9・追放者の末路

「俺がこんな場所で野良犬みてぇに生きてるのは、魔女のせいだ。あいつのせいでこうなったと言える……あいつはな、この世界の在り方ってもんを全部ひっくり返しちまったのさ」


 レガの言う「魔女」とは同一の人物であるのか。だが、早々に割って入ることはせず、とにかくまずは話を聞こうと、イラとうさぎはベッドに腰掛けて黙っておいた。


「あの魔女の村からやって来たなら分かるだろうが……あいつは人間をバラバラにしてつなぎ合わせて、。創ったものを自分の手元に置いて、城を守らせる。そんなことを繰り返しているんだよ」


「………」


 言葉など出て来るはずがない。イラは驚愕に目を見開いたまま息を止めた。紛れもなく、彼の言う魔女はイオルであるのだと悟れた。


「あいつは、元は叡智えいち学会の人間だったらしい……というのを俺はここに来てから知った。魔術を捨て、力を創るものに乗り換えた連中、それが叡智学会だ。それの中心にいたのがあいつ――イオルだよ」


 その名を口にするのも汚らわしいと、そう言いたげにレガは口元を引きつらせた。うさぎもその名には、黙ったまま拳を握りしめる。


「……なぁ、うさぎ。お前はあいつに創られたんだろう?」


 レガの問いには、イラが先に反応した。思わずうさぎを調べるように見る。

 だが、ここまでの話でその予感はしていた。うさぎがイオルに創られた存在だということを、認めたくない事実を頭の中で想像してしまう。


 うさぎは、こくりと頷いた。


「じゃ、じゃあ……あの、三毛猫も紅鴉もそうだって言うの?」


 問えば、うさぎはまたもこくりと頷いた。

 あの城でそんな恐ろしいことが起きていたなど思いもしなかった。いや、想像など出来やしない。恐ろしいとは肌で感じていたが、人を殺してバラバラにしてつなぎ合わせて……考えるだけでもおぞましく、気分が悪くなる。


「レガも……そうなの?」


 ここまできたら、否応に判ってしまう。

 イラの問いに、レガは灰色のボロ布を取った。黒の詰め襟服はまるで黒壇の自警団エボニーの制服と同じ造り。

 袖をまくり、彼は腕を見せた。その肌色は明白にまだら模様であり、つなぎ合わせたような縫い目がある。


「俺は最初に創られたからな……ちょっとばかし、創りが雑なんだよ」


 彼は苦笑を見せた。そしてすぐに袖の中へ隠してしまうと、気まずそうに目を伏せた。


「あいつが何故そんなことをしているのかは知らん。俺を捨てた理由も知らん。それまでまったく興味なんかなかったが……その、魔女の衛兵がお前らの後を追いかけてきている、そんな風が光の都市ここまで流れ込んできた。ここまで追っかけてくるなんざ、お前、よほどあいつから気に入られたらしいな」


「どうして、僕が狙いだって分かるの?」


 ここまできたら隠し立てする必要もない。イラは怪訝にレガを見つめた。

 すると彼はただ一言。


「捨てた愛玩には興味ねぇからな、イオルあいつは」


 レガもうさぎも「捨てられた」のだ。それでも追いかけてくるということは、やはり魔女はイラを未だ諦めていないということ。

 もし、捕まったらどうなるのだろう。魔女は確か、真実の瞳が欲しいと言っていた。もしかすると、その目だけを欲しているのでは。その場合、自分は殺されてバラバラにされて目を抉られる。その目はどこでどうなってしまうのだろう。


 そんな想像をし、イラは頭を抱えた。

 怖い。絶対に逃げ切らねばならない。同時に、自身の目を呪った。


「あいつが狙うってことは、お前の何かが優れているんだろう、と俺は思うが……その、なんだ。なんで狙われているんだ」


 うさぎを見抜けても、イラのことまでは分からないレガである。

 魔女を知る者であるのだから、魔女の考えには敏感だ。イラは頭を抱えたまま、小さく言った。


「僕は……人の嘘が視える」


 それは固く絞った吐露だった。緊張が押し寄せ、身体の内側に走る震えが強くなる。

 そんなこちらの重苦しさと苛立ちをレガは悟ることも、ましてや驚くこともなくただ「ふーん」と感心に唸った。


「人の嘘か……あぁ、聞いたことがあるぞ。それ、真実の瞳ってやつだな。確かにあいつが欲しがってたものだ」


「うん。僕は真実の瞳を持つらしく、『イビト』と呼ばれるんだって」


「その口ぶりじゃあ、最近まで知らなかったんだな」


「あぁ……」


 レガの反応があまりにも薄く、受け流すような体なので、イラの緊張は段々と収縮していった。


「はぁ……イビト、ね……昔はそういう人種がいたらしいが、これも叡智学会が始末したと聞いた。まだ生き残りがいたとはな」


 そう言い、思案げに腕を組む。


「ははぁ、見えたぜ。イオルあいつの思惑が」


 そう言って彼は舌で唇を舐めた。ニヤリと笑み、煙管パイプを咥える。


「それなら尚のこと、イラをあいつに渡しちゃダメだ。もし、あいつが真実の瞳を手に入れたら、この世はあいつのものになる。自分を追放した叡智学会に復讐して、更には王都まで手に入れるだろうよ」


