30話 3年前-エルフside 失われたエルフ族 


 遊離幻体となった俺は、ゲートを通ってエタリナに移動した。

 万が一のことを考え、エタリナに着いた途端ラヌビアとのゲートの接続は解除した。俺は自分の意思で元の体に戻ることができたし、必要に応じて実際にエタリナを訪れる。そういう段取りになっていたからだ。


 帰ったズレハの様子は、当然穏やかではなかった。

 エルフの居住区は見事に破壊されていたし、仮にこの森にエルフが戻れることになってもイチからすべてをやり直さねばならない。それくらいの状態にはなっていた。

 ただ、それでも必要以上に周辺が荒らされている様子はなかった。広大な森すべてに手を付けるとは思ってはいなかったが、この分なら獣人にもそれほど被害は出ていないかもしれない。そんなことを考えながら、俺は転移ゲートへ移動した。

 国外ゲートもそうだが、森を移動するための転移ゲートは居住区から離れたところに隠して配置されている。普段から痕跡を残さないよう気を配っていたこともあり、発見されることなく無事で済んだようだった。


 そのままメインゲートを通ってシンラの森へ移動しようとした俺は、そこでシンラへのリンクが切れていることに気づいた。

 退路を断つ覚悟でアンダンテたちが切断したのか、或いは王国軍に見つかり破壊されたのか。詳細は定かでなかったが、とにかくゲートを使ってシンラの森に移動するのは不可能だった。

 仕方なく、一旦カサエルの森へ向かった俺は、森の中で最もシンラに近いサブゲートへのリンクを復帰させ、そこから直接シンラの森へ向かうことにした。

 幻体の俺はまるで風のように移動できたが、それでもシンラの森まではかなりの距離がある。辿り着くまでに半日ほどの時間を要した。


 到着したシンラの森は目を覆いたくなる酷い有様だった。広範囲に渡って火を放たれたのだろう森はあちこち無残に焼け落ち、焦土が顔を覗かせていた。

 奥に進むにつれ幾人もの死体が転がるのが目に入る。エルフや王国軍の兵士はもちろん、巻き込まれた獣人の姿も数多く見受けられた。

 想像以上にいたましい状況が続く中、更に進んだ先で、森の奥から煙が立ち上っているのが俺の目に飛び込んできた。


 ……まさか、まだ生き残って戦っている者がいるのか!?


 すぐさま俺は、煙の上がる先へ急行する。

 はやる気持ちを押さえながら猛スピードで現場に向かう俺の耳に、俄かに数十頭の馬が土を踏み鳴らす音が聞こえてきた。その先にいたのは、こちらに向け引き上げてくる王国軍の騎馬兵だった。

 その先頭で馬に跨るのは竜人族。見知ったその顔を目にした途端、俺は思わずその名を叫んでいた。


「ドレントフ!」


 俺の声に気づいた一団は、俄かに動きを止めた。そして、目の前に俺の姿を認めると、一斉に攻撃態勢に移った。


「待てっ!」


 だが、その動きをドレントフが馬上から制した。そして、馬から飛び降りると、ゆっくり俺のもとへ近づいてきた。


「久しいな、カリュー。ズレハがもぬけの殻だったことは聞いている。てっきり尻尾を巻いて逃げたと思っていたが、わざわざ舞い戻って来たのか? ククッ、それだけ血の気が多ければ、この国のエルフが滅びるのも頷けるわ」


 ドレントフの挑発の言葉に、俺もついつい応じてしまう。


「竜尾山に引きこもっていた割には、随分大きな口を叩くじゃないか。勇者に選ばれ神の威を借る立場ともなれば、怖いものはないとでも言いたげだな」

「ほざけっ! ワレらが山を下りぬのは、世俗のくだらんしがらみに巻き込まれぬためだ。それに神のお力をお借りするまでもなく、もとより、お主らエルフに恐れなど抱いておらん。ワレら竜人族は、この地上で最も優れた種族なのだからな」

