第二章 少女と共に過ごした時間
三人の少女
「噂の闇夜に会えるんだよ!? 嬉しくないの!?」
「全然嬉しくないし、会いたくもない」
駅の改札前で、女子中学生二人が言い争っていた。
童顔で言動も子供っぽい少女と、背が高く大人びた少女。
対照的な二人だったが、どちらも子供のように駄々をこねている。
「えぇー!? 行こうよぉ、みーはーるぅー!」
「絶対、嫌だ! あんたもお姉ちゃんも、ホント馬鹿みたい」
「だって闇夜だよ!? 都市伝説の闇夜に会えるんだよ!?
会ったら、一番怖い話をしてくれるんだよ!!」
「興味ない。私は咲と違って怖い話は好きじゃないの。
別に行くんだったら、咲一人で行けばいいじゃない」
「三春と一緒に行きたいのにぃ~! ちょっと待ってよぉ!」
「嫌だったら、嫌だ! もう、いい加減にしてよ!」
咲は行きたいと言い、三春は行きたくないと言い、やり取りは不毛だった。
「七夏お姉さんも良い人だって言ってるじゃん」
「お姉ちゃんは騙されてるのよ」
そう話している二人は、一人の少女とすれ違う。今時珍しく腰まで伸ばした黒髪は艶やかな光を纏いながら上質な絹の帯のように
「わあ、綺麗な人!」
咲も三春も、彼女に振り返る。そして揺れる黒髪を羨ましげに見つめた。
咲は、ショートカット。三春は伸ばしてはいるが、地毛はダークブラウン色。
黒髪の美少女と、そう歳が違わないのもあって、しばらく二人は彼女の背中を見つめていた。彼女とすれ違った男達は、そのまま追いかけそうな勢いだった。
「いいな~、長い黒髪! あたしも伸ばそうかなぁ?」
「うーん……構わないけれど、あれだけ伸びたならアダ名は永久決定ね」
「うん? 何てアダ名?」
「≪七五三≫……いや≪市松人形≫かな?」
言われた言葉の意味がわからず、ポカンとしていたが堪え切れず笑い出した三春を見て、自分が馬鹿にされたとわかってみるみる顔を真っ赤にする咲。
「み、三春ぅ~!!」
「ごめんごめん! あっはっはっは!」
三春の脳裏には、祝い着物を着た御澄まし顔の咲が鮮明に展開されているのだから面白くって仕方ない。未だに小学校低学年生と間違われてしまい、お使いに行ったらお店のおじちゃんおばちゃんから御褒美の飴を貰ってしまうのを悩んでいる咲だから通じる、からかい。
三春は目鼻立ちくっきりしている大人びた顔立ちで、年齢よりもしっかりしていると思われて妙な期待を背負わされているのが悩みだったりする。
三春には三つ年上の姉がいる。この姉が、類い稀なる才色兼備だった。
名門の女子校に通っており、全生徒の憧れの人。下級生から上級生までファンが多い。この姉だから当然妹も……そんな妙な期待。いや、考えすぎだと思う。
姉が完璧すぎると、妹は劣等感を抱く。少女漫画ではよくあるけれど、彼女達には当てはまらない。誰もがうらやむほど、とても仲が良い姉妹。
好きな物も趣味も同じで……週末は必ず二人で出掛けたりする。
その関係は一人っ子の咲にとっては、たまらなく魅力的で理想的のようで出掛けたと事後報告する度に羨ましがられるので最近は三人で出掛けている。
まあ、咲にとって誤算だったのは……優しそうに見える三春の姉は他人をからかうのが大好きで、姉妹揃って始終いじめられる羽目になるだなんて……。
いじめていると言っても、悪意は一切ない。
咲がふくれると、ぷうっと頬を膨らませてリンゴっぽくなるのが可愛いという認識が姉妹で共通されたからだ。(充分、悪意か)
「まだ、怒ってるの?」
今まさにリンゴになっている親友を見て、三春はクスクス笑う。
「怒ってるよぉ!」
「じゃあ、お詫びに行きつけの喫茶店のケーキ奢るから」
「ケーキはいい! 闇夜のとこに行こう!」
「あ……結局、そうなるのね」
咲は、オカルトマニアだ。怖い話には目がない。
そして三春は怖い話に、めっぽう弱い。
いつもの仕返しなんだろう。
ホラー映画が上映されたら連れていかれ、遊園地のお化け屋敷に連れていかれ……今度は≪闇夜≫という人物の所へ連れていかれる。
まあ、からかったことだし――――咲と一緒だから、大丈夫だろう。
「いいわよ、行きましょう」
「やったぁ!」
両手を天に伸ばして、喜びを全身で表す咲。
それを見てつられて笑顔になる三春。
仲睦まじい親友同士のすぐ傍を横切った、黒髪の美少女……
二人の姿を見て、彼女は胸の奥がキリキリ痛んだ。
どうしてなのだろう? 私は、何が辛いのだろう?
