えんぴつ
エルバッキー
えんぴつ
六角形が美しい一本の棒があった。鉛筆(HB)である。その両端は生まれたままの姿――すなわち、未だに削られていない未使用品だ。
これは、鉛筆が削られるだけの物語。
山もなく、オチもなく、意味もない。
なお、台詞は全て作者の妄想である。
鉛筆
「箱から一番最初に出された!
今日から頑張ろう!」
鉛筆削り(手動)
「やあ」
鉛筆
「……あなたは?」
鉛筆削り(手動)
「手動の鉛筆削りという物だ。はじめまして、だな」
鉛筆
「鉛筆削り……あ、聞いた事がある!
鉛筆を削って使えるようにしてくれるんですよね!?」
鉛筆削り(手動)
「ああ、そうだ。ちゃんとお前さんを使えるようにしてやるよ。
それにしても……お前さん、削られるのは初めてか?」
鉛筆
「はい……あの、削られるのって、やっぱり痛いんでしょうか……?」
鉛筆削り(手動)
「ハハハ、鉛筆じゃねえから分からんなぁ。だけど、今まで削ってきた鉛筆は全てキレイに仕上げてきたんだぜ?
どうだ、ここは一つ、その身を任せちゃくれねえか?」
鉛筆
「……は、はい!
初めてなので勝手は分かりませんが、よ、よろしくお願いします!」
――鉛筆は誘われるまま、その真新しい頭を鉛筆削り(手動)に突っ込んだ。
鉛筆削り(手動)
「ぐ……!」
鉛筆
「鉛筆削り(手動)さん、大丈夫ですか?」
鉛筆削り(手動)
「ああ、初物は久々だからな……
普段当たらない所に、角が当たるんだ……」
鉛筆
「す、すみません」
鉛筆削り(手動)
「気にすんな。これから削って、形を調えてやるからよ。
……それよりも、お前さんこそ大丈夫か?」
鉛筆
「変な感じだけど、大丈夫です」
鉛筆削り(手動)
「じゃあ、固定するぞ」
――ゆっくりと、鉛筆を固定する鉛筆削り(手動)。その苦しい程の締め付けに、思わず鉛筆はドキリとした。
鉛筆
「うっ……ちょっと、キツい、です……」
鉛筆削り(手動)
「我慢しな。きちんと締め付けておかねえと、綺麗に削れねえんだ。
さて、じゃあ……削るぞ」
鉛筆
「……お願い、します」
――ゆっくりと回りだした鉛筆削り(手動)のハンドル。その回転に従って、鉛筆削り(手動)の中で刃が蠢く。
鉛筆
「ぅう、あ!」
鉛筆削り(手動)
「ぅん……! 痛いか?」
鉛筆
「だ、大丈夫っ、で、す……」
鉛筆削り(手動)
「なら、少し速く削るぞ」
鉛筆
「え、ちょ、待――んぁああ!」
――ゴリゴリゴリと刃が鉛筆を削る音が高まった。その振動か、はたまた自身が震えているのか、鉛筆には判断がつかない。
――ただただ、初めて身を削られる感覚のみが鉛筆を支配する。
鉛筆
「も、もう少し、遅、く……ぐぅ!」
鉛筆削り(手動)
「うっ! なん、だって?!
音がうるさくて、聞こえねえ!」
鉛筆
「と、止まっ――あぁ!」
――言葉を中断せざるを得なかった。
――鉛筆削り(手動)の刃が、ついに鉛筆の芯へと到達したのだ。
鉛筆削り(手動)
「くっ、硬ぇ……!
お前さん、HB、なのか」
鉛筆
「は、はいぃぃぃ!
ぁぐっ……もぅ……もう、ダメ……!」
鉛筆削り(手動)
「もう少しだ! 我慢しろ!」
――最後の仕上げとばかりに最高速で回り狂うハンドル。鉛筆削り(手動)の中で乱舞する刃が鉛筆を削り、その削りカスは鉛筆削り(手動)に溜まってゆく。
――だが、不意に鉛筆削り(手動)のハンドルが止まった。
鉛筆削り(電動)
「オメーら、楽しそうな事やってんなぁ!
おい、鉛筆削り(手動)。交ぜてくれよ」
鉛筆削り(手動)
「え、鉛筆削り(電動)さん……
そんな……修理に出ていたはずじゃ……」
鉛筆削り(電動)
「ついさっき帰ったんだよ。
で? もちろん交ぜてくれるよな?」
鉛筆
「鉛筆削り(手動)さん……」
鉛筆削り(手動)
「…………すいやせん、鉛筆削り(電動)さん。
その……この鉛筆、もうすぐ削り終わるんですよ」
鉛筆削り(電動)
「ケチケチすんなって。
ほら、後ろはまだ新品だ、ぜ!」
鉛筆
「っ!?
止――うあああぁぁぁあああ!!」
――鉛筆削り(手動)に
――鉛筆削り(電動)特有のハイスピードで、粗い刃の動きが、けたたましい音と共に鉛筆の後ろ側を削る。
鉛筆
「あああぁぁぁあああ!!」
鉛筆削り(電動)
「ヒヒヒ、帰って一本目が初物とはなぁ! 運が良いぜ!
ほら、オメーも動けよ。まだ途中なんだろ?」
鉛筆削り(手動)
「ぐ……
鉛筆……すまねぇ……」
鉛筆
「やあああぁぁぁぁあああ!!
ど、同時にぃぃぃいいい!」
――両端から削られる鉛筆。ほとんどの鉛筆が経験しないような削り方は、箱から出たばかりの鉛筆にとって刺激が強すぎる。
鉛筆
「んがぁぁぁああああ!」
鉛筆削り(電動)
「ヒヒヒ! もうすぐ終わるぞ!」
鉛筆削り(手動)
「ぐっ……あと、少しだ……! 我慢してくれ……!」
鉛筆
「あああぁぁぁあああ! あああぁぁぁあああ!!」
――そして、音は止まった。
――両端を解放された鉛筆は、軽い音を立てながら机の上を転がる。両端の鋭く尖ったその姿は、正しく
鉛筆削り(電動)
「なんだ、もう終わりかよ。
芯が丸まったら、また楽しませてくれよ、な?」
鉛筆
「っ!?」
――無様に転がる鉛筆にゴミがかけられた。
――……鉛筆の、削りカスである。
鉛筆削り(電動)
「ほら、こんなに削れたぞ。ヒヒヒ!
鉛筆削り(手動)、オメーも見せてやれよ」
鉛筆削り(手動)
「…………」
鉛筆
「……鉛筆削り(手動)、さん…………」
鉛筆削り(電動)
「オラ、早くしろよ!」
鉛筆削り(手動)
「…………すまねぇ」
鉛筆
「っ……」
鉛筆削り(電動)
「ヒヒャハハハ!」
――山の様な削りカスの下で、鉛筆は己の無力さを知った。
――鉛筆としてあるまじき醜い姿。使用者にどちら側を使うか迷わせてしまう愚かな姿。
――消える事の無い傷は、鉛筆を苦しめ続ける…………はずだった。
【次回 キャップとの出会い】
※続きません。
えんぴつ エルバッキー @Bucky
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