「それは初耳だな。だったら俺たちエルフではなく、竜人族からもっと勇者が排出されても良さそうに思うがな。しかし、今回は兄の代わりにうまい具合に勇者に選ばれたんだ。これを機に、今後もお前たち竜人族から勇者を選出してもらえるよう、女神に進言しておいたらどうだ?」


 売り言葉に買い言葉。

 ドレントフにつられて、つい下らない言い争いをしてしまったが、そのせいでかなりドレントフを怒らせてしまったらしい。

 そんなことより、俺には聞かねばならないことがあるというのに……


「フンッ。まあ、良い。ここで命を絶たれる者の、最後の遠吠えを聞き流すぐらいの度量は持ち合わせている。何かの魔法効果を纏っているようだが、そんなものがワレに通用するとは、ゆめゆめ思わぬことだな」


 魔法効果? 


 ドレントフの言葉に俺は自分の手足を眺めた。幻体は色素が薄く、よく見れば体の向こう側まで透けて見える。

 どうやらドレントフは俺の状態を見て、それが魔法効果によるものと思ったらしい。その考えは半分合っていて、半分間違っている。纏うも何もここに俺の本体はないからだ。

 その思い違いは、時間があればあとで訂正しようと思ったが、とにかく今はドレントフの気を静めなくてはならない。話をしようにも、殺気を振りまき距離を詰めてくるドレントフは、今にも襲い掛かってきそうだったからだ。


「待て、ドレントフ! 少し言い過ぎた点は認めるが、お前には聞きたいことがある。エルフを恐れるつもりがないのなら、俺の話を聞いてくれても――」

「死にゆくものがそれを知ってどうなるっ!」


 言葉と共にドレントフは既に攻撃動作に移っていた。そして、突き出される槍。

 重厚な装備に巨大な盾を背に持つドレントフの動きは、決して俊敏とは言えなかった。しかし、俺はその攻撃を避けることができなかったのだ。


 ――<竜撃槍りゅうげきそう>――


 竜人族の固有スキル竜撃槍は、影縫い効果を併せ持つ。その効果が発動すれば、対象となった相手は蛇ならぬ竜に睨まれたように、わずかの間動けなくなってしまう。

 よもや幻体の俺にその効果が発動するとは思わなかったが、ドレントフの槍は見事俺の体を突きぬけていた。

 だが、微かに衝撃はあったものの幻体の俺にダメージはない。すかさず俺は、一旦槍の射程外まで逃れた。


「ククッ。なるほど、それがミラージュベルトの効果か。ファッションセンスを犠牲にするだけのことはある。……だが、二度目はない!」


 いや、違うんだが……

 そんな思いが頭を掠めたが、続けて攻撃されないうちに、俺は訂正するより先に疑問をぶつけた。


「ドレントフ! お前が俺より強いと豪語するなら、話し合いに応じるくらいの余裕を見せたらどうだ! この国に暮らすエルフが、いったい何をしてこんな目に合わねばならない!? 王国軍や勇者に攻められ森を追われるような罪が、エルフにあったなど俺には到底考えられない!」


 そう告げた俺の言葉に、ドレントフは意外そうな顔を浮かべた。


「……バカを申すな。お主がそれを知らぬ筈もなかろう。此度の発端となった出来事……お主らエルフ族が犯した罪を!」

「それはおそらく言いがかりに決まっているが、大義の御旗を掲げるなら、その罪状を述べてみろ! 俺がその矛盾点を指摘してやる!」

「ククッ。罪を犯した者は皆そう言うのだ。そこまで白を切るのならその咎を教えてやろう。カリ・ユガに向かった調査団に対し、お主らエルフ族は、既にカリ・ユガ送りになっておったアグアと示し合わせ、卑劣な罠を張っていた。そのせいで、調査に参加した王国軍はほぼ全滅。何とか帰還できたのは、ルカキスとエミリアの勇者2人だけだった」

