6話「おしごと」

 冒険者の試験を終えてから数日。

 三人は今、俺の指導の下、部屋で箸の練習中だ。


「くっ、難しいな・・・。」

「う~、なんでこんなのでつかめるのー?」

「むぅ~・・・。」


 練習方法は豆の代わりにビスケットを小さく割って小皿に載せ、もう一方の小皿に箸で移す、というよくあるものだ。

 ヒノカはともかく、フィーとニーナは覚える必要ない筈なのだが、諦める気配は無い。

 現在は数日練習してきた成果もあり、三人ともなんとか様になってきている。

 ヒノカの箸の持ち方も矯正できたので、あとは慣れの問題だろう。


「皆持ち方もちゃんと出来てるし、あとは慣れだね。というわけで、一応練習は今日で終わりね。」


「うむ、そうだな。世話になった。」

「はーい。」

「うん、分かった。」


 各々片づけを行い、テーブルに着き直す。

 退屈そうにニーナが会話の口火を切る。


「んー、今日はどうしよう?」

「ふむ、折角冒険者になれたのだ、そろそろ依頼を受けてみないか?」


「おお、いいねー!」


 確かに、あれからギルドにも行っていないし、ちょうどいいかもしれない。


「そうだね、依頼の確認をして、いけそうなのがあれば受けよう。」

「よっし、じゃあさっそく行こう!」


 ニーナがバッと立ち上がり支度をはじめる。元気だなぁ。


*****


 学生用掲示板前には学生がちらほらと居る。

 依頼は残り少なく、面倒そうなものしか残っていない。


 冒険者用の掲示板前には人がいない。

 もっと早朝に依頼を受けて出ているからだ。

 それでもランクの低い討伐系の依頼はまだ残っている。

 それだけこの街周辺には魔物が多いということだ。


「うーん、やっぱり討伐系かな。」

「しかし、討伐系だと私達のランクが足りないようだが?」


「私が受ければ良いだけだから、大丈夫だよ。」

「ふむ、それならランクCまでの依頼を見ていけば良いのだな。」


 俺とヒノカは掲示板と睨めっこしながら依頼を厳選していく。

 ニーナは依頼書の文字を読むのに飽きたのか、早々にリタイアして休憩スペースで焼き串を頬張っている。

 フィーはニーナに付き合わされている。


「これがいいかな。やった事もあるし。」


 俺は一枚の依頼書を手に取った。

 内容はレンシア周辺の森でヴォルフ10体の討伐。

 長い髭をもった狼のような魔物だ。


「アリスはその魔物を知っているのか?」

「うん、お父さんと一緒に狩った事があるよ。」


 エルクと狩りを行った時はかなり楽に終わらせることができた依頼で、報酬もよかったのを覚えている。


「ふむ、それならこの依頼でいこう。」


 ヒノカの了解も得られる事が出来たので、依頼を受けた。

 フィーとニーナとも合流し、ギルドを出る。


 ギルドを出た所でヒノカが俺の方を見る。


「さて、これからどうするんだ?」

「必要なものがあるからとりあえず買い物かな。」


「ではまずはスーパーか。」

「いや、あそこには売ってないと思うから街を回らないとね。」


「・・・一体何を買うつもりなんだ?」

「ちょっと特殊な肉を。ヴォルフを誘き寄せるのに使うんだ。」


 そんな会話をしながら街を散策し、目当てのものを購入した。

 鼻をつまみながらニーナが一言。


「うわー・・・、すごい臭い・・・。」

「ヴォルフがこの臭い好きみたいなんだよね。これを持って森へ行けばすぐにヴォルフが襲ってくるよ。」


 合点のいったヒノカが頷く。


「なるほど、そこを撃退するのか。」

