第10話 また、いつものように、1人


 最終試験当日は夢のような時間だった。やっと……やっと念願だったラーマさんとの食事。ありがとうアッサム。ありがとうベラソ。

 診療所に恐る恐る入ると、オータムが冷たい視線で出迎えてきた。


「お帰りなさい……どうでした? 患者さんを置いての食事は?」


「……まあ、そう棘ある言い方するなよ。二人は?」


「疲弊しきってますよ……限界を超えてよく頑張ってくれました」


 うーん、オータムの言動がどこか皮肉めいて聞こえるのは、後ろめたさがあるからだろうか。いや、きっとそうに違いない。


「……顔面がボコボコだけど」


 2人とももはや顔の原型を留めていない。


「気力をしぼりだしてもらわないと患者の命に関わりますから。足りない技術は気力でなんとかさせるのが私のやり方なんで」


 サラッと恐ろしいことを言うオータム。


「……鬼」

 ボソッと呟くと、オータムがキッと睨んできた。


「なんか言いました今?」


 何でもありませーん。


 翌日、2人に魔術医師認定章を渡した。魔術医師は実力を認めた弟子にのみ認定証を渡せる。アッサムとベラソは、どことなくオータムに怯えながら認定証を受け取った。


 更に翌日、ベラソから、『旅に出るので探さないでください』と置手紙が置いてあった。


              ・・・


 更に1ヵ月後、朦朧としてるアッサムに必死に語りかけた。


「アッサム、よく続けてくれているな……お前は最高だぁ」


 心の底から言った。すでにアッサムは1日に60人以上(顔面はボコボコだが)治療できる屈指の医療魔術師であり十分な戦力として怒涛の働きをこなしていた。

 本当に感謝してる、だから……倒れないでくれ!?


「せ、先生……もう寝かせてください……げ、限界です」


 それだけを吐いて、バタリと崩れ落ちるアッサム。もはや本人の限界は天井を大きく超えていた。


「し、しっかりしろ! 寝るとまたオータムにボコボコにされるぞ!」


 もはや原型すら留めていないアッサムの顔。これ以上殴られると言うのだろうか……殴られるのだろう。


「ひ……ひーぃいん」


「な、泣くな! こんな戦は滅多にないんだ! 2000人の患者は俺も経験したことが……5回しかない」


 本当は10回だけどね。


「もう限界です! 先生! 俺を殺してください!」


 誰がそんなことするもんか!


「お前も恋をすればそんな気はなくなるぞ。生きる希望をなんとか見出すんだ!」


 ラーマさん……もはやあなただけが私の希望です。

 その時、助手のサリーが入ってきた。


「先生! 間もなく患者が更に500人到着します!」


 もういや。患者ゾンビ過ぎてひくわー。


「もう少し……もう少しアッサムを休ませてやってくれ! 俺が……俺がその分頑張るから!」


「せ、せんせえぇ……」


 泣きながら崩れ落ちるアッサム。気絶していた。

 ――俺も頑張るからってちょっと言ってほしかったぁ!


                 ・・・


 ――もぉ嫌だあぁぁ。誰かぁ助けてー。


「あ、アッサム頼む! 頼むから殺してくれ! もう嫌だ! 患者なんかみんな死ねばいいんだ! なんで懲りずに毎回怪我してくるんだよ。亡命しろ引っ越せ!」


 オータムはため息をつきながら張り手を数発繰り出してきた。


「先生……アッサムはもういません……さすがに限界の限界の限界が来ました。あなたが、あれ以上やらせたら精神に異常をきたすと判断したじゃないですか」


「嘘だ嘘だ嘘だ! アッサム! 戻ってきてくれ! 俺を……俺を殺してくれ!」


「ふう……しかたない……あれはやりたくないのだけれど」


「い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! あれだけは勘弁してくれ! たの――」


 そこから先は記憶がございません。


             ・・・


 退院後、アッサムは北へ向かうことを決意した。置手紙だけが置いてあり、挨拶は無かった。


「とうとう誰もいなくなっちゃったな……」


「ジーク先生……そう気を落とさないでくださいよ」


 オータムが珍しく肩に手を置いて慰めてくれた。


「いや……アッサムという最高の弟子に巡り合えたんだから、悔いはないよ」


 ラーマさんとの食事……彼がいなかったら成し遂げられなかった。


「……彼もまた素晴らしい才能の持ち主でしたからね」


 アッサムがその後、天才魔術医師として北で活躍することになるのは2年後の話だ。

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