「なっ……なんだと!?」

「事ここに至っては、もはやエルフを放置はできん。いつ何時、偽ルカキスと結託しこの国に害を及ぼすやもしれんからな。そう考えた女神から直々に国王に進言があり、今回の命は下された。神の決定に対し、お主らエルフに申し開きの場を与えるまでもない。また、これ以上の大義を覆すものもない!」


 ドレントフの説明を聞かされた俺は、ただ笑うしかなかった。


「フフ……フフフフフ。なるほどな。女神ともなると、そこまで強引な理屈がまかり通るのか。カリ・ユガにいる兄とどう示し合せるかも疑問だが、俺たちはそれで2千ものエルフを失ってるんだぞ? そんなことをしても、俺たちにメリットなどないことが普通に考えて分からないのか?」

「潜伏している偽ルカキスの力を使えば、アグアと通じることなど容易い。それに偽ルカキスは、カリ・ユガに巣食う魔物をこの地に解放しようと企んでいるのだ。それが果たされれば、そこにいるエルフもすべてエタリナに解放される。お主らに不都合な点がどこにある?」

「フンッ! どうとでも解釈できるというわけか。神の下僕に成り下がっているお前たち竜人族に、理解を求めようとした俺が間違いだった」


 俺の言葉に、ドレントフがまたもや殺気を漲らせた。


「……そのエルフの神を冒涜した考え方に、ワレは昔から納得できなかったのだ。なぜ、そのような種族に勇者としての栄誉を与えるのか? 此度のワレの活躍により、神もその考え違いにお気づきになられるだろう」

「別に冒涜しているつもりはないが、お前たち竜人族のように思考を放棄するつもりはない。納得いかないことがあれば、たとえ神だろうと俺たちエルフは立ち向かう。シンラの森は好き勝手蹂躙してくれたようだが、他のエルフたちは無事逃げ延びた。その程度の働きで評価が得られるなら、せいぜい舞い上がっているがいい。だが、俺たちエルフは敗北したわけじゃない。この地は必ず俺が取り戻す!」

「ククッ。何を息巻いておる。ワレがお主を逃がすとでも思うてか? あのクソ生意気な女同様、お主にもきっちりと引導を渡してやる」


 その言葉に、俺は激しく動揺した。


「……女とは何のことだ? まさかお前、アンダンテを――」

「先ほどこの槍のサビにしてきたところだ。ちょこまかと逃げ回りながらずいぶんと頑張っていたが、逃げ場を奪うように包囲網を徐々に狭め、最後はワレが直々に息の根を止めてやったわ。ククッ。だが、案ずるな。お主も直にそうなるのだ。今しがた語った世迷言よまいごとと共に、ワレが葬り去ってくれる」

「ドレントフ……貴様っ!」


 俺が向ける憎悪の視線をものともせず、ドレントフは一気に間合いを詰めてきた。そして、再度放たれた竜撃槍の効果で、またしても俺の動きは封じられる。

 俄かに迫ったドレントフの槍が、そのまま俺の額を貫いた。だが、二度に渡る手応えの無さに、さすがのドレントフも違和感を覚えたようだった。


「――ッ!?」

「この借りは、必ず返す……」


 俺はそう言い残すと、そのままドレントフの脇を抜けて森の奥へ向かった。背後に控えていた兵たちの間を風のようにすり抜け引き離した俺に、追いつける者は誰もいなかった。

 未だ煙の立ち上る森の奥に向かいながら、俺は悔やんでいた。もう少し早くここに戻ることができていれば、打つ手があったかもしれないからだ。

 ほどもなく辿り着いたそこは、シンラのエルフが暮らしていた居住区だった。どうやらそこを最終防衛地点にして戦っていたようだった。

 エルフの住まう場所には数々のトラップが設置されている。敵を迎え撃つには最適な場所だったが、それにも限度がある。おびただしい数の死体と燃え盛る炎。そこは凄惨を極めた非情の地と化していた。


