第三章 動き始めた世界

ミラバ邸での出来事

33話 あの晩……ドノバン?


 翌日、村をあとにした3人は森の中を進んでいた。

 目指すはズレハの森を抜け、東に進んだ先にある町ドノバン。都心の外れにある町にしてはかなり大きな町である。一旦その町で準備を整え、更に北上してレイク湖の東にあるカリ・ユガへ繋がるゲートを目指す。そういう予定になっていた。

 それよりも、ワリトイで馬車を調達して移動する方が早い。カリューからそういう提案もあったが、ルカキスとロボが共にワリトイには戻りたくないと言ったため、ドノバンまでは徒歩で移動し、そこから馬車に切り替える手筈となった。


 カリューの案内で転移ゲートを使ったこともあり、森を抜けるまでにそれほど時間はかからなかった。しかし、そこから歩いてドノバンまで移動するには、それなりに距離がある。3人は時折村を訪れたり、野宿を繰り返すことになった。

 それでも、ロボやカリューはともかく、ルカキスからも不満が出ることはなく、数日をかけて一行は、ようやく目的地ドノバンに辿り着いたのだった。


「割合大きな町じゃないか。なあ、ロボ!」


 町に着いた途端、少し高めのテンションで、ルカキスがそうロボに語りかけた。

だが、特に何の感慨もなさそうに、ロボは冷たくルカキスをあしらった。


「ガキみてーにハシャいでんじゃねーよ。パルナやフィージアみてーな大都市とは、比べもんにならねーぐらい粗末な町だろーが。お前の物差しは、ど田舎のワリトイ基準かよ」


 せっかく上機嫌なルカキスに即座に水を差すあたり、やはり道中でもロボに対するルカキスのストレスメイクは健在だったのだろう。

 しかし、そのせいでルカキスのテンションは一気に下がってしまった。そして、それが合図となり、またもや2人の舌戦が始まりそうになっていた。


「……ほう。まるで都会っ子のような発言だな。だが、ロボ! お前は知識としてそれを知っているだけで、今までワリトイ以外で暮らした経験なんてないんじゃないのか!?」

「へへッ、あめーなネオ・ルカキス。オレは別に起動したてでワリトイに来た、生まれたてのロボットってわけじゃねーんだぜ? ボディパーツこそ、この世界で新調したが、オレ自身とも呼べる人工知能が作られたのは遥か昔、この世界に来る以前のことだ。そして、こっちに来てから博士と共に暮らした20年の間、オレはエタリナよりも進んだセントアークの首都ロジシティで生活してたんだ。まあ、と言ってもセントアークにそれほどの発展をもたらしたのは、他ならぬ狭間博士にちげーねーんだがな、ガーハッハッハ。だからオレはパルナより更に進んだ大都市というものを、日々肌で感じていた。お前にはわりーが、オレの発言は上っ面だけのものじゃなく、実体験からくる重みあるもんなんだよ……って、もういねーしっ!」


 ロボが長ったらしい説明を始めた途端、当然のようにルカキスは逃げ出していた。

そして、前を歩くカリューの横に並び、楽しげに談笑していたのだった。


 それにしても、ロボも学習能力がない。この展開はもはやパターン化しており、こうなることは分かりきっていた筈なのに。

 ……いや、そうではない。ただ単に自慢がしたいロボは、言い切るだけで自己満足している部分もあるのだ。

それが証拠に長い口上を述べている間、ロボは相手が話を聞いているかを確認していないのだから。


「――さてと。では、俺は今日の宿と馬車の手配をしてこようと思う。ルカキス、悪いが一緒についてきてくれないか?」


 そう依頼してきたカリューの顔を、ルカキスは意外そうに見つめた。


「別に構わないが……なんだ、カリュー。その程度のことを1人でできないのか? まあ、頼りがいのある俺が横にいては、ついつい頼ってしまうのも無理はないが、お前の歳ならそろそろ――」

