!@>\;話「今日が未来日」

「朝だよー起きてー。」


 身体を優しく揺すられ、ゆっくりと意識が覚醒していく。

 瞼を開くと、橙色のくせ毛がふわふわと跳ね、窓から差し込む陽の光に照らされキラキラと輝いている。

 寝ぼけ眼でそのくせ毛の主と目が合うと、ニッと唇が弧を描いた。


「やっと起きたね、アリスちゃん。」

「ふぁ・・・・・・おはよぅ・・・・・・なんでロールが・・・・・・? リタは?」


 彼女はローエルミル・ウィスターナ。15歳。れっきとした貴族の淑女であるのだが、今はイストリア家の次期当主フラムべーゼ・イストリアの専属侍女として働いている。

 上位貴族が下位貴族の者を侍従として雇うことは少なくなく、専属ともなれば重要な立ち位置となるので、しっかりと身元が保証されていることが重要なのだ。

 砕けた態度ではあるが、それはプライベートの時だけで、必要な時は見事な専属侍女っぷりを披露できる優秀な女の子である。


「ぐっすり眠ってたからもう少し寝かせようって。リタさんも他の皆ももう出かけちゃったよ。・・・・・・また夜更かししたの?」

「まぁ・・・・・・ちょっとだけ。」


「夜更かしはお肌に良くないんだからね? さ、フラムちゃんが待ってるから、早く用意しよ?」


 ロールに急かされるように寝台から起き上がると、姿見の前へ座らされた。

 正面を向くと、鏡の中にまだ眠そうな金髪で紅い瞳の幼女が映っている。すっかり見慣れてしまったが、今はこの身体が”俺”の身体だ。

 何を隠そう”俺”は、とある理由でこの異世界へ転生させられた転生者である。


 赤ん坊から過ごしてきて10年余り。

 俺の技能で稼いだお金で名門と言われる魔法学院に入学し、そこで出会った一人の少女と結婚するに至った。いわゆる同性婚というやつだ。

 珍しくはあるが貴族では普通のことで、家の繋がりのためだとか、優秀な血を取り込むためなど理由は様々ある。俺の場合は平民の出なので、後者の方。

 そしてその結婚相手というのが、イストリア家の次期当主フラムべーゼ・イストリアその人である。


 ロールが寝ぐせで乱れた髪を櫛で梳いて、二つ結びに結い上げていく。

 髪が整うころには眠気も治まっていた。


「はい、出来上がり! やっぱりアリスちゃんにはこの髪形が似合うよね。じゃあ次は着替え着替え・・・・・・っと。」

「うん・・・・・・って、自分で出来るって!」


 髪を終えたその流れで自然に脱がそうとしてくるロールを押しやり、彼女から距離を取った。

 貴族としては普通のことなんだろうけど、気心の知れた友人でもあるロールに着替えさせられるというのもちょっと抵抗がある。


「もー、恥ずかしがり屋なんだから。それじゃあ私は朝食の準備をしておくから、フラムちゃんに声を掛けてあげてね、旦・那・さ・ま。」

「分かってるよ。」


 きっと俺と一緒に食べる為に朝食を摂っていないのだろう。そういう子なのだ。

 部屋を出ていくロールを見送ったあと、今日の予定を思い出しながらクローゼットの中をかき分ける。


「今日はこれかな。」


 冒険者ギルドの仕事着として使っている丈夫な服を引っ張り出し、それに着替えていく。まぁ、いつもの服装だ。

 クローゼットの中にはドレスなんかも用意されているが、殆ど使ったことはない。

 着替えを終えてから部屋を出て、執務室の扉を叩いて中に呼びかける。


「フラム、入るよー?」


 少し待ってから扉を開いて中に入ると、炎の髪色の女の子が机に座って書類に向かっていた。

 彼女が俺の方へ振り向くとウェーブの掛かった髪がゆらゆらと揺れ、長めの前髪に隠れ気味の炎色の瞳がこちらをじっと見つめている。

 彼女こそがフラムべーゼ・イストリア。15歳でイストリア家次期当主。そして俺の・・・・・・大切な人だ。


「ァ、アリス・・・・・・ぉ、おはよう。」

「おはよう、フラム。待たせてゴメンね。ロールが朝食を用意してくれてるから、食べに行こう。」


