第三章 3 盗賊との駆け引き

「歓待しろだって? このくそ忙しいときにかい!」

 ステファンは、眼をむいて言い返した。


「なにもそんなに急いで旅立つ必要はあるまい。まだ夏の盛りだ。羊飼いだったら、まだまだここでやる仕事が残っているだろうが」

 ひげ面の男が口の端にからかうような笑みを浮かべながら言い、床に並べられた大皿から図々しくゆでたイモをつまみ上げ、むぞうさに口にほうりこんだ。


 ここは、ゲオルたちが居間兼食堂に使っていた部屋である。

 外の嵐のせいで薄暗く、ときおり強い風が吹きこんできたが、ケルベルク城の地下ではいちばん明るい光が入って居心地のいい場所だった。

 ひげ面は、首領らしいしたたかさで、いちばん口が軽そうで、うそをつけそうにないステファンを交渉相手に指名したのだった。


 彼らが野盗の一味であることは、一見してわかった。

 首領格のひげ面の男が入口に近い主人の座をどっかと占め、背の高い丸刈り頭の男が、威圧するのが自分の役目だとでもいうように、その横に両足をこころもち開いて仁王立ちしている。

 ステファンたちは全員、朝から臨時の食事用に用意されていた料理をはさんで、反対側の壁ぎわに並んで座らされていた。

 両わきには、武装した男たちが二人ずつ、思い思いの姿勢で壁に寄りかかって立ち、短剣をあざやかな手つきでもてあそんでいる者もいて、さすがのゴドフロアも身動きすらできない。

 縛り上げられていないのは、男たちが絶対優位に立っているからだったが、ひげ面は、あくまでも自分たちを賓客あつかいさせ、ステファンたちをうまくこき使ってやろうという魂胆らしかった。


「この若い夫婦の赤ん坊が、急病であぶないんだ。ぼくらは赤ん坊を預かっている家の者から頼まれて、ここにそれを知らせに来た。一日も早く北方王国の村へもどらなくちゃならない。あんたたちの世話をしてあげられればいいけど、そんなひまはないんだよ。明日の朝、夜明けとともに出発する予定なんだ」

 ステファンは、なんとか筋の通りそうな言い訳をひねり出した。

 最初から情や理のとおる相手だとは思えないし、正直にこちらの事情を話すことなど考えられなかった。

 まさかありえないとは思うが、賞金めあてにブランカへ拉致される危険性も完全には無視できない。


 だが、隊商でそれなりに取り引きの経験もあるステファンは、意外に駆け引きも心得ていた。

 ちゃんと交渉して話をまとめようという態度をすこしも崩さない。

「もちろん、あんたたちはいたいだけここにいればいい。空いてる部屋はいくつもある。畑にはイモやにんじんがまだどっさり残っているし、なんなら手ごろな羊を一匹か二匹ゆずってやってもいいよ」

「それは、なによりありがたい申し出だ」

 首領は、余裕たっぷりの口調でステファンの提案を受けた。

 その気になれば、羊など好きなだけ奪い取れるのだ。


「しかし、おれたちは長旅で疲れきっている。食事もしたいし、とりあえず横になって身体を休めたい。だが、このひどい雨と風の中で馬の鞍をはずしたり、荷物を運び下ろしたり、飼い葉をあたえたりもしなくちゃならん。それも、なんとかならんか?」

 図に乗って、さらに要求を出してくる。

「わかった。ありものでよければ料理はすぐに温め直すし、ぼくらは出発の準備もあるから馬の世話とかはそのついでにやってあげるよ」

「すまんな。よろしく頼むぞ」

 どうやら今のところは、無理やり拘束されるようなことなくすみそうな雲行きになってきて、ステファンたちの間にわずかにホッとした空気が流れた。


「ところで……」

 首領の横に立った丸刈りの男が、そこに口をはさんだ。

 顔つきはいかにも凶悪そうだったが、抜け目なく動く眼と低くおさえた声には、一筋縄ではいかないずる賢さとしたたかさが感じられる。

 ただの用心棒ではなく、首領の片腕なのかもしれなかった。


「おまえたちの顔ぶれだが、どう見ても奇妙な取り合わせじゃねえか」

「そ、そうかな。さっきも言ったように、この二人は北方王国から来た羊飼いの夫婦だ。ぼくは隊商に属している商人で、二人に知らせを持ってやって来た。山越えの道はなにかと危険が多いから、この傭兵くずれの男といっしょにね」

