リュウの話 前半

「いきなり『お話し下さい』なんて……心の準備もさせてくれないんだ?

 大体、《美夜子みやこ》の事なら、もう色々知っているはずだろ?

 わざわざ同じ話を繰り返させるのか?」


 龍夜たつやさんは、最初の頃と比べて随分とリラックスした様子で足を組んだ。

 いや、リラックスというより開き直りだ。隠していた本名がバレたから。

 追及した俺とは、目を合わせようとしなかった。


「でも……あの……龍夜さんから美夜子の話は聞きたいです……」


 意識して下手に出て、反応を伺う。話を促した闇夜は、黙ったままだ。

 闇夜にも聞きたいことが山ほどあるんだけれどなぁ……。


「それじゃあ、何を話せばいい?」


 龍夜さんは俺と目を合わせないまま、そっけなく言った。

 彼が《リュウ》だと推測してから、色々と聞き出したいことが出来た。


「龍夜さんは、どうして《美夜子》の話を聞き集めているんですか?

 幼馴染なら彼女の事は、あなたが一番良く知っているはず。《美夜子》が心を開いていた《リュウ》が、大人になって取材を始めたのは何故ですか?」

「……美夜子が、どうして失踪したのか知りたかったから」

「どうして今更? もう死亡宣告されているのに? どうして?」

「目の前に出たから」

「え?」


 不意に龍夜さんは、俺の目を見た。

 射るような視線は思わず、目を逸らしたくなるほどだった。


「美夜子が。美夜子の……幽霊が、出たから」


 闇夜がピクリと動いた。


「本当ですか?」


 闇夜の言葉に、龍夜さんは怖いくらいの真顔で黙って頷いた。

 今まで話を聞いたのは、美夜子が健在だった頃の話だ。

 生きて実在していた彼女の話ばかりだった。


「そ、その時の話を聞かせて下さい!」


 気付けば身を乗り出した俺に、龍夜さんはフッと短く笑った。


「大して怖くないけど? それに短いし。

 夜中に自分の部屋で記事の推敲すいこうをしていたら、部屋の隅に立っていたんだよ。

 物凄く驚いてガン見していたら、何か言いたげに口をパクパクさせてから、煙みたいに消えていったんだよ。僕、最初は幽霊だって思わなくって。

 だって、はっきり見え過ぎていたから。

 最初は目の前に彼女がいるのかと思ったから、尚更驚いて」


 目の前で消えるのを見れば、幽霊だと信じざるおえないか。

 こんな体験をして『大して怖くない』だって? 俺だったら、たとえ大親友でも幽霊として出てきたら即座にお祓いを頼むくらい怖いと思うけれど。


「美夜子は……何故、龍夜の元に現れたのでしょうか?」


 闇夜の言葉に、龍夜さんは首をひねった。


「それは、はっきりとはわからないけれど。

 ……何か伝えようとしたんじゃないかと思ってる。

 美夜子は口を動かしていたけれど、声は出なかった。

 読唇術とか知らないから、何を言っていたのか……まではわからない」

「心当たりは全く無いのですか?」

「……僕、幼馴染だったから。美夜子と仲が良かった。家族よりも。

 きっと僕を信頼して現れてくれたんだ。

 僕なら、伝えたいことを汲み取ってくれるはずだと信じて」


 龍夜さんは闇夜の白い仮面を、しばらくジッと見据えてから、おもむろに視線を虚空にさまよわせた。遠い過去を回想しているような目つきだった。



「もう、二十年以上前になるかな……。

 両親に連れられて向かった立食パーティーで、僕は彼女と出会ったんだ。

 パーティー用にプレゼントして貰ったであろう真っ白いドレスを着た彼女は、子供とは思えないほど大人びた美しい顔立ちで、周囲から注目されていた。

 でも、まったく笑っていなかったんだよ。

 僕と同じく、あどけない子供だったのに全然、笑顔がなかった。

 まるで思いつめているかのような顔をしていた。

 大人から声を掛けられれば優雅な仕草で会釈して、一応挨拶を返すけども自分から話しかけたり、話を聞いたり、一切しないで椅子に座り込んでいた。

 じっと座っていて、表情も変わらないから、僕は人形かと思ったよ。

 好奇心で近づいた僕に気付いた彼女は、首を動かして視線を向けてきた。


『は、はじめまして。ぼく、は……』

『《リュウ》――――』

『え?』

『きみは、リュウね』

