第10話 転生者vs召喚者


 歩いても歩いても終点にたどり着かないことにしびれを切らした私は、何故か嫌がるクリスたちを捕まえ、一気に遺跡を駆け抜けた。

 途中で一応休憩もしたが、おかげでかなり進んだと思う。ただの勘だが、そろそろゴールも近いのではないだろうか。


「カズヨシさん、頑張ってください」

「足を止めてみたところで、また担がれて強行突破するだけじゃぞ、フィオグリフ殿は。とっとと歩かんか」

「うぅ、何もそんなに急がなくてもいいじゃんよぉ……。せっかくだからもっと、景色を楽しみたいっつーかさぁ……」


 後ろで何やらぼやいているが、知らんな。


 さて、何やらおかしな霊力の塊があるが、これはもしや……?


「む、お前たち、止まれ」

「どうしたの?」

「誰か居るぞ」

「うん……?」


 遠くに視線を遣ると、これまでとは比べ物にならない程豪華な大扉があり、それを守るように何者かが立っているのが見えた。どうやら、アレが先ほど感じたおかしな霊力の塊の正体らしいな。


「黒髪黒目……まるでカズヨシじゃの。もしや、異世界人か?」

「かもしれんな」

「まさか、こんな所で……? あ、本当だ。たしかに地球人……っつーか日本人っぽいっすね」

「この遺跡の主が呼び出したのかな?」

「そう考えるのが無難ではあるな。まぁ、邪魔をするなら殺すだけだが」

「ちょ、ちょっと待ってください! その前に、少しだけ話をさせてくれませんか!?」

「ほう」


 近付いていくと、その姿がはっきりと確認できた。カズヨシとちょうど同年代程の、黒髪黒目の少年で、腰には剣を差している。このおかしな霊力といい、十中八九異世界人だろう。

 ということは、雑魚だな。こんな所に籠もっているような輩が強いわけがない。何かしらのチートを持っている可能性はあるが、基本的に異世界人はメンタルが虚弱なのだ。まぁ、稀にユキムラのような例外も居るが。


 ちょうどいい。カズヨシあたりをぶつけて、その実力を見定めてみよう。もしもの時は私が助けてやればいい話だしな。


「よかろう。とっとと行け」

「いいの?」

「構わん」

「ありがとうございます! じゃ、ちょっと行ってくるっす!」

「気をつけるのじゃぞ、カズヨシ」

「おう!」


 クリスとウィクラテスが心配そうな表情を浮かべる中、カズヨシは異世界人と思われる少年の元へと走っていった。

 早速、集中して会話を盗み聞きしてみる。私だけでは何なので、クリスたちにも聞こえるように調整してやる。



「うは、来た来た! 経験値が自分から走って来やがったぜ!」

「おい、あんた。俺と同じ日本人だろ? なんでこんな所に居るんだ? 召喚でもされたのかよ?」

「あぁん? ああ、てめぇも日本人か。なんでってそりゃおめぇ、あっちで死んで、気付いたらこの扉の向こうに居たんだよ。召喚じゃなくて、転生だ。異世界転生。んで、俺TUEEE系主人公が、この俺! 赤城寛人あかぎひろと様だ!」

「……お、おう。俺はカズヨシ。ええと、栗栖一良だ。そっちと違って、この世界に召喚された」

「へー、そう。野郎になんざ興味ねーけど。てめぇなんかよりあっちの美人たちを紹介しろや!」

「…………」



 なるほど、キモいな。この世界に転生した事で舞い上がり、無駄に気が大きくなっているタイプか。ああいうのは大体早死にするのだ。

 ふと横を見ると、クリスとウィクラテスも半目になって若干引いている様子が窺えた。


「なんだよ、急に黙りやがって」

「……お前、さては外に出たことないだろ」

「あぁん?」

「俺TUEEEなんて、この世界じゃまずできないぞ。そもそも、本当の強者ってヤツはお前みたいな小物じゃない」

「んだとォ……!?」

「試しに俺の後ろにいる金髪の、フィオグリフさんって人に戦いを挑んでみろよ。一秒ももたずに殺されるぞ」

「知った風な口利きやがって、まるで学校のクズどもみたいで吐き気がするぜ! まずはその減らず口を封じてやるッ!」

「やってみろ。お前なんかじゃ、俺ごときにすら勝てやしないよ」

「……ッ!! この、野郎ォオォ!!」


 カズヨシの見え透いた挑発に、まんまと乗るとはな。やはりただの馬鹿か。わざわざ私が手を下すのも面倒だし、さっさとやれ、カズヨシ。



「《デッドエンド・スフィア》!」


 ヒロトとかいう小物が、右手から黒い塊を発射した。あの感じからして、闇霊術か。まるまる人を飲み込めそうな大きさではあるが、中身がまるで伴っていない。ただ霊力を丸めて吐き出しただけだ。