 俺はそこにあったすべてを受け止めるため、辺りを隈なく見て回った。生きている者の姿はどこにもなく、痛々しい無念の叫び声だけが、今も森の中にこだましているように感じられた。その中に折り重なるようにして倒れる2人のエルフがいた。


 アンダンテとカシオス。


 2人は共に死んでいたが、そこに苦悶の色はなく、逆に何かをやり遂げたような満足気な死に顔を浮かべていた。

 それは見た俺は、少しだけ救われたような気がしていた。

 最後に俺は、そこにあったすべての遺体に黙祷もくとうしながらとむらいの念を捧げた。

 中には当然王国軍の姿も数多くあったが、それには構わなかった。すべての元凶は彼らではなかったからだ。

 俺は決してこの情景を忘れないだろう。そして、エルフとこの国をこんな事態に追い込んだ、女神を絶対に許さない。そう固く心に誓った。


 この場をあとにすべく振り返った俺の視線の先には、立っている者の姿があった。

 息のある者を俺が見落としていたのではない。そこにいたのは、しつこく俺を追いかけ追いついて来た、ドレントフだった。


「お前は逃がさん。ワレはそう宣した筈だ」


 そう告げながら歩み寄って来るドレントフ。俺は自分の中に湧き起こる怒りを押し殺しながら、言葉を紡いだ。


「ドレントフ。神を盲信するお前には、この惨状がさぞ輝かしい成果のように映ってるんだろうな……」

「ククッ。ワレにそのような感慨などないわ。ワレはただ神に仕え、そのご意向に従うまで。そこに浅慮を差し挟む余地などない。神が間違われることなど、あるわけがないのだからな」

「……憐れだな、ドレントフ。この光景を見て何も思わないのだとしたら、お前が思考する存在である必要はない。心はいらない。ただ命に従うだけの単なる人形だ。そんな生き方をするお前にはいずれ報いがやって来る。……いや、俺自身の手で必ずその報いを受けさせてやる!」

「ククッ。お主との会話は平行線だ。神が揺るがぬ正義であることを、今ここで身を持って味わうがいい」


 性懲りもなく俺を攻撃しようと動き出したドレントフに、正直俺は呆れていた。


「フッ……まだ気づかないのか? 俺の体は魔法で作った幻体だ。そんな俺をお前がどうこうできると思っているのか?」


 そう返す俺の言葉に、ドレントフが動じる気配はなかった。


「そのことには、先ほどワレも気づいた。だが、お前の精神は、その魂はここにある。ワレにはそう感じられたが?」


 そう話すドレントフの言葉に、嫌な予感が過った。


「竜人族は神の使い。肉体を持たぬ邪なるものを滅するは、ワレの得意とするところなりっ!」


 ドレントフの振りかぶる槍の動きを見ながら、既に俺の体は動かなかった。俺は三度みたび、竜撃槍に捕えられていたのだ。

 その時、ドレントフの持つ槍が眩いばかりの光を放った。

 それを見た俺の脳裏に、なぜかミンミンの言葉が鮮明に思い出された。


『幻体を直接攻撃できる者もいるから気をつけるあるよ』


 ミンミンは2、3日動けなくなると言っていたが、ドレントフの槍が放つ光に、なぜか俺はそれ以上の恐怖を感じた。

 そして、ドレントフの確信したような表情……


 まさか、このまま刺し貫かれたら俺は死ぬんじゃないのか……!?


 そんな思いに駆られたが、体はまるで言うことを利かない。その間にもドレントフの槍は無慈悲に俺へと迫っていた。

 やむなく俺は幻体を解き、自分の体に戻ることにした。

 だが……


 バカなっ!? なぜ解除できない!?

 任意で自分の体に戻れるんじゃなかったのか!?

 ……えっ? やり方が間違ってる?

 だって、そんな練習をする時間は――


 ま、待て、ドレントフ!