「ハハ。違うよ、ルカキス。交渉自体は俺1人でも問題無い。だが、俺は人間の使う貨幣というものを持っていない。お前について来てもらいたいのはそういう意味だよ」


 言いながら笑うカリューにつられて、ルカキスも笑った。


「ハハ。なんだ、そういうことか。では、今日から俺の名前を谷町くんに改めねばならないな。アハハハハハハ…………って何っ!?」


 条件反射でいったんは雰囲気に合わせたものの、すぐに表情を真剣なものに改めたルカキスは、問い詰めるように聞き返した。


「待てカリュー、お前もしかして金を持ってないのか?」

「持ってないのかって……どうしたんだルカキス。急にそんな険しい顔になって? 俺たちエルフや獣人は、基本的に森の恵みだけで生活している。金など必要としないから、当然そんなものは持っていない。時にはどうしても人に頼らねばならないこともあったが、エルフという種族特権が効いて、費用を請求されたことは1度もなかった。……だが、それも昔の話だ。今ではこうして一族の誇りである長耳を、変装で隠さなくてはならないんだからな……」


 言いながらカリューは、ターバンのように頭に布を巻くことで、今は完全に隠れている耳をルカキスにアピールしていた。

 ドノバンに入るにあたり、カリューの素性をどう隠すかという議論が出た際、カリューは一も二もなく変装だけで押し通すと主張した。

 即席擬態魔法カメレオン・バディを使えばより安全だったのだが、カリューは魔法を使うのを頑なに拒んだ。爬虫類のような顔になってしまうカメレオン・バディの副作用を、カリューの美意識が受けつけなかったからである。

 それに対してルカキスは特に何も言わなかったが、ロボは若干不安を感じていた。なぜならカリューの変装は、それって変装なの? と疑問を覚えるくらい、取り立てて何の工夫もないものだったからだ。

 それはただ頭に布を巻いただけの、ファッションと言い換えて差し支えないレベルだったのだ。


 しかし、そのお陰かどうかは分からないが、この町に入ってからカリューをエルフと疑う者は誰もいなかった。それがカリューの自負する変装技術によるものなのか、はたまた人が他人にそれほど関心を持ってないからなのかは分からなかったが、とにかく今のところ大きな問題は起きていなかった。


「ツテを使って何とかできると考えていたワリトイならともかく、ドノバンで馬車をチャーターするという話が出た時から、俺はアテにされていないと思っていたんだが……違ったのか?」


 金が無いことを驚くルカキスに、カリューが疑問の声を上げる。それに対して、ルカキスが本当のことを告げる筈がなかった。


「いやいや、全くお前をアテになどしていなかったさ! 念のために確認しただけだ! 逆に持ってないと分かってホッとしたくらいだ。ハハッ、アハハハ……」


 素直にアテにしていたと言えない厄介な性質を抱えるルカキスだったが、カリューが一文無しと判明したことで窮地に立たされていた。


 何てことだ。

仲間が増えてすっかり気が大きくなっていたが、よく考えればエルフなんて森に住む野生動物みたいなもんじゃないか。

金など持ってないことは、ハナから分かっていた筈なのに……

 では、ロボはどうだ?

 ……いや、それもない。ヤツは捨てられていたんだ。宿屋のマスターに見切りをつけられて。

 聞く限り戦闘能力に関してなら、ロボはある程度有能なのかもしれない。だが、接客にそれが応用できる筈もなく、やつが切り捨てられたのは必然と言えるだろう。

ロボットに給料を出してるわけがないし、ロボも無一文であることは確認することなく決定的だ!


 くそぅ! 何てことだ! 何て日だ!?

 結局俺以外、誰も金を持ってないじゃないか!?

 いったい誰だ!? 調子に乗って大きな口を叩いていたのは!


『――そうだ! 町に着いたら宿に泊まろう! ここ何日か野宿が続いていたし、ロクなものも食べていない。豪勢な食卓を囲んで、我ら3人組<ロケット団プラス>結成の祝杯を上げようじゃないか! ついでに馬車も、ゆったりくつろげる高級なものを手配しよう! そうすればゲートなんてアッという間だ! なあ――』


 その後2人に呼びかけたセリフは、意図的に思い出されなかった。なぜならそこには犯人の真相が隠されていたからだ。

 そして、犯人はこう考えるのだ。

 誰が言いだしたかは別にいいだろうと……

 そこは、それほど重要な問題ではないと……


 それより問題なのは金が無いことだ! この先の金の工面をどうするかだ!

