24話 3年前-エルフside 来訪者
ワリトイで町の防衛に当たっていた俺は、地表を覆う濃い瘴気が徐々に失われていく気配に気づいた。同時にそれは、ゾーンバイエの死を意味していた。
しかし、それは回避できなかったことであり、おそらくこうなると分かっていた俺は、ただ目を閉じて胸に手を当てながら、心の中で友の死を悼んだ。
その時、深い悲しみが生まれたが、それがおそらくゾーンバイエの強い決断の結果だったという事実が、ここで別れを迎える踏ん切りを俺に着けさせくれた。
魔王討伐後、立ち寄ってくれると思っていた勇者たちが、ワリトイに姿を現さなかったことが気がかりだったが、すぐに3人の勇者が王都パルナに入ったという噂がエタリナ全土に知れ渡り、俺はほっと胸を撫で下ろした。
おそらく勇者たちは国王への報告を終え、国民から手厚い祝福を受けていると予想できた。
被害の大きかったズレハの森の復興作業や獣人たちの被害状況を調べたりと雑務に追われていた俺は、王都まで足を伸ばして一目兄の顔を見たい誘惑にかられたが、そのまま森で帰りを待つことにした。
そうこうするうちに、ひと月が経っていた。
あまりに遅過ぎる帰りに、俺もさすがに少し不安を感じたが、近々勇者たちの凱旋パレードがあるという噂もあり、勇者とは多忙なものだなという印象を抱くに留めていた。
だが、同時に俺は変な噂を耳にした。
それは、兄が魔王と通じていたという内容だった。魔王になったゾーンバイエは俺たちの親友だったし、それを知る者が他にいなかったわけじゃない。おそらく、兄を妬む輩が流した心無い噂だろうと俺はそれほど気にも留めず、そんな噂が流れるのも兄がよほど活躍したからに違いないと、逆に頬を弛めていた。
しかし、それからも兄はなかなか戻らなかった。
都でもてはやされる日々も、そういつまでも続かないだろう。王都での行事が残っていたとしても、そろそろ1度こちらに顔を出せる余裕ができてもいい頃だ。
エタリナ全土を巡る凱旋パレードの日程調整などでもめているのだろうか? もしかすると、都市部ではすでにパレードが始まっているのかもしれない。すべての場所を巡るなら、地理的に1番最後になるワリトイに着くのはまだ少し先か……
そんなことを予想しながら兄を待つ俺を、しかし訪ねて来る者があった。
それはカサエルの森に住む森長の1人アズールだった。
このアズールの来訪により、事態は急展開をもたらした。
「しばらくだな、アズール。王都の騒がしさはそちらまで届いているか? カサエルはここズレハよりずっとパルナに近い。誰か王都まで足を伸ばして見に行った者はないのか?」
そんな俺のなごやかな口調に対して、アズールは躊躇いながら言葉を切り出した。
「……その様子では、やはりまだ知らんらしいな」
アズールの口調と表情は、俺の雰囲気を改めさせるに十分なものだった。
「何かあったのか!?」
すぐさまそう問いかけた俺に深いため息をついたあと、アズールは真剣な面つきで言葉を返してきた。
「真偽のほどは確認しようがない。何せ我々エルフは王都に近づくことさえできんほど、国民から反感を買っているからだ」
「な……何だとっ!?……いったいどういうことなんだ、アズール!?」
「単刀直入に言おう。アグアが裏切り魔王側に寝返った。そして、女神によってカリ・ユガへ追放となった」
このアズールの発言に俺は思わず絶句した。
絶句したまま笑い出しそうになり、しかしすぐ様アズールの表情にそんな思いは掻き消えた。
俄かに湧き出た感情は怒り以外の何ものでもなく、その思いを言葉に乗せ、俺はアズールにおもいきり怒声を浴びせていた。
「バカなっ!? 寝返ったとはどういうことだっ!? 何の冗談だ、アズール!?……あり得ない。そんなこと絶対にあるわけがない!」
兄が裏切り、魔王側に寝返っただと!?
なんだその話は?
アズールはいったい何の話をしているんだ!?