 俺だってこんな状態でなければ、決着をつけるのもやぶさかではない!

 だが、それは今ではない!

 今じゃないんだっ!


「うわああああああぁぁぁぁぁ――――――――っっ!」


 バコッ!

 

 槍で胸を貫かれたと思った瞬間、その衝撃は予想外に頭の上から降ってきた。

 その時俺は、何ものかに頭を叩かれていたのだ。


「うるさいあるよ」


 俺の頭を叩いたのはミンミンだった。叫び声を上げた俺を諌めたミンミンは、和やかな笑みを俺に向けていた。


「危なかたね。強制帰還、もう少し遅れてたらお前間違いなく死んでたよ。あの竜人族恐ろし奴ね」

「カリューさんの帰りがあまりに遅かったので、私の提案でカリューさんの行動をクリスタルボードで確認していたのです!」


 バコッ!

 

 今度はカノンの頭が、ミンミンに叩かれた。


「嘘よくないね。お前、さっきわらしが声かけるまで、うるさいくらいにイビキかいてたね」


 その指摘にカノンがテヘペロ顔を浮かべる中、俺はようやく状況を理解した。

 どうやら装置には強制的に帰還させる機能があったらしく、俺は間一髪のところをミンミンに救われたのだ。しかも、その口ぶりから、あのまま刺し貫かれていたら本当に俺は殺されていたのだ。

 それを知った途端、背中を強烈な悪寒が走るのを感じた。


 こうして俺は無事帰還を果たしたが、結局シンラの森に救える命はなかった。エタリナのすべてのエルフは失われたのだ。

 そこにやるせなさと無力感を抱いたが、仲間の無念を晴らそうにも、それが容易でないことも十分理解できた。

 敵はエタリナ王国軍だけでなく、それぞれが一騎当千の勇者3人、加えてその背後には神まで控えている。それはたとえ、アルフヘイムのエルフ全軍で立ち向かったとしても、勝利の確証が持てる状況ではなかった。

 だが、アルフヘイムを治め、全世界に暮らすエルフの頂点に立つアビス王なら、何か有益な見解を持っているかもしれない。

 俺はカノンと共にアルフヘイムに向かうため、ラヌビアからアルフヘイムに次いで多くのエルフが暮らすヴァン国へ、いくつかの転移ゲートを経由し移動した。


 アルフヘイムに繋がるゲートは、ヴァン国にしか存在しない。

 通常アールヴの緑石が無ければヴァン国にすら入れないのだが、そこは何とか交渉で乗り切った。

 だが、アルフヘイムはそうはいかなかった。


「急を要するんだ! どうしてもアビス王に会って力を借りたい!」

「ダメだ。お前がどんな問題を抱えてるのかは知らんが、今はアルフヘイム自体が非常事態なんだ。緑石を持たぬ力の無い者は、誰も通すなとのお達しだ」

「……アルフヘイムが非常事態?」

「まあ、あちらにはアビス王もおられる。その問題も直に解決するだろう。それまでは我慢することだな」

「…………」


 門番の対応はにべもなく、俺たちはそこで思わぬ足止めを食うことになった。

 しかし、いくら待っても通行規制が解除されることはなく、連日交渉を繰り返し執拗に食い下がったが、詳しい理由すら明かしてもらえない。

 無理やり通り抜けようにもアールヴの緑石を持たない状態ではゲートが作動しないため、俺たちに待つ以外の選択肢はなかった。

 だが……


「カノン、このままでは拉致が開かない」

「駄目です」

「いや、聞いてくれ、カノン。あれから色々と考えたんだが、どうもエタリナで起きた今回の件が俺には腑に落ちない。あの女神の目的が俺たちエルフだけにあったとは、到底思えないんだ」