 くそぅ! やっぱり金は必然じゃないか!?

 ドナ!……ドナ、ドナ、ドナッ!

 奴さえいなければ、今ごろ俺はカリューにデカい顔ができたのに! 

 美女をはべらせ豪華な食事を前にして、愉悦のひと時を過ごすことができたのに!

 俺は……俺はなぜ、ドナという詐欺師に出会ってしまったんだ……


 ドナと会わなければ、2人との出会いもなかったという事実は完全に無視して、自分勝手な思考を展開するルカキス。その考察はまだなお続いた。


 最悪町を素通りして、野宿を続けながらゲートを目指すという手もある。まだ結構な距離が残っているが、無理をすれば辿り着けないことはない。

 右足を出して左足を出せば……歩ける~♪

 それは当たり前のことだからだ。人間はどんな遠い場所でも自力で辿り着くことのできる、頑張り屋さんだからだ。

 だが、物理的に可能だったとしても、今さらカリューになんと言い訳する?


『ごめんカリュー。やっぱり金は無いんだ』

 

なんてセリフ、俺は口が裂けても言うつもりはない!

 では、どーする? バイトするか?

 ……ダメだ! それでは時間がかかりすぎるし、こんなところでバイトリーダーになってる場合じゃない!

 それ以前になぜバイトをするのか? そこを突かれればグゥの音も出ない。

 そもそも、なぜ俺がバイトしなければならない?

 俺はもっとスマートで、もっと楽チンな解決法を欲しているのだ!

 俺はいっさい手を汚さず、それでいてに勝手に金が舞い込むような……そんな……そんな画期的な方法がどこかにないのか!?


 相変わらずの厚かましい思考で視線を彷徨わせたルカキスは、そこにロボの姿を見つけた。

 いつまでたっても2人に追いついて来ないと思っていたロボは、なぜかたくさんの人に囲まれていた。それを見たルカキスは、あることを思い出していた。


 そうだ。確かマスターの話では、ロボットはまだそれほど普及してなくて、王都以外で滅多に見かけることがないという話だった。

 あの人だかりは、もの珍しさに集まった人たちで、この状況を上手く利用すれば奴を使って金を稼げるんじゃないのか!? とんだところに金脈があったじゃないか!


 そう思い立つや、ルカキスはカリューに「ちょっと待っててくれ」と告げ、ロボのいる場所に向かって駆け出した。


 今まで俺の足ばかり引っ張ってきたが、ロボよ! 今回は大逆転だ!

 よくやった……よくやったぞ、ロボ!


 心に湧き起こる悪い笑みを押し殺しながら、ロボのもとまでやって来たルカキス。

 しかし、その瞬間、辺りに怒声が響き渡った。


「てめーら、見せ物じゃねーぞ、ゴラアアァァッ ! とっとと、どっかへ行きやがれっ!」


 そうわめき散らしたあと、空に向けて銃を乱射するロボ。

 途端に身の危険を感じた町の人たちは、蜘蛛の子を散らすように一瞬でその場からいなくなった。

 ようやく群がっていた人から解放されひと息ついたロボは、目の前にルカキスを見つけて顔をほころばせた。


「へへ、全くオレ様のカリスマ性にも困ったもんだぜ。まあ、王都にだってオレほど優れたロボットなんていやしねー。そう考えたら、少し邪険に扱い過ぎたかもしれねーがな? ガーハッハッハ……って、おい、どーしたネオ・ルカキス? ポカンと口あけちまってよー」


 あまりの出来事にしばらく放心していたルカキスは、突如ガクンッと頭を垂れた。

そして、乾いた笑い声を立てた。


「ハハ。アハハハ……。一瞬でもお前を配下に加えたのを喜んだ、自分のバカさ加減に嫌気が差す……」

「配下ってなんだよ。また、つまんねーことを蒸し返すつもりか?……ってか、やけにローテンションだな。なんかあったのか?」

「フフッ。その要因であるお前の行いは断罪に値するが、1度だけチャンスをやろう。ロボ、俺の質問に答えろ!……お前は金を持っているのか!?」


 言い終えたルカキスは、重心を落として剣の柄を握っていた。

 ロボが答えると同時に斬る。暗黙ながらその意を汲み取れるルカキスの態度に、ロボは怒りを覚えた。


「なんでー、返答次第でオレを殺るとでも言いたげじゃねーか? 上等だ、ネオ・ルカキス。だが、今回はオレも黙っちゃいねー。お前が手を出した瞬間、オレがお前を返り討ちにしてやるぜ」


