第7話 異端とヴァニティアリス
プルミエディアの様子を見るため、ジョーカーの案内で通路を歩いている私。
だが、既にミリーナの時とは違っていた。
「騒がしいな」
「左様でございますね。少々、賑やかすぎるようです」
「ふむ」
まだ部屋についたわけではないというのに、楽しげな声が聞こえてくるのだ。つまりは、それだけの人数がプルミエディアの部屋に押しかけているという事。
やはり、ミリーナとは差がありすぎるな。
元はぼっちだったプルミエディアが、随分と成長したものだ。そう思うと、少し暖かい気持ちになってくる。
そして、部屋にたどり着くと……。
「んま~い!! なにこれ!? 全然違う! クリスのとは全然違うっ!」
「悪かったねっ!!」
「相変わらず、料理だけは世界一じゃのう」
「料理だけは余計よ」
「ふム。確かニ、これほど美味い料理を食べたのは久しぶりだネ」
「シャヴィ。あなたはいつも食べてたでしょうが」
何故か知らんが、大きなテーブルを囲って大食い大会が繰り広げられていた。
この匂いから察するに、奴らが貪っているのはプルミエディアの手料理だろう。
これか? ミリーナとの差は、これが原因なのか? 料理なのか?
部屋を見回してみると、居るわ居るわ。
メビウス、アスガルテ、ヴィシャス、リンド、ウーズ、クリス、レラ、フィリル、アーキ、ニクス、ニャルラトゥス……。
揃いも揃って大集合である。
それら全てが、とても幸せそうな表情でプルミエディアの手料理を貪っているのだ。
なんたるカオスか。
「あっ、フィオグリフ」
「「「!!?」」」
わたしが現れた事に気付いたプルミエディアが呟いた瞬間、皆がギョッとした顔になり、超速で跪いた。
…………いやいや……。
「……貴方達、何をしているのです。フィオグリフ様をお出迎えしたのが私だけとはどういう事かと思っていたら、呑気に大食い大会をしているとは。ふざけているのですか? そうなのですね?」
「……よい、ジョーカー」
「しかし、フィオグリフ様」
「よいと言っている。帰ってきてみれば誰もいなかったのは、少し寂しくはあったがな」
「「「申し訳ありません」」」
つまりはあれか。
貴様ら、暗黒神であるこの私より、己の食欲を優先したと、そういう事でいいのだな。
なるほど。
なるほど、なるほど。よくわかったとも。
「プルミエディア」
「な、なに?」
「怪我などはないか?」
「え? あ、う、うん。皆よくしてくれたし、特に不自由もしなかったわよ」
「そうか。それはよかった。では私はミリーナの元に戻るとしよう」
「は、はい」
魔王どもに、レラとフィリル。ついでにクリスとニクス。
貴様らはよく私に尽くしてくれていると思っていたが、存外それほど忠誠心が高い訳ではなかったらしいな。
いくら素晴らしく美味いと言えども、手料理ごときに釣られるとはな。この私を差し置いて、だぞ。
まったく。
「ちょっと待ちなさいな、フィオグリフ。何を拗ねているのかしら? 大人気ないですわよ」
「む?」
来た道を引き返そうとしていた私の目の前に、突然金髪の女が現れた。
どこかで見たような、見てないような、そんな気がしないでもないが、それよりも。
本当に突然現れたぞ? ニャルラトゥス程ではないが、随分と気配を隠すのが上手い奴だ。
「お前は……」
「お久し──」
「……誰だ?」
「ぶ……えっ? ええっ? えええっ!? ちょ、ちょっとお待ちなさいですわ! まさか、わたくしの事を覚えていないんですの!? わたくしですわよ!? アナザーですわ!」
「わたくしわたくし詐欺、か?」
「そんな詐欺はありませんっ!! えっ、マジで言ってますの?」
はて?
