15・目玉焼き祭り〜夜の部〜

 そろそろ陽が傾き始めた頃。リフは菓子をごっそり買い占め、両手に抱えたままで広場に立ち尽くしていた。


 イラがいない。どこへ消えてしまったのか。

 菓子に夢中ですっかり忘れていたが……辺りを見回すも、彼の姿はどこにもない。


「ちょっと、リフ。後片付けを手伝って頂戴よ。進まないでしょ!」


 黒く燻る炭と化した薪を拾い集めるハノンの叱責に、リフは「うわぁ」と大袈裟に驚く。


「ほら、お菓子食べてないで。皆も、ちゃんとして」


「ねぇ、ハノン。イラはどこ?」


「あんた、話聞いてないわね……もう」


 菓子を両手に抱える同級生に、ハノンは呆れ顔を向けた。

 周囲にいた小さい子供を指揮するも、上手くまとまらないのか彼女の苛立ちは最高潮に達している。


「知らないわよ。本当ならイラがみんなをまとめてくれるのに」


「ふうん……知らないならいいわ」


 刺々しい言葉にも、リフはあまり気にかけなかった。

 それよりも、イラが居ないことの方が問題だ。後片付けもそっちのけで、次は大人たちの方へと駆ける。


「ねぇねぇ、イラ、知らない?」


 声を掛けたのは、今やほろ酔いのサイアである。彼は上機嫌に返してくれた。


「う~ん? そういや見てないね。どこに行っちゃったんだろう……あぁ、それよりも、リフ。君はやっぱり強いねぇ。さすが、ジョータの娘だよ。僕も彼には子供の時からてんで敵わなくて……」