 一触即発。

 そんな雰囲気が漂う中、しかしロボは、なぜルカキスが自分にそんなことを聞くのかを考えていた。


 金があるかだと? 当然オレはそんなもん持っちゃいねーが、ロボットのオレが金を持ってねーことなんて、こいつだって分かってるだろうに。

 じゃー、なんで今更そんなことをオレに聞く?

 ……いや、待てよ。そういやこの町に着く前、豪華な宿やら食事やらと、偉そうなことをこいつはぬかしてやがったな。

 いったいその金を誰が出すんだと思ってたが、もしかして自分は金もねーくせに、オレとカリューを当てにしてそんな発言してやがったんだとしたら?

 そして、カリューが金を持ってないと知って、オレのところに聞きに来たんだとしたら?

 ……へへッ


「ガーハッハッハ!」


 突如、大声で笑い出したロボに、ルカキスは激しく動揺した。


「な、なんだロボ! 俺に斬られるのが怖くなって、ついに壊れたか!?」


 ルカキスの言葉を聞いても、なおロボは笑顔を崩さなかった。


「けっさく、けっさく。こんな愉快なことがあるかってんだ!」

「何!?……いったい、なんのことだ!?」


 不安気にロボの様子を窺うルカキスに、ロボは逆に見下すような視線を向けた。


「ネオ・ルカキス……お前、金持ってねーのか?」

「な、なんだとっ!?」


 ロボがそう尋ねた途端、ルカキスは激しく動揺しながら、羞恥に顔を真っ赤っかに染め上げた。


「ば、ば、ば、バカなことを言うな! 俺が金を持ってないわけがないだろう!? 持ってないどころかうなるほど持っている! 今にもポケットから溢れ出て、街行く人に漏れなくプレゼントしてもおかしくないくらいだ!」

「ほぉ~、じゃあなんでオレに金があるかなんて聞いたりするんだ?」

「ぐっ…………」


 ロボの問いに、思わず言葉を詰まらせるルカキス。素直に本当のことを話せない、ルカキスの持つスキルの弊害である。

 だが、ロボは確信めいた表情でルカキスに問いかけてきている。下手な言い訳が通用しないのは分かっていた。

 しかし、ルカキスはその事実を認めない。

 天の邪鬼な精神が、真実を告げるのを許さない。 

 この窮地をいかに切り抜けるか?

 ちょうどそんな時、ルカキスの背後から声がかかった。


「そこの御人、ちょっとよろしいですかな?」


 そう呼び掛ける声に振り返ったルカキス。そこには非常に身なりの良い老紳士が立っていた。

 綺麗に整えられた口ひげを生やす老紳士ミラバ・ゲッソは、優雅な所作で軽く会釈したあと、そのまま話しかけてきた。


「ぶしつけで申し訳ない。そこに従えている小間使いは、ロボットとお見受けしましたが――」


 ミラバ・ゲッソはそんなことをルカキスに聞いてきた。

 突然の問いかけに、普段のルカキスなら無愛想に答えたかもしれない。

 しかし、ロボの追究に困っていたこともあり、これさいわいと愛想を振りまくと、ロボに背を向け肩越しに指差しながら、笑顔で質問に答えた。


「ああ、コレですか? よくご存知ですね。確かにこの冴えない、愚鈍そうな、うだつの上がらない、センスのかけらも感じられない外観を持つ存在は、僕の果てなく広いキャパシティを誇る寛大過ぎる心と、神にも匹敵する規格外の器により同行を容された、ロボットと呼称される僕の下撲です。その僕の下撲が何か?」