「確かに、力は大したもんだ。けどなぁッ!」


 黒い塊に突っ込み、右手に作った握り拳で強く殴りつけるカズヨシ。するとどうだろう。塊はあっさりと砕け散ったではないか。


「な、にィッ!?」

「ただ力任せに霊力を吐いただけ。技術もクソもあったもんじゃない。ゲームじゃあるまいし、こんなもんじゃ雑魚モンスターしか倒せないぞ」

「ま、まぐれだ! まぐれに決まってるッ! 俺は、九星神の一角から力を授かった、神に選ばれた特別な人間なんだァ!!」

「んなわけあるか。この程度の力ならそこら中に転がってるぜ。技術が伴っていない今のお前ごときならな」

「うるせぇぇぇッ!!」



 ふむ。なんと哀れな。


「ねぇねぇフィオグリフ。あの、ヒロトだっけ? 馬鹿みたいに霊力は多いのに、どうしてあんなに扱いが下手くそなの? ありえなくない?」

「転生者だと言っていたからな。霊力も霊術も何もない世界の住人が、ある日突然膨大な力を手にした。故に経験や技術がまるで伴っておらず、霊力の割に不自然なほど弱いという歪な生き物ができあがる。それが転生者だ」

「ふぅ~ん……?」

「そうじゃな。あの馬鹿は、要するに伝説の聖剣を手にした赤ん坊のようなものなのじゃ。力は強大でも、その扱い方がわからなければ宝の持ち腐れと言うわけゾイ」

「あっ、なるほど。言われてみればそんな感じに見えるかもです」

「恐らくカズヨシで充分事足りるだろう。何か食うものはないか?」

「ん、あるよー。保存食だからおいしくはないけどね」

「無いよりはいいだろう。よこせ」

「はいはい」


 あまりにも哀れすぎて、早々に興味をなくした我々は、戦闘を続けるカズヨシとヒロトを余所に食事を始めた。

 うむ、ぱさぱさしていて不味い。プルミエディアの手料理が恋しい……。奴は今、どこにいるのだろう? すぐに探し出してやらねば、私が死んでしまう。食い物に飽きて。


「クソっ! クソっ!! クソォっ!! こんな、こんなはずじゃ! こんなはずじゃなかったッ!! なんで当たらねーんだ!」

「どうせ、“力があるから訓練なんてしなくていいや”とか思ってたんだろ。それで命懸けの戦いに勝てるほど、甘い世界じゃねえんだよ。ここはゲームじゃなく、現実なんだ」

「畜生! 見下しやがってッ!!」

「次はきちんと修行してからにするんだな。まぁ、ここで死ぬんだけど」


 乱射される闇霊術を、次々と殴って打ち消していくカズヨシ。なかなか面白いチートを持っているな、本当に。私の霊術でも消せたりするのだろうか? ちょっと試してみたいぞ。


 そして、挑発しつつ防戦に徹していたカズヨシが、白けた表情で攻勢に転じた。



「……はっ?」

「…………」



 呆然とするヒロト。

 ふぅ、とため息をつくカズヨシ。


 そして、ようやく右腕が斬られて無くなった事に、ヒロトが気付く。


「ぎゃあああああっ!? いっ、いだ、いだい!! ちょっ、血が! 血っ、血イィィッ!!」

「うるせえな。遊びじゃねえんだ。腕を斬り飛ばされりゃ血ぐらい出るに決まってんだろ」

「て、てめぇイカレてんのか! あ、アアアァァッ!! いでぇぇぇ!!」

「……はぁ。うるさいわ、ほんと」


 やれやれ、たかだか腕が無くなったぐらいで、食事中に騒ぐなよ。そんなもの霊術で回復すればまた生えてくるだろうが。


「んー、なんなのアレ」

「異世界人は温室育ちだからな。来たばかりの奴はちょっとの痛みですぐに騒ぐ」

「いや、腕を斬られたらそりゃ叫びたくもなるけど、さっきまでの自信はなんだったの?」

「与えられた力を自分の物と勘違いしたイタイ奴なんじゃろ。ああいうのは外れじゃな。カズヨシはその点で言うと、大当たりじゃゾイ」


 やかましい騒音を聞き流しながら、保存食をもそもそと食い続ける。

 異世界人はああいった勘違い馬鹿が頻出するから質が悪い。おまけに特に強くなるわけでもない。普通の人間に毛が生えた程度だ。

 勇者になるような奴は、異世界人だろうがこの世界の人間だろうが、どこか大物になりそうな雰囲気を漂わせているものだ。あのヒロトという小物には、それが全くない。ただの凡人だろう。


「えっ……? ま、待て待て。そ、その剣をどうするつもりだよ? まさか、振り下ろすとか言わねえよな? そんな事したら、し、ししし、死んじまうって!」

「おぉ、戦いなんだから当たり前だろ? 真剣勝負なんだ。負けた奴は死ぬ。この世界じゃ小さな子供でも知ってるぞ?」

「や、やめ、やめろよ! こ、この扉は通すから! おい、うそ、嘘だろ!?」

「……ふん」

「まっ」



 ヒロトの首が宙を舞った。

 カズヨシの奴、異世界人の割に容赦がないな。結構こちらでの生活は長いのか?



「ウィクラテス殿」

「どうなされたのじゃ?」

「カズヨシは、この世界に来てからどれぐらい経つのだ?」

「一カ月ぐらいかのう? それほど長くはないゾイ。まぁ、姫がみっちり鍛えておるから、そこらの異世界人とは心構えからして違うのは当然じゃの。ヒョッホホ!」

「姫……。ステラマリア王女、か。少し興味が湧いてきたな」

「おっ? 本当ですかの? 実は、姫は貴公の大ファンでな! きっと会ったら鼻血を出してぶっ倒れるほど喜ぶゾイ!」

「ほほう、そうか」


 たった一カ月で、虚弱な異世界人の精神をあそこまで鍛え上げた王女か。この依頼が終わったら会いに行ってみるかな。

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