「ふうん。では、その女は何者だ?」

 男は、首領がステファンと話している間もずっと、場ちがいな洗練された美しさをたたえているカナリエルを食い入るような眼で見すえていた。


「この人は……そう、ぼくらが山越えの旅に出ると聞いて、どうしてもついて行きたいと頼みこんできた領主の娘さんなんだよ。お嬢さま育ちで、遠くへ行ったことが一度もないから、ぜひこの機会にと同行してきたんだ」

「ほう、そうか。どうりで見るからに品のいい、あか抜けた娘だと思ったぞ」

 首領は、ニタリと好色そうな笑みを浮かべた。


(しくじったかな……)

 ステファンは、言ってしまってから不安になってきたが、ほかにうまい言い逃れは思いつけなかった。

 そのへんにいる若い娘とはまったく次元のちがうカナリエルの美しさは、どうやってもごまかしようがないのだから。

 男たちは一人の例外もなく、カナリエルを舌なめずりせんばかりの獣のような眼つきで見つめている。

 みごとな曲線を描く腰つきに、吸い寄せられるような視線を送るかと思えば、きれいな長い髪をかき上げるようなちょっとしたしぐさをしただけでも、この世のものならぬ妖精の舞いでも眼にしたかのように、うっとりと見とれている。


「ということは、おまえたちにもし何かあれば、おれたちが代わりに送り届けてやっても、たんまり礼をもらえるってことだな」

 丸刈りの男はわざとらしく遠回しに言ったが、つまり娘を奪って人質にすれば高い身代金をふっかけられそうだと言っているのだ。


「いいや、ちがうな」

 いきなり、ゴドフロアが話に割りこんだ。

「なんだと?」

「文字どおり、無事に――つまり、かすり傷ひとつつけずに帰さなきゃならないということさ。ひと目見ればわかるだろう。正真正銘、まっさらの生娘だ。帰ったらすぐ、結婚が控えている。だから、まだ自由な身のうちに広い世界を見てみたいと、親を拝み倒して旅に出してもらったんだ。娘の親たちは、この若夫婦の赤ん坊を不憫に思ったのと、娘の最後のわがままをしぶしぶ叶えてやるために、おれとこの商人を雇ったというわけだ。当然、おれたち二人の手でちゃんと送り届け、本人がすこぶる満足して親に帰還の報告をするのでないかぎり、謝礼はおろか残りの手当ても出ないのさ」

 ゴドフロアはまったく臆する様子もなく、さらりと言い切った。

 丸刈りの男は、自分よりさらにひと回り巨体の男のふてぶてしい言い方にむっとしかけたが、すぐには言い返せなかった。


「……ふん。だが、そうはいっても、大事な娘がなんとか生きたまま取りもどせるとなったら、少々傷ものになってたところで文句は言うまい。金はたっぷりしぼり取れるさ。これほどの上玉を物騒な旅なんかに出すほうが悪いんだ」

 唇の端を持ち上げて、すごみをきかせた笑みを浮かべながら言った。

 ステファンは、横にいるカナリエルが〝傷もの〟という言葉にピクリと反応するのがわかった。

 それでも、盗賊たちに弱みを見せまいとしてか、ステファンにもゴドフロアにもすがりついたり身を寄せてこようとしない。

 美しくひきしめられた顔を気丈にもたげているのが、逆に痛々しかった。


 ゴドフロアは、しかし、まったく動じなかった。

「どうかな。金を取れるかどうかより、そんなまねをしておまえたち自身が無事でいられるかどうか、そっちを気にしたほうがいいんじゃないか」

「どういう意味だ?」

「わからんか。結婚したら世間とはまるで切り離されたような生活が待っているからこそ、娘は思い切って旅に出たってことだ。結婚相手というのは、実は、王家の王子の一人なのさ。その花嫁を傷ものにしたりすれば、おまえたちは、北方王国の精強な騎馬軍団を丸ごと敵にまわすことになるんだ。どうするのがいちばん得か、よく考えてみることだな」