『え、えと……ぼくは、しんめいいん たつや、といいます』

『………………』

『きみは? なまえは?』

『めいこういん みやこ』

『えっと、みやこちゃんはどうして』

『やめて』

『え?』

『なまえでよばないで』

『どうして?』

『ワタシ、

『えっ? どういうこと?』

『もうすこしじかんが、かかるから。もうすこしまって』

『それじゃあ、どうすればいいの』

『ほうっておいてくれない?』


 まだ名前を漢字で書けなかった僕は、彼女に《龍夜》と伝えられなかった。

 でも、彼女は名前の漢字を知る前から、僕を《リュウ》と呼んだ。

 会話に、少しおかしなところもあったけども……当時の僕は幼かったし、美夜子を一目見て気に入っていたから、大して変だと思わなかった」


「それで、いつから龍夜さんは、美夜子と話せるようになったんですか?」

「それから一ヶ月後。幼稚園に美夜子が転入してきたんだ」

「あっ、幼稚園児だったんですね。出会った頃」


 随分としっかりしているな。俺が幼稚園児だった頃は…………やめよう。

 思い返したら、頭を抱えてのたうち回りそうだ。


「……それで、美夜子と共に過ごして親睦を深めていったのですね」


 黙り込んだ俺の代わりに、闇夜が淡々と話を進める。


「まずは親同士が仲良くなって、それから家族ぐるみで付き合うようになった。

 俺の母親なんか、美夜子を娘みたいに可愛がっていた。

 俺も、美夜子のお母さんから、ずいぶん優しくして貰ったよ。

 美夜子には姉がいたんだ。でも男兄弟はいなかったから」

「姉がいた?」


 過去形に反応してしまう。

 指摘に気付いた龍夜さんが笑いながら答えた。


「美夜子には、双子の姉がいて」

「えっ!? ええぇ!?」


 いきなりの暴露に俺は一番驚いて大声を上げた。

 それには龍夜さんも、そして闇夜も驚いたらしい。


「そ、そんなに驚かなくても」

「驚くな? 驚きますよ! 俺は今、初めて知ったんですから!

 今まで、美夜子の家族の事とか話題に出なかったから……てか、龍夜さん!

 どうして今まで隠していたんですか! そんな大事な情報を!!」


 今まで正体を隠して接しられていた事を、ようやく実感したのか……俺はムカムカしながら捲し立てた。

 先程の追及では、怒りを治めるには足りなかったらしい。


「いや、その……だって」

「だって、なんですか? 別に隠す必要ないじゃないですか! どうして今まで美夜子を知らないフリ、してたんですか! 名前まで隠して!」

「小学生の時……そう、美夜子が失踪した直後に両親が離婚して、俺が高校生の時に再婚して、それで名字が変わったんです。

 だから義父がスペイン人なのも、本当なんです!」

「……それじゃあ、どうして名刺を作り直してるんですか?」

「え?」


 俺は、先日手に入れた名刺を目の前にかざした。


「そ、その名刺はどこで!?」

「飲んだ時、名刺入れの中から見つけて失敬しました。ごめんなさい。

 でも、これって明らかに会社に就職してから作ったヤツですよね?」

「…………あ~」


 龍夜さんは名刺を盗まれた事よりも、自分の迂闊さを呪っているようだった。

 しばらく口ごもっていたが、吹っ切れたのか俺を見据えて説明した。


「本当に他意は無いです!

 離婚後、父親に引き取られて一緒に暮らしてました。

 成人してすぐに会社に就職してから……まあブラック企業だったんだけど……精神的にダウンしてしまって、それで勝手に辞職した僕に父は激怒して大喧嘩して、家を飛び出して母のところに行ったら、いつの間にか再婚していて。

 そして一緒に暮らしていたスペイン人の男性に何故か大層気に入られてしまって『俺の息子になれ!』と」

「それで神命院しんめいいん 龍夜から、タツヤ・アルファーロになったと」

「こじれていますよね。はははは……」


 龍夜さんは場の空気を変えようと笑い声を立ててくれた。

 それが、俺の罪悪感を掻き立てる。

 俺って奴は、どうして勢いに任せて訊いてしまうんだろうか。

 好奇心は罪だ。本当に。


「話を元に戻しませんか?」


 闇夜が深く溜息を吐きながら、本来の話の軌道を修正した。


「美夜子には、姉がいたのですね?」

「あ……あぁ! そうそうそう!