定かではない記憶の海を探してみるが、やはり覚えておらん。
どこかで見たような気はするのだが……。
「知らんものは知らん。ただ、見覚えがあるような、無いような、そんな気はする」
「……ガッデム、ですわ……」
「そんな事よりさっさと退けろ。私はミリーナに会いに行くのだ」
「い、や、ですわっ! 何億年経っても相変わらずですわね!?」
「うるさい、退けろ。邪魔だ」
「キーッ!! ここが誰の宮殿だと思っていますの!? わたくしのですわよ!?」
何? と言うことは、コイツがこの国の主? 魔王より遥かに上位の存在、とやらなのか。
「そうか。感謝はしている」
「きゅ、急になんですの?」
「ではな。退けろ」
「あ、はい……ってそうじゃないですわ! どれだけ金の異端に会いたいんですの!?」
「金の異端?」
「ミリーナ・ラヴクロイツの事ですわ! まぁ、もう異端ではなくなったのですけど」
「何を言っているのかわからんぞ」
「……ダメですわね。全然話が通じませんわ」
むむ。こいつ、何なのだ?
急に現れて何を訳の分からんことばかり。
ミリーナが金の異端? 何だそれは?
「とりあえず、フィオグリフ! あなた、わたくしについてきなさいな! たっぷりと事情を説明して差し上げますわ!」
「謹んで遠慮しておこう。さっさと退けろ、鬱陶しいぞ」
「いいからついてくるんですのーっ!!」
「ええい、引っ張るな! 何なのだ貴様は! 消すぞ!!」
「やかましいですわ!」
「何だと!?」
結局、私はこの金髪女にどこかへ連れられてしまう事となった。
強引な奴だ。しかし、どうもコイツは私のことを知っているらしい。少し気になるが、今はそれよりミリーナの方が万倍大事なのだが……。
「アナザーさんとフィオグリフ、まるで子供が喧嘩しているみたいだったわね」
ぽつりと、プルミエディアがそんな事を呟いているのが聞こえた。
誰が子供だ、誰が。
はて、アナザー……。アナザーか……。
「いいですの!? わたくしとあなたは、元々神域に住んで、神々をまとめる最高神でしたのよ! それが色々あってわたくしは死に、あなたは暗黒神に変じたのですわ!」
「……ほう」
「全然、これっぽっちも覚えていませんの? わたくしの、アナザーという名も?」
「覚えておらんな。微妙に聞いたことがあるような気がするぐらいだ」
「……あなたの記憶封印、深刻すぎますわね。まさかこれほどとは」
「む。色々と忘れているようだと自覚してはいるが、封印だと?」
「ですわ。……魔神の事は覚えているのですわよね?」
「ああ、よく覚えている。昔、私は奴らと戦い、退けたのだ」
「あなた一人で戦っていたとでも?」
「……む? うーむ」
アナザーとやらに連れられた先は、立派な玉座がある広間だった。
謁見の間とでも言ったところか。
こいつ曰く、私とこいつはその昔、神々の長であったそうだ。
だが、やはり覚えていない。
こんな奴、居たか?
しかし、魔神どもと戦っていたのが私だけかと聞かれると、首を傾げざるを得ない。いくら私でも、それは少々無理があるのだ。
「あの時、わたくしもあなたと共に、魔神たちと戦ったのですわ。魔神の“双王”、フェルミタシアをあなたがシェプファーと共に星の海の彼方に封じ、ヴァニティアリスをわたくしが、この命を代償として払いながらも退けた事によって、あの戦いは幕を閉じたのです」
「……待て。“双王”だと? アレの王はフェルミタシアだけだろう?」
「……そこも忘れていますのね……。まさか、ヴァニティアリスが……?」
「答えろ。そのヴァニティなんとかとかいう奴は、本当に存在していたのか?」
フェルミタシアと同格の存在が居たのだとすれば、さすがに私でも同時に相手取るのは不利と言わざるを得ない。こうなると、このアナザーとかいう女の言葉にも、いくらか信憑性が出てくる。
しかし、ヴァニティアリスだと? そんな名前、聞いた覚えがないが……。
「存在していた、のではありません。今も、確実にあの異端は存在しています」
「先程、貴様が命を代償として退けたと言ったではないか」
「退けただけ、ですわ。アレはそれほどに強く、厄介な怪物なのです」
何だか雲行きが怪しくなってきたな。
封印から目覚めたばかりであるフェルミタシア一人でも厄介だというのに、奴と同格の存在が、遥か古の時代から生き延びていたのだとすれば、厄介どころではない。
下手をすれば、世界の存亡に関わるぞ。
「とは言っても、肉体は確実にわたくしが滅ぼしましたわ。しかし、ヴァニティアリスの魂は、今も消えずに存在し続けている」
「魂だけ、か」
「ええ。そして、その魂は、わたくしたちが知る限り、最も危険な人間の身に宿っているのです」
……ん?
