第55話:再臨―Optimisation―

 海賊の拠点である島は慌ただしかった。数か月による警戒態勢の中、やっと敵が網にかかったのだ。状況は明らかに劣勢であるはずだが、現戦場の状況を優勢な状況で傭兵達は浮足立っている。

 皆が冷静になっていないのは明らかであったが、誰もその事を指摘しない。その光景は破滅へ向かう組織のありさまであり、そしてこの男もまたその一人であった。


「予定通り、ギアアーマーの射線には出るなよ!」


 赤と黒のギアスーツに身を纏った男が同士である傭兵にそう忠告する。海賊にとっての最大の切り札であるギアアーマーだが、その弱点は味方にも被害が及ぶ可能性がある事だ。威力は高く、そして生命のほとんどを熱する兵器は運用の際には連携が必要となってくる。男だって狂人ではあるが、仲間を失う事への抵抗はある。それで自陣が不利になると理解しているからだ。

 男はエネルギーの充填が完了した名もつけられていないギアアーマーに乗り込む。男にとって名前など意味はない。自分の乗るギアスーツだって、他者が勝手に付けた名前に過ぎない。彼にとって、ギアスーツやギアアーマーは己が欲求を叶える道具でしかなかった。


「ギアアーマー出るぞ!」


 海賊の巨大ギアスーツデッキから十メートル級のギアアーマーが動き始める。対戦場兵器と語られる魔王の右腕は全てを破壊するために蒼海に現れる。ざわつく傭兵達。味方からも希望ではなく畏怖を覚えられているその主は、しかしこの戦場に絶望していた。


「やはり奴はいないか……」


 男が求めるのは当然、あの黒いギアスーツであった。自分が敬意を、そして憧れを覚えたあの英雄を模した贋物。男はそう認識していたが、そこには再びあのような者と戦いたいと言う欲に塗れていた。

 だが、ギアアーマーから見る戦場にはあの黒いギアスーツはいなかった。黄色と青色、そして銀色のギアスーツが数機いるだけ。どれもこれも自分を満足させてくれるはずがない。

 当然である。あの敵戦艦への襲撃の際に、あのギアスーツは右半身を失っていた。生きているはずがないのだ。もしやと希望を抱いていた男はそんなクソッタレな現実に悪態を吐き、作戦通りに敵戦艦に狙いをつけた。

 そしてそこで、男は運命に再会する――――


「……ククッ」


 敵戦艦の甲板、そこにいる緑色のギアスーツの前にそれはいた。黒く、そして赤いギアスーツ。英雄の赤と剣を引き継いだ、男が認めた化け物の姿見。

 名は、ブロード・レイド。


「やはりィッ! やはりッ! やはりッ! やはりィィッ!!」


 男は歓喜の中で狂乱する。色を失った戦場が急激に色を取り戻していく。しかし男の目に見えているのはそんな戦場ではなく、あの黒のギアスーツだけだ。


「来いッ! 俺を楽しませろよォォッ!!」


 宿敵の再誕に心揺れ動く男は、海上一帯に響き渡る高笑いの中、ギアアーマーの砲塔を黒のギアスーツに狙いを定めた。



     ◇◇◇◇



 ヒューマは、グレイ達とは違い、ギアスーツデッキからではなく甲板から現れていた。ギアスーツデッキに急遽新しく設立された、甲板への移動用エレベーターを利用したのだ。元々はグレイの出撃を容易にするためでもあったが、今作戦ではヒューマが使用する運びとなった。

 通常は前線に出るはずのヒューマがなぜ甲板などにいるのか。グレイの盾になるように配置はされている。だが、その背部の露出したコアには幾つものコードがホウセンカに連結されていた。単純なる盾ではない。これはヒューマが行える最大限の守護作戦。


『ホウセンカの全システムを一時的にブロード・レイドに譲渡する!』

『ヒューマ、ルビィ……お願いね』

「あぁ」

「――――」


 ホウセンカのブリッジにいる仲間がホウセンカをヒューマに譲り渡した。ツバキが突貫で行った、敵のギアアーマーに対して行える切り札である。ホウセンカのシステムをヒューマとルビィに与える。それは明らかにギアスーツ一機としては規格外の行動だ。