「あぁ、うん、そうなの。また今度ね!」


 適当にあしらって彼から離れた。長話に付き合わされてはイラを探す暇がなくなってしまう。


 リフは遠くから響くハノンの罵声も耳に入れず、目に留まった少年の元へ走った。


「ロイ~!」


「わっ、リフ。何か用?」


「相変わらずの素っ気なさね。でも、その方が今は丁度いいわ」


 不遜な態度にはやはりロイも眉を寄せた。しかし、彼は不満を口にはしない。モゴモゴと口元をもどかしげにするだけ。

 そんな彼に構う気など毛頭ないリフである。


「あのね、イラのこと知らないかしら。さっきからどこを探しても見当たらなくって」


「君はいつもイラばっかりなんだから」


 ロイは皮肉気味に言った。そして、広場からすぐ近くにある学舎を指し示す。


「彼ならイザベラ先生から呼び出しがあったんだよ。大方、祭りの反省会でもしているんじゃないかな」


「えぇ〜……そうなの?」


 ようやくイラの行方が分かったというのに、リフの表情は浮かない。

 がっくりと項垂れる彼女を、ロイは棒付きキャンディーを舐めながら見下ろした。


「仕方ないよ。だって、リーダーなんだもの、彼」


「そうだけれど……」


「ちょいと、お前さんたち。そこで油を売ってる場合かね」


 背後から低くしゃがれた声がし、二人はびくりと肩を震わせた。

 すぐさま振り返ると、そこにはボロをまとったような身なりの小汚い老人が酒瓶を持って立っていた。くくく、と笑いを漏らしているのは、二人の驚きようが面白かったのか。


「なんだ、村長さんじゃないの」


 ホッと息をつくリフ。

 対し、ロイは慌てふためいて、キャンディーを地面へ落としていた。


「村長さん……驚かさないで下さいよ」


わしは何も、驚かそうとしたわけじゃあないぞ。お前さんらに忠告をしにきただけじゃ。ほれ、見てみんさい」


 言うなり、村長は曲がった細長い指を一点に向けた。先にはハノンが。それだけで事態は掴むのは充分で、説明は不要だった。


 確かに、村長の忠告は最もで、今や、彼女はヒステリックに叫んで下級生に怒りの矛先を向けている。ここは速やかに後片付けにかかるのが懸命だろう。


「年長者が怠けていては下の者に示しがつかん。そうじゃろう?」


 その言葉に諭され、リフは僅かに苦笑し、ロイは顔を青ざめる。


「……村長さんに言われちゃ、もう従うしかないじゃない」


「言われなくても行動に示すのが大人というものじゃ。ささ! 祭りが始まる前に急ぐのじゃ、若人よ!」


 リフの頭を撫でる村長は高らかに笑うと、酒盛りの机へと飛んでいった。腰は曲がっているのに、酒が絡めば元気な老爺である。


「村長って、ああいう格好してるし、なんというかまぁ……」


「陽気な人だけど、少し、おっかないよね。神出鬼没というか」


 二人は村長の後ろ姿を見送ると、すぐさまハノンの元へと急いだ。



***



 目玉焼き祭り夜の部は、学校から少し離れた催事場で行われる。

 石畳で出来たそこは足場は悪いものの、村民全員が容易に収まるほどに広く、また、古くから催事場として使われているので勝手が良かった。


 会場は子供たちの手作りとは段違いに、その装飾は立派なものだった。色とりどりのエンブレムには、目の輪郭に色鮮やかな卵の刺繍があしらわれている。

 昼の部とは僅かに装飾が違うのだが、元はこちらが正しい。エンブレムは旗にも描かれており、百年は使い古されているという。


 催事場の中央に儲けられた簡易舞台では、目の周りを黒く縁取り、まるで道化の格好をした若者たちが音楽を奏でていた。

 甲高い笛の音、腹の底が震えるような打楽器、耳の中を駆け抜けるトランペット。


 中央にはサイアが用意した卵があり、荷車にぎっしりとひしめいている。

 催事場をぐるりと囲むのは螺旋状に積まれた薪で、中心には三本の槍が突き刺さっている。その槍には炎がめらめらと巻かれていた。


 酒が既に入りほろ酔いの大人たちが、大きな長机で笑いあっている。

 祭り特有の高揚感が増した頃には、ようやく後片付けを終えた子供たちがわらわらと集まっていた。


 酒を売る酒場の主人、菓子を配る女、食べ物を振る舞う者、奇妙な仕掛けを施した玩具で芸をする雑貨屋。

 その中を掻い潜りながら、リフとロイは和やかに祭りの模様を眺めている。


「今年も盛り上がりそうね」


「うん。楽しみだ」


 しかし、リフは時折、上の空でいた。

 人が多くなり、祭り開始も差し迫っているというのに、イラの姿が未だに見えないことで幾許かの不安を抱いている。

 それはどうやらロイも同じらしく「イラ、いないね」とリフを慰めるように呟いていた。


