6・光に隠れた街

 光の都市・下層街ルンゴは、無計画の設計でただ増殖させていくだけで成り立った土地のようだ。道の上に道がある。塔にぶら下がったような小屋が下へ下へと続いている。そんなちぐはぐでバラバラな地を歩くには困難を極め、また、シモンに教えてもらった「喫飲店・カルマ」への道のりもはっきりとは分からなかった。


 都市に住む人々も一貫性はなく流れ者のようであったので、紛れ込むことにそう難しくはない。ただ、貧相な少年と白く可憐な少女の組み合わせはどうにも目立ってしまう。宿を取るのも至難であり、そもそも物価が高いので食べ物も満足に買えない。


 それに――


「やぁ、君。この果実(洗脳草の実)を一つかじってみないかい? 甘くて美味いよ。これを食べればたちまち頭がすっきりして仕事も捗るよ(眠ったままでも働かせられる)


「やぁ、剣を買わないか。今ならたったのイコル1。軽くて丈夫(刃こぼれが酷いが)。装備するにはもってこいだぜ」


「マントを買ったほうがいいね。どうだい、この素敵な布。サラサラとしていていいだろう? これはね、上層街で飼っている天然山羊の毛(廃油工の合成砂繊維)を使っていてね……」


 暗がりの坂道や階段に露店がある。目元を笑わせた大人たちがこぞって商品を勧めてくるのだが、その顔は嘘で隠れていく。


 もう二度とここへは来ないと、固く決意しようとも、都市は広く醜悪な露店はあらゆる場所に潜んでいた。


 それに路地裏に入り込めば、壁に張り付いて立つ萎びた老婆や老人がうさぎに手を伸ばしてくるのだ。濁ってふやけた目がむき出しに、嫌な臭いを放つ。光に群がる虫のよう。


「綺麗な白絹の髪だ。この髪の毛、欲しい。ちょうだい。おくれ、おくれよ」


 その老婆からうさぎを引き剥がそうとしたが、彼女への心配は無用だった。


 うさぎはひらりと華麗に飛ぶと、手に持つ大鎌を振り下ろす。

 老婆の手が地面にごとりと落ちた。わぁわぁと途切れ途切れに悲鳴を上げる老婆、それを見て恐れ慄く干からびた人々。老婆は落ちた手を拾い上げて路地を這い出していった。


「……うさぎ、行こう」


 イラは地面にこびりついた血を踏みながら、その先へと進んだ。




 光の都市は、見た目は華やかそのものでキラキラと眩い。しかし、その内情は嘘と悪意、異常が蔓延る巣窟。それに気がついたのは、街へ降りた直後だった。


 どうにか隠れ潜むための地を求め、人の目を避けて行く。人のいない小屋でじっと蹲って休憩を挟んだが、それ以外は忙しなく活動していた。


 二人は建物と道のない場所を目指していた。あの高台にある駅で見た、緑の地を探す。そこへ行けば、まだ人に関わらずしばらくは凌げるはずだろう。灰色の石と人工光(魔法か、それとも見知らぬ力によるものか)によって薄汚れた街にも植林の地はあるのだ。


 そうして慣れない土地を歩き回り、三日を要した頃に辿り着いた。

 深緑の村を彷彿とさせる静かな空地。人が滅多に寄り付かないのか、草木は荒れている。土が固いが近くには小川があり、元は農地だったのかもしれないとイラは考えた。

 ここはもやはり、幾分か汚れているのだが、それでも怪しげな露店や暗く固い石の道よりは住みやすく思える。


「まぁ、こういった不測の事態には慣れてるわけだから、ある程度のことは出来るんだけれど……うん、釣りが出来るだけ助かったなぁ」


 枝と樹皮であつらえた手製の釣具を片手に、イラは口元を引きつらせてうさぎに笑いかける。ややぎこちなく、引きつってしまうところ、自身でも容易に気がついた。すぐさま表情を引っ込める。


