3話「食べさせるのは慣れている」

 森の中に土で建てた小屋の空気穴から新しい陽の光が差しこみ、俺の顔を照らす。


「ん・・・・・・もう朝か。」


 もぞもぞと起き上がり身体をグッと伸ばしていると、小屋の中を二つに分断している壁の小さな窓の向こうからおずおずとした声が掛けられた。


「あ、あの・・・・・・。」


 声の方へ視線を向けると、昨日助けた女の子が小さな窓から不安そうな表情でこちらを窺っていた。

 俺より先に起きていたようだ。


「おはようございます、もう起きられたんですね。身体は大丈夫ですか?」

「えっ・・・・・・は、はい!」


「それなら良かったです。ちょっと待って下さいね、壁を消しますので。」


 俺が急造した小屋には外から侵入されないよう扉も窓も付いていない。

 ちょっとやそっとの攻撃では壊されないので見張りを立てる必要がないので便利なのだが、俺が穴を開けるなりしないと出入り出来ないのだ。

 つまり彼女は閉じ込められている状態なのだ。先に起きて壁を取っ払おうと思っていたが、そうはいかなかったか。そのせいで少し不安にさせてしまったようだ。

 一応、彼女と部屋を分けたのは用心のためである。


 まずは俺と少女を隔てる壁に手を当て、魔力を操作する。

 すると壁はぼろぼろと崩れ始め、二つに分けられていた部屋は一つになった。


「い、今のは・・・・・・土魔法?」

「まぁ似たようなものですね。それより色々とお尋ねしたいことがあるんですけど・・・・・・まずは食事にしましょうか。」


 怪我は治ったとはいえ、体力まで全快とはいかないだろう。

 それにはまず栄養を摂らせないと。


 今度は外と繋がる壁に手を当てて二人が通れるほどの穴を開け、少女の手を引いて外に出る。。

 魔物の死体だけは何とか片付けたものの、倒木なんかは殆どそのままで、まるでそこだけハリケーンが起きた様な惨状だ。

 「夢じゃなかったんだ。」と少女が呟いた。


 椅子を作って彼女を座らせ、少し離れて竈と土鍋を作る。

 倒木を片付ける際に作っておいた薪を竈の中に組み上げて魔力の種火を放り込み、風の魔法で煽って火を育てていく。

 炎が安定したら土鍋を火にかけて魔法を使って水で満たし、沸騰するまでしばらく待つ。


「・・・・・・って、何してるんですか?」


 いつの間にか少女が、俺の傍で両膝をついて手を胸の前で組み、祈るような態勢をとっていた。


「や、やはり貴方が御使い様だったのですね! 無礼をお許し下さい!」


 御使い様? どういうことだ?