「うーん……どこに行っちゃったのかしらね。あたし、もう一回誰かに聞いてみようかしら……あ、ねぇ、ベン!」


 眼前にいた少年に声をかけにいく。利発そうな顔立ちの彼は、姿勢良くこちらへ振り返った。


「どうした、リフ」


「あのね、イラを見なかったかしら。もうずっと探しているのだけれど……」


「いや、知らないな。それよりも、君、僕の父を知らないか?」


「えっ?」


 思わぬ言葉が返ってきたので、リフは素っ頓狂な声を上げた。面食らったせいか、しどろもどろに返してしまう。


「い、いいえ。知らないわ……ええっと、ベンのお父さんって確か……」


 言いかけると、ベンは胸を張り、気取った口調で返した。


「あぁ、自警団の団長さ。でも、団員のほとんどがどこにもいなくて。僕も探している最中なんだが」


「そうなの? お互い大変ね」


「まったくだよ」


 祭りはそろそろ幕を開ける。

 それなのに、村の自警団はおろか、そう言えば陽気な村長の姿もあの時以来、見ていない気がする。まだ学校の広場で酒を飲んでいるのだろうか。


 訝って学校の方面へと視線を移す。

 すると、もう用はないとばかりにベンが「それじゃあ」とまっすぐに指先を伸ばした片手を挙げ、思案するリフから遠ざかっていった。


「ベン、なんだって?」


 人を掻き分けてきたロイが訊く。

 リフは浮かない顔で首を横に振った。


「そうか……うーん、どうしちゃったんだろう」


 そう言いながら、彼も人混みの中に視線を這わせた。そして、を見つけたらしく、ピタリと目を留める。


「リフ。あれって、もしかして……」


 ロイは長机で酒盛りをする大人たちに人差し指を向けた。

 紛れ込んではいるが、大柄なせいでまったく忍んでいない男が一人、大人たちに捕まったままあちらこちらに視線を向けている。


 その髭面に、リフは驚きの声を上げた。


!」


 その声に反応したのか、ジンがこちらを捉える。そして、大きな手のひらで二人を呼び寄せた。


「よぉ。まったく、珍しく出てみれば全員で取り囲みやがる。参るぜ、ほんと」


 近づくなり、どうやら彼は身動きできないらしかった。酒を持った男たち(その中心にはジョータがいた)に取り囲まれている。


 それもそのはず。何せ、今まで一度も目玉焼き祭りに参加しないのだから、リフもロイだって驚いていたところだ。

 二人は彼を大人たちから引き剥がす作業に徹した。


「もう! 父さんったら、すぐ乱暴にするんだから!」


 愛娘に怒鳴られれば、さすがのジョータも引き下がるしかなかった。それに大人たちは、別にジンがいなくとも勝手に盛り上がる。


 どよめきが引いた後、ジンは二人を連れて、長机から遠ざかった。


「それで……おかしなことが起きてるじゃねぇか。イラはどうした?」


 ジンの声は祭りの雰囲気にそぐわないほどに低く、僅かな焦りが混じっていた。

 何か異変を感知するものの、その意味を汲み取ることは出来ない二人である。リフとロイは表情を曇らせた。


「それがね、昼の部が終わってから姿を見ていないのよ」


「イザベラ先生に呼び出されたんだけれど……それっきりさ」


「イザベラ?」


 ロイの証言に、ジンは顔を強張らせた。途端に剛毛な眉が寄り、険しい顔つきになる。


「そいつは本当か?」


「う、うん……」


 詰め寄られると、ロイは狼狽を見せた。それを横で見ていたリフは怪訝そうに首を傾げる。


「なぁ、ロイ。それは本当にベラだったのか?」


「えっ?」


 その問いに、ロイだけでなくリフも目を大きく見開いた。戸惑いの色を浮かべている。

 ジンは二人の頭に手のひらを置くと、腰を屈めた。それから、小さな声で囁く。


「ちょっと静かなとこに来てくれ。ここじゃ駄目だ」


「え、でも、もうすぐお祭りが……」


 しかし、ロイの反論はリフによって塞がれた。


「えぇ、いいわ」


 三人は祭りの会場から離れた、林の中へ身を潜めるように移動した。

 林の中は、賑やかな音が届くものの人目には触れられない場所だった。それでも三人は声を低めて話をする。


「ねぇ、ジンおじさん。どうしたの? ひょっとして、イラに何か悪いことでも……」


「リフ。お前の勘の良さはジョータ譲りだな。まさにその通りだ」


 大きなブーツを踏み鳴らし、ジンの様子は苛立たしげだった。

 普段、滅多に怒らない穏やかなミルク売りが不機嫌顕にしている様は、ロイを萎縮させるに充分であり、傍若無人なリフでさえ大人しくしていた。


「俺は、ここへ来る途中にベラに会った。子供たちがきちんと広場へ向かったか焦っている様子だったが……それなのに、イラを呼び出して自分だけは会場にいる、なんてのはおかしな話だよな? だから、ロイ。ベラがイラを呼んだのか?」