「コレってなんだよ!」というロボのツッコミを無視して、そう説明したルカキスに、戸惑いながらミラバ・ゲッソが応じた。


「いやいや、不要な装飾が多過ぎて今ひとつ内容が入って来なかったが、ロボットで間違いないと、そう言っていると受け取ってよろしいですね?」


 淡々とそう切り返すミラバ・ゲッソのすかした応対に、ルカキスは憮然とした表情を浮かべた。

 ルカキスの世界観は、他人に受け入れられないことがよくある。今回のように初見であればなおのこと、独特の言い回しに拒否反応を示す者、気後れしてしまう者が多いのだ。

 しかし、それはルカキス本人も分かっていることであり、だからルカキスは、自分の言葉を額面通りに受けとめてもらおうとは思っていない。苦笑い、或いはスルーされても、それほど意に介すことはないのである……多分。

 だが、相手から見下されるのだけは絶対に許さなかった。

 にもかかわらず、ミラバ・ゲッソは憐れむような表情で、蔑むようにルカキスに言葉を返した。それはルカキスが最も嫌悪する対応だったのである。


 そのせいでミラバ・ゲッソは、ほんの少し言葉を交わしただけなのに、早くもルカキスに敵対心を抱かれていた。

 すっかり気分を害してしまったルカキスは、テンションを下げながらため息をつくと、ミラバ・ゲッソにつっけんどんな対応をする。


「それでおじいさん、僕のロボットに何か用ですか?」


 そんなルカキスの変化を気にすることなく、ミラバ・ゲッソはにこやかに応じた。


「いやいや、この辺りでロボットを見るのも珍しいが、私の聞き違いでなければ、そのロボットが人と同じように会話していたように聞こえたものですから……」


 そんなことを告げてくるミラバ・ゲッソを、ルカキスは怪訝な表情で見返した。


「聞こえたも何も、実際僕はロボットと会話していましたよ。でも、それがいったい――」

「待て待て、ネオ・ルカキス」


 ミラバ・ゲッソの言わんとすることを、理解しかねるルカキスの返答に、すかさずロボが会話に割って入ってきた。


「お前には教えてやってなかったが、オレのように肉声と遜色ない声音で話せるロボットなんて、セントアークにだっていやしねー。それどころか、喋るロボット自体それほど多くないのがこの世界の実状だ。ある程度そのへんの事情に詳しい者なら誰でも知ってる。じーさんはそれを知ってたから、オレが喋るのを聞いて驚いて声をかけてきたってわけだ。なあそーだろ、じーさん?」


 そうロボに声をかけられた途端、ミラバ・ゲッソの目には驚嘆の色が浮かんだ。

そして、動揺のまま理由を恐る恐る口にした。


「ま……まさか、そ、そのロボットは、自分で考えて言葉を話しているのでは……」


 ミラバ・ゲッソが、なぜそれほど狼狽えているのか分からないルカキスは、眉間に浮かべていたシワをいっそう深くした。

 一方、その疑問に気づいたロボは、大笑いしながらそれに応じた。


「ガーハッハッハ、すまねーすまねー。オレとしたことが、そんな単純なことにも気づかねーとはな。ロボットが喋る以前に、人間並みのAIが搭載されたロボットがいること自体、ありえねーってのをすっかり忘れてたぜ」

 

 言い終えるや得意げな様子のロボに、ルカキスは不快感を覚えていた。


「ロボ、何をいい気になっている。AIとはなんだ? お前が喋るのが、それほど珍しいことなのか?」

「珍しいことなのか? へへっ。ロボットの構造を分かってないお前に説明してもしょーがねー。だが、仕組みを理解するまっとうな人間なら、じーさんのようなリアクションを取るのが――」

「譲ってくれ!」


 ミラバ・ゲッソは興奮気味にロボの話を遮ると、ルカキスの手を取り胸に抱くように握りしめて、再度ルカキスに懇願した。


「こ、言葉が過ぎた、訂正しよう。少し気が高ぶっていたようだ。あ、あなたのロボットを私に譲って欲しい!……いや、譲ってはいただけないでしょうか?」


 ミラバ・ゲッソは、なお鼻息を荒げながらも、丁寧な言葉遣いに改めた。

 しかし、それを聞いたルカキスは、更に不快感を強めていた。


 ロボを譲ってくれだと?