「そういう事。あとは寮に戻って野営の準備かな。出発は明日の朝でもいいけど、どうする?」


 ニーナの返答と、それに同調する二人。


「こんな臭いの部屋に置いておきたくないし、すぐ行こう!」

「そうだな・・・。」「うん・・・。」


「分かったよ。準備できたらすぐ行こう。」


*****


 支度を整えた俺達は、街から出る。

 街門はギルド証があればあっさり通れるので便利だ。

 外壁の周りは街道部分以外は木々に覆われており、すぐに森になっている。


 街門を出たところでフィーとニーナがはしゃいでいる。


「ふふふ、これから冒険だね!」

「うん、楽しみ。」


 周りを見ながらヒノカが問いかけてくる。


「すぐに森に入るのか?」

「いや、少し街道を進んでからにしよう。街の周りだと迷惑が掛かるかもしれないしね。」


「ふむ、それもそうか。ならゆっくりと進むとしようか。」


 それぞれの荷物を背負い、街道を歩き出す。

 一時間ほど進み、一度足を止める。


「この辺でいいかな、そろそろ森に入ろう。」

「ああ、分かった。」

「りょうかーい。」

「うん。」


 森の中は視界が悪く、腐葉土となっている足場は柔らかくなっており、油断していると足をとられる。


 しばらく森の中を進み、荷物を開けて肉を取り出した。

 鼻をつまんで退避するニーナ。

 その後ろにフィーが隠れた。


「うっ、やっぱり臭い!」

「うぅ~。」


 俺は土で棒を作り、その棒に肉を突き刺す。

 しっかり刺さった事を確認して、肉が上に来るように棒を持ち上げた。


「これでしばらく森を歩いていればヴォルフが寄ってくる・・・はず。」

「ふむ、少々臭うが仕方あるまい。」


 肉を掲げたまま更に森の奥へと入っていく。

 十分も経たないうちに俺たちは包囲されていた。


「・・・少々多くないか?」


 パッと見ただけでも20頭は越えている。


「うーん、ちょっと集めすぎたかも・・・。とりあえず肉はもう要らないね。」


 俺は魔力の炎を操り、肉を焼却した。

 突如上がった火柱にヴォルフ達は一瞬怯むが、立ち直ると敵意を剥き出しにして徐々に包囲を狭めてくる。


「どうするのだ?流石にこの数は不味いぞ?」


 音もなく刀を抜いて構えるヒノカだが、若干焦りの色が見える。

 ニーナとフィーはいつも通り、気負った様子もない。


「がんばろ、フィー!」

「うん。」


 ニーナとフィーは鞘から剣を抜き、正眼に構える。訓練用の剣を。

 二人とも村から持ってきた訓練用の刃を潰した剣を構えているのだ。


 戦闘用の武器を渡すのをすっかり忘れていた。

 幸い、足元には土が豊富にある。隙を見て創るしかないようだ。


 俺は地面に手を着き、魔力を操って若干広い場所に土壁を作り出す。


「皆、壁を使って背後を取られないようね!」


 そう叫んで俺は壁に駆け寄り、背を付ける。

 俺が動いたと同時に三人も動き、ヴォルフ達が一斉に襲い掛かってきた。

 もう一度地面に手を着き、今度はドーベルマンのゴーレムを三体作り出して三人のサポートを行うよう命令する。


 ヒノカが刀を一閃すると、ヴォルフの胴体が綺麗に斬り分けられた。

 流れるように身体を捌きヴォルフの攻撃を紙一重で躱し、その刃がまた敵を屠っていく。


 ゴッ!!

 ニーナの振るった剣がヴォルフに直撃し、鈍い音を立てる。


「”風切ウィルディン”!」


 衝撃で大きく態勢を崩したヴォルフに風の魔法で追い打ちをかける。

 動けないヴォルフはその身で魔法をまともに受け、首を切り落とされた。


 ボギィッ!!!

 ニーナよりも更に嫌な音を奏でているのはフィーだ。

 全身を強化し、風よりも速く間合いを詰めて剣を振るう。

 フィーの速度に対応できないヴォルフ達は成す術なく、フィーの剣によって真っ二つに”折”られていく。


 皆の戦いを横目に見ながら、俺はフィーとニーナの剣を地面から抜く。

 見た目は訓練用の剣と変わりないが、刃は鋭く丈夫になっているのだ。

 出来上がった剣を適当な場所にに突き刺しておく。


「お姉ちゃん、ニーナ、新しい剣作っておいたから!」


 二人に声をかけ、俺も刀を抜いて臨戦態勢に入った。

 まだ様子を窺っている群れを見つけるとそこへ突っ込んで行く。

 同時にヴォルフ達もこちらへと向かってくる。

 間合いに入れば触手で串刺しにし、撃ち漏らしたものは刀で首を刎ねていく。


 20頭ほど倒したあたりで何匹かのヴォルフが遠吠えを行う。


「「「ウオォォォーーーーン!!」」」


 それを皮切りにヴォルフ達は反転し、撤退を始めた。

 俺たちは群れの撤退を邪魔せず静観し、辺りに気配を感じられなくなったと同時に息を吐く。

 各々警戒を解き、肩の力を抜いた。


「ふぅ・・・、撤退してくれて良かった。」

「そうだな、あの数は流石に肝が冷えた。」


「あ~疲れた~。」

「・・・うん。」


「でも大変なのはこれからだよ・・・。」

「どういう事だ?」


 俺は周りを見渡して答える。


「とりあえず、牙を集めて使えそうな毛皮を剥がないとね・・・。」


 同じ様に周りを見渡した三人は同時に溜め息を吐くのだった。


*****


 陽はすっかり落ち、焚き火の明かりが周りを照らしている。

 テントと結界を張り、野営の準備は万端だ。


 ニーナの言葉が暗い森に吸い込まれていく。


「あ~、もう毛皮なんて見たくもない。」


 倒した数は80頭ほど、大体一人20頭倒した計算だ。

 その内の半分ほどは毛皮が綺麗な状態だったため、毛皮を剥がし、急遽作った荷車に80頭分の牙とともに載せてある。


 先ほどまで行っていた作業を思い返し、ヒノカはしみじみと答えた。


「同感だ。」


 焚火を囲みながら会話を続ける。


「まぁ、みんな無事で良かったよ。まさかあんなに集まるとは思わなかった。ごめんね、みんな。」

「父上とも同じ方法で狩っていたのだろう?それなら仕方あるまい。」


「うん、向こうでやった時は精々15頭ぐらいしか集まらなかったんだよ。」

「まぁいいじゃん。これだけあれば結構お金になるんでしょ?」


「素材を売れば報酬と合わせて銀貨10枚は越えるんじゃないかな。」

「おぉ~、それならまたパーティーしようよ!」


「そうだね、報告が終わったらスーパーに寄って帰ろう。」

「またお菓子買わないとね!」


 さっきまでのローテンションはどこへやら、ニーナは元気だなぁ。

 フィーはマイペースにカロリー棒を齧っていた。


「おいひぃね、これ。」


*****


 レンシアのギルドの裏手にある搬入口。

 まだ早朝だというのに、人と荷物で溢れかえっている。


 納品物が多かったりする場合の為に此処が用意されているのだ。。

 流石に毛皮40枚は持って入れないので、荷車を引いてこちらに回っている。


「次の方、どうぞ!」


 どうやら俺達の番のようだ。


「お願いします。」


 依頼書と一緒に荷物を引き渡す。


「ああ、はい。どれどれ・・・。ヴォルフ10頭討伐ね。こりゃ数えるまでもないね・・・っと。」


 ポンと依頼完了の印を押され、依頼書を返される。


「素材は全部ギルド引き取りで良いかい?」

「はい、お願いします。」


 ギルド引き取りは割安だが、自分で売り歩かなくて良い為、こちらを選択する人が多い。

 俺も勿論ギルド引き取り派だ。めんどいし。

 俺の父であるエルクはコミュ力が高い為、自分で売りに行くことが多く、ギルド引き取りよりも五割増しくらいで儲ける事が多かった。

 地道な活動が大事なのだそうだ。


「全部で銀貨10枚だね。問題ないかい?」


 依頼報酬と合わせて13枚、予想通りだ。


「はい、ありがとうございました。」

「ああ、また頼むよ。報告は忘れずにね。」


 銀貨を受け取った後、俺達は正面からギルドに入った。

 早朝ということもあり、昨日よりも人が多い。

 学生が多いとはいえ、俺達の年齢だとここでも目立つ。

 ギルドに入った瞬間から多くの視線がこちらに向けられている。


 俺としては慣れたものなので、そのまま無視して受付へ依頼書を提出した。

 後ろの三人は落ち着かないようで、ソワソワとしている。


「依頼の完了確認しました。お疲れ様でした。」


 報酬を受け取り、俺達はそのままギルドを出ようとした時、目の端でこちらへと向かってくる人影を捉えた。

 こちらを見下し、高圧的な笑みを浮かべている。

 年齢的には14~16といったところか。

 絡んでくる気満々のようである。


「おい、待て・・・ゴフッ!!」


 とりあえず触手で軽く殴って黙らせた。

 ちょっと今日は疲れてるのでこれで勘弁して下さい。


「お、おい、どうしたんだよ、大丈夫か!?」


 突然膝を崩して倒れた学生を支えるパーティメンバーっぽい人。

 騒ぎの方を気付いたヒノカが心配そうに眺めている。


「誰か倒れているぞ?学生のようだが。」


 適当に答えておく。


「立ち眩みじゃないかな?」

「ふむ、勉強ばかりではいかんな。私も気をつけねば。」


 一人で納得したヒノカはうむ、と頷いている。


「あぁ、すまないな。あとはスーパーに寄って寮に戻るんだったな。」

「その前にお金分けておくね。」


 一人銀貨3枚ずつ渡していく。


「余った一枚はパーティーの資金でいいかな?」


「うむ、それが良いだろう。」

「うん。」

「さんせーい!」


 そして今日も宴が催されるのだった。

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