 イラはシモンから教えてもらった「喫飲店・カルマ」と書かれた紙をズボンのポケットから引っ張り出した。


「うーん……この場所はどこにあるんだろう。まるで、ここは迷路のようだし。そもそも、本当にあるのかな……」


 川辺に座り、ぼーっと水面を眺めては独りごちる。うさぎは常に背後で座っているが、相槌を打つことはしなかった。


 魚は一向に釣れない。もしかすると川底をさらうのが効率は良いかもしれない。考えにはあるが、実行に移すことはない。

 イラは心ここにあらずといった具合に、気が抜けていた。人の中を歩くよりは落ち着いている。


「お腹すいたな……」


 すると、その呟きを待ち構えていたかのように、うさぎの背後にあった藪がガサリと音を立てた。


「む……」


 唸りながらすぐさま立ち上がる。彼女は訝るように、辺りを見回した。しかし、イラは気づく素振りもなく、水面に垂らした樹皮の糸を眺めているだけ。


「イラ」


 うさぎは藪を睨みながら、イラの元へにじり寄った。腑抜けた主を守るように。


「何?」


 呼ばれれば反応を示すイラだが、それでも危険を察知している様子はない。


「あいつ……」


「え、何?」


 ようやく振り向いたイラは、うさぎから放たれる殺気に喉の奥が締まるような感覚を抱いた。持っていた釣り竿に力を込める。


 あいつ、とは。

 思案しているうちに、藪がざわざわと揺れた。

 だが、非力な自分が動いたところでどうにも出来ないだろう。イラは締めた気をすかさず緩めた。


「うさぎに任せるよ」


 とりあえず、肩に提げていたカバンを抱き寄せておく。イラはまた水面に目を戻した。

 途端、背後で鎌が藪を切り裂く音が風となって背に感じる。


「……うむぅ」


 しばらく経って、うさぎが呻くように言った。彼女が仕留められないとは、よほどの猛者だろう。



 彼女は藪に向かって唸った。藪がざわめく。

 そして、彼女の声に従うようにそれは姿を見せた。灰色のボロ布と無精髭。以前の物盗りか。灰色の男は両手を挙げてうさぎの前に出てきた。


「よぉ。この間ぶり」


 その言葉を待たずして、うさぎは彼の首を狩ろうと素早く鎌を奮う。やはり躱されるのだが。


「待った、待った。そう荒ぶるなよ」


 軽口を叩く男。イラはうんざりとした顔を見せずに背を向けたまま。彼らの殺気に触れても、のんびりと構えている。


「……何の用?」


 聞くだけ聞いてもいいとは思った。殺気を纏ううさぎのスカートを引っ張り宥めてみる。うさぎは不満を露わに鼻を鳴らしたが、主の言葉には従順である。

 男は顎をさすってニヤニヤと不快な笑みを向けていた。


「知り合いに対してえらくふてぶてしいじゃねぇか」


「知り合いじゃないよ。物盗りなんか」


「冷たいねぇ。なんだ、どうした。ここに来てすっかり目が曇っちまったみてぇじゃねぇか」


 彼は近づこうと足を踏み出した。途端、うさぎが鎌を振り上げる。それをさらりと躱して、彼はイラの肩に手を置いた。

 あまり馴れ馴れしくされるのは御免だ。それに、人の顔を見るのも嫌だった。

 水面をぼんやりと見ていれば、自身の顔も他人も皆がゆらゆらとさざなみを打つ。こうしている方が断然いい。


「うさぎ」


 背後で唸る彼女を制するように言えば男を睨みながらも、渋々、大人しく居直った。


「ふふん。教育が行き届いてて何よりだ」


「またカバンを盗んだら止められないけれどね」


 冷たく言うと、男はケラケラと笑った。漂う煙臭が鼻をつき、イラは顔をしかめる。


「で、何の用なの」


 背後でうさぎと睨み合う男に声を投げる。すると、彼は「あぁ」と軽快に口を開いた。


「ここ数日、お前らを見ていて俺は気がついちまったことがあるんだ」


「へぇ……ん? え、ちょっと待って?」


 思わず返事しかけたが、発言の違和にはすぐさま気がついた。イラはようやく男の顔を見上げた。


 布を巻いたようにつなぎ合わせた帽子を目元まで深くかぶっているため、顔はよく分からない。ただ、ボサボサの灰色髪と無精髭に埋もれた口だけが三日月型に横へと伸びているのは分かる。

 煙臭を漂わせた浮浪な男は「ふふん」と機嫌よく笑った。


尾行つけてたぜ、ずっと。いつでも盗めるようにしておいたんだ」


「どうして……うさぎ、気づかなかったわけが……」


 イラは慌ててうさぎに目を向けた。そして男へと交互に視線を這わす。うさぎもまったく気がついていなかったのだろう。鎌を持つ手が僅かに緩む。


「お嬢ちゃんに気づかれないよう、気配は消した。狙った獲物に悟られちゃ、狩りは出来ねぇ」


 男は当然の如く言い放った。


「そうやって生きるしかねぇんだよ、ここは。もう分かっただろ。お前らがどこの平和ボケした場所にいたかは知らんが」


 それについては返す言葉が見つからない。この街に住む彼が言うのだから、間違いではないだろう。現に、顔はさざなみを打っていない。


「しかし、お前の目はなんだか正しいものを見極めるような気がした。なかなかどうして、ぼやっとしたガキだと思っていたら、あの商人たちの言葉をことごとく蹴っていやがる」


