ヤマノウチくんの話

前半


 タツヤさんから連絡が入ったのは、初めて会った日から二週間後の事だった。


 あの日、別れる直前で携帯番号を交換しておいたのだ。

 待ち合わせ場所は、全国的に有名なコーヒーチェーン店だった。店に入ってすぐにウェイトレスさんが近寄って来たので「待ち合わせです」と告げたら、すぐに席まで案内された。前のファミレスとは違って、美しい女性ヴォーカルの洋楽が響く、落ち着いた店だった。

 個室のように、ちゃんと仕切られた席にはタツヤさんが待っていた。


「すみません、お待たせしました」

「あ、どうも夏生なつきさん!

 こちらこそ、急に呼び出してしまって申し訳ありませんでした」


 案内してくれたウェイトレスさんにアイスコーヒーを頼んで下がらせてから、俺は荷物を置いて一息吐く間もなく、すぐに用件を訊ねた。


「この前の……《未完結の話》について、何かわかったんですか?」


 タツヤさんは吸っていた煙草を手早く揉み消すと、一息吐いてから話した。


「《未完結の話》は――――いわば一人の少女の物語。

 《美夜子みやこ》という絶世の美少女は寡黙で、誰にも心を開いていなかった。

 そして《美夜子》は、前世の記憶が見えるという能力があった……」


 怖い話というより、不思議な話だ。恐怖の要素なんかない。

 一番のクライマックスが聞かされてないのだから。


「この話に出てきた《美夜子》という女の子は、実在するそうです」

「本当ですか? どうやってソレを確かめたんですか?」

「はい。《美夜子》の同級生という人を複数見つけたんですよ」

「えっ、すごい! よく見つけ出しましたね!?」

「ネットのおかげですよ。オカルト雑誌ファクティスには、ウェブサイトを公開しているんですが、そこのトップページに《未完結の話》を載せて、情報を求めたら掲示板に多くの情報が寄せられたんです。その中で見つけました」


