11・従者よ、思惑に踊れ

 光の都市からまだ西寄りの広大な野原。人の住む場所ではない荒れた野に二人は足を踏み入れた。

 ゴロゴロと大きな石ばかりのそこは、あと少し歩けば高い木がそびえ立っている。固い大地にしっかりと根を張った木は頑丈そうだ。


「んー……なかなか見晴らしが良いのう……ただ、天気が良うない。昼寝が出来ん」


 傍らで安穏と笑うのは、目をきゅっとつりあげたままの三毛猫。深緑の村を出てから独り言が多く、紅鴉はもう我慢の限界だった。邪険に言ってやる。


「その辺で寝てればいいだろ」


「その辺て。おい、カラス。お前はこーんなゴロゴロの上で寝られるんか。俺は絶対に嫌じゃ」


「あーもう! うるっせぇんだよ! ちょっとは危機感持ったらどーなんだ!」


 堪らず怒鳴ると、大地に転がる石が僅かに震えた。しかし、三毛猫はどこ吹く風であっけらかんとしている。


「むぅ……? ……? なんで俺らが危機感持たないかんの……」


 どうやら響かなかったらしい。それどころか、紅鴉の言葉に違和を抱いている。紅鴉は鼻を鳴らし、先へ進んだ。どこまで行っても石だらけで、とにかくあの頑丈そうな木まで辿り着くことを目標に考えた。

 傍らでは未だに納得のいかない三毛猫。何やら閃いたらしく、ポンと手を打つ。


「あー、分かった。さては『緊張感』て言いたかったんじゃろ。そうじゃろ」


「うるせぇ、バーカ」


「バカはお前じゃ。そろそろ言葉を覚えたらどうよ。そんなじゃからイオルと喧嘩ばっかになるんじゃろ?」


 三毛猫はケラケラと笑い声を上げた。そのせいで足元の小石が震える。ここはどうも音がよく響く場所らしい。だだっ広い野原なのだが……。


 紅鴉は笑う三毛猫の足を思い切り蹴飛ばした。意外にも命中し、三毛猫は笑いから悲鳴へと乗り換えた。


「何すんのじゃ!」


「何すんのじゃ、じゃねぇんだよ! ちっとは静かにしろよ! はしゃぐな、ボケ猫」


 紅鴉は荒野を眺め、一歩一歩踏みしめる度にごくりと唾を飲んでいた。

 それを見つけたのか、しばらく痛みに呻いていた三毛猫が「ふむ」と思案する。


「も一つ分かったぞ。お前さん、さては村から出てビビっとるんじゃな」


「なっ」


 紅鴉は顔を強張らせた。それが何よりの証拠だった。三毛猫がニンマリとほくそ笑む。


「はっはーん。なるほどなぁ〜……そうかそうか。お前、村の外にも出たことなかったんじゃなぁ」


「出たことねぇよ。てか、てめぇもそうじゃねーのかよ」


 村の外に出たことなど一度もない。ましてや森からもあまり出ることがない。この開けた大地をどう歩けば良いのか分からない。身を隠す場所がないからか、余計に気を張っておかなくてはいけない。