 探るような口ぶり。イラは目を泳がせた。途端に、男がニヤリと笑みを浮かべる。


「目利きの才があると見受けた。それに、白いお嬢ちゃんがいれば敵なし。だから、俺はもうお前らから何かを盗ろうなんて野蛮な真似はしねぇぜ」


 両手を広げ、いかにも戦意はないことをアピールする。

 聞いてみれば呆れた内容だ。馬鹿げているとさえ思う。イラは溜息を吐いた。


「……もう構わないでくれよ」


「なんだよ、そう突っぱねるな。俺はお前らを面白いと思ったんだぜ。光栄だろ」


 どこまでも図々しい男である。また、その言い方には不満が湧いた。つい、心がむきになってしまう。言葉は邪険となって飛び出した。


「まったく思わない」


「まぁまぁ。そう固いこと言うな。俺はお前らを買っているんだ」


 諦めの悪い灰色の男は顔をずいっと近づけた。ただでさえ臭いのに、こうも近寄られると鼻が曲がる。

 彼は愉快そうに囁いた。


になっちまえば楽だぜ」


「はぁ?」


 イラは素っ頓狂な声を上げて仰け反った。


「俺としちゃ、お前の目とお嬢ちゃんで大泥棒も夢じゃない気がしてるんだが」


「冗談じゃない」


 イラは竿を捨て、思わず立ち上がった。肩を上げ、息を荒らげて男を真っ向から睨む。


「僕はまっとうに生きるんだ。そう決めたんだ」


 自身でも驚くほど、感情が昂ぶっていた。苛立ちと不安が胸に溜まりこんでいる。それを吐き出すように言えば、背後のうさぎが目をぱちくりと瞬かせている。

 しかし、男には効果がないらしい。


「まっとうに? この街で? いやいや、無理だろ。やめとけ。そんなの余計に苦しくなるぜ」


 憤るイラを見下ろして吹き出す始末だ。彼は嘘をつかないが、ふざけたような言動にいちいち感情が過敏な反応を示してしまう。


「とにかく……僕に構わないで」


 イラはカバンを掴むと、男の脇をすり抜けようと足を踏む。すると、目の前が突然に揺らいだ。思わず地面に手をつく。


「イラ!」


 うさぎが駆け寄ってくるのは分かった。頭の中がぼんやりと虚ろになっていく。眠気に襲われたような感覚だ。

 しかし、意識は保っていたので急な立ちくらみの原因はなんとなく分かっていた。


「……大丈夫。ごめん」


 うさぎが顔を覗き込んでくる。その上から、「フン」と鼻を鳴らす音が落ちてきた。


「まともに食ってない、眠れない、慣れないからそうなるんだろ」


 呆れの声が溜息とともに流れていく。同時に、煙が周囲に立ち込めた。男は短い煙管を口に咥えてこちらをじっと見下ろしている。

 悔しいが、その通りだ。見透かされていることに腹立たしくも、一度意識した疲労には勝てやしない。


「まぁ、こんな街だからな。それくらい警戒する方が身のためだが……でも、俺はお前らが面白いから話をしにきただけだぜ」


 分かってるんだろう? とでも言いたげな口調に頷くしかない。だが、その話もイラにとっては迷惑なもの。有り難みなど欠片もないのだ。

 どうしてそれだけの理由で構うのだろう。その意図が読めない。


「俺はただ、その目とお嬢ちゃんの腕が欲しいだけ。こんな街だからこそ、共謀するのが定石ってもんだ。他の奴らが気づく前に手中に収めたい。それだけだ」


「でも、僕は……」


 そうまでして手を汚そうとは思えない。彼の言う通りだとしても。

 ゆっくりと頭をもたげ、煙の向こうにいる男を見る。


「僕は、そうはなりたくない」


「じゃあ何故、ここへ来た」


 すぐさま返ってくる声は冷たい。


「世間知らずの子供が生きていける場所じゃあないぜ。それをわざわざ教えてやってんだ。一体どうして無下にする」


 冷えた声は疲労の溜まった体には堪えた。それに、煙を直に吸い込んでしまい、激しく咳き込んでしまう。


「言うことはそれだけか」


 それまで大人しかったうさぎが、鎌を男に向けていた。主を守らんとするその強い意志と瞳がギラリと光る。

 それでも男は煩そうにそれを追い払った。


「敵意がねぇ相手に危ないもんを向けんな。言ったろ、俺は怪我したくねぇ。穏便にいこう……と言っても聞きゃしねぇか」


 男は顎をさすった。無精髭がザラザラと音を立てる。彼はイラを見、うさぎを見ると「……よし」と何かを思い立つ。

 そして、イラの腹を持ち上げると、肩に乗せるように担いだ。


「なっ!」


「っ!?」


 イラもうさぎも驚きの息を飲む。


「敵意がねぇことを示さなくちゃならん。それなら飯でも食いに行こう。話はそれからの方が良さそうだ」


 そう言うと男は、うさぎに顔を向ける。


「ついてきな」


 イラを担がれたままでは手出しは出来ない。

 躊躇いの顔を向ける主に、うさぎは不貞腐れたように頬を膨らますと、渋々といった様子で灰色の男の後ろを追った。

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