 美夜子には双子の姉がいたんだけれど、別々の家で暮らしていたんだ。

 どうして養子縁組をすることになったのか、理由は知らないけれど……」


 姉妹を引き離すなんて……まさか、


「双子……なんだから、美夜子と同い年ですよね? 同じ幼稚園に?」

「いやいやいや! 《ナイト》は……ミヨコは、別の幼稚園に通っていたんだ」

「ミヨコ?」

 龍夜さんに、改めて二人の名前の漢字を紙に書いた。俺はソレを見つめていた。

 

 【有栖宮ありすみや 美陽子みよこ明光院めいこういん 美夜子】

 

 双子で、一文字違いの名前……よくあることだ。

 でも《美しい太陽》と《美しい夜》なんて……真逆だな。

「ギリシャ神話には、太陽の神アポローンと月の女神アルテミスという、双子の兄妹がいますよ」


 闇夜が、俺の考えを読んだように言った。


「いや……それ神話だろ?」

「しかし、実際に名付けられた少女達がいたのですから」

「まあ、そうか」


 ……別に気にする事でもないか。キラキラネームじゃないんだから。

 …………いや、ちょっとまて。


「あの、龍夜さん?

 さっき《美陽子》のことを《ナイト》って呼んでませんでした?」


 俺は、ちらりと闇夜を見た。


「ナイトって夜……って意味ですよね?

 まさか騎士のナイトじゃないですよね?」

「え? あ……えっと」


 再び龍夜さんは口ごもる。また俺は追い詰めるようなことを口走ったのか?


「龍夜。詳しく話した方がいいですよ」


 闇夜が、そっけなく促した。なんだか、さっきからつまらなさそうだった。

 仮面のせいで表情はわからないが、いつもと様子が違うのはすぐにわかった。

 なんというか余裕がなくなっている。


「なあ、闇夜……」

「アダ名を考えたのは、美夜子なんだ。アダ名が提案されたのは、僕が名前が一文字違いの彼女達を呼び間違える事が多かったからなんだ」


 龍夜さんが話し出したので、慌てて口を閉じる。

 胸の中がもやもやしたまま、話を聞きつつ、闇夜を見た。



 俺は、闇夜が《ナイト》だと思っていたんだ。

 その直感が正しいとなると……闇夜は……。



「美夜子は……僕の事を《リュウ》美陽子は《ナイト》と呼んで、自分の事は《アリス》と呼んで欲しいと言った。僕は名前からの連想だけど、どうして姉妹のあだ名がそう決まったのか……。本来は、美夜子も自分の名前から《ナイト》そして美陽子は名字から《アリス》……と決まりかけたのだけれど、美陽子が『アリスと呼ばれるなんて嫌!』と大反対して。ルイス・キャロルの不思議の国のアリスが好きな美夜子がアダ名の交換を快く受け入れんだ。


 交換といえば……よく双子が入れ換わって、見分けられるかどうかってテレビの企画でよくあるけれども……僕は、彼女達を見分けられなかったんだ。

 一卵性双生児だったから、本当にそっくりだったんだ。

 本気で立ち振る舞いを真似たら、絶対見分けられない。

 並ぶと見分けがつかないほど似ていたけれど、個性はきちんと分かれていた。


 姉の美陽子は、気が強くて主張をはっきりする子だった。

 真面目で責任感が人一倍強くて、だから毎年クラス委員長に必ず指名されてしまうと半分嬉しそうな、半分困ってそうな顔で話していた。絵に描いたような優等生で、有名な進学校にトップの成績で入って大人顔負けの博識を身に着けていた。


 妹の美夜子は、極度に無口で大人しい子だった。

 人見知りが激しくて友達作りが苦手だったけれども、周りの大人達が関心するほどの読書家で、空いている時間を全て本に捧げていた。

 それと、怖い話が大好きなんだ。

 生まれつき霊感があるらしくて、僕にも色んな話をしてくれた。

 ちょっぴり怖くて、とても不思議な面白い話を……。

 そして……面白い事に美陽子は、ホラーやオカルトが大の苦手なんだ。


 性格が真逆といっても良い二人だったけれど、とても仲が良かった。

 二人で一つ……みたいに、お互いの事を知り尽くしていて、常に笑顔だった。

 僕は一人っ子だから……姉妹の幼馴染がうらやましくて、うらやましくて。

 二人が笑い合っていると一緒にいる僕も楽しくなってしまうほど、時間を共有出来る事が嬉しかった。ただ学校が別々だから、なかなか三人では遊べなかったけど学校で顔を合わせると美夜子はいつも、美陽子の事ばかり話していたな」

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