第6話 至高神降臨


 しばらくミリーナが暴れる姿を眺め、特に問題は無さそうだと判断し、ベルカーンとアナザーが激戦を繰り広げている空中へと浮かび上がる。


 なんだか私が手を出さなくとも、アナザーだけですんなりと終わってしまいそうだが……まぁいいだろう。


『うーむ、やはりお強い。さすがというべきか。全く忌まわしい限りだ』

「さっさと元の世界へお帰りなさいですわ。わたくしとあの人の世界が汚れゆく様を見るのは忍びないんですのよ?」

『それは無理な相談だ。これほど美しい世界を滅茶苦茶にし、我らが神に献上すれば、どれほどお喜び頂ける事か!! ああ、お褒めの言葉を想像するだけで果ててしまいそうだッ!!』

「……ですの」


 うむ。

 やはり奴らは気持ち悪いな。


 なんだかこう、生理的に無理、というやつか? 絶対にこいつらとだけは仲良くできんだろうと思う。

 アナザーも普通にドン引きしているようだしな。


 というか、脳味噌の分際で性癖などあるのだろうか。摩訶不思議だ。


「おっと」


 白目を剥いてぶるぶると震えるベルカーンを観察していると、流れ弾が飛んできた。当然手で払ったのだが、その音のせいで奴とアナザーに、私が来ていると気付かれてしまったようだ。


『……おや。これはこれは。これはこれはこれは、何とも懐かしい御仁がいらっしゃったようだ』

「あら、遅かったですわね。でも、ちょうどこんな汚らわしいゲテモノになどこれ以上触りたくないと思っていたところですの。さっさと駆除してくださるかしら。フィオグリフ?」

「私はゴミ掃除係か? まぁ、今回限りは遅れた罰として甘んじて受けてやるが」


 まったく、私をいったい何だと思っているのだ。こんな気持ち悪い化け物でも、文句も言わず淡々と始末する機械などではないのだぞ? だいたい、何故今更になってこいつらの相手をしなければならんのだ。おとなしく世の果てで眠っていればよかったものを。


 そんな事をブツブツと呟きつつ、人差し指に集めた霊力を弾丸として射出。放たれた白い光は、空を裂いてベルカーンの巨体を吹き飛ばした。


「ふん」

「うーん。こいつ、こんなに弱かったかしら。もっとしぶとかったはずなのですけど」

「たしかにな。それに、無言のまま弾け飛ぶ、というのはあまりにも不気味だ。まだ見苦しい悲鳴を上げてくれた方が良い」

「悪趣味ですわよ」

「うるさい」


 アナザーとそんなやり取りをしながらも、粉々に吹き飛んだベルカーンの肉体をじっと観察する。


『て……めぇ! 痛てぇじゃねえか、ああん!? 俺ちゃんのキュートなボディが欠けたらどうしてくれるんだァ!?』

「……ちっ」


 案の定生きていたようで、瞬く間に再生したベルカーンが口調を変えてそう叫んだ。


 バラバラになってもピンピンしているとは、生物として何か間違ってはいないだろうか? そこは死んでおくべきだと思うのだが。だから化け物だと言うのだ。


 そして。

 誰が見ても、奴はキュートなどではない。


「おい、アナザー」

「なんですの」

「奴はどうなったら死ぬんだ」

「こっちが聞きたいですの。何度も殺せば死ぬはずなのですけど、“残機”が幾つあるのだか。私だってもう何百回も殺していますのよ?」

「そ、そうか。それはご苦労様だな」

「まったくですわ」


 心無しかやさぐれている様子のアナザーが吐き捨てた言葉によると、ベルカーンは既に殺されまくっているらしい。だが現にこうして元気なままだ。となると……。


「やはり、封印か」

「ですわねえ。それか……」

「ん? 何かあるのか?」

「まぁ。耳を貸しなさいな」

「うむ」


 結局また宇宙の果てに押し込むしかないのか、と私はため息を吐きそうになったが、どうやら何か別の手があるようだ。


 何故かものすごく嫌そうな顔をしているアナザーに耳を貸すと……。


「いいですこと? 変な誤解をしないでくださいましね? これは前フリじゃなくてよ?」

「やかましい。ワケのわからん事を言っていないでさっさと話せ」

「むぅ。その、わたくしと……合体するのですわ」

「…………は?」



 私とアナザーの間に流れる空気が、凍った。

 なんだ? 神のくせに発情期か? それはそれとして、冗談ではないぞ。何故私が、こいつと。


 白い目でアナザーを睨んでいると、理不尽な事に逆ギレされた。


「だからっ!! 変な誤解をしないでと言ったでしょうに!!」

「誤解もクソもあるか。それ以外になんの意味があるというのだ。発情期なら他を当たれ」

「違いますのっ!! あなたじゃなければ意味が無いんですのっ!!」

「何故に突然告白を受けねばならん。貴様なぞ願い下げだ」

「だから違うと言っているでしょうに、このアンポンタン! わたくしだってあなたなんて願い下げですわっ!!」

「なんだと!?」


 ぶるぶると震えながら暴れるベルカーンを適当に捌きつつ、汚い口喧嘩を繰り広げる私とアナザー。

 そんな私達を他所に、ミリーナが参戦した事で他の異界種たちは掃討されたようで、いつの間にかプルミエディアたちも空へと上がってきていた。


「あの、二人とも?」

「「なんだっ!!」」

「ひっ……その、早く倒してくれない、でしょうか……?」


 口を挟んできたプルミエディアに怒鳴る、私とアナザー。

 しかし……。


 疲れたような、呆れているような、怒っているような。そんな複雑な表情をしながら割って入ってきたミリーナに、思いっきり頭をぶっ叩かれた。


「っおーい!!」

「ぐお!?」

「何をやっているのかな、キミは!! 何が“あの空飛ぶ脳味噌を始末してくる”さ! 子供の喧嘩をしてくる、の間違いでしょう!! アホな事やってないでまともに働きなさいっ!」