俺は、アズールの話の内容に次第に混乱し、全くその意味を理解することができなかった。
「落ち着け、カリュー。アグアは我らエルフの中でも、ここ数百年で随一と言われる実力者だ。確かに感情面において時折暴走するきらいはあったが、それでも長としての自覚は十分に持っていた。魔王に加担すれば、その後我々がどうなるかぐらいアグアが理解していなかったわけがない。いかに狼人族と親しい間柄だったとはいえ、エルフ族の名を汚し、残された一族に多大な損害が生じると分かっていながら、なお肩入れするようなことはありえないと俺も信じている。ただ、よほどの事情があれば、アグアとてそのような行動を起こす可能性がないとは言い切れない。果たして、そんなものが本当にあったのか? 俺はそれをお前に確認しに来たんだ」
努めて冷静にアズールの話を聞くつもりだった俺は、まったくそれが反映されない口調で応じた。
「そんなものあるわけがないっ! 兄が魔王側に寝返るなどあり得ない! 魔王のゾーンバイエは確かに俺たちの親友だったし、助けたい気持ちは俺も、兄にもあった! だが、その件については討伐前にルカキスも交えて話し合い、ゾーンバイエがもう救える状況にないことは共に理解していた! あの話し合いのあとで、兄が寝返るなんて到底考えられないことだ!」
興奮しながら言葉を返す俺が落ち着くのを待ってから、アズールは静かに言葉を紡いだ。
「……やはりそうか。俺も話を聞いた時は耳を疑ったし、信用できる話ではないと思っていた。だが、今王都でまことしやかにそんな話が囁かれているのも事実なのだ」
「そんな話はでたらめだ! 誰がそんな噂を流しているというんだ!」
「誰かという特定の人間ではない。既に事実であるように、その話は王都を含めた中心都市に流布し、広まっている。だが、今王都には勇者たちがいて、その中には当然アグアもいる筈だ。だとすれば、魔王を討伐した英雄として、国民に迎えられている勇者の1人アグアのそんな話が放置され、街中に垂れ流されているその状況もまた、おかしいとは思わないか?」
このアズールの言葉に、俺は僅かに冷静さを取り戻しつつあった。
「……確かにそうだが、兄が裏切るなど考えられない」
「うむ。そこで1つの仮説が浮かび上がる。アグアが何者かの謀略により、裏切り者の汚名を着せられ、実際にそのような処断を受けた。そう考えればどうだ?」
「謀略……だと!?」
「うむ。だが、仮にも勇者の1人であるアグアを罠に嵌めるなど、そう簡単にできることではない。たとえ国王レベルの人間が企んだところで、女神を動かすことなどできないからだ。そう考えると該当する者はいないようにも感じるが、もしかすると残りの勇者のうちの誰かなら、あるいは……」
俺はアズールの推測を聞きながら、ある事実に思い当たっていた。それは魔王討伐直前に垣間見た、あの女神の態度だった。
通常、女神が勇者に協力を惜しむことはないが、だからといって、女神は気軽に話しかけられるような存在でも、簡単に会えるような存在でもない。余程のことがない限り、勇者は女神の力を借りずに自らの力だけで魔王を倒す。
伝え聞いていた伝承や伝聞などから、それは概ね間違いのない事実だったし、仮に勇者が頼み込んでも、女神がそれに応じるなどあり得ない話の筈だった。
だが、俺が目にした状況は、その内容と大きく食い違っていた。
最も驚かされたのは、女神ノエルが勇者たち一行に普通に紛れていたことだ。
神々しさを象徴する煌めく後光もそのままに、まるで私もメンバーの1人ですけど何か問題でも? とでも言わんばかりに。
あの時は、何かの事情でたまたま女神が居合わせたのだろうと自分を取り繕い納得していたが、俺が勇者たちと分かれた時も、女神は3人に混じって普通に着いて歩いていた。
その違和感を受け入れるために、俺はその事実を極力考えないようにしていたが、冷静に考え直してみれば、あれは異様な光景だったと言わざるを得ない。
そして、女神の普通ならおかしいと思える行動の原因を作っていたと思われるのが……おそらく、ルカキス。
その根拠となるのは、女神を呼び捨てにするという暴挙に及んでいたことにある。
それには兄も度肝を抜かれていたし、俺も俄かに受け入れるのを躊躇うほどの、衝撃的な出来事だった。
だが、女神はそれを疎んじるどころか寧ろ受け入れており、2人が長年連れ添った夫婦であるような印象さえ感じさせた。
どのようにして、そんな関係性を築けたのかは知りようもなかったが、あのルカキスが頼んだとすれば、多少の無理も女神は聞き入れたんじゃないだろうか? そんな疑念を感じないこともない。
しかし、それでもカリ・ユガへの追放は、リーンカーネーションに関わる重大事項であり、いかに女神といえどもおいそれとできるようなことじゃない。それに、僅かに会話を交わしただけとはいえ、あのルカキスが、兄に対して悪い感情を抱いていたようには思えない。
思慮深く、人間的な器の大きさも感じさせたルカキスが、他人を陥れるようなことをしたというのもイメージに合わない気がした。
だが、ここで考えていても答えは出ない。俺はその疑問の答えを得るため王都パルナへ向かうことを決めた。
俺の考えに同調したアズールは、共に行くことを提案してくれたが、俺はその申し出をきっぱりと断った。王都に赴くことに危険を感じていたし、兄の一件以来、自分の思いに他人を巻き込むのが嫌になっていたからだ。
俺の決意が変わらないのを理解したアズールは、俺の安否を気遣うと共に、もう1点情報をつけ加えてくれた。それは、兄に代わって勇者になったのが、竜人族のドレントフだという情報だった。
従って、今現在勇者として王都にいるのは、ルカキスとドレントフ、そしてエミリアの3人なのだという。
しかし、ここで俺はまたしても疑問を感じた。
兄の代わりに、竜人族のドレントフが勇者に選ばれたという話は分かる。
だが、どうしてエミリアが?
俺の思い違いでなければ、エミリアとはドルニア家のエミリアであり、俺の知らない人間ではなかった。ドルニアはこの国に於ける魔法の大家であり、その跡取りとしても、魔法の才に於いても名が知れ渡っているエミリアは、勇者として選任されるに相応しい人物でもあった。
しかし、俺は兄と共にいた残り2人の勇者を実際この目で見ている。1人はルカキスであり、もう1人はセレナだった。
確かにセレナはドルニアの人間だったが、なぜその名が姉のエミリアになっているのか?
同じドルニア家ということもあり、その名が通っているエミリアの名が勘違いされ伝わっているのかとも思われたが、兄の件を含めて考えれば、もしかするとセレナの身にも何かがあった可能性もある。
ますます深まる疑問を抱きつつ、俺は単身王都パルナへと向かったのだった。
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