9話「入学式」

 ピピピピピピピピ・・・・・・!!!


「ふぁ~・・・・・・。」


 けたたましく鳴り響く電子音にまだ眠っている身体を動かす。

 目覚まし時計のボタンを押してアラームを止めた。


 ・・・・・・ピッ!


 日本ではよくある四角いシンプルなアナログ時計だ。

 魔力で動くという点を除いては。


 時刻は七時半。


 周りを見ると全員がもぞもぞと起き出している。

 ・・・いや、ヒノカの布団は畳まれており、既に起きているようだ。


「ふぁ~~。」


 もう一度大きく欠伸をして布団を片付け始めた。

 電子音に聞きなれない為か、不快そうな顔をしているのリーフとニーナ。


「おはよう。酷い音ね・・・、あれは。」

「うん、あんなにうるさいなんて・・・。」


「まぁ、人を時間通りに起こす為の道具だからね。」


「時間通り・・・ね。私の村には時計なんて無かったわ。日が昇れば起きて沈めば眠っていたもの。」

「ボクのとこも無かったよ。必要ないんじゃない?」


 この世界で時計はほとんど普及していない。

 精々街に一つ時計塔が建てられているくらいだ。

 その点を踏まえればレンシアの街での普及率は異常だろう。

 各家庭とまではいかないが、ほとんどの飲食店に時計が設置されている。


「ん~まぁでも、ここで暮らすならやっぱり必要だと思うよ。」


 不機嫌顔で問うて来たのはフィー。目覚まし時計は不評なようだ。


「・・・・・・・・・どうして?」

「学院の授業は決められた時間に始まるからね。特に朝の最初の授業に遅れないようにしないと。」


 リーフが諦めたような声を出す。


「はぁ・・・、そういうものなのかしらね。」


 ニーナとフィーはまだ眠そうだ。


「でもまだ眠いよ~。」

「ふぁ・・・・・・。」


「ん~、まだ時間には余裕があるからもう少し寝ててもいいよ?」


 その言葉に再び眠り始める二人。


「じゃあそうする~・・・zzz」

「・・・・・・・・・スヤァ。」


「リーフも寝てていいよ?」


 太陽の光に目を細めながら答えるリーフ。


「いえ、起きるわ。大体いつもこのぐらいに起きているし。」


 フラムも起きていたようで、俺たちが話している間に布団を畳んでしまったようだ。


「ぁ、あの・・・・・・お、ぉはよう。」

「おはよう、フラム。」

「あなたも起きていたのね、おはよう。」


 決意を込めたような表情でフラムが口を開く。


「ぅ、うん・・・。きょ、今日、頑張ろぅ・・・ね。」

「そうだね・・・って言っても今日は入学式だけだからそんなに気を張らなくていいよ。」


 そう、今日はついに入学式。

 これから学校生活の始まりなのだ。


「聞いたところによると、試験があるらしいわよ。」

「え・・・、そうなの?」


「私も聞いただけだから詳しい事は分からないけど、毎年やっているみたい。新入生の実力を測るためのようね。」

「それなら大丈夫かな・・・。」


 と言っても、今から出来る事なんて殆ど無い。

 諦めて適当にやるしかないだろう。


 リーフ達と会話していると、部屋の扉が開いた。

 ヒノカが帰ってきたようだ。


「皆、起きていたのか。」


「おはよう、ヒノカ。」

「あなたはいつも早起きね、おはよう。」

「ぁ・・・おはよぅござい・・・ます。」


「ああ、お早う。朝食はもうすぐ出来るぞ。」


 仄かに鼻腔をくすぐるのは味噌汁の匂い。

 今ではすっかり調理担当になってしまったヒノカ。

 というのも、一度ヒノカが作った味噌汁が美味しかったので、「毎朝キミの作った味噌汁が飲みたい。」と言ったら「構わんぞ。」との返答を頂き、それ以来本当に毎朝作ってくれている。

