あとがき

◆長いあとがき◆

※このあとがきは同人小説版『竜斬の理』に添付したものです。


 えー、齊籐です。この度は『竜斬の理』をお買い上げ頂き誠にありがとうございます。

 こうして同人小説を作って販売するのは生まれて初めてのことで、うまくできたこともそうじゃなかったこと(誤字とか値段設定とか含め)も色々ありましたが、とりあえずは完成した本書を貴方に手渡すことができてよかったです。本当に。

 願わくば物語を最後まで堪能されることを。

 時間の無駄にならない程度の楽しさを提供できることを。


 最初のアイデアが生まれたのは今からもう20年近く前のこと。

 『いがみ合う二つの国がそれぞれ巨大な竜を所持している。ある時、一方の竜が病を患う』

 これを元に群像劇を書こうとして、書けなくて。

 結局このアイデアは形を与えられないまま、行き先不明の荷物のように自分の中をずっとふわふわと漂い続けていました。

 それが『巨大な竜を手術する』という、もうひとつのアイデアと出会ったのが約4年前。

 これはいける! という手応えと、本当に面白いのか? という漠然とした不安。

 僕が最初に試した方法は『TRPGのシナリオにして受けるかどうか試す』でした。

 数年ぶりにシナリオを書き、先輩後輩に声をかけ、実際にこのアイデアが通用するのか確かめてみたんです。

 結果は……僕にとっては収穫の多いものとなりました。アイデア自体は物語の骨子を十分に支えうること、そしてもっと細部を詰めていかなければならないことが分かりました。仲間に感謝ですね。


 その後、神戸三宮で開催されたSF作家である山本弘先生の小説講座『料理をするように小説を書こう!』を受講できたことは非常に幸運でした。2014年のことです。

 竜を手術するというアイデアを長編の草案に仕上げて提出したところ、山本先生に強いオリジナリティがあると褒めて頂きました。

 ただ、この地点のプロットは『竜を手術することを中盤まで伏せておく』というものでした。中盤まではありふれた竜退治の話のふりをしておいて、後半で手術だと明かして読者を驚かせる、という構成。TRPGのシナリオだとこれがうまくと機能してくれました。GMとしての僕の資質はトリッキーなギミックでPCを驚かせることにありましたから。

 ただ、小説として、商業小説として売りたいのであればここは変える必要がありました。

 今でも大事に取ってある山本先生の添削メモにはこう書かれています。


 ――読者の立場で考えてみてください。『中世風の世界を舞台にしたありがちな竜退治の話』と『竜を手術する話』どっちを読みたいと思うでしょうか?


 そりゃもう絶対的に後者ですよね。間違いない。せっかくのセールスポイントを伏せたら勿体ない。前に出した方がいい。

 これにより、アイデアはそのままにプロットの抜本的な練り直しを余儀なくされました。


 プロットを修正し、本編を書き上げて公募に出す。

 そう思いながらもなかなか筆は進まず、書き出しをやっては消すの繰り返し。

 そうして怠惰に過ごす中でKADOKAWAが小説投稿サイトを新設するという噂を聞きつけたのが2015年の秋。その噂は本当で、サイトは翌年の2月末にオープンし、長編小説のコンテストも開催されるとのことでした。

 僕は悩んだ末『竜斬の理』の行き先を公募からサイト投稿へと切り替えることにしました。怠惰な僕にとって、孤独に公募への道を歩むよりは、定期的に更新して読者の目にさらされる環境の方が合っていると思ったからです。

 もちろんコンテストにも参加しました。

 第1回カクヨムWeb小説コンテスト。

 規定は10万字以上の長編であること、そして読者選考で一定以上の評価を受けること。

 コンテストの最終選考に残るためのハードルは僕にとってかなり高いものでした。

 ですが地道に更新を続けるとちらほら読者が付き始め、幸運なことに評価も頂くことができました。光栄なことにレビューや応援コメントをいくつも頂くことができました(ちなみに締め切り間際に2万字書き上げるという無茶もやりました)。

 そして見事に読者選考を突破。

 まあでもそこまででした。その後もWeb上で行われたコンテストに2回ほど出しましたが一次選考すら通りませんでした。

 自分の中の結論として『竜斬の理』はラノベのレーベルから商業小説として出した場合に売れるであろう要素をまったくといっていいほど持ち合わせいない、というのが答えでした。