 あきらかに男たちの間に動揺が走り、首領と丸刈りは顔を見合わせた。

 にわかには信じがたい話だったが、傭兵の迫力と余裕の表情には、不思議なほどの説得力があった。

 しかもその話が、現実に眼の前にいる絶世の美女をめぐってのことだったから、どれほど途方もない内容だとしても、それはそれでたしかにありそうなことに思え、男たちはいやでも慎重にならざるをえなかった。


「そうだよ。よく考えたほうがいい」

 ステファンが元気づいて、追い討ちをかけるように言った。

「その間に、ぼくらはあんたたちに頼まれたことをやっとくよ。歓待してほしいんなら、ぼくらが自由に動きまわるのを保証すること。それと、あんたの仲間たちがぼくらに妙なことをしかけたりしないように、ちゃんと徹底させてくれ。わかったね」


「なんとかうまくいったね」

 盗賊たちの荷物を並んで運び上げながら、ステファンがゴドフロアにささやいた。

「うむ、あの場はな。だが、油断は禁物だ。たしかに今はやつらも疲れている。できるだけおれたちの手を借りたいから手荒なことは控えているが、根が粗暴なやつらだ。何をきっかけに暴発しないともかぎらない。おまえは如才ないから、気安くどこにでも出入りできる。つねにあちこち見まわって、みんなの様子に気を配っていてくれ。とくに、女たちをやつらの中に一人きりにするなよ」

「うん、わかった。やつらの眼はカナリエルに集まってるけど、フィオナだって若くて可愛い。下っ端どもは、どうせカナリエルは首領たちのものだろうとあきらめているから、フィオナのほうがむしろあぶないかもしれないね」

 ゴドフロアは小さくうなずいた。


「それに、ゲオルはひどく動揺している。大切な羊をだいぶ逃がしてしまったし、フィオナのことも心配でたまらないのだろう。ああいう顔つきをしているときは、何をしでかすかわからないからな」

「そうそう、ゲオルといえばね――」

 ちょうどそのとき、頂上の城跡のほうから丸刈りの長身の男が下りてきた。

 二人は口をつぐまざるをえなかった。


「おい、商人。ステファンといったな。今夜は、おれたちの到着の祝いに大宴会を開くことにした。準備をたのむぞ」

 男は、有無を言わせない口調で言った。

「そんな……。あれもこれもと言いつけられたってこまるよ。こっちも忙しいんだ。明朝の出発の準備もしなくちゃならないし」

 ステファンが口をとがらせると、男は苦笑した。

「まだそんな寝言を言っているのか。まあいい、力仕事は手下の中で腕っぷしの強いやつを何人か手伝わせよう。それより、おまえはなかなかの料理自慢だというじゃないか。田舎くさい料理ばかりじゃなくて、酒にぴったり合うようなのをいくつか作ってくれ」

「ああ、わかったよ」

 男が厩のほうへ下りていくのを見送って、ステファンはほっと胸をなでおろした。

 料理をするとなれば、カナリエルたちの様子を見にいくためにいちいち口実をもうける必要はなくなる。

「あれ……ぼくはさっき、何を言いかけてたんだっけ?」

「それより、カプセルはどうした」

「ああ。あれなら、だいじょうぶ。うまく隠したよ」


 盗賊たちが霧の中から現れたとき、ステファンは不穏な気配を感じて廃墟の上に出て、一部始終を目撃していた。

 すぐさま地下にもどり、見つかってはまずいものをあちこちに分散して隠した。

 もちろん、いちばん大切で最大のものが、女の子の入ったカプセルだった。

 さいわい城の地下には、あちこち崩れ落ちたがれきが散乱していて、部屋をまるごと埋めたり、通路をふさいだりしている。

 そういう場所のひとつに目立たないように埋めておいた。


 ゴドフロアがうなずいたとき、短剣やこん棒などを手にして、手下たちが数人、にぎやかに連れ立っておりてきた。

 二人は口をつぐんで身構えた。

 しかし、彼らは宴会のために羊をもっとつぶすつもりらしかった。

 血を見る期待感でどの眼もギラついている。

 とっさにゴドフロアとステファンは左右に分かれ、彼らを通した。


 二人にはおたがいにまだまだ言いたいことも聞きたいことも残っていたが、黙ってそこで別れなければならなかった。


 城塞の頂上では、雨と風がいちだんと不穏な音をたてて逆巻いていた。

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