 毎朝の鍛錬後に市場で食材を買い、それから料理に取り掛かる。


 長い黒髪を結わえ、料理をする後姿、あれは素晴らしいものだ。

 元々家で料理をしていたこともあり、調理器具の使い方を覚えてからは専らヒノカが料理を担当している。


「じゃあ、とりあえず朝食だね。」

「そうね、顔を洗ってくるわ。」

「ゎ、私・・・も。」


 洗面所から戻ると、フィーとニーナが匂いに釣られて起き出してきていた。

 全員でテーブルに着き、賑やかな朝食を終える頃にはちょうど良い時間になっていた。


*****


 入学式の為に、全員が制服に着替える。

 薄いブラウンのブレザーに深い緑のスカート、胸には赤いリボン。

 ブレザーの襟元には学年を示すバッジが付いている。


 制服の少女達に囲まれ、感嘆の声を上げる俺。


「おー、皆似合ってるね。」


「アリス・・・、貴女のは少し大きいようだけど。」

「一番小さいのがこれだったんだ。」


 流石に俺くらいの年齢に合うサイズは無く、今着ているものもブカブカなのだ。

 まぁ、多少は動き辛いが問題はないだろう。


 フィーは俺の頭を撫でたあとにぎゅっと抱きつく。


「これはこれで可愛いね。」

「ふふっ・・・確かにそうね、似合っているわアリス。」


「ぁ、あの・・・フィー・・・ゎ、私にも・・・させて。」


 キラキラと輝くフラムの視線が怖い。


「・・・・・・はい、どうぞ。」


 とんっ、とフラムの方へ背中を押された。

 今度は奇声を上げるフラムに抱きつかれる。


「はぅ~~~!!」


 キッチリと制服を着こなしたヒノカが、そんな俺達に告げる。


「そろそろ時間だぞ、皆。」


 言われて時計を見ればもう30分前だ。

 俺達は急いで学院の講堂へ向かった。


*****


「―――で、あるからして、君たち若者の未来は―――」


 お決まりの長い挨拶である。

 白い髭を蓄えた恰幅の良い老人。

 それが学院長と名乗った人物で、今も挨拶が続いている。


 さっきも同じ事を言っていたような・・・。

 学院長の話がまたもや架橋に入る頃、一人の職員が学院長に耳打ちする。


「ちょっと話し過ぎてしまったようじゃの。これで私の挨拶は終わらせてもらうよ。新入生諸君、ようこそレンシア魔術学院へ。」


 パチパチと拍手が起こり、学院長は舞台裏へと消えていく。

 拍手の音でフィーとニーナは目を覚ましたようだ。


 それから一通りのプログラムが終わると、8~10パーティ毎に教室に集められた。

 これが1クラスとなるようだ。

 クラス内の年齢は様々だが、身なりの良い10代前半が多い。

 貴族や商人の子供達だろう。


 次いで10代~20代前半。

 冒険者として均していたのだろう、身体が鍛えられているのが制服越しでも分かる。

 彼らはルーナさんのように魔法騎士を目指しているようだ。


 寮内ですれ違った事のある顔もチラホラと。


 入学式では見掛けたが、30代以降の人は居ないようだ。

 極力年齢の近い者同士を集めているのだろう。


 そんな中でも当然俺達は目立つ。

 というより俺が目立ってしまっている。

 まぁ、当然と言えば当然だろうが・・・。


 気分は飛び級で高校に来た小学生だ。


 ガラリ、と教室の扉が開き、入ってきた女性に注目が集まる。


「はーい、皆さん静かにしてくださいねー。」


 大きな栗色の瞳と、編んで後ろに垂らした長い栗色の髪が印象的だ。

 少しふっくらとした身体からは母性が滲み出ている。

 間延びしているがよく通る声に、皆の会話がピタリと止まった。


「はい、よくできましたー。私はフリアンナ、皆からはアンナ先生って呼ばれてるわ、よろしくね。」


 挨拶も早々に、生徒達に紙と鉛筆を配っていく。


「それでは早速、今から簡単な試験を行いまーす。これ後ろに回していってねー。」


 配られた用紙を見ると、試験というよりはアンケートのようだ。

 【魔法の知識はどの程度か?】【得意な魔法は?】などの項目が並んでいる。

 答えられるものだけ書けばいいようなので、適当に埋めていく。


 そして最後の設問。


『あなたは日本人ですか?』


 日本語でそう書かれている。


 どう答えるか、少し考えてしまう。

 他にも転生者が存在するとは転生時に聞いたが、こんな大胆にコンタクトを取ってくるとは。


 こんな設問を出すということは魔術学院の関係者に転生者がいるのだろう。

 それも結構な地位に。

 これに答えてしまえば余計なしがらみが増えてしまいそうではあるが、同郷の人間に会ってみたいという気持ちもある。


 そこまで考えてふと思い出した。


 この異世界に来た”理由”。

 それはこの設問を作った彼、ないしは彼女も同じ筈だ。


 そう考えると親近感が沸いてくる。


 それにスーパーマーケットで売っている様々な物も開発して、手に届くようにもしてくれているのだ。

 まぁ、少し高いが・・・。多分あの値段でも利益は出ていないだろう。

 会って礼を言う、くらいはしたいものだ。


 腹を決めて最後の設問に筆を走らせ、日本語で『チャリで来た。』と答えた。


*****


 時間になり、アンナ先生が全員に告げた。


「書けた人は裏返してここに出してくださいねー。」


