40話 勇者、あられもなし


「お前いったい何者なんだ?」


 そう問いかけるロボに、ベレッタは鋭い視線を返しただけだった。

 そこは少し気になったが、ベレッタの性格は既に理解している。下手に突っ込んで気が変わらないように、ロボはそれ以上を詮索するのをやめた。

 それよりも、先ほどカリューは解放されたが、ルカキスの安否がまだ分からない。そこを確認することにした。


「ところで、あのじーさんはネオ・ルカキスも手の内にあるみてーなことを言ってやがったが、あいつは無事なのかよ?」

「ああ……」


 ロボの問いに、何かを思い出したように言葉を漏らしたベレッタは、思わず顔に苦笑を浮かべた。


「奴ならアントリッネの部屋にいる。手荒なマネはしてないとは思うが……見るか? あの部屋には魔法が仕掛けてある。ここからでも様子を見ることは可能だ」


 そう告げると、ベレッタはすぐにも部下に指示を下した。すると俄かに、闘技場の中央に巨大スクリーンのようなものが降りてきた。

そこにルカキスが映し出されると共に、大音響の声が辺りに響き渡った。


『ま、待て! 待ってくれ!』


 そこから聞こえてきたルカキスの切迫した声音に、ロボとカリューは即座にスクリーンに目を向ける。途端に2人が揃って声を上げた。


「「なっ!?」」


 そこに映し出されていたのは、言葉にするのもはばかられるルカキスのあられもない姿だった。

 ベッドの上で素っ裸のルカキスは、ケツを真上に向けながら、くの字に折り曲げられている。どうやらその状態で縛られているようで、自分の意志で態勢を変えることができないようだった。

 しかし、そのせいでスクリーンには、ルカキスのさらしてはいけない部分がデカデカと映し出されている。そのあまりの光景に、ロボとカリューの2人はその場で固まってしまった。


 下着姿でルカキスに寄り添うアントリッネの手は、ルカキスの中心から何かを絞り出そうと妖しげに蠢いている。その行為にルカキスは言葉で激しく抵抗していた。


『ア、アントリッネ! もう無理だ!……も、もう空っぽなんだ!』

『どうして? さっきまであんなに何回も出してたのに……』

『違うんだ、アントリッネ。男には……男には限界があるんだ!……も、もう弾切れなんだよ!』

『……うそ?』

『嘘じゃない! って知ってるだろうがっ! その辺の仕組みをお前は男以上に理解している!』

『でも、私の知ってる人は、一晩に30回くらい出してたわよ?』

『って、そんな化け物みたいな奴と一緒にするな! とにかく俺はもう限界だ! 無理なんだよ……もう絞り出す感じで、へその下辺りに痛みすら感じるんだ!』

『ウソよ! それはウ・ソ! だって、あなたは嘘つきなんですもの』

『俺は嘘なんかついて――』

『だって、ここをこうすれば……』

『ま、待て、アントリッネ! そこはっ……て、くっ……ぐはっ!……ニョホッ……ニョホホホ!』


 映像はなお続いていたが、ルカキスの無事が確認できたカリューは「念のためデータで残しとくか。こいつがありゃー、あいつも当分おとなしくなるだろう」と呟くロボから離れ、ベレッタと交渉を始めた。


 約束通り、屋敷内で働かされていたエルフと獣人の解放は取りつけたが、獣人はともかく今のエタリナの状況を考えれば、エルフは単純に森に返すだけでは済まない。既に仲間が逃げ延びている、安全な国まで送り届けねばならなかった。

 さすがのベレッタもそこまで厚かましい要求を呑んではくれなかったが、カリ・ユガに向かう予定のカリューが、それにつき添うわけにはいかない。そこでカリューは自分と一緒にこの国に来て、今なお調査を続けくれている仲間のエルフたちに、遠距離会話魔法ダイレクト・コールで連絡を取った。その者たちを迎えに寄越すことにしたのだ。