「そんな……っ」


 まさか、自分の目だけでそこまでの事態を引き起こすとは。今はどうなっているのか分からないが、深緑の村に住む人々が巻き添えになることは必至だろう。

 そんなこと、あってはならない。イラは縋るようにレガを見た。


「これを知って、レガは、どうするの?」


「うーん……」


 彼は煙管を蒸かしながら唸る。煙に隠れていく。


「まぁ……俺も魔女には恨みの一つ二つあるしなぁ……それに、せっかく築いた庭が荒らされるのも御免だ。怪我はしたくねぇし」


 そんな言葉がブツブツと煙の向こうから聴こえる。やがて、それらを吹き飛ばすようにレガは息を吐いた。


「ちょいと、もう少し調べる必要があるな。面倒だが、面倒になる前に片付けておいたほうがいいだろう」


 そうしてイラを見る。灰色の目がキラリと光った。


「今更降りるなんてことは出来ねぇし、それに、魔女をぶっ倒して平和に暮らしたほうがいいだろ? お前の瞳がありゃ盗賊稼業も捗って助かりそうだ」


 その頼もしさに、イラは頷きかけて頭を振った。


「待ってよ。僕、盗賊の手伝いは嫌だよ」


「ここまできてもまだそんなことを言うのかよ! 俺がここまで腹くくってんのに。そりゃないぜ」


「うかうかしてられないな。本当、君は抜け目ないというか……正直すぎるから、嫌いになれないけれど」


 不満を顕わに言えば、レガは「ふふん」と機嫌よく笑った。


「ま、勧誘は魔女退治のあとだな。その前に、まずは追手を片付けよう。すべてはそこからだ。で、いいかい、お嬢ちゃん」


 じっと黙りこくったうさぎに呼びかけると、彼女はイラを見やり渋々ながらこくりと頷いた。


「イオルを退治した後に、お前を始末する」


 そんな言葉を吐きながら。

 イラとレガは顔を引きつらせて見合わせた。




 三毛猫と紅鴉がこちらへ向かっているとレガは言った。それは本当なのだろう。魔女に創られた者であるから、うさぎと同様の卓越した感覚を持つらしい。


「これを迎え撃つには、下層街のどこか道端を使うしかねぇ。そのためには囮が必要だ。イラでもいいしうさぎでもいい。ただ、イラは捕まるわけにいかねぇから、隠れる場所が必要だ……叡智学会の視察とかぶらなきゃいいけど……」


 彼はひたすらに思案していた。その横でイラは掃除を再開させている。


「ねぇ、その叡智学会って結局なんなの?」


 ふと気になったので、イラは訊いてみた。この間は簡単に説明を受けたが、全く要領を得なかったのだ。

 魔女が叡智学会だったこと、そして、そこから追放されたこと――確か、魔女は何か禁忌を犯してあの森に幽閉されていると言っていた。叡智学会での掟を破り、あの森へ追いやられたと考えられる。