 何を言ってるんだ、このじじいは?


 ミラバ・ゲッソの発言に、ルカキスは振り返ってロボに目をやった。そこにあったのは、鼻につくほど誇らしげにしている以前と変わらぬロボの姿だった。

 そのロボを、目の前の老人は譲ってくれと懇願している。ロボにそんな価値があると思えないルカキスは、ミラバ・ゲッソの申し出に首をかしげていた。


 このじじいは、自分で考え行動するロボを見て、いたく驚いていたようだが、それがいったい何だというんだ?

 人は誰しも自ら考え行動する。俺はロボ以外のロボットを知らないが、ロボットとは人を模倣して作られたものじゃないのか? だとすれば、ロボットが人のように考え行動したとしても、そこには何の不思議もない筈なのに……

 だが、じじいとロボの態度はそうではなく、ロボがAIと呼んだ自立した思考回路を持つロボットは、非常に貴重とでも言わんばかりだ。

 一般に出回っているロボットは、髭男爵で見たロボのように、若干聞き取りにくい声音で単純作業をこなす、お粗末な存在だということなのか?


 これみよがしにドヤ顔をさらすロボを見ながら、ルカキスはその理解が間違っていないと確信した。


 なるほど、ロボがここまでの道中、ことあるごとに自分の有能さをアピールしていたのは、それが原因だったのか。だが、理由が判明したことで、あの鼻高々に機能を語っていた時の高慢な顔が、なお憎々しく感じられる。半分以上聞き流しておいて正解だったな。

 事情はだいたい把握できたが、しかしこのじじいは大きな勘違いをしている。

 AIを保持するロボットは希少価値が高く、めったやたらと拝めるものじゃないというのは分かった。

 だが、このじじいは、自ら考え行動する意味を全く理解できていない。

人と同じということは千差万別。AIにも様々な性格があるということだ。

そのロボットが従順で分をわきまえ、かゆいところに手が届く、おくゆかしくも有能な性格を持っていたら問題は無かっただろう。

 だが、ロボは違う。わきまえるどころか、ことあるごとにしゃしゃり出て、これみよがしに自分の功績をアピールしようとする自己顕示欲に加え、平気で主人に噛みつく狡猾な部分も合わせ持っている。

 俺は卓越した会話運びと心理操作で、ロボを掌握することに成功しているが、それは誰にでもできることではない。

俺だからこそ、ロボを使役し思いのままに操ることができるんだ!


 だいたい、AIを人と同じレベルにまで高めてしまってはダメだろう?

 何らかの抑制を利かせ、人にとって都合よく使えなければ作り出す意味を為さない。

 ロボには侮れん体術の心得もあるし、手からビュッと何かを出すこともできる。カリューの口ぶりからも、野放し状態にすれば、人に危害を加える恐れのある危険な存在だ。

誰が何の目的でロボを作ったかは知らないが、俺という適切な監督者に巡り合わなければ、今ごろいったいどうなっていたことか。

 ともかく、人工知能の何たるかを理解してないこのじじいに、AI付きロボットは100年早い。それ以前に、ロボを使いこなすことなど不可能だしな。

 まあ、仮に使えたとしても、こんなじじいの個人的な利益のためにロボを手放すなんて考えられない。そんな義理など初めから持ち合わせてないし、ロボにはまだ俺のために働いてもらわねばならない。失った損失の回収作業は始まったばかりなんだから。

 つけ加えると、このじじいはなんだかいけ好かない。こいつからは、宿屋のマスターと同じ匂いが漂ってくる。


 とにかく結論は出た。

 俺はNOと言えるエタリナ人、ネオ・ルカキスだ。

 きっぱりと拒否を突きつけ、このじじいに現実を分からせてやる。

 答えはNO! ノン、ノン、ノンだ!