 そのエルフたちが到着するまで、ハーネスたちはこの屋敷に留まることになった。

 但し、身分の改善は要求し、ごく一般的な使用人として仕事をこなす代わりに、これまで同様屋敷に住まわせてもらうことで話はまとまった。


 馬車や食料の手配も取りつけ、いつまでいても構わないというベレッタの申し出を断ると、すぐに発つ旨を伝え、ロボとカリューはルカキスのいる部屋に向かった。

 アントリッネの部屋の扉を開けた瞬間のルカキスの顔は見ものだった。無言で部屋に押し入り、そのまま近づいて来る2人に気づいたルカキスは、驚愕に目を見開いた。


「ち……違うんだお前たち! き、聞いてくれ! お、俺の話を聞いてくれ!」


 逆さまの視点から告げられる言葉は、まぬけで説得力のかけらもない。それでも縛られていたルカキスには、青ざめながら身じろぐことしかできなかった。

 そんなルカキスを無視して、カリューはアントリッネを部屋の外へと連れ出し、ロボは淡々とルカキスの戒めを解く。

 事態が飲み込めないながらも、手足が自由になった途端、急いでルカキスは下着を身に付けた。そんなルカキスに、ロボが手短に要件を伝えた。


「……屋敷の入り口に馬車の用意がある。着替えたらすぐに来いよ」


 それだけを言い残し、ロボもまた姿を消した。

 その後ろ姿を見送りながら、ルカキスは下着姿のまま暫しベッドの上で茫然としていた。


「い……いったい、何がどうなってるんだ……」


 そんな言葉を漏らしノロノロと着替えるルカキスのもとに、2人のメイドが姿を現した。

どうやら部屋のベッドメイクにやってきたようで、ルカキスが着替えているにもかかわらず、部屋の乱れを整え始めた。

チラチラとルカキスに目を向けながら、小声で何やら話をしている。その会話がルカキスの耳にも届いた。


「あの人……ひと晩で12回も……らしいわよ」

「そんなに!?……若いとやっぱりすごいのね」

「でも、…………にも触らせてもらえなかったみたい。部屋の監視を務めるセキュリティーの子がそう言ってたわ」

「まあ! じゃあ…………だけで?……可哀そうに。アントリッネ様はそういうことするから……。でも、だったら……………………たりしたのかしら?」

「……たどころか、後ろの……大好物みたいよ。指を…………だら一発だって」

「ええ!? ちょっと……入ってるんだ。…………な顔立ちはしてるけど……」

「でもね、その……が地下の特大スクリーンに…………されちゃって、みんなに見られたらしいわよ」

「ええ!? それは目も当てられないわね」

「なんでも、逆さに折りたたまれて……丸出しで………………たんだって」

「まあ!……でも、アントリッネ様はそういうことするから……」


 そんな2人の会話を針のむしろで聞き続けたルカキスは、赤面しながら大急ぎで着替えを済ませると、そのまま部屋を飛び出した。そして、屋敷の入り口に向かって猛ダッシュしながら、メイド2人が話していた内容について考えていた。


 な……なぜ、あの2人に部屋でのアントリッネとの秘め事が知られてるんだ!?

 みんなに見られたとは、いったいどいうことなんだ!?

 

 必死に頭を巡らすルカキスの脳裏に、ふとロボと交わした会話が思い出された。


『部屋には遠隔視認魔法スチール・ビューやら遠隔聴取魔法ボイスナッチなんかが山ほど仕掛けられていた……』


 その言葉が頭を過った瞬間に、ルカキスは絶望のあまり思わず立ち止まった。メイドの会話の意味が完全に理解できたからだ。

 ロボが魔法を撤去したのは当然ルカキスたちの部屋だけである。だが、ルカキスが事に及んでいたのは、魔法で覗かれる心配の無い安全な自室ではなく、アントリッネの部屋だった。そこに山盛りの魔法が仕掛けられていたとしても、おかしくなかったのだ。

 その事実に気づいたルカキスは、先ほど部屋に入ってきたロボとカリューの態度に合点がいった。事態はルカキスに最悪の結末をもたらしたのである。


 ま……ま……まさかっっ!?

