第25話:違和感―Thought―

 ニーアの視界は赤に染まっていた。だが、別にバイザー部分が血で染まったとかそういう事ではない。耳障りな警告音がそれを伝えている。お前は負けたのだと。

 ――――何をされたのか。その疑問がニーアの脳内に渦巻く。


「一手、誤ったな」


 ヒューマの声が聞こえた。警告音が邪魔をしてもその声だけは聞こえた。

 一手、即ちあの瞬間。ニーアが攻撃を躱し、優位に立ったあの瞬間の判断がこの結果を生んだのだ。


「攻めに行きすぎた。あの時、余裕をもって一度下がれば勝機はあったかもしれない」


 確かに。ニーアはヒューマの言葉に納得する。あの時、確かにニーアは攻撃のチャンスだと踏切り続けて攻撃をした。その行為はギアスーツの特性である機動戦闘そのものであった。

 だが、果たしてそれが正解かどうか。あの時、事を焦ったのではないか、という後悔が沸々と湧いてくる。

 攻撃の瞬間は、逆に防御が疎かになる瞬間でもある。あの時、宙に浮きながら剣を振りかぶったニーアであったが、その懐の防御は疎かになっていた。そして彼よりも下にいるヒューマは、剣を一振り失っただけでもう一振り剣があった。

 自分にとってのチャンスは同時に相手にとってのチャンスであった。攻撃をする瞬間に、ヒューマの残った右手の剣がニーアの心臓部の装甲にダメージを与えたのだ。その形は突きの形であり、実戦であれば装甲を破られていた可能性もある。


「ニーア。お前の実力は評価する。だが、お前の戦い方は未熟だ」


 ヒューマのその言葉は、適性テストを終えた後もニーアの頭の中へ渦巻いた。



     ◇◇◇◇



 適性テストが終わり、片づけを済ませたツバキとヒューマは夜な夜なツバキの個室で共にいた。ツバキの個室はブリッジの近くに建設された特別製だが、これはあくまで仕事の時に使うようにツバキはしている。

 即ち、和気藹々な団らんではなく真面目な話であった。


「ニーアの適性を纏めてみたわ」

「相変わらず早いな」


 ツバキの仕事の早さに感心をしつつも、ヒューマは彼女から手渡されたノートパッドに書かれたレポートを確認する。

 ニーア・ネルソンの適性表というべきか。本日行ったテストの結果を詳細に纏めた物であり、同時に改造責任者であるツバキの私言も書かれている。


「ニーアの近接戦闘技術は相当な物よ。彼の判断力は未熟でも捨てるわけにはいかない」

「だが、万が一の事がある」


 ツバキの評価に対しニーアは冷静にそう答えた。レポートにもニーアの近接戦闘の適性は五段階の中でも上位のもので、他の適性を見る限りではニーアは近接戦闘向きのパイロットという事になる。

 だがヒューマの万が一は、傭兵である彼だから言えるもしもへの不安だ。


「あいつの能力は評価したい。正直、あの自分をあまり考えない戦闘の仕方さえなければ、俺はあいつと共に白兵戦をしてもいいと考えている」

「でもヒューマとしては、それはさせたくないわけね」

「あぁ。あの思考パターンは敵にも解りやすいものだ」


 ニーアの戦闘の動きは、敵を倒そうという意志を基に構成されている。これ自体は悪いわけではないが、優先順位が狂っているのだ。敵を倒すを優先しすぎて、自分の身を守る事に鈍感である。

 この動きは一見、敵からすれば恐ろしいものであるが、冷静に見れば隙の多い動きなのだ。それでは戦闘の続行は難しいし、何より継戦能力のないパイロットは戦力として数えるのは難しい。

 勿論、市街地戦で生き残った事もあり、それが全てではないのは解っているが、その思考が固まってしまえば、彼はいずれ死んでしまうだろう。


「それに、ニーアの二つ目の適性。砲撃適正を蔑にするのは惜しい。俺達の部隊には重装甲の砲撃手はいないからな」

「……そうだったわね。結果的に私達の後方支援はグレイしかいないわけか」


 数秒の間があり、ツバキは現状の部隊編成の困難さに気づいた。

 現在の戦力は、近接戦闘と機動力に特化したヒューマ、電子戦をメインとして基本的には自己防衛に徹するキノナリ、遠距離からの射撃を得意とするグレイ、そしてニーアとなっている。戦力的には完全に分散している。だが、もしここに新たな戦力を入れる余地があるならば、その三人を支援できる重装甲砲撃機だ。


「現状、ニーアは欠陥を抱えている。それは死という曖昧な実感だ。だから、あいつに近接戦闘をさせるよりは――――」

「二つ目の適性である砲撃に徹してもらう方がいいわけね」


 ヒューマの言葉に続いてツバキはそうヒューマが言いたかった事を言った。彼女の悪い癖だ。

 重装甲砲撃機となれば、ヒューマへの遠距離での支援も可能、キノナリと連携を組む事もできるし、グレイへの攻撃の妨害もできる。

 勿論、ギアスーツは柔軟な機械であり、一機にどんなに性能を特化させても他の事ができるわけではない。キノナリだってスナイパ―ライフルを持てば狙撃手として対応できるし、グレイもヒートソードなどを持てば近接戦闘も行える。それゆえに、ニーアの近接適性が完全に使えなくなるわけではない。


「それに、ニーアの思考パターンもあるからな。重装甲にする事で少しでも安定するだろう」


 ヒューマが重装甲に拘っている理由も彼の戦い方ゆえだ。重装甲は機動力が低下し、機動性に魅力があるギアスーツの良点を消す事になるが、逆にいえば装甲が厚くなり、最悪の場合を除けば生き残る事も夢話ではない。

 ニーアの思考的問題。ヒューマ達のニーアへの罪悪感。そして適性。この三つによって、ニーアのカルゴの改造の方針は定まる。


「重装甲支援砲撃機、というべきかしら。かっこよく言えば、シールドガンナー」

「……まぁ、名前に関してはニーアに任せよう。俺達が決める事じゃない」


 このままではツバキが勢いに乗って、勝手にニーアの機体に名前を付けてしまいそうだったのでヒューマは早々に話題を切り離した。それに、愛機に名前を付けるのは乗り手の自由なのだから。

 だが、ヒューマはそれでニーアの話を終わらせるわけにいかなかった。ヒューマの感じていた違和感をツバキに伝えるためだ。


「ツバキ。数日、共にニーアと過ごしてきて不思議に思った事はなかったか?」

「え? いえ、なかったわよ。普通にいい子だし」

「それだよ」


 その言葉にヒューマは過剰に反応する。それこそが違和感の正体だと言わんばかりに。


「俺は様々な戦場へ行って、たくさんの孤児や少年兵達と話をしてきたが、ニーアほど丁寧で言葉づかいの良い子供は見た事がない。なにせ、言葉を覚えるにも環境が環境だから、兵士達の言葉を真似て覚えてしまうはずだ」

「それで普通だったら、教養もない手の付けられない子になっているはず……でも、ニーアは違う」


 そう、とヒューマは冷静に呟いた。ニーアは少年兵、しかもギアスーツという現時代の戦場で最も死者に近い場所にあるはずの兵器に乗っている彼が、なぜあぁも街にいる温厚な少年のような性格なのか。

 確かに彼の性格上、近接適正の時にもあったように攻撃的な部分もある。だが、真っ当な教養も学べない環境にあるはずの彼が、なぜ最初にヒューマと言葉を合わした時に、すみません、と言えたのか。

 海賊に教え込まれていたのか。可能性はあるが、高くはないだろう。それにその後も敬語を使ったり、暴れる行為などをしたわけでもない。少年兵が共通として持っている凶暴性があまりにも薄いのだ。


「あいつの過去に、もしかしたら何かあるかもしれない」


 ヒューマ達は知らない。ニーアが話した事は、海賊の事とマリーという大切な女の子と子供達がいるという情報だけだ。彼の中に内在する、その虚ろなる蒼海を、そして途切れてしまった記憶を知らない。

 ヒューマはただ、根拠も何もないそれを想う。ニーアに隠された何かを。それが何であるのかを。

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