まさか。いや、この予感が正しければ、見事に説明がついてしまう。
だが、正しくないことを祈りたい。
「紅の異端……ミルフィリア・ホワイトローズ。あの女は、ヴァニティアリスの魂と共に育ち、かの者の知識を、術を、力を、今も尚吸収し続けています。アレは危険すぎる。異常なまでに他種族を排そうとするアレを放置しておけば、間違いなくヴァニティアリスが完全に復活するでしょう。そうなれば、また神話の戦いが起こってしまう」
……なるほど。
あの女は得体が知れないと、常々思っていた。いや、私以外の誰であっても、あの女を知れば誰もがそう思うだろう。
何せ、何もかもを知りすぎている。
それほどの知識を有する理由は、魔神を……異界種の王をその身に宿しているから。ただそれだけの事だった。
なるほど。
異端というのはそういう事か。
金の異端、つまりミリーナは、その身にフェルミタシア……もう一人の異界種の王を宿していた。
ミリーナ自身は、蘇ってから取り憑かれたと言っていたが、もしかしたら前世の時点で既に取り憑かれていたのかもしれん。
そうなると、前世においてミリーナがおかしくなった原因であるゼルファビオスやグローリアも、何らかの形で絡んでいると見ていいだろう。
「お願いです、フィオグリフ。わたくしの事を忘れてしまったのなら、それはもう仕方ありません。ですが、信じてください。あなたの協力が無ければ、わたくしたちの子ら……人間は、間違いなく死に絶えてしまう」
「……ミルフィリアは、結局何がしたいのだかな。異界種の王などという化け物をその身に宿してまで力を得て、何を成そうと言うのだ。その先には、滅びしかないというのに」
「それはわかりませんわ。わたくしたちは、全知の存在ではありませんもの」
「クク、それもそうだな」
まぁ、ヴァニティアリスとやらの魂がどうとか以前に、ミルフィリアは元々始末するつもりだったがな。
「フェルミタシアは、ヴァニティアリスの事を知っているのか?」
「いえ。恐らくはあの者ですらも、ヴァニティアリスの事は忘れてしまっています。“忘れさせる事”が、ヴァニティアリスが持つ恐るべき能力の一端ですもの」
「奴ですら、駒というわけか」
「“双王”とは言っても、実際に魔神を率いていたのはヴァニティアリスただ一人ですの。フェルミタシアは単に強さがアレと同格だったというだけですわ」
「ふむ」
異界種退治、か。
事情を知ってしまうと、最早ミルフィリアの事を人間だとは認められんな。アレは既に人間の域を超え、異界種の王と化した化け物だ。
あんまりこのアナザーという女の言うことを信じすぎるのもどうかとは思うが、まぁよかろうさ。なんとなく、嘘をついているという気はしないしな。
「アナザー、だったか」
「そうですわ」
「フェルミタシアは元々殺すつもりだったし、ミルフィリアともいずれ片を付けるつもりでいた。事情はどうあれ、それは変わらんよ。だから、お前が私に協力しろ」
「……ふふっ、あなたらしいですわね」
ちょっと気になったが、アナザー。
お前、一度死んだのだろう? しれっと復活しているのは何故だ? 予め、復活の準備でもしていたのか?
まぁ、別にどうでもいいのだが。
しかし……。
ヴァニティアリスと、フェルミタシアの復活。
それにグローリアやゼルファビオスが関わっているのだとしたら、奴らはどう出てくる? やはり、自ら手を下さずに、人間を滅ぼすつもりなのか? 仮にそうなのであれば、我々を妨害してくる可能性もあるな。
つくづく、鬱陶しい神々だ。
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