第三章エピローグ 戦乱の兆し


 真っ白な空間で、絶世の美少女がその身体を晒し、控えめな大きさの風呂に浸かっていた。その手には、膨大な文字と、“写真”で彩られた紙が握られている。


「ははは、あのフィオグリフが英雄様か! うむ、うむ! そうだな、そうだとも! 人間たちもよくわかっているではないか!」


 彼女が見ているのは、俗に“新聞”と呼ばれるものだ。それの一面には、初代勇者と愉快な仲間たちに囲まれ、無表情でピースをしているフィオグリフの写真がデカデカと飾られていた。


 〈新たな勇者降臨!?〉という見出しがあり、そこを読むと、聖バルミドス皇国を襲ったアンデッドの軍団を、“新進気鋭の超美形ハンター”フィオグリフとその仲間たちが、バッタバッタとなぎ倒し、皇国を救った、と言うことが書かれている。


「お、勇者ディアルド一行の死亡も、ようやく確認されたか。これで奴らも間違いなく動くだろう」


 フィオグリフという新たな英雄が生まれたからか、あくまで“行方不明”という扱いだった勇者の死が、全世界に公表された。その情報提供者は、ハンターズオフィスの総支配人、レイグリードだ。


「くくく、まさかその英雄様こそが勇者を殺した犯人だとは、誰も思うまいな。さすがにフィオグリフの仲間たちは気付いているだろうが、果たしてどうなるやら」


 バチャバチャと足をばたつかせながら、楽しげに笑う、『光神帝』グローリア。神の長である彼女ならば未来を読むことも容易いが、それではつまらないので封印している。暗黒神も同様のことが可能だが、やはり封印している。理由も同じだろう。案外、似たもの同士である。


「さてさて、そろそろ彼の所へ行くか、それとも雑用を済ませてしまうか……」


 風呂から上がり、真っ裸で思案する美少女。腕を組み、頭を悩ませるその様は、どことなくおっさんくさい。残念な人……いや、神である。


「よし、決めたぞ! どうせ見るなら、できる限り面白い方がいい!」


 底抜けに明るい笑顔を浮かべ、時空の壁をぶち抜くグローリア。そして、ようやく自分のあらぬ姿に気が付く。


「お、おお、いかん。こんな風貌で人様の前に出てしまっては、まずい。余のもらい手がなくなってしまう」


 既に手遅れである。というか、この神様は、自分が結婚できるとでも思っているのだろうか。とんだ夢想家である。

 一瞬で作り出した煌びやかなドレスを纏い、今度こそ空間を越える。果たして、その向かう先は……?




 独立都市、グランバルツ。その地下には、一般には公開されていない“秘密の場所”があった。


「レイグリードさん、本当に、ディアルドさんは亡くなったんですか?」

「……えぇ。“煉獄”で、彼とそのお仲間方の遺体を発見しました。僕自身、確認済みです」

「そう、ですか……あのディアルドさんが……」


 ハンターズオフィスの総支配人であるレイグリードと会話をしているのは、黒いロングコートと、程々に整った顔立ちに、服の上からでも確認できる筋肉を持つ、黒髪の青年だ。

 青年の後ろには、クリーム色の長い髪を持つ、どこぞの貴族令嬢ではないかと思わせる程の美少女が立っている。更に、その隣にも、同じくクリーム色の、長いサイドテールが特徴的な美少女が居た。二人の美少女は顔がよく似ており、血の繋がりを感じさせる。


「こうなると、遠からぬ内に戦争が起きてしまうでしょう。二つの大国を抑えていた方が、亡くなってしまったのですから」

「……やはり、公表するのは避けた方がよかったのでは?」

「そうかもしれません。ですが、行方不明で押し通せるほど、単純な問題でもないのです」

「それは、たしかにそうかもしれないですけど」 

「聖バルミドス皇国も、フリヘルム王国も、そしてその他の国々も、独自にディアルド殿の生死を探っていましたし、どの道露見するのは時間の問題でしたよ」

「…………」


 苦笑いと共に呟くレイグリードの言葉に、青年は押し黙るしかなかった。確かに、勇者というほどの大物の死は、いつまでも隠しておけるものではない。


「そうなると、やはり、アレが……」

「そうですね。近々起こるであろう大戦で、世界は大きく変わるでしょう。あなた方にとっては複雑な思いでしょうが……」

「いえ、アレが世に出てしまうのは、俺の、俺たち“アイフィオーレ”の責任です」

「カイト君……」


 思わず青年の名を呼ぶ、レイグリード。そして、しばらくの沈黙を挟んだ後、青年は椅子から立ち上がった。


「レイグリードさん」

「ええ」

「俺たちは、会ってみようかと思います。その、新たな英雄……フィオグリフさんに」

「そうですか。彼なら、あなた方のアレを見れば、とても喜ぶと思いますよ。僕が恐怖を感じるほどの力を持ってはいますが、彼はとても純粋な人ですから」

「ふふ、話を聞いているとなんだか、まだ会ってもいないのに親近感が湧いてしまいますよ」

「そうですか。まぁ、あなた方なら大丈夫でしょう。きっと、彼と仲良くなれるはずです」

「ええ、そう願っていますよ。それでは、これで失礼します。しばらくお会いできないでしょうから、どうかお元気で」

「はい。カイト君も、ミリル君も、レミル君も、お元気で。近くに来たら是非とも寄ってくださいね」


 別れの挨拶を済ませると、青年は二人の美少女を引き連れて、その場を去っていった。それを見届けたレイグリードも、“霊機人製造工場”へと、去っていく。




 フリヘルム王国の王都にある巨大な酒場で、四人のハンターがテーブルを囲っていた。別に、それ自体はなんて事はない。どの街でもよく見かける光景だ。


「はぁ、なんだか最近またあの目に晒されるようになっちゃったわね……」

「仕方ないヨ。クリスは目立つかラ」

「あらあらぁ? むしろ、アタシの肉体に惹かれてるのかもしれないわよぉん?」

「無い」

「ばっさり切られたわねぇん……」

「こればっかりは、慣れないなぁ」

「美少女特有の悩み」

「うぅ……」


 問題は、そのメンツである。まず、長い銀髪が特徴的な、しかも同性ですら見蕩れてしまう程の美少女が一人。はちきれんばかりの胸を誇り、美しい鎧を纏い、細長い剣を腰に差した、“姫騎士”とでも評するのが適切なその風貌も、彼女をより美しく、可憐に見せている。

 続いて、何やら軽く片言気味な、それでいて仮面をつけている、怪しさ満点の少女。よくよく見れば全身にナイフが据え付けられており、恐らくは外からは見えない所にも隠し持っていると思われる。が、露出がきわどく、それでいて肌を見せすぎない服を纏い、それでいてなかなかに悩ましい肉体を持っていて、案外男たちの目は煩悩に満ちていた。

 そして、地味に銀髪の美少女に次ぐほどの注目を集めているのが、左半分は金、右半分は銀という、独特すぎる色をした髪の少女。しかしその顔はかなり整っており、スタイルも良い。多少スケベな目で見られてしまうのも納得である。

 最後に、彼女たちとは別のベクトルで注目を集めている、筋肉質な肉体と、鍛冶屋でも営んでいそうな厳つい顔をした、女言葉を操る……男性。美少女三人と行動を共にするには、少々違和感がある。いや、少々どころではない。違和感バリバリだ。


「やっぱり、これが原因なのかな」

「勇者が死んだシ、皇国もアンデッドの襲撃で弱ってル。まさに千載一遇のチャンス」

「まぁ、お国の皆様はそう考えてるんでしょうねぇん。十中八九、戦争が起きるわよぉん」

「だから知らん人が増えた」

「王国に雇ってもらおうっていう魂胆なんだろうけど、あんまり新参が増えちゃうと面倒よね。わたしたちを見る目が」

「いや、アレらの先に居るのはクリスだケ」

「うっ……そ、そんな事無いわよ」


 クリスと呼ばれた少女は、自分たちに向けられている邪な視線を感じとり、深くため息を吐いた。ちょっと前まではこんな事はなかったのだが、また逆戻り・・・してしまった。


「それで、クリスちゃあん。アタシたちはどうするのぉ?」

「どうしようかなぁ。戦争に参加するとなると、お偉いさんの指示に従わなきゃいけないわけでしょ?」

「そうなったラ、確実にあの豚が手を回してくル。少なくともクリスはアレの側に拘束されるはズ」

「やはり屠殺するべき」

「や、やめなさいよ。いくらなんでも、相手の立場が厄介すぎるわよ」

「そうなると、やっぱり国を移るのが無難かしらぁん」

「うーん……どうしよう」

「あんまり悩んでるト、そのうち戦争に巻き込まれて身動きが取れなくなるヨ?」

「そうなのよねぇ」


 彼女たちは、同時に深いため息を吐いた。一人を除き、まだまだ若いのだが、何かしらの厄介事を抱えているようである。

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