 あ、あの部屋での出来事を、ロボとカリューは見てしまったのか!?


 その事実は、ルカキスの心を完膚なきまでに打ちのめした。膝から崩れ落ち、床に両手をついたルカキスは、激しい眩暈めまいと吐き気に襲われる。


 なんてことだ……だとすれば俺が今まで築き上げてきた、全くつけ入る隙のない無敵のカリスマ像は崩れ去り、絶対的なイニシアチブまでも失われてしまったんじゃないのか!?

 お、俺はいったい、この先どうすれば……


「ひゃうっ!」


 その時、床に突っ伏して身動きが取れなかった筈のルカキスは、思わずそんな声を上げてその場から飛び起きた。なぜなら、突き出していた尻を、誰かが後ろから優しく撫で上げたからだ。


「やっぱり、さっきのボーイじゃない。見せてもらったわよ、あなたのお尻。わたし好みのかわいいお尻だったわ」


 ルカキスの尻を撫で上げ、そう言葉をかけてきたのは、アフロヘアに青々としたアゴで笑顔を見せる、ゴリゴリの筋肉マッチョだった。先ほど闘技場でチラリと姿を見せた殺し屋の1人。名はゲイカーマ。


「どう? 次はわたしと手合わせしてみない? アントリッネよりもいい仕事するわよ。ウフッ」


 その言葉に背筋を寒くしたルカキスは、たじろぎながら苦笑いを浮かべる。


「ハ……ハハ。け、結構です……」


 そして、素早く振り返ると、屋敷の入り口に向かって全力疾走で駆けだした。


「あ、ちょっと待ちなさいよ!」


 そう言葉をかけられて、ルカキスが立ち止まる筈もない。すれ違うすべての者の視線に痛みを感じながら、ルカキスはただ無心に駆け続けた。仲間に合わせる顔もなかったが、ここで留まるのも同じことだったからだ。

 屋敷の入り口に辿り着いたルカキスは、停泊していた馬車を見つけると、すかさず中に乗り込んだ。そして、誰も入って来れないよう固く入り口を閉ざしてしまった。

 それに少し遅れてその場に着いたロボとカリューは、中に入れないことに気づいて困惑する。だが、既に荷物は積み込まれたあとだったので、広めの御者位置で手綱を取るカリューに並んでロボも隣に座った。

 そして、一行は夜明け前にミラバ邸を出発したのだった。


◆◆◆

 

 同じころ、ミラバ邸の裏庭には魔法陣が広がっていた。そこから姿を現したのはワイバーン。ドラゴンの中でも飛龍と呼ばれる、大空を飛ぶことのできる魔物だった。

 それを召喚し終えたベレッタは、傍らに立つコルトに指示を下した。


「私はこれからパルナに向かう。事後処理はすべてお前に任せる」

「はっ!」


 直立不動でそう応じたコルトは、そのままワイバーンに向き直ったベレッタの背に問いかけた。


「ところで、ベレッタ様。先ほどの奴らを見過ごしてしまって良いのでしょうか?」


 その問いに、首だけ振り返ったベレッタが静かに答えた。


「既に手は打ってある」

「……では、やはりあの者たちが?」


 そう返したコルトの言葉に、ベレッタは思わず苦笑を漏らした。


「フフ、バカを言うな。あのような者をお探しのわけがないだろう? 確かに名は似ていたが、おそらくモテると思ってつけた偽名だろう。そんな発想を抱くこと自体、生きるに値しない無価値な男だ」

「…………」

「だが、あのロボットは少し厄介だ。それに共にいたエルフも含め、気になる点は確かにある。念のため壊された神器『ユビキタス』を手土産に報告は上げるつもりだ」


 ベレッタはそう告げると、そのままワイバーンに飛び乗った。


「これまで目立った動きはなかったが、何かの陽動の可能性も考えられる。捜索は今まで通り続けろ」

「はっ! 了解しました」


 コルトがそう返事を返すと共に、ワイバーンが空高く舞い上がる。そして、瞬く間に北の空に消えてしまった。

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