 静かに唸る声に、ロイは肩を震わせてジンの側から後ずさる。

 一方でリフは口を挟まずに、彼らを交互に見つめていた。


「ロイ、本当のことを言うんだ」


 尚も問い詰めると、ロイは口元をもごもごとさせた。そして、目を逸らす。

 その疑わしい様子に、ジンよりも先にリフの手が伸びた。彼の胸ぐらを掴み上げる。


「はっきりしなさい! どうなの?」


「わ、分からないよ……」


 ようやく出た声は震えていた。小さなその目に涙の粒が浮かんでいる。


「分からないんだ……本当だよ。僕、どうして、イザベラ先生が呼んでいるなんて言ったのか……知らない! 知らないんだ!」


「嘘おっしゃい! そんな意味の分からないことを信じられるわけないでしょう! あたしが訊いた時も、あなた、言ったじゃない。イザベラ先生に呼ばれたって! それを、今になって何を言い出すのよ!」


「だって、僕はそう思っていたんだから、仕方ないだろう? 僕、何故かそうんだ!」


 しかし、ロイの訴えはリフには届かず、怒った彼女の平手打ちが待ち受けていた。それを慌ててジンが止める。


「待て、リフ。そうやって乱暴にしたら駄目だ」


「でも!」


「意味は大体分かったから、もういい」


 リフの手を掴み、ロイから引き離す。彼は鼻をすすりながらジンを見上げた。

 未だ興奮冷めやらないリフはロイを睨みつけている。


「何故かそう思い込んでいた、っていうのは本当だよな? ロイ」


「……どうなのよ」


 ジンに被さるリフの詰問に、ロイは首をがくがくと縦に振った。ジンは腕を組んで溜息を吐く。


「嘘じゃないだろう、な……多分、ロイはのかもしれねぇ」


「え? そうなの?」


 思わぬ言葉に、リフは目を丸くさせる。ジンは頭を掻きながら答えた。


「あぁ。それも想定内だ……この間、ちょっと似たようなことがあってな」


 言いながら目を細めてリフを見やる。その視線の意味が分からない彼女は眉を寄せた。


「そう、なの? でも、それって一体誰が……そもそも、そんなこと出来るわけ……」


「とにかく、今はイラを探そう」


 ジンは怯えて蹲るロイを立たせて頭を撫でながら、そう宣言した。

 発言を遮られたリフは、釈然としない表情をジンに向けたまま。しかし、イラを探すことには同意であるので渋々と言った様子で従った。


「――村の連中、あれで全員じゃねぇよな」


「え? あぁ、うん……子供たちはハノンが引率してきたから全員だけれど、大人たちは……あ!」


 言っているうちに、リフはつい先ほどのベンの言葉を思い出した。


「自警団がいないって!」


「それを言うなら、村長も学校長先生もいない……」


 ようやく落ち着いたロイも言い、ジンは大きく頷いた。


「そうか。分かった。それじゃあ、俺は学校に行ってみる」


「あたしたちは何か出来ないかしら?」


 リフが一歩、足を大きく踏み出す。ロイは引っ込んでいたものの罪悪感があるのか、ジンを真正面から見つめていた。


 そんな二人を巻き込むのは賢明ではない。しかし、ロイはまだしもリフは言っても聞かないだろう。ジンは渋面のままで深く息を吐いた。


「それじゃあ、何か……人の目を引くものを用意してくれ」


「分かったわ!」


「それを学校に、頼む」


 指示を受けるや否や、二人は一目散に林を抜けて広場の方面へその姿をくらました。それを見届ける間もなく、ジンは身を潜めるように学校へと向かう。

 そのこめかみには、冷たい汗が滴っていた。





***



 硝子が色鮮やかに輝いているが、それらはいつも見る景色とは違い、危険な色を放っていた。


 ぐるりと囲むように立つ漆黒の詰め襟服の集団と、その中央に立つが二人。彼らは松明を掲げ、闇へと塗られた時計塔の中を照らしだしていた。


 その光は、不気味な赤。



「――さぁ、これから、を始めよう」

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