 新情報に胸を躍らせたのも束の間、俺は落ち込んでしまった。


「サイトか……でも、ガセかもしれないじゃないですか?」

「そこは、ちゃんと確認しました。

 ガセか本物か証明出来る確たる証拠も、実は持っているんです」


 自信満々に答えるタツヤさんは、続けて言った。


「今日、夏生さんにお伝えしようと思っていた関連話は……僕が夏生さんから  《未完結の話》を聞く二年前に、とある男性から聞いた話なんです。

 彼は同級生だった少女の話をしたんです。

 学年一の美少女で、寡黙で、不思議な性格……名前は《美夜子》……」

「もしかして……同一人物?」

「それは疑いようもないですね。同じ性格で、同じ名前の女の子だから。

 ただ闇夜あんやが、先生から聞いた話を他の人に広めてなければ……というのが大前提なんですけれど」


 つまり、登場人物を模倣した可能性を、タツヤさんは疑っているのだ。


「いいや、それはない。絶対にないですよ」


 即座に俺は否定する。タツヤさんが片眉を上げて、俺を見た。


「あの日、闇夜は『完結を知る事が出来るかもしれない状況』だったから、俺に話したんだ。あの日、タツヤさんが闇夜に会いに来て、俺と関わったから……」


 俺は説明をする。闇夜は、怖い話を聞かせる者を選んで相手をする。

 そして相手によって、聞かせる怖い話も選ぶ。

 あの日の状況で、常連の俺だから、あの話をしたのだと。

 タツヤさんは話を聞いて、一抹の不安を消し去ったようだった。


「だとしたなら闇夜から話が漏れたとは考えられないですね。

 つまり、僕が二年前に聞いた話は完全なオリジナルということになります。

 同級生の彼から聞き出した《美夜子》が、通っていた小学校の名前と住所などを詳しく聞いて調べました。小学校は、確かに実在しました」


 《先生》は、担任目線から《美夜子》という少女の話をした。

 そして……これから聞く話は、同級生視点のものだ。

 じわじわと興奮していくのが実感出来た。


「タツヤさん。その関連話を聞かせて貰えますか?」


 俺は、待ち切れずに催促してしまった。

 タツヤさんは俺の言葉を聞くよりも早く、小型録音機を取り出した。


「話が録音されています。

 雑音がありますけれど、ちゃんと話は聞き取れると思います」


 イヤホンを取り出して録音機に取り付け、俺に差し出した。

 一通りの操作方法を聞くやいなや、俺はイヤホンを耳にはめてすぐさま再生ボタンを押した。イヤホンからは、数秒の雑音後に、タツヤさんの声が聞こえた。


≪2015年 5月4日 山ノ内やまのうち ゆうから《美夜子》の話を聞く≫


 なるほど。あらかじめ先に声でタイトルを吹き込んでおくんだ。

 そうすれば、いつ、何の話か、一言目ですぐにわかるからな。



タツヤさん

≪――――それじゃあ、どうぞ≫


山ノ内

≪あの、コレに向かって?≫


タツヤさん

≪いやいや。普通に話してくれればいいです。

 大丈夫です、ちゃんと録音されるので≫


山ノ内

≪じゃあ……話しますね。

 僕が小学生の時、同じクラスメートで変わった女の子がいたんですよ。

 本当に可愛い子で、テレビの中のアイドルなんか霞むくらい綺麗な子でした。

 だから席替えで隣同士になった時は本当に嬉しかった。

 でも美夜子ちゃんは……あっ、やべ。あの、名前は、その……≫


タツヤさん

≪もちろん個人が特定されないよう実名は出しませんので、御心配なく。

 どうぞ話し易いように、話して下さい≫


山ノ内

≪あ、はい。その……美夜子ちゃんは、寡黙っていうんですかね?

 口数が少ないというより、全く話さなくて……。

 授業中に先生に指されて答える時ぐらいかな、彼女の声を聞いたのは。

 最初は、仲良くなりたくて挨拶したりしていたんですけれど、声を掛ければ掛けるほど避けられるような気がして……次第に声を掛けることもやめました。


 とある日、美夜子ちゃんが親友の女の子と話しているのを見かけて、つい立ち聞きをしてしまって……もちろん悪いことなんですけれど、美夜子ちゃんの声を聞いたのが久し振りだったので罪悪感なんか微塵も感じないで、当たり前のように会話を聞いていました。

 話の内容は、美夜子ちゃんが何か悩み事を打ち明けているところでした。


『最近、困ったことがあるの』

『一体、どうしたのですか?』

『〝彼女〟がね、ワタシになりたいって。換わりたいって言うの』

『……え?』


 二人が話しているのは、階段の踊り場でした。

 美夜子ちゃんは、踊り場にある鏡に人差し指を突き付けていました。

 二人並んでも余裕で映る、高さや横幅が大きな鏡。

 鏡に映る自分自身も、同じように美夜子ちゃんを指していました。


『いつか〝彼女〟と換わってしまうかもしれない。それは別にいいの』

『えっ、いいのって……入れ換わってもいいのですか?』

『いいよ。ただね、入れ換わった事に、誰にも気づいて貰えないかもしれない。

 ……君は、わかるかしら? もしワタシが入れ換わったら』

『ボクは……わかると思います』

『どうして?』

『どうしてって……』

『こんなに瓜二つなのに? そっくりなのに?』

『この世に、完全同一の存在が二つあるなんで有り得ません。

 一卵性の双子でさえ、別々の個性がありますから。

 だから、もし入れ換わったとしても僅かな違いがあるはずです』

『それは《こちら世界》で、お母さんのお腹から生まれたからでしょう?

 でも〝彼女〟がいるのはね……《あちらの世界》なのよ』

『《あちらの世界》?』

『何もかも《こちらの世界》とそっくりな世界。

 〝彼女〟は《あちらの世界》に住んでいる、もう一人のワタシなの。

 〝彼女〟は《あちらの世界》が飽きたんだって。だから換わりたいって』

『……ボクは、美夜子に入れ換わって欲しくありません。

 どんなにそっくりだとしても、嫌です……』

『わかったわ。〝彼女〟とは入れ換わらないことにするわ』


 会話が終わったので、僕は慌てて彼女達に見つからないように教室に向かって歩き出しました。話を聞いてしまった興奮と、若干の罪悪感に苦しみました。


 あの時の僕は、美夜子ちゃんに幻滅してました。


 クラス一頭が良い読書家の彼女に、自分勝手なイメージを抱いていたので……単なる鏡を二つの世界を隔てる道具だと信じているのが、受け入れがたくて。


 いや、ただ単に……怖かっただけです。


 見慣れている鏡に映った自分。ただの鏡像だと思っていたモノが、自分のように意志や感情を持つ存在だと……信じそうになって怖かったんだと思います。


 小学生で、そういう怪談物は嫌いじゃなかったんですけれど……美夜子ちゃんの話は、今までクラスメート達から聞いた馬鹿馬鹿しい噂話よりも、あまりにも身近で真に迫っていたので、本能的に恐怖を覚えたんでしょうね≫

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