬の先がガツンと石に当たった。

 突如変わった景色と場所に彼女は動転し、周囲を見回した。

 石で囲われた部屋で窓もない。どこかわからず、余計に慌てふためいた。

『あなた、今日から我が息子の婚約者となるのよ』

 状況が把握できない女性へフィリアルは高笑いをし、悪びれずに言い放った。

 その時の女性の驚愕した表情は忘れたくても忘れられない。


 それから何度か召喚は繰り返された。

 喚ばれた彼女たちの大半は家に帰りたいと主張するなか、例外もいた。王家に入れると喜ぶ者たちだ。

 一般市民が王家に入るには教養と知識、国家間の現状に、地理等覚えることが山のようにある。しがらみの多い場にはいるよりも、元いた場所がいい。こんこんと、半ば脅しのように伝えれば大抵は家に帰ると泣きべそをかきながら訴えてくる。

 誘拐と言われかねないフィリアルの行為で、良好な関係を築けている国同士に亀裂を生じさせる可能性があり、特に皇国の東に隣接するカヴァロン帝国は、帝国というだけに、ここウィステラ皇国の倍近い国土を持つ。

 国土が広大なのもあり、兵力は強い。帝国を敵に回した国は帝国の兵力に負け、帝国に吸収され国が無くなると言われている。

 フィリアルがこのカヴァロン帝国出身とはいえ、外交に気を配らなければならない国に変わりはない。幸い、召喚術の犠牲者に帝国の出身者は出ていない。

 今回は――。

 場所の特定が全くできない。

 異世界からの召喚が成功したと信じれず、少女から聞き出した聞きなれない国名を近隣諸国の書かれた地図で端から端まで探した。

 今回新たに召喚された少女は見なれない衣服を身にまとい、魔方陣の上に座り込んでいた。

 国外に目をつけ、地図から聞いた地名を探すが、見つからない。

 その場に居合わせたアルフォン以上に世界の地理に詳しい人物がいる。

 アルフォンの師に聞いてみると「聞いたことがない」と首をかしげられた。

 住んでいる場所が特定できなければ家へ帰すことができない。異界から召喚されたと信じたくもない。なんとか国と場所を特定しなくてはならなかった。

 一週間後の婚約式前までに彼女を城から出さなくては帰しにくくなる。それだけはなんとしてでも避けなければならない。

 婚約式以降は周りがアルフォンの婚約者として、彼女を意識する。未婚の貴族令嬢は後ろ盾のない美衣歌を認めないだろう。

 貴族を婚約者としても、別の貴族がねたみ、一般女性から選べば、貴族からの執拗な嫌がらせを受けることになる。納得できる女性でなければ、女たちは嫉み嫌うのだ。

 それならいっそ、作らなければいいのだ。

 調べてみるという師に任せ、執務室にこもり寝る間も惜しんで場所の特定を急ぐが見つからない。諦めきれず、探すこと2日。師はアルフォンの執務室へ蒼白な顔で飛んできた。

 2日かかって見つけられなかった地名を見つけたにしては、表情が明るくない。嫌な予感がした。

「見つかったのか?」

 よくない知らせを肌で感じながら、尋ねる。

「アルフォンさま、フランスというお国をわたくしの書籍、情報網を駆使して探しましたが……」

 蒼白な顔を隠そうともしない師に、聞かずとも察した。

 しかし、ほんのひとかけらの期待を捨てきれず、先を促す。

「そのようなお国はどこにもございません。パリという名はどこにも存在しておりません」

 アルフォンへ無情にも告げられた事実は残酷にも、異界人を裏付けることとなった。

 異国どころか、異世界人をフィリアルは召喚した。

 魔法以外帰す方法がない。

 彼女を家へ帰すことができないのだ。



 師が執務室から退室すると、フィリアルが断りもなく入室してきた。

 婚約式の話をはずんだ声で話す母親に、どこの人かもわからない人を城へ入れることへの危機感のなさを指摘した。王城へ住むことが許されているのは限られた一部の貴族だけ。名家の貴族に限られている。

 そこへ素性の知れない女性を魔法で召喚し、城へ住まわせるということ自体が許されない。

 城内で何かを起こさせない為に入城時、厳しいチェックがされる。

 各項目合わせて百近い詰問にすべてが偽りなく答えられなけば、その時点で入城できない。

 厳しい確認を乗り越えて居城している者が多いなか、美衣歌が素性の知れない女性だと彼らが知ればどうなるか。

 不満が、国外から女性を娶った皇王へ集まり、どうなっていくか手に取るようにわかる。

 元の場所へ戻すにはフィリアルの魔法しかない。召喚できたんだから帰喚させることができるはずだ。

 無関係の彼女を巻き込むのは、彼女がかわいそうだと訴えたら、突然インク瓶を投げられた。大量のインクが溢れ出し、アルフォンの顔と服、未確認の書類を汚した。クレストファが補充したばかりだったインク瓶は少量のインクを残して絨毯の上へ落ちた。絨毯に黒いシミをつける。

「帰す方法はないわよ。あれは、わたくし独自で編み出した魔法。帰喚魔法は作ってないの。今度こそ、わたくしの勝ちね、アルフォン」

 フィリアルはしてやったりという笑顔を向けた。アルフォンが悪いと言い逃げのように部屋を出て行く。

 インクまみれでは仕事にならず、クレストファにすすめられ湯殿へ向かった。

 帰す場所が分からない少女と、数日後の婚約式。婚約式を逃れるすべを考えなければならないところへ、母親にインクを浴びせられ、イライラが募っていた。

 フィリアルは無関係の美衣歌を王家へ引き込もうとしている。婚約式を挙げてしまうと美衣歌を城の外へ出すことは難しい。

 婚約式に国内有数の貴族、皇王家一族、外交のある他国の代表が招かれ、盛大に行われる。アルフォンの相手は皇王が認めている彼女だけだと示す意味がある。

 アルフォンの相手にと狙う貴族は多い。

 理由の一つにフィリアルの存在が大きく影響している。

 フィリアルは、隣国カヴァロン帝国で帝王の次に帝国内で力を持つといわれる三大王家、ルスメイア家の出身だ。

 ルスメイア家は帝国内で数少ない魔力を持った一族で、カヴァロン帝国では大変重宝されている。ルスメイア家の血筋は魔力が強く、強い魔力を後世へ残していく為に一族間で結婚をすることが多い。

 その一族が初めて他国へ嫁に出したのが、ルスメイア家でも秀でて魔力が強く独自に新しい魔法を作り出すフィリアルだった。

 カヴァロン帝国内の貴族の間で有名な彼女が他国の王に見初められ、生まれた最初の子供がアルフォンだ。

 アルフォンはフィリアルから魔力を受け継がなかった。しかし、アルフォン中に流れる血は間違いなく、ルスメイア家のものが流れている。

 その嫁にわが子を、という内容の手紙がここ数年多く寄せられる。狙っているのは、アルフォンの嫁の地位ではない。一族に魔力を持つ子供がほしいのだ。

 アルフォンの嫁が決まれば今度は下の兄弟へ目が向いていく。

 幼い頃に相手を決められる王家で、めずらしく婚姻相手のいないアルフォンの嫁は喉から手が出るほどほしい地位になっていた。

 地位欲しさに、毎日のように手紙を送る根気強い輩がいる。

 執拗に娘を嫁にと書いてくるが、アルフォンは誰も嫁にする気はなかった。これからも、そのような相手を探す気はない。

 帰る先がない美衣歌を、どのようにして城の外へ出すか考えながら廊下を進む。期限は婚約式前日までの4日間しかない。

(城に仕えていた元侍女長の家に、帰還方法がわかるまで一時的に住まわせてもらうか……。だが、それを受け入れてくれる侍女長が近くにいたか?)

「クレア」

「城仕えの信頼のおける元侍女長を洗い出してくれ」

「かしこまりました」

 湯殿へ向かいながら、クレストファへ頼んだ。

 快く引き受けたクレストファはアルフォンの散々な姿にクスリと笑った。

 早くこのインクを落としてしまわなければならない。余計な仕事を増やすのはやめてほしい。

 一階の奥まった場所に執務室から一番近い湯殿がある。広い湯船で花が浮いていて、花湯が楽しめ、フィリアルが気に入っている。

 アルフォンは湯船に花を浮かせて楽しむ習慣はないが、今は緊急事態で使うしかない。

 湯殿の前に誰も立っていないことを確認する。

 使用中であれば人がはいれないよう扉の前に侍女か護衛兵が立っている。アルフォンの場合はクレストファがその役目を担う。

 クレストファを廊下に立たせ、扉を開けた。ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐる。

 この匂いが体につくかと思うと、花湯を使う気になれない。

「そこを動くなよ。インクを落としたらすぐ戻ってくる」

「心配されなくても動きませんよ」

 苦笑交じりにクリストファは主を見送った。扉を閉めながら、どうだかとつぶやく。

 彼はフィリアルが召喚術を行うもっと前、別の湯殿で女性が使っているのを知りながら、アルフォンを中へ押し込んだことがある。外側から開けられないように女性の従者と画策し、ひどい目にあった。

 インクがべっとりとついた上着を脱ぐ。インクが染みこんでいて、染みぬきに時間がかかるだろう。染みが抜ききれなければもう着れない。

 上着の中に着ているシャツを脱ぐと、シャツは無事だった。

 ガタンと衝立に何かが当たる音が背後から聞こえた。

 振り返ると、衝立の向こうに三日前召喚された少女が立っていた。

 誰もいない湯殿に、瞬きを忘れた瞳。火照った顔。髪の毛の色が黒から茶色に変わっていた。

 少女の震えた唇から悲鳴があがり、アルフォンは我に返った。

 衝立の向こうへ姿を隠した少女へ脱衣所にあったタオルを衝立にかけ、シャツを急いで羽織り湯殿を出た。

 廊下にはクレストファが立っておらず、美衣歌の侍女もいない。

 動くなと行ったそばから、これか!

 アルフォンのように誰かが無遠慮に中へ入って来たら、彼女がまた困る。

 別の湯殿を使おうとしたが侍女が戻ってくるか、彼女が出てくるまで待つことにした。

 壁に背を預け、またはめられたと吐き捨てた。

 前は女性の従者が。今回はフィリアルだろう。

 インクをかけた後の笑みがそれを物語っていた。

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