 長考の末、ルカキスはミラバ・ゲッソの頼みをきっぱり断るつもりで言葉を口にした。


「ご老人。申し訳ないが――」


 しかし、ルカキスがそこまで告げた途端、返答を見越したミラバ・ゲッソが、それを遮り言葉を被せてきた。


「無論、ただで譲ってもらおうなどとは到底思っておりません。私にできる可能な限りの見返りは用意させていただくつもりです。私はこんな片田舎に拠点を構えておりますが、それは故あってのこと。素性を明かせば、パルナを含めた複数の都市にも別邸を所有する、商人でございます。自分で言うのもなんですが商売は成功をおさめ、人に羨まれる程度の蓄えもございます。それなりにご満足いただけるものはご用意できるものと――」


 そう告げてくるミラバ・ゲッソの話を、しかし今度はロボが遮った。


「ガーハッハッハ、譲るも何もオレのことを物扱いしてるところがいけ好かねーが、まあオレと同意見みてーだし、その返事はネオ・ルカキスの口から直接聞けよ。だがなじーさん。一言だけ言っておくぜ。世の中、金では買えねーもんだってあるんだ。今さらじーさんに説教こいたところで、余命幾ばくの凝り固まった考えが変わるとも思わねーが、冥土の土産にそんなこの世の真実をてめーの前に突きつけてやんよ! ネオ・ルカキス! ここはバシッとオレたちの絆ってやつを、このじーさんに見せつけてやって……くれ……ってアレ?……ネオ・ルカキス?」


 ロボが言葉尻を任せ、思いを託そうとしていたルカキスは、しかし言葉では言い表せない、おかしな表情で固まっていた。

 そのリアクションはロボの中にあった不安を掻き立てる。なぜなら、ロボとてルカキスをそれほど信用していたわけではなかったからだ。


 ケンカの絶えない間柄で、ミラバ・ゲッソに話しかけられる直前ですら、一触即発の危険な状態だったのである。

しかし、ルカキスが切り出したミラバ・ゲッソへの返事を聞いた途端、ロボは自らを恥じた。あれほど不協和音を奏でていたルカキスが、自分に対して抱いてくれているものに気づき深く反省したのだ。

 口が悪いせいで読み取れなかったが、ルカキスは心の底では自分を必要と思ってくれている。そして、繋がりを感じてくれている。

ミラバ・ゲッソの申し出をつっぱねると予想されたルカキスの語り出しに、ロボは自らの思いを改め、ルカキスに全幅の信頼を寄せると決めたのである。

 だから、ロボは自分を物扱いしたミラバ・ゲッソの発言を許せた。自分にはルカキスやカリューという、自分を1人の人格として扱ってくれる仲間がいる。そう思ったから。


 だが、ロボは不安を感じる。ルカキスの表情に不安を感じる。

 しかし、それを振り払ってロボは待った。

 ルカキスが口にするであろう言葉を、信じて待ったのだ。

 そして、ルカキスの切り出した言葉が、先ほどと違わぬものだと知って、ロボは1人胸を撫で下ろしたのだった。


「ご老人、申し訳ない。申し訳ない……が、これは立ち話で済ますような話ではない――」

「ガーハッハッハ、聞いたかじーさん! お前のバカげた頼みごとは、聞いての通り立ち話で済ます話じゃ……っておい、ネオ・ルカキス! そりゃー、いったいどういう――」

「どこか腰を落ち着けて、ゆっくり話せるところはないだろうか?」

「かしこまりました。確かに、このような道ばたてすべき話ではありませんでした。私の気が回らず誠に申し訳ございません。我が屋敷が目と鼻の先です。狭苦しいところですが、場所をそこに移して続きをお話ししましょう」

「かたじけない」


 言いながら歩いてゆく2人の姿を、呆然と見送るロボ。


「ガハッ……ガーハッハッハ……って、ゲェ――――――――――――――ッッ! いったいどういう了見だ、ネオ・ルカキス! ちょっと待ちやがれ!」


 こうしてルカキスたち一行は、ミラバ・ゲッソの私邸に招かれることになった。


 ロボは猛烈な剣幕でルカキスに食い下がったが、カリューと共に説得を受け『全て俺に任せおけ。決して悪いようにはしない』というルカキスの言葉を最後に、了承を余儀なくされた。

 その時の濁ったルカキスの目に、説得力などかけらもなかった筈なのに……

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