285話「心は錦」
「や、やっと終わった・・・・・・。」
十日ほど掛かって出来上がった転移陣を敷設した建物を見上げて呟いた。
というか建物を建てるだけなら一時間も掛からないのだが、移設やメンテナンスの事を考慮するとそれはダメなのだそうだ。
俺がやり易いように建てると、床だろうが壁だろうが階段だろうが一体化するし、サイズも大雑把なものになる。
それはそれで丈夫に造れるし、サイズも必要なったら微調整すれば良いだけなのだが、俺が居ないとそれらが出来ないというのが問題なのである。何かあるたびに呼び出されるのは流石に面倒だしね。
なので今回は時間は掛かるが、俺が設計図通りにパーツを作り、レンシアが闇の民たちに指示を出して組み上げていくという手法を取った。
これなら俺が居なくてもバラしてメンテナンスが出来るし、移設も可能というわけだ。
組み立てに携わった闇の民の人たちも俺と同様に建物を見上げ、喜び合っている。
完成を見込んで既に用意していたのか、宴の準備はみるみる整えられていく。
「へぇー・・・・・・これでアリスちゃん達のおった”塔”ってところまで行けるんやな?」
「えぇ、そうですよ。あとは最終試験をするだけですね。」
声を掛けてきたココリラに答えると、ノノカナが残念そうな声を上げる。
「なんや、まだ使われへんのかいな! ウチは早よ”約束の地”に行きたいねんけど。」
「もうちょっと落ち着きぃやアンタは。そんなんで向こうでやっていけるんか?」
ノノカナは”約束の地”で闇の民たちのまとめ役として、ココリラは基本的にこちらