第二章エピローグ 大丈夫だよ


「…………」


 レラちゃんの表情が暗い。それもそのはずだ。あたしは気を失っていたから、話を聞いただけなんだけど……。


「ご主人様、ご主人様、ご主人様」

「レラちゃん……」


 壊れた人形のように、ただただ呟き続ける彼女。見ていて、痛々しい。


 ──少し前のことだけど、目を覚ましたあたしは、アレクサンドル卿の屋敷で寝かされていた。そして、衝撃的な話を聞かされた。


 ミリーナさんが言うには、あたしたちの戦場にゼルファビオスが現れたのと時を同じくして、あの“光神帝”……グローリアがこのイシュディアに襲来したらしい。

 街を巻き込まないために、フィオグリフとミリーナさんはたった二人で出撃。間もなくして、あたしたちがゼルファビオスに襲われている事を察知したミリーナさんは、グローリアの相手をフィオグリフに任せて、あたしたちを助けに来てくれたんだって。

 そして、戦いに巻き込まないために、あたしたちをフィオグリフの元へと強制転移させたみたいなんだけど……。


 今度はグローリアに狙われたあたしたちを、というかレラちゃんを庇って、フィオグリフが攻撃を受けて……彼の霊力が消え去ってしまった。

 つまりは──


「な~に辛気くさい顔してんのさ? スマイルスマイル、だよ。レラちゃんや。あと、プルミエディアちゃんたちもね」

「ミリーナさん……? でも──」

「でもじゃありません。フィオはこんぐらいじゃ死なないよー。ちょっと戻ってくるのに時間がかかってるみたいだけどね」

「……ご主人様の霊力が、感じられないのに、なんで、そんなこと」

「フィオの事はわたしが一番知ってるからねえ。少なくともこの中では。まぁ、長年の付き合いだからさ。大丈夫だよ」


 きっと、一番辛いのはミリーナさんだ。なのに、彼女は全くそんな素振りを見せない。それどころか、完全にいつも通りな、脳天気さを発揮している。

 フィオグリフが、死んでいない? でも、霊力が感じられないのに、そんなこと、あり得るの?


「…………」

「んもう。またそうやって黙る。まぁひとまずフィオの事は置いといて、だね。さっさとこれからの事を──」

「ご主人様の事を、置いておく? 何を言っているんですか、ミリーナ様」

「…………」


 ともすれば、フィオグリフの事を軽んじているとも取れるミリーナさんの発言に、態度に、レラちゃんが冷たい声を浴びせかける。

 対するミリーナさんは、これまでの笑顔が嘘のように、ぞっとするほど冷酷な表情を顔に張り付けたまま、無言だった。


「あなたは、何とも思わないんですか。普段はべったりなくせに、薄情なんですね」

「ちょっと、レラちゃん!」

「結局、あなたにとって、ご主人様はそんなもんなんですか」

「レラちゃんってば! ああ、もう! フィリル! あなたも死んだ顔してないで止めてよ!」

「ご主人さまは、もう帰ってこないんですよ……。だって、霊力が感じられないって事は、つまり、そういう……事じゃないですか……」

「フィリル……」


 怒声を浴びせ続けるレラちゃんと、今にも自殺してしまいそうなほど絶望した様子で、弱く呟くフィリル。

 なんだか、あたしまで沈んでくる……。


「だいたい、あなたがわたしたちを強制転移なんてさせなければ、ご主人様は、今頃……」

「結局、足を引っ張っただけ、なんですよね。私も、レラちゃんも……プルミエディアちゃんも」

「あ……」


 そう、そう、なのよね。フィオグリフは、あたしたちを庇って、あたしたちを守るために、グローリアから攻撃を受けたのだから。


「…………」

「……黙ってないで、何とか言い返したどうだ!!」


 ついに、完全に素のレラちゃんが顔を出した。敬語が抜けただけで、迫力が段違い。


 それに対して、ミリーナさんは──。


「言いたい事はそれだけかな? じゃ、今後の予定について話し合おっか。済んだことをグダグダ喚いても仕方ないでしょ? たらればを語ることに、何の意味があるの? 過去を女々しく引きずるなんて、バカみたい」

「な……ッ!?」


 冷酷な表情のまま、彼女はそう言い放った。あまりにもあんまりな返しに、レラちゃんも、あたしも、フィリルも、言葉を失う。


「今回の一件は、キミたちが弱かったのと、フィオが弱体化してたのが悪かっただけ。キミたちはともかく、フィオに関しては予想外だったけどね。まさかグローリアにやられるとは思わなかったよ」

「あんたは……ッ!!」


 激昂したレラちゃんが、壁に勢いよくミリーナさんの背を叩きつけた。あたしは、止めることができなかった。ううん、止める気に、ならなかった。


「ああ、そう! 普段はべたべた馴れ馴れしくしてるくせに、本当はご主人様なんてどうでもいいのね! ただ単に、目的を達するための道具としか、思っていないんだッ!!」

「そうです! 今の言い草は、あんまりですよ! ご主人さまが浮かばれませんッ!!」

「ミリーナさん、ううん、ミリーナ・ラヴクロイツ! あんたは、何がしたいの!? 何のために、フィオグリフに近付いたのよ!」


 あたしたち三人が、ミリーナに対してため込んでいた不信感が、爆発した。そうよ。フィオグリフが嬉しそうにしてたから、気付かない振りをしてたけど、土台おかしいわ。どうして、自分を殺した相手とそんなに仲良くできるの? 明らかに怪しいじゃない。


「…………」

「都合が悪くなれば、まただんまり!? そっちがその気なら、こっちだって!!」


 レラちゃんが霊破銃を抜き、ミリーナに突きつけた。フィリルも構え、あたしも剣を呼び出し、構える。


 途端に、場が殺気立つ。そして、ミリーナは……。


「若いねぇ」

「……は?」


 武器を三人から突きつけられているにも関わらず、穏やかな笑みを浮かべて、そう言った。


「そんなに怯えなくても、大丈夫だよ。フィオは、必ず帰ってくる。ちょっと、時間がかかっているだけ。でも、だからこそ、彼がいつ帰ってきても大丈夫なように、わたしたちで舞台を整えておかないといけない。あなたたちが本当にフィオの事を思うなら、ここで揉めている時間なんて、無いんじゃない? まあ、わたしの言い方が悪かったのは認めるけどね」

「な、何を……」

「そ、そんな都合のいいことを言ったって、騙されませんよっ!」

「そ、そうよ!」


 あまりにも冷静な彼女に、思わず動揺が広がる。う、ううん。だめ。信じちゃいけない。信じられるわけ、ない。


「……頑固だなぁ、もう。じゃあ言うけど、もしフィオが本当に死んだのなら、レラちゃんとフィリルちゃんも、とっくに死んでるはずじゃない? 忘れたのかな。あなたたちは、フィオの正式な奴隷なんだよ?」

「「──あ……」」

「…………な、なんというか、その……」


 ずばりその通りだった。そうだ、主であるフィオグリフが死んだのなら、彼の奴隷である二人も、とっくに運命を共にしているはずなのよね。奴隷ってそういうものだったわ。

 動揺しすぎて、そんな基本的な事すら忘れていたみたい。


「納得いったかな? じゃあ、さっさとやることやっちゃうよー。さ、席に着いた着いた!」

「……じゃ、じゃあ、その……」

「ん? うん。だから言ったじゃんか。フィオは生きてるって。それに、わたしがフィオを利用なんてするわけないでしょー。信じられないのも無理はないけどさ、さすがに傷つきますよ、わたし」

「「「…………」」」



 あたし、最低だ。



「ミリーナ様、ごめんなさいっ!! ああ、なんてお詫びすればいいのか……! 私、ご主人様に合わせる顔がありませんっ!」

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!! 一番辛いのはミリーナさんのはずなのに、私なんて酷いことを! ごめんなさい~!」

「ミリーナさん、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。ああ、足を引っ張るだけじゃ飽きたらず、仲間を疑って剣を向けるなんて、あたしって、本当……」


 完全にあたしたちが悪かった。当然、全力で土下座する。本当なら、まとめて斬り捨てられていてもおかしくないわよね……。


「んふふ、気にしない気にしない! むしろ、ちょっと嬉しかったからさ~。ああ、フィオにも本当に仲間ができたんだな、って。あの人のためにあんなに怒ってくれて、ありがと。これからも、仲良くしてあげてね?」

「「「…………!」」」



 あなたが女神か。そう思わずにはいられないほど、ミリーナさんが輝いて見えた。心なしか、後光が差しているようにすら思える。



 が。



「あ、フィオが帰ってきたら、教えてあげなきゃね」

「ん?」

「何をです~?」

「い、嫌な予感……」

「キミたちが、わたしに武器を突きつけてきたんだよ~って」

「「「ごめんなさい、それだけは勘弁してください」」」


 やばい。確実に怒ってる。怒ってるよ、この人。そ、そりゃそうよね。普通に考えて、怒らないわけ無いわよね。


 良い笑顔で死刑宣告を突きつけてきたミリーナさんに、必死で懇願する、あたしたちなのだった。

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