 それなのに傍らの相棒は呑気そのもので余裕の態度である。紅鴉は怪訝に三毛猫を見やった。


「……おい、ボケ猫」


「三毛猫て言うとるじゃろ、バカ鴉」


「うるせぇ、化け猫――……お前さ、怖くねぇの?」


「はぁ? なんがぁ?」


 素っ頓狂な声で三毛猫が返す。紅鴉は肩を落とした。


「いや、だって……なんか……いつもと違うことをしなきゃいけねーってのがさ、俺は多分、怖いんだ」


 慎重に言葉を選べば、辿々しくなってしまう。子供のようだと思えたが、普段とそう変わりない気がするので紅鴉は自嘲気味に笑った。

 一方、珍しく静かに話す相棒の様子に三毛猫は不機嫌そうに眉を顰めていた。


「なんじゃ、お前。いつからそんな臆病者おくびょーもんになったんじゃ」


「いや……なんだろ……」


「あの塔におったらそんなんなるんかのう……おぉ、怖い。そっちの方が怖いわ」


 茶化すように三毛猫は言うが、その顔に笑みはなかった。

 紅鴉は虚の塔を思い出し、渇いた笑いを飛ばす。あれは確かに自身を見失いそうになる場所だ。そのせいなのだろうか。


「そんなもん、捨てろ。邪魔んなる。そんなんじゃから、お前さんはいつまで経っても半端なんじゃ。しっかりせぇよ」


 三毛猫はそう言い捨てると、飛ぶように石の道を駆けた。急に走り出すので、紅鴉も慌ててその後を追いかける。


「でもさ! そうやって感じちまうのはどうしようもねーんじゃねぇの? お前はそういうのねぇのかよ」


 よく分からない目的――決して自身の意思ではないのに、見知らぬ土地を歩いて広い大地の中にたった一人を探し出す。無謀だ。

 今までは決まったことを主の命のままに従ってきただけ。今回も主の命ではあるのだが……紅鴉の抱くものは、どんよりと重たい、気持ちの悪いものだった。その正体が分からないことも不安を掻き立てるのだが。


 紅鴉の言葉に三毛猫は首を傾げていた。そして、逡巡の後にニヤリと笑う。


「さてなぁ……そんなもん、いちいち考えとったら身が持たんじゃろ」


 石を踏みながら三毛猫は言う。それを後ろから追いかける。

 そう言えば、昔もこんな風に三毛猫の後をついて回っていたことがあった。今よりもずっと幼くて、まだ一人で狩りも出来ない時だったと思う。紅鴉はそんな過去を重ねて見た。


「――なぁ、紅鴉」


 ぼんやりとしていれば、三毛猫が急に振り返る。


「うわっ」


「ぼけーっとすな。さっき、俺に緊張感持て言うとったくせに」


 不満げな三毛猫に、紅鴉は何も言えずにいた。どうにも落ち着かない。やはり、見知らぬ土地を歩くのがそうさせているのか。


「……まぁ、いい。考えることは悪いことじゃあないからのう……考えんくてもええんじゃが。考えてしまうんならしょうがない」


 見兼ねたらしく、三毛猫は呆れた息を吐き出した。そして、荒野の先にそびえる木を指し示す。


「あっこまで行ったら休憩な。ちと疲れたわ」


 言うや否や、彼は風に乗るように荒野を駆けた。


「全然疲れてねぇじゃねーか、あいつ……」


 今や砂埃を巻き上げながら疾風の如く、頑丈な木まで思い切り走っていく三毛猫の伸びやかな動きに紅鴉は呆れた。だが、呆れながらも彼の走りに僅かな高揚があった。

 思い切り、飛ぶ。限られたあの鬱蒼とした森ではない。ここは広い荒野だ。どこまでも高く飛んでいいのだ。空を掴もうと、紅鴉は大きく跳躍した。




 全力を出したわけではないが、この開放的な空を前にして羽目を外してしまったらしい。

 三毛猫に「はしゃぐな」と言っておきながらも天高く飛び、着地に失敗してしまったのだ。顔面を思い切りぶつけた紅鴉は、三毛猫の大笑いに苛立ちを募らせる一方だった。


「あはははははははっ! バカめ! お前、ほんっと、大バカじゃなぁ! バカ鴉! ぶふぉっ」


 腹を抱えて笑う三毛猫の尻に蹴りを一つ入れてやる。それでも三毛猫は笑いを堪えきれず、木陰でしばらくは三毛猫の笑い声が響いていた。


「あー、もう……面白かったぁ……森じゃこんなん出来んからのう、羽目を外すのも良かろうて」


 まだ痛む顔を擦りながら紅鴉は不機嫌顕に黙っている。苛立ちは消えないが。


「はぁーあ……面白かった。そんじゃ、ちょいと真面目な話でもしようかのう」


 そろそろ紅鴉が矢を放ちそうだ。そんな不穏を感じ取った三毛猫は、それでものんびりと緊張感のない声音で話し始めた。

 木の幹に寝そべって大欠伸をし、うとうとしながら「うーん」と言葉の始まりを探る。


「……さてさて、と。まずは今回のことじゃな。お前さんの言うように、いつもとは違う。俺らは考えずにただただ罪人を殺せばええはずじゃ。だが、今回は村の外に出てしまった一匹のイビトを捕まえないかんようになった。ここまでは分かるな?」


 ゆっくりと説明をするのは眠いからか、それとも紅鴉への配慮か。後者の場合なら、からかっているのだろうが。


「まぁ、普通ならイオルもここまでのことはせん。従者二匹も外に出すなんて、いよいよ気が触れたとしか思えん。それくらい、あの主は臆病で弱い……加えてワガママじゃ。そんな奴が、一人であの城にいられるとでも思うか?」


「えっ……」


 思わず声が漏れた。紅鴉は目を瞠り、三毛猫に驚きの顔を見せる。


「えっ、て、お前さんもてっきり気がついとるんじゃろうと思っとったわ。なんじゃい、違うんかい」


 紅鴉は何も言えなかった。確かに驚きもあったのだが、不穏の正体がようやく分かった気がしたのだ。


「それじゃあ、なんだ。イオルはまたってこと……?」


 慎重に言ってみると、今度は三毛猫が意外そうに「おお」と声を上げて驚いた。


「バカにしては察しが良いのう」


 もう挑発には乗るまい。しかし、いちいち揚げ足を取らなくても良いではないか。紅鴉は鬱憤をどうにか喉まで押さえ込んだ。

 三毛猫はわざとそう煽ってくるのだ。そして、弟分の怒り顔を見るのが楽しみで仕方ない。散々からかい尽くした後、三毛猫は機嫌よく言った。


「そーいうことじゃろうな。新しいヤツ……さて、イオルはつくった者のことを『新人類』と呼んでおったかのう。それの餌食になるのが、多分、あの娘じゃ」


「どの娘だ」


「あぁ、お前さんは知らんかったかな。あのイビトの友人とやらじゃった、確か……あーあ、可哀想に」


 言葉とは裏腹に三毛猫は愉快そう。紅鴉は「ふーん」と素っ気なく頬杖をつく。

 新しい従者――自分たちと同じ従者がまた新たにつくられる。成功するかどうかは怪しいが。しかし、イオルの機嫌の良さを見る限り、その娘とやらが適応しているのだろう。それに、罪人も捕まえていると聞いた。

 その罪人は使わないのだろうか。使えないのだろうか。


 紅鴉は城に転がる「出来損ない」の塊を思い浮かべた。あれはイオルの失敗作である。つなぎ合わせた死者の体が適合しなかった、という出来損ない。

 紅鴉は自身の手足をじっと眺めた。これもそうだったはずだ。もし、一歩間違えていたら、自分もあの出来損ないの塊だった。そう思うと、その娘を「可哀想」だと簡単に言ってしまう三毛猫がどうにも非情な生き物に見えてしまった。


――でもまぁ、知らない人間だ。関係ない。


「しかしな」


 三毛猫が話を再開させる。


「俺らを遠ざける意味が分からん。どっちかだけで良かったろうに、何故、イオルはイビト探しに俺とお前を出したのか……」


「シロがいるからじゃねぇの」


 思い当たったことを口にすると、三毛猫は「あぁそうじゃ」とすぐさま肯定を示した。


「そうそう。シロじゃ。あれがおるから俺とお前を寄越したんじゃな……さて、そのシロに打ち込んだ痺れ弾のニオイがまだ消えとらん。シロの奴、まったく気がついてないようじゃ」