「ミ、ミリーナ。だ、だがな? こいつがワケのわからん事を言い出すから……」

「口答えすんなっ!」

「ぐお!? わ、わかった! わかったから頭を叩くな!」


 聖地で手に入れたという“魔剣”アルマゲドンの柄で、何度も頭を叩かれる。実際にやられてみたらわかるだろうが、普通に痛い。

 たまらずミリーナと、ついでにプルミエディアに平謝りし、不本意ながらもアナザーと再度向き合う。


「で、どういうことだ」

「何をさらっと何も無かった事にしてるんですの? まったくもう。つまり、別に性的な意味ではなく! あなたとわたくしで合体して、究極存在へと昇華する事で強引にあの脳味噌を消し飛ばすのですわ」

「……なる、ほど?」


 ああ、そういう意味だったのか。

 って、いやいや。


 私と合体だと?


「合体て……。フィオ、キミってどこまで面白生命体なのさ。そのうち、世界そのものになった! とか言われそうで怖いんだけど」

「私が知るか。アナザーよ、そんな事が可能なのか?」

「可能だから言っているんですの。大体、最高神が二柱も居たっていう時点で、おかしいと思わなかったんですの? 元々わたくしとあなたは一心同体。だけども、ある日戯れに分裂して、そのまま魔神たちとの戦争に入ってしまったんですわ。そのせいで片割れであるわたくしが死ぬ事になったのです」

「だが、勝った」

「前は、そうですわね。今回はそうもいかないようですもの。本当に不本意ですけれど、一時的に元の姿に戻って、封印されたあなたの力を無理やり引っ張り出します」

「ふむ」


 なるほど、よくわからん。

 だが、手っ取り早く済むならそれでよかろう。さっさとやるか。

 先程からずっとベルカーンが攻撃してきていて、鬱陶しい事この上ないしな。


「軽く話を流しましたわね?」

「うむ」

「…………はぁ。もういいですわ。ほら、さっさと手を出しなさい」

「うむ? うむ」


 言われるがまま、右手を差し出す。対するアナザーも左手を伸ばし、私とアナザーの手が重なる。


 そして、国を、世界を、宇宙を、全てを覆い隠す程の暗黒が噴き出し──。



『……!! な、なんだ、なんだこの力は……!? なんだ、この感情は……これは、恐怖……!?』



 ベルカーンの怯える声をBGMに、私は、そしてアナザーは、元の姿に戻っていく。



 ああ、こんな感覚だったか。



「フィオ……?」



──我は世界。我は全知。我は全能。

 我は全て。我は超越者。

 我こそが、宇宙そのもの也。


「卑しき者よ、恐れよ。嘆くがいい。泣き喚くがいい。虫のように逃げ惑い、無様に許しを乞い、我を忘れて挑んでくるがいい」


──光栄に思え。



「我は絶対にして唯一なる神」

「我は万物の創造者」

「我は全ての主」

「我は全ての父」

「我は全ての母」



「我が名は──」



 “至高神”、アナディオン。


『ひ、ひぃぃぃ……!! か、身体が、身体が崩れていくぅ!? そ、そんな……嫌だ、死にたくない、死にたくない!! た、助けて! 助けて、ミルフィリア様ぁ! ヴァニティアリス様ぁッ!!』

「うっそ……顕現しただけで、あのめちゃくちゃしぶとい魔神が……」

「フィオ、だよね? フィオ、なんだよね? 大丈夫だよね? わたしの事、覚えてる、よね?」



 なん、だ?

 あれは、なんだ?

 何故あのようなちっぽけなものが、我を呼んでいる?


 我は、誰だ? あれは、誰だ?



「フィオ!!」

「ミリーナさん、何を!?」

「ダメだ、あれはダメだっ!! あんなの、わたしの大好きなフィオじゃない! フィオグリフじゃ、ない!!」



 何故だ。

 何故、我を否定する?

 ならば、消し去るのみ……!!


 そして、不遜な小さきものを、魂ごと捻り潰そうとした、その瞬間。


 二つの影に、我は斬られた。



「大丈夫か?」

「こらこら、接触しちゃダメじゃん。ほら、帰るよー」

「う、うむ。そう、だったな」

「……誰?」


 ダメージなど皆無であるはずなのに、何故か我の意識が遠ざかっていく。

 そして、二つの影を確認すると──。



 怪しげな仮面を被り、揃いの服を着た、小さきもの共だった。




 私は、今。何を、しようと、していた?

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