 書籍化を前提としたコンテストに応募するのであれば、書籍化に適した内容でなければなりません。レーベルの想定する読者に受ける要素が必須です。そんな中、ただ自分が面白いと思ったことをぶつけただけの小説に需要はありませんでした。

 無論、改稿を考えなかったわけではありません。ですが、レーベルに合わせて改稿するにも『竜斬の理』はもうすでに自分の中で物語として出来上がってしまっていましたし、登場人物の変更(主人公をモテモテにするとか萌えキャラを増やすとか)なんていうのも、まったくイメージできませんでした。

 『竜斬の理』は今の形が完成形です。

 これはこのまま本にしたい。

 でも商業小説としての需要はない。

 じゃあどうするか。

 自分で作るしかない。

 生まれて初めて同人小説を作るに至った経緯はこんな感じです。


 今回、カバーイラストを夜野みるら先生にお願いしました。

 彼女は仲間内で唯一のプロの絵描きで、実際に富士見ファンタジア文庫などでライトノベルのカバーイラストを手がけたこともあり、彼女が引き受けてくれるなら僕にとってこれ以上の選択はありません。

 ただ……彼女は妊娠8ヶ月でした。先輩の結婚式の席で、酒の勢いを借りつつ思い切って頼んでみると、有り難いことに「いいですよ♪」と二つ返事で引き受けて頂きました。

「打ち合わせしたいから西宮まで来てー」

「タイトルに鉄瓶フォント使いたいー」

「あ、内側の表紙も頼んますー」

「背表紙の幅が変更になるわ修正お願いー」

「ポスターとポストカードも作るからサイズ調整してデータ送ってくださーい」

 ……いや、ごめん(土下座)。

 臨月の妊婦をやたらこき使うこの鬼畜っぷり。

 でもお陰様ですごくいいカバーができました。あまりに嬉しくてカバーをマットPPにしたらめっちゃ高くなって驚きました。いや、後悔はしていない。   

 みるら先生ありがとうございました。第2子誕生おめでとうございます。


 執筆のときに起こったことを書きます。

 ここから先、少しだけネタバレするので未読の方は回れ右でお願いします。

 書いていたのは物語の後半、宿場町バーニオにてヅッソが自室でクレナと酒を酌み交わすシーンです。

 僕は小説を書くときに箱書きを作ります。箱書きと言ってもそんなに大げさなものではなく、そのシーンに必要な情報と着地を箇条書きにしただけの簡素なものです。その箱書きを元に本文を書き起こしていきます。

 で、件の二人のやりとりを書きながら、手が止まりました。

 いや、よくあることです。原因は分かっています。大抵の場合、箱書きの方向性が間違っていたか、箱書きの材料が足りなかったかのどちらかです。

 今回は後者でした。クレナがヅッソを説得するだけの材料が足らず、ヅッソが頷いてくれませんでした。ヅッソの頑なな気持ちを突き動かすだけの材料が箱書きの段階で用意できていなかったんです。

 ここから少し苦しみました。材料を追加してやれば再び筆は進み始めるわけですが、その材料がなかなか見つからない。

 こうなるとやっかいです。寝ても覚めてもこのワンシーンに支配されてしまいます。

 3日ぐらいの停滞の後でした。

 その台詞は、本当に天から振ってきたかのように僕の元に舞い降りてきました。

 「一冊の本になるのが貴方の役割だ」と、のです。

 確かにその台詞は僕の脳内で生まれ、僕によって書き出された台詞なのかもしれません。

 ですが言ったのは確かに彼女です。

 それは不思議な感覚でした。キャラクターが物語のために一番正しい答えを導き出してくれたのです。

 そしてこの台詞は結果として『竜斬の理』のラストピースとなりました。この台詞が物語をもう一段階高い場所へと引き上げてくれました。

 正直、粗は多いです。全力で書きましたが、出来なかったこともやり残したことも届かなかったことも沢山あります。

 でもこれが現時点での僕の最長不倒です。それなりに何度もお話を書いてきましたが、初めてK点を超えた感触がありました。それはクレナの言ってくれたこの台詞のおかげです。


 長いあとがきになりました。

 これだけ書いても書き残したことばかりです。下手くそですね。いやはや。

 でも満足しています。ここまで来ることができましたから。

 繰り返しになりますが、楽しんで頂けたなら幸いです。

 次はまた、別の物語で。


 

 平成29年 9月17日  齊籐紅人

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竜斬の理 齊藤 紅人 @redholic

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