「ぅ、うん・・・・・・。」


 フラムの手を取って食堂へと向かう。

 食堂には十人ほどがゆったりと席に着ける程度の長机があり、すでに二人分の朝食が並べられていた。

 フラムと仲良く横並びに座り、朝食を食べ始める。


「き、今日も、向こうで、し、仕事・・・・・・なの?」

「うん。今日は出来上がった魔道具の稼働実験だって。」


 魔道具とは、魔力を燃料にして使う道具のことだ。

 魔法陣を刻んだアイテムに、特定の言葉を唱えたり動作を行うことで、刻まれた魔法陣が使用者や周囲の魔力を使い、設定された機能を発動させる。

 複雑な機能になればなるほど必要な魔力が多くなるため、殆ど研究もされず一般にはあまり広まっていない。


 ただ俺を含む転生者たちには膨大な魔力が備わっており、どれだけ消費魔力が多くても自身の魔力で賄えてしまうので、転生者たちの間では日夜便利な魔道具の研究開発が進められている。

 たまに妙な方向に技術が使われたりもするのが玉に瑕だが・・・・・・。

 それが”塔”と呼ばれている、俺の所属している研究機関である。


 ”塔”には転生者の中でも”魔女”に類する者が多く所属している。

 ”魔女”とは不老化を施された転生者で、俺もその一人。転生者にはとある理由から女性しか居ないため、呼称は一律で”魔女”となっている。

 不老化を施すためには身体の細胞が新鮮で、生理がきていないことが条件だ。そのため魔女には幼い見た目をしているものしか居ない。


「ど、どんな、魔道具・・・・・・?」

「肝心の魔法陣は「内緒じゃ!」って見せてくれなかったからねぇ。私を驚かせたいんだろうけど、一体何の魔道具だろうね。今日の実験で分かるだろうから、帰ったら話すよ。」


「ま、待ってる・・・・・・ね?」

「ゴメンね、最近そっちを手伝えてなくて。これが終わったらフラムの仕事を手伝えると思うから。」


「だ、大丈夫・・・・・・き、気にし、ないで・・・・・・。そ、それに、アリスにしか、出来ない・・・・・・仕事、でしょ?」


 そう、俺にしか出来ない仕事なのだ。

 他の魔女たちが出来るならある程度そちらに振れるのだが、そうもいかないのである。


 俺はこの世界に定義されている”魔法”を使うことが出来ない。

 しかし、魔力そのものを操る”魔力操作”が可能で、”魔法”で起こる現象を再現することも出来る。

 他にも色々と応用が可能なのだが、言葉一つで発動できる”魔法”と違って、どうしても発動が遅れてしまうのが欠点だ。


 その魔力操作を使って行っている仕事が、魔道具などの部品作りである。

 魔力を操作して金属を変形させたり、土を魔力で固めたりして、依頼された設計図通りに部品を作るのだ。

 量産には向かないが、一点ものや試作品を作る時に重宝されている。


 そもそも依頼は多いが基本的に急ぐものは少ないし、依頼を受けるも受けないも自由なので、本来なら無理して仕事をこなす必要は無い。しかし今はお金が必要なのである。

 というのも、フラムと結婚する以前からイストリア家の凋落が続いており、領地経営は悪化の一途を辿っていた。

 現在はとある魔女の力添えもあって領地経営は改善に向かっているが、そのためにもお金が必要なのだ。


 朝食を終え、フラムと一緒に自分の部屋へ戻って来た。

 この部屋には今日の仕事場である”魔女の塔”へ直通の転移陣が敷かれているのだ。魔力を込めれば”魔女の塔”まで一飛びである。


「それじゃあ行ってくるね、フラム。」

「い、行ってらっしゃい・・・・・・アリス。」


 笑顔を見せるフラムだが、その表情に少し疲れの色が混じっている。

 彼女のためにも今日の実験はさっさと終わらせたいところだ。


 転移陣に魔力を込めると、起動した転移陣が眩い光を放った。

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