「……どういう意味ですか?」

「分からない」

「いや、即答っ!? 分からないって、何なんですかその返事は!?」

「違うんだ、カノン。俺たちは今回エタリナに起きたことの全貌をまるで掴んでいない。情報が足りな過ぎるんだ」

「だとしても我々だけではどうにもなりません。相手は神なんですよ? そのことをカリューさんは分かってるんですか?」

「分かっているからこそ、アビス王の力を借りに来たんだ。だが、既に3ヶ月もここで無駄に時間を過ごしているが、未だに規制は解除されない。カノン、今のこの状況おかしいと感じないか?」


 俺の問いに、カノンは視線を空に向けながら思案する素振りを見せた。


「おかしいとって…………まさか、ここまで手が回されてるとでも言うんですか? そんなバカなことあるわけがない。神でもあるまいし……って神だし! 相手、神だし!」

「そうだ、カノン。相手は神なんだ。ここまで用意周到にエタリナからエルフを排除した神が、それだけを目的としていたとは到底思えない。それ以上に何か大きな目的がきっとある筈なんだ。下手をすると今エタリナは、未曽有の危機に瀕しているのかもしれない。そして、ここで手をこまねいている間に、すべては手遅れになるかもしれない」

「だからといって、なぜカリューさんが――」

「俺が動かねばならない理由は簡単だ。今エタリナで起きている異常に気づいているのは、俺たちだけかもしれないからだ。それを知りながら、何もせずじっとなんてしていられない。そして、何かができるのも俺たちだけなんだ!」


 そう熱弁する俺の意見を、カノンは無下に切り捨てた。


「無理です。私たち2人で何ができるというんですか? だからこそ我々はアビス王を頼って――」

「では、いつまで待ち続ければいいんだ? お前がさっき口にした通り、ここにも女神の手が回っているんだとしたら、おそらくアビス王に会うことはできない。そして、その間に女神の思う通りに事は進んでしまう」

「ですが、カリューさんが無茶をして、命を落とすようなことになれば――」

「カノン。既にエタリナのエルフは逃げおおせた。俺の役目はもう終わってるんだ。確かにエタリナでエルフの暮らしが取り戻せる日が来たら、その時は俺が先頭に立って皆を引っ張り、復興に尽力したいとは思ってる。だが、それもエタリナあえばこその話だ。エタリナ自体が滅びてしまえば、お前の考える配慮は全く無意味なことになってしまう」

「…………」

「だが、そんなことは俺が許さない。アズールやアンダンテに託された思いに報い、兄の汚名を晴らすためにも、俺は絶対にエタリナの地を取り戻すと心に誓っている。そのために、今動いておかなければならないんだ!」

「……でも、私たちがエタリナに戻ったところで、何ができるというんです?」

「それは分からない。今の時点では情報が少なすぎるからだ。だが、そのために動けば、絶対にその足がかりとなるものには辿り着ける。そして、その可能性の1つに俺は心当たりがある。それは女神が躍起になって探していた偽ルカキスと呼ばれる存在だ。魔王の呪いから生じたと言われるその存在が、俺たちの味方になるとは限らないが、上手くそう仕向けることができれば、反撃のきっかけになるかもしれない。それに女神のやり方にすべての者が賛同しているとは思えない。エタリナにも絶対に協力者はいる筈だ。それらのピースを全部集めることができれば、女神の企みは打ち砕ける。そのために俺はエタリナに戻らなくてはならないんだ」


 俺の熱意に絆され、ようやくカノンも観念したようだった。


「……分かりました。そこまでおっしゃるのなら、私も腹を括ります。どこまでも共につき従おうじゃないですか!」

「いや、悪いがエタリナには俺1人で戻る」

「またー!」

「違うんだ、カノン。俺にお前を守ってやれる力はないし、共倒れになれば俺たちの意志を引き継ぐ者が誰もいなくなってしまう。それにお前にはやはり、何とかアビス王と面会できるよう動いてもらいたいんだ」