「それについては下にいるジジイに聞け。あいつの方が詳しいから」


 レガは煩そうに言い、また考え事の中へと戻っていった。一方、うさぎは自前の大鎌を大人しく磨いている。

 さて、彼らをこの部屋で二人きりにしても大丈夫だろうか。もし、また大暴れすることがあれば堪ったものではない。イラは二人の様子をじっと探るように見た。


「……ん? なんだよ。さっさとジジイに訊いてこいよ」


 人の気も知らずに、レガは簡単にそう言ってくる。イラは肩を落とし、頭を掻いた。


「分かったよ。でも、一ついいかい? 二人共、くれぐれも争いだけはしないでくれよ」


「なんだよ、信用ねぇな!」


 レガの非難を背で受けながら、イラはブラシを持ったまま部屋を出た。


***


 階下へ行くと、何やら話し声が聞こえたのでイラは螺旋階段から様子を窺った。大仰な笑い声と、機嫌のいいシンクの声。


「いやぁ、店主もまだまだお元気そうで何よりだよ。この店は下層街になくてはならない憩いだ」


「そんなことを吹聴するもんだから、厄介もんがゴロゴロ溜まるんだよ。勝手にまたこの店を広めやがるから、まーた野ネズミが二匹転がり込んできたぜ。いや、野ウサギか」


「ははは。それくらい居心地が良いという証拠だね……おや、イラくんじゃないか」


 階段を下りていると、客がこちらに気づいた。気取った口調に穏やかそうな笑顔を向けるのはシモンだった。


「やあやあ、会いたかったよ。それじゃあ野ウサギというのは君のことだ。いや、良かった。無事に辿り着けて何よりだよ」


「何をとぼけたことを。お前さんがこいつにここ教えたんだろうが……なあ?」


 シンクが呆れながらこちらを見る。イラは苦笑いをして、シモンの元まで行った。


「会えて嬉しいです」


「私もだよ。いやあ、やはりこの店はいいね。下層街の憩いだよ」


 シモンは満面の笑みを見せた。カウンターの向こうでは老店主が「やれやれ」と不満につぶやくまんざらでもなさそうだった。


「僕もこのお店は憩いだと思います。教えてくれてありがとう、シモンさん」


「結構、結構。それに、少しは元気になったようで実に喜ばしいね」


 シモンはイラの頭を二度軽く叩いた。はねた髪の毛先がぺしゃんこになる。再会に喜ぶも、イラは少しだけ気まずい思いを抱いた。


「あの……ちょっと聞きたいことがあるんですが、邪魔だったらまた後ででも」


 まさかシモンが来ているとは思わなかったもので、イラはたじろぐように階段へ足を傾きかけた。だが、気取り屋の彼がそれを許すはずがない。


「おや、邪魔なわけがないだろう。子供が遠慮なんてするものじゃない」


「はあ……それなら、良かった」


 イラは安堵の息をつき、シモンの横に座った。


「そうだ、美味いものを君に賞味してもらいたいんだ。店主、彼に美味い茶を一杯頼むよ。払いは私が持つから」


「別にイラの分は払わなくたっていいぞ。こいつは俺の手伝いなんだから」


 シンクが不思議そうに返す。すると、若紳士は「いやいや」と人差し指を気障に振った。


「私がご馳走したいんだ」


「あー……そうかい。律儀なヤツめ」


 老店主は溜息混じりに言い、カウンターの下に潜り込んだ。ガチャガチャと危なっかしい金属音と水の音が響く。


「――さて、何を話そう。聞きたいことというのは御大へなのだろうが、私が聞いても良いものだろうか」


「えー……っと」


 迷いはあった。全てを話すわけにはいかず、自身の中で境界線を探りながらイラは口を開いた。


「僕、遠くから来たんですけど、その……この辺りのことをよく知らなくて……」


「あぁ、それは気づいていたさ」


「そう……でしたね。ええっと、つまり……」


 思考を目まぐるしく働かせたら、余計に口が重くなっていく。それを見兼ねたのかカウンターの下からしわがれの声が言った。


「あれだろ。叡智学会やら魔法使いやら、そういう話がしてぇんだろ」


「そうです! そう、その話がしたくて」


 イラは思わず声を上げた。その様子に、シモンは「ほほう」と興味深げに顔を綻ばせた。


「ふぅむ。それについては私も話せることはあるものの、やはりシンク氏が詳しいだろうね」


 シモンはカウンターに肘をつき、身を乗り出すようにして覗いた。

 老店主は鍋で何かを煮立たせている。ブクブクと泡立つそれは透明で、焦げた鍋の底が見えるほど。それをかき混ぜながら、シンクはこれみよがしに深い溜息を吐く。


「どいつもこいつも俺を便利な道具だと思ってやがんだ。いちいち頼るんじゃねぇよ」


「何をおっしゃいますやら。貴方ほどの偉業者に出会えたことが私の最大の誇りだと言うのに。それにぞんざいな扱いなどした覚えはないのだが……彼はね、なのだよ、イラくん」


「生きた伝説?」


 首を傾げると、若紳士は優雅に微笑んだ。そして、がま口の大カバンから何かを探る。


「ええっとね……あぁ、見つけた。これをご覧」


 言いながら、彼は赤い皮の小さな古書をイラに差し出した。


「これは……?」


「カルマの冒険譚。今はもう禁書とされている代物だが、これを書いた人がシンク――いや、カルマ氏なのだよ」


 その厳かな声と同時に、コポコポと何かを注ぎ入れる音が煙と共に立ち上った。


「ほらよ」


 ぶっきらぼうに銀のカップが二つ、カウンターに置かれる。イラは老爺を見やり、また古書に目を落とす。


薄荷ハッカジュースだね。これがとびきり美味なんだ。私のおすすめだよ。飲みながらゆっくりと話しをしようじゃないか」


 透明で爽快な香りを美味そうに嗅ぎながらシモンが言う。老店主も呆れながらも目配せしてくる。

 イラは銀のカップを手に取りつつ、渡された赤い皮の古書――カルマの冒険譚に好奇心を沸き立たせていた。

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