 教卓に置かれた箱に用紙を提出する。


 周りの視線が痛い。

 幻術とか練習しておくんだったと後悔してしまう。

 出来るかは分からないが。


「はい、これで全員ですね。では次に授業の説明をしていきまーす。」


 教室に黒板とチョークの擦れる音が響く。


「この学園の授業は基礎学科と選択学科に分かれています。」


 アンナ先生の説明が続く。


 基礎学科は、読み書き算術など。この授業は午前中に行われる。

 まぁ、本当に基礎になるものだ。

 この世界では義務教育なんて無いからな。


 次に選択学科。こちらは午後の授業だ。

 文字通り複数の学科から一つを選択して二年間学ぶ事になる。

 三年になればまた別の学科を選択、という訳だ。


 ただし、選択学科には定員が決まっており、オーバーすれば試験。

 落ちれば別の学科を選択しなければならない。


 それを一次~三次まで繰り返す。

 三次までに決まらなければ不人気学科に自動で割り当てられる、と言った具合だ。


 アンナ先生がパン、と手を鳴らした。


「はい、駆け足でしたが受講についての説明は以上でーす。質問のある人ー?」


 シーンと静まり返る教室内。

 定員人数の話から気が気でない者が多いようだ。

 特に魔法騎士学科を狙っている人達。

 ま、俺は受けようと思っていないので関係ないが。


「はい。」

「そこのちっちゃくて可愛い子、何かなー?」


「学院案内で読んだんですけど、アンナ先生は魔道具科の先生ですか?」

「素晴らしい質問をありがとう!そうです、私は魔道具科を担当していますよ!見学会には皆さんも是非、足を運んで下さいね!」


「見学会?」

「おーっと、そっちの説明はまだでしたね。」


 再び先生からの説明。


 見学会とは、明日から三日間行われる各学科の説明会の事だ。

 それが終われば一次願書の受付が始まる。

 仔細は学内の掲示板に書かれているらしい。


「分かりました、ありがとうございました。」

「いえいえ。はい、他に質問ある人いませんかー?」


 再び静寂を破る者は現れない。


「大丈夫みたいですね。じゃあ今日はこれで終了。明日からは自由に学科を見てくださいねー。ではでは。」


 すたすたと教室を出て行ったアンナ先生。

 教室内は先程とはうって変わり、騒がしいほどだ。


 ニーナがメンバーを見回しながら尋ねる。


「ねぇ、皆は見学会どうするの?」


 ヒノカが先陣を切って答え、それにフィーが続く。


「ふむ、まずは戦術科を見たいな。」

「わたしも。」


 続いてリーフとフラム。


「私は魔術科を見に行くわ。」

「ゎ、私も・・・魔術科・・・。」


 次に言いだしっぺのニーナ。


「ボクはやっぱり魔法騎士科かなぁ。アリスはどうするの?」


 最後は俺か。

 とりあえず学科は決めてある。


「魔道具科かな。」

「えぇー、皆バラバラじゃん。」


 まぁ、それぞれ興味があるものは違うだろうしな。

 しかしフィーが戦術科とは・・・。


「見学会は三日間あるんだし、皆で順番に回ってみればいいと思うよ?」

「確かにそうだな。」

「そうね、一日あればいくつか回れると思うし、悪くないと思うわ。」


「それもそっか、それなら安心だね。」

「うん、わかった。」

「ゎ、分かり・・・ました。」


「とりあえず見学会の掲示を見に行ってみよう。どこを見学するにしてもまずは情報がないとね。」


*****


 掲示を真っ先に見に行ったニーナが戻って来た。


「はい、貰ってきたよー。」


 ニーナに手渡された分厚い冊子には【見学会案内】と書かれており、各学科の日程と時間が詳細に載せられている。

 開いてみると、かなりの数の学科があるようだ。


 ヒノカとリーフはあまりの多さに頭を抱えている。


「これは・・・かなり多いな。」

「三日じゃ全部は回りきれないわね。」


 ニーナ、フィー、フラムはそれぞれの内容に目が行っているようだ。


「料理科なんてのもあるよ。」

「魔術科と魔法科って何がちがうの?」

「け・・・、経済科・・・?」


 同好会やサークルが乱立した大学のようだ。

 それでも人が集まる所は決まっている。


「人気所はやっぱり魔法騎士科、次いで剣術科、魔術科、戦術科辺りかな?」


 俺の言葉にリーフとヒノカが反応する。


「その辺りね。人気のある所は後回しの方が良いんじゃないかしら。」

「それなら、アリスの魔法道具科からだな。」


「そうね。初日の朝にもあるし、ちょうど良いと思うわ。」


 そう考えれば自然と残りが決まる。


「そうなると次は時間的に魔術科、戦術科の順で二日目の朝に魔法騎士科になるかな。」

「ええ、それ以降はその時に考えましょう。」


「それなら剣術科も見れそうだな。」

「うん、そうだね。魔法騎士科の後に行けるし、人気所は網羅しちゃおう。」


 次々にスケジュールが埋まる中、話に参加出来ない三人。


「ぁ、あの・・・、私たち・・・話に参加しなくていい、の?」

「ボク難しいのよく分かんないし、アリス達に任せておけば大丈夫だよ。」

「うん、もんだいないよ。」

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