「…………」


 不満気な顔をしていたが、カノンは俺の申し出を了承してくれた。女神の企みを打ち砕くのにアビス王の協力は不可欠だ。だからカノンには、どうにかしてアールヴの緑石を手に入れられないか奔走してもらうことにした。

 アールヴの緑石は族長の証であるため、それを手放すような者はいない。だが説得し、思いを伝えることができれば、代わりにアルフヘイムへ赴き、アビス王に状況を伝えてくれる者がいるかもしれなかったからだ。


 そこをカノンに託し、俺はエタリナに舞い戻った。カノンがどうしても譲らなかったので、掻き集めた数名のエルフと共に向かうことになった。

 エタリナを出て半年近く経過していたが、念のため俺は海路を使ってナトミーナからエタリナに入国した。そこで共に来たエルフたちと手分けして情報を集め始めたのだが、案の定エタリナには目に見えた変化がいくつも見受けられた。


 最初に分かったのは、エタリナで西と呼ばれていたセントアークと国交が開かれていることだった。アルネー山脈を越えた先にあるそんな国と、どういう経緯で話がまとまったのかは分からなかったが、セントアークが独自に発展させた機械文明の一部がエタリナにもたらされていた。

 その辺りの調査は主に仲間のエルフに任せていたのだが、『ロボット』と呼称されるその文明は、魔法で作り出す『ゴーレム』に似たようなものらしく、取り立てて優れた機能を持つという話は聞かれなかった。

 一方、代わりにエタリナが差し出したのは優秀な人材であり、この国の二本柱と言われる魔法の名門レイバーン家の名だたる魔法使いすべてが放出されていた。

 同時にセントアークからも技術者を1人招いたらしかったが、とても等価に換算できるものではないとの意見が多数上がっているようだった。


 仲間がその辺りの情報を集めてくれている間に、俺は人間との接触を試みようと動いていた。だが、そのことごとくがこの国から姿を消していた。

 人間の中にも俺たちに理解を示す者はたくさんいて、その内の何人かは頼りにできると考えていたが、カリ・ユガの調査に参加させられていた者もあれば、何らかの罪を着せられ国外追放、或いは処刑された者もあり、エルフ擁護団体なども軒並み壊滅させられていた。エルフ排斥に異を唱えた者すべてが、国から排除されていたのだ。

 加えて優れた人材はすべて中央のパルナに招集を受けており、それに逆らった者も同様の末路を辿っていた。ただ、招集に応じた者も再度地元に戻ってくることがないという話もあり、それが意味するところは正確には分からなかった。

 自由な風合いだった国土はその特色を失い、独裁色の強い空気に包まれていた。そのやり方に皆は不満を抱いているようだったが、その背景に女神の意向があるのは疑いようもなかった。


 2年以上の歳月をかけ、国中を回って集めたのがそれらの情報だったが、女神の目的は未だ不透明だった。

 どこかと戦争を起こそうとしているという情報もあったが、それにしてはエルフ排斥に絡めて失われた人材の数は多く、逆に国力が低下しているように感じられた。そして、偽ルカキスに関する情報は、どこからも漏れ聞こえてくることはなかった。

 協力者を募ろうにも国の統制は徐々に厳しくなってゆき、影で暗躍する組織もあって、ついには目立った動きをする者はおろか、陰口すら聞かれなくなった。

 そんな状況に俺は危機感を覚えると共に、そろそろ機が熟しているような、女神が今にも本格的に動き出しそうな予感がしていたのだ。


 だから俺はミンミンに協力をあおぎ、ズレハの森に王国軍を誘い込むためのトラップを築いた。

 エルフの帰還を国内に知らしめれば、わずかでも女神の妨害になると思ったし、国のやり方に不満を抱く者たちが反旗を翻す呼び水になると思ってのことだった。

 ただ、そこに大きな期待などなかった。無為に時間を過ごすより多少はマシだと思える、焦りから生まれた俺なりのせめてもの抵抗だった。

 


 俺がお前たちと出会ったのは、そんな状況だったんだ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る