「えーっと、とりあえず自己紹介しませんか? 私はアリューシャと言います。」

「も、申し遅れました! 私は巫女見習いのクアナと申します! 御使いのアリューシャ様をお迎えに上がりました!」


「私は事故でこの森に来てしまっただけで・・・・・・その”御使い”というのは人違いではありませんか?」

「そんなことはありません! 水と風と土と火・・・・・・全てを操る力。そして光色の御髪。神言の通りです!」


 普通の人なら得意不得意はあれど、それらの魔法は一通り扱えるはずだ。

 しかし彼女の言葉からすると、どうやらそうではないらしい。

 昨日の戦いぶりを見るに水の魔法は使えているみたいだが。


 それに”神言”に”光色の御髪”・・・・・・ね。

 どこかで聞いたことのあるフレーズなんですけど。


「もしかして・・・・・・その御使いって、光の使者のことだったりしますか?」

「はい、その通りです! やはり間違っていなかったのですね!」


 俺がひょんなことから発見した、絶滅したはずの種族”闇の民”。

 そんな彼らが金髪を”光色の御髪”と呼び、俺を”光の使者”だと祭り上げた経緯がある。


 しかしクアナは闇の民ではないだろう。

 彼らの特徴は青白い肌に真っ白な髪。どちらも彼女には当てはまらない。


 クアナを撒いて探索を続けるという手もあるが、そうした場合、俺を追って一人で森の中を彷徨いかねない。

 人違いであろうとなかろうと、彼女は俺を”御使い”と認識してしまっているのだ。役目を果たすまで帰ろうとしないかもしれない。

 さすがに彼女を危険に晒すような選択肢は取りたくはない。


「迎えに来たってことは、近くに人が住んでいる場所があるってことですよね?」

「はい! 私の住んでいる集落が、陽が沈む方へ半日ほど進んだところにあります!」


 それなら闇雲に探し回る必要も無いか。

 情報を集めるためにもクアナのためにも、彼女に集落へ案内してもらった方が良いだろう。


「それじゃあ食事が終わったら案内して頂いていいですか、クアナさん。」

「そ、そんな、私のことなど呼び捨てて下さい、御使い様!」


「えっと・・・・・・なら、クアナもそんなに畏まらないで。」

「そ、そういうわけには・・・・・・!」


「いいから。私は堅苦しいのはあんまり好きじゃないからね。」


 クアナの手を取って立たせ、膝についた土を払ってやる。

 服が破れているせいで白い太ももがバッチリと視界に映り、思わず目を逸らす。


「ごめんね、服破いちゃって。大事な服だったよね?」

「い、いえ! こちらこそ助けて頂いたうえに傷跡も無く治療もして頂いて、お礼こそすれ謝って頂く必要なんてありません!」


「そう言ってもらえるなら助かるよ。」


 そんな話をしていると、鍋の中はグツグツと煮えたぎっていた。

 沸騰したらそこへインベントリから乾燥させたスープの素を取り出して投入し、かき混ぜればあっという間にスープの完成。

 あとは出来上がったスープをお椀に盛り、ブロック状の携帯食をお皿にコロンと載せる。


「はい、どうぞ。こんなのしかないけど量は沢山あるから、体力を回復するためにも出来るだけ食べてね。」

「あ、ありがとうございます・・・・・・。」


 受け取ったクアナは初めは躊躇していたが、俺が食べ始めたのを見ると彼女も食事を摂り始めた。

 最初は恐る恐るといった具合に匙を動かしていたが、口に合ったのかすぐに匙の動きも良くなり、中々の食べっぷりである。

 おかわりを勧めると、顔を赤らめながらおずおずとお椀を差し出してくる姿が可愛い。

 落ち着いてきたところで食べながら彼女に話題を振る。


「クアナの住んでいるところはどんなところなの?」

「大きな湖のほとりに皆で家を建てて住んでいます。」


「へぇ、湖か・・・・・・。」


 ”塔”の周辺の地形を思い出してみるが、近くどころか遠くにも”大きな湖”なんて無かったはずだ。

 つまり、”塔”からかなり離れた場所に来てしまったということになる。


「レンシアの街って聞いたことある?」

「お、お役に立てず申し訳ありません・・・・・・。」


「そんなに畏まらなくていいってば。ちょっと確認したかっただけだから気にしないで。」


 レンシアの街を知らないとなると、かなり田舎の方まで来てしまった可能性が高い。


「じゃあ、集落に行商人が来たりはする?」

「ぎ、ぎょうしょう・・・・・・? どういう人なのですか?」


「いや、分からないならそれで大丈夫だよ。」


 マジかー・・・・・・行商人すら来ないほどの辺境ってことか。

 そうなると街道に繋がる道すらも・・・・・・。

 これは思ったより大変な事態になってそうだ。


「あの・・・・・・御使い様? な、何かご無礼を働いてしまいましたか?」

「大丈夫だよ、少し考え事をしていただけだから。それより、まだおかわり要るでしょ?」


「ぉ・・・・・・お願いします。」


 とりあえず考えるのは後回しだ。

 まずはクアナのお腹を満たしてあげないとな。

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