辛くない。辛くなんか……ない。そう言い聞かせていれば、本当になる。
今日、≪闇夜≫が教えてくれた。
言葉には、コトダマという力が宿っているって。
だから何度も言葉を口に出していこう。
「悲しくない。苦しくない。辛くない……うん」
うん、大丈夫。全然、平気。私は、これで大丈夫。
そういう気になるんだから、コトダマってすごいな。
「闇夜……」
つい先日、出会った謎の人物。白い仮面で顔を隠して、大きな黒いフードつきマントを着て体格すら隠している。唯一、隠していないのは名前くらいか。
闇夜――――とても良い名前だと私は思う。
闇に包まれてる夜が好きだと、言ってた。
私は、夜が嫌い。闇が嫌いだ。だって真っ暗は、昔から怖かったから。
真っ暗を怖がっている私を親友のリエが慰めてくれた。
それでも私は夜が怖かった。
でも……もし闇夜が隣にいて、あの素敵な声を聞かせてくれるのなら夜の長い時間も悪くないかな? 悠久とも思える時間、闇の中で……二人きり。
その時、鞄の中にある携帯からロック音楽が大音量で鳴り響いた。
美華は着信を告げる携帯を一瞥してから、着信に応じる事なく、そのまま足を進めた。携帯の着信音は鳴ったり、途切れたり、それを繰り返した。
美華は、ロック音楽の着信音が鳴った時には出ないと決めていた。
だから……どんなにしつこく掛かって来ても応じるつもりは無かった。
闇夜が教えてくれた。人間は、頑張っても百年程度しか生きられない。
生きるという事は流れる時間の中を過ごすという事。
その時間を無駄にするという事は生きる事を無駄にするという事。
時は過ぎてしまったら、巻き戻す事は出来ない。
『十代は人生の内の十分の一にも満たない……とても短く、あっという間に過ぎてしまいます。どうか有意義な時の過ごし方を、美華が見つけられますように』
そう闇夜は、いつか言ってくれた。
私は、闇夜と過ごしている時間が有意義だと……最近、思うようになった。
この事を闇夜自身に告げたなら、どんな反応をするだろうか? 驚くだろうか?
喜んでくれたなら、嬉しいな。
そんな事を考えていたら……いつの間にか、携帯は鳴らなくなっていた。
仲良しの中学生二人が、闇夜の自宅にやって来た。
咲は目を爛々と輝かせ『スレに書いてあった通りだー!』と感動している。
三春は廃屋を見て『人、住んでるの?』と声には出してないが、表情に丸々出している。
未だに嫌々の表情を浮かべている親友を置いて、咲はドアの前まで行った。
「あ、ちょっと! 待ってよ」
「待てない! 行っくよー!」
お化け屋敷に入る前のように怯えている三春。
咲は、興奮状態のままドアをノックした。やや強めに二回。
……しばらく待っても、返事が無い。聞こえなかったのか? 出れないのか?
咲は、もう一度ノックする。次は十秒とも待たずに三度目のノックをした。
「さ、咲……あんまりやると失礼よ」
出て来るのは謎の人物、いやお化けかもしれない。
そんな変な不安を抱いて三春は心底、怯えていた。いつもこうだ。
遊園地のお化け屋敷。襲い掛かっておどかして来るお化けは、本物のように怖いけど……中にいるのはスタッフだったり、機械仕掛けだったり、いわゆる作り物で……出口に辿り着いて明るい陽光の下に出て気が鎮まると作り物相手に真面目に怖がっていた自分が恥ずかしくて、敗北感で荒れる。
「大丈夫、闇夜なんだから! でも、おっかしーな?
お風呂にでも入ってるのかな? こんにちは! こんにちはぁー!」
怖いもの知らず、怖いもの見たさの咲は、大声を張り上げた。
でも返答は、とうとうなかった。
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