 だが、ブロード・レイドのコアはただのコアではない。ルビィという電子生命体を有する、純性のバイオニゥムによって構築されたバイオコア。その情報容量は無限に等しく、ホウセンカ程度の戦艦のシステムを扱うのは容易であった。


「行くぞ――――えぇ」


 ヒューマの声から彼女の声が聞こえてくる。ヒューマの声帯を借りて、ルビィが声を発したのだ。今、ルビィはヒューマと完全に一体化している。通常でもあまり使用しない、一体二心の状態。人間ではない彼らだから行える、人外の所業。これにより、ホウセンカは二人の意志によって委ねられる。


「バリアージェネレーター展開――――エネルギー充填を開始!」


 ルビィがホウセンカのバリアージェネレーターを展開させる。同時にヒューマがバリアージェネレーターにホウセンカのエネルギーを充満させていく。ここまでは通常と同じだ。二人は必要がない。

 だが、ここからは、二人が行うこの戦場を制する最大の一手。


「最適化を開始します――――最適化ッ!!」


 そのルビィとヒューマの言葉が発せられた瞬間、ブロード・レイドに繋がるコードを通じて、赤色の光がホウセンカの外面を線を描くように続いていく。それはまるで、ホウセンカを自分の一部にするように、浸食をするように見える光景だ。

 最適化――――純性のバイオコアが行える、一つの現象。バイオニゥムは金属を己と同じ性質に近づけるように変異させる。その性質を意図的に発生させ、対象の変異バイオニゥム化を促進させる。この能力は応用が効き、触れた敵機のコントロールを奪う事も、そのコントロール下の物の性能を一時的に向上させる事ができる。今回では、ホウセンカのバリアージェネレーターを変質化させ、その性能を一時的とはいえ向上させているのだ。

 広がるバイオスフォトンの盾。その規模は、前回にホウセンカで展開していた敵への攻撃に合わせて発生させていた細々とした物ではなく、ホウセンカとトロイド博士の戦艦すら大きく覆い尽くす真なるバリアーであった。エネルギー容量も増加しているのだ。だから、ここまでの拡大を行える。


「面白ェ……面白ェぞォッ!!」

『ホウセンカ総員、衝撃に備えてっ!!』


 そして、その光景を見て男は口を歪ませて引き鉄を引く。放たれる尋常ではないバイオスフォトンの流れ。粒子砲が、ホウセンカを破壊しようと襲いかかる。

 だが、ブロード・レイドの制御下に入ったホウセンカはそれを悠然と受け止める。仁王立ちをするかのように、生命を破壊する巨大なる光線を受け流した。衝撃すらほとんどない。ギアアーマーの放つエネルギー量よりも、ホウセンカの放つエネルギー量の方が上であった。

 数分にも及ぶその破壊の波は、忽然と途絶えた。ギアアーマーの方が先に根を上げたのだ。


「ヒッ……ヒヒヒッ!!」


 思わず笑みが浮かべる。恐怖を感じているからか。それもあるだろう。しかし、男は伝説の再臨に心を歓喜に満たしていたのだ。想像以上の存在の復活を。英雄機の復活を。己が化け物と認めた、この世で一番尊敬する人を超えた力の象徴が。


「グレイ、ツバキ、テルリ。後は頼んだ」


 コードを強制的に解除したヒューマは後ろに控えるグレイと、ブリッジで彼を見つめる二人の仲間に家を任せる。ギアスーツデッキに降りていくヒューマ。そしてその先にあるのは、いつの日か、大切な初恋の人を殺した兵器。その末裔。

 いや、それこそがTPAにおける最大の切り札。

 ヒューマはギアアーマーと連結をし、スターターデッキに合わせてスラスターを展開する。順々に噴出されて移動し始める切り札の中、ヒューマは宣言する。


「ブロード・レイド及びアネモネ。ヒューマ・シナプスと」

「――――ルビィ――――」

「「戦争を終わらせるッ!!」」


 二人の言葉が重なった瞬間、その赤き英雄が纏う鎧は蒼海に姿を現す。十年越しの伝説の再誕を予感させるその光景は、この戦争における象徴的瞬間であった。

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