 三毛猫はクツクツと陰湿な笑いを浮かべた。


「あぁ、分かっとるじゃろうが、もうシロを連れ戻したり助けたりなんだりしたら俺がお前を殺すからな」


 笑いながら言う三毛猫。胸中を見透かされているようで、思わず肩を震わせる。紅鴉は引きつった笑いを見せた。


「あぁ……もう、とっくに諦めてる」


「ならば良し。容赦すなよ、お前。腕は確かなんじゃから、変なとこでしくじんなよぉ」


 そう言い、三毛猫はもう一段上の幹へ飛び上がる。


「おい、三毛猫。どこに行くんだ」


「どこ行くって、昼寝じゃ、昼寝。休憩言うたじゃろ。まだまだ先は長いぞ」


 三毛猫は当然と言わんばかりに、寝心地の良い幹を見つけると寝転がってしまった。どこまでも呑気で気まぐれな相棒である。

 一人地上に残された紅鴉も、木に飛び乗って天辺を目指した。どこまでも遠く続く地平線は、今までに見たことがないくらい広大で、未知が押し寄せて見える。

 その広さに身震いしていると、一際大きな風が吹いた。紅鴉の体を煽る。


「う、わっ!」


 風の波に驚き、仰け反って間一髪。彼は木の天辺で上手くバランスを取っていた。


 その時、


の思惑が、まだ分からんな……」


 下の方から、三毛猫の呟く声が耳に届いた。



***


 二人の従者が着実に近づいてきている。それについては、イラも既に自覚はしていた。

 だが、彼らに見つかろうとなかろうとどちらにせよ、対峙しなくてはいけない。


 イラはカルマの冒険譚を手に、レガとうさぎの元へ向かった。部屋の戸を開けると、彼らは至って大人しいもので思わず胸を撫で下ろす。


「お、遅かったじゃねぇか。どうだった……って、なんだその、きたねぇもんは」


 価値あるものだと言われていたので、レガの反応の悪さにイラは怪訝に眉を顰めた。


「古書だよ。これを読めば分かるってさ」


「古書ねぇ……ふうん」


「それで、読んでみたらなんとなくは分かったよ。でも、まだまだ知りたいことが山ほどある。魔女を退治するのも最もだけれど、僕は僕のことがきちんと知りたいんだ」


「お、おぉ……なんだ、急に。すごいやる気だなー……」


 イラの様子にレガは拍子抜けするようだった。それでも構うことはない。イラは古書の三十四頁目をパラパラとめくった。


「これ、黒薔薇ノワの園って知ってる?」


 染みがついた羊皮紙をなぞりながら、イラはとある項目を示した。

 うさぎも反応を示し、伸び上がるようにして古書を覗く。しかし、レガもうさぎも揃って首を横へ傾げた。


「えっと……なんて書いてある?」


 レガはうさぎに訊いた。彼女は無表情に首を横へ振る。その際、白髮がばっさばっさと揺れたのでレガとイラは仰け反った。


「え? 読めないの?」


 イラが驚きの声を上げると、レガとうさぎは同時に顔を顰めた。


「うるせーな。ちょっとは読めるわ」


「私は読めない」


「……読めないんだね……えっと、黒薔薇の園に住むノワという少女の話『長い夜』ってあるんだけれど、これが単なる物語じゃないのなら、イビトの始まりはこの人なのかもしれないんだ」


 イラは早口で言った。その声には僅かな高揚がある。一方で、レガとうさぎは渋い顔つき。


「うーん……黒薔薇の園かぁ……」


 レガは思案げに唸った。


「黒、は良くない。イラにとって」


 辿々しいうさぎの言葉。恐らく、危険だと言っているのだろう。だが、どこへ行っても隠れても危険には変わりない。イラは苦笑を浮かべた。


「あ、いや待て……俺もあんまり行ったことはねぇけどよ、もしかすると、魔女の従者をおびき寄せるにはうってつけかもしれねぇ」


 レガがニンマリと口の端をつり上げる。

 その企みの顔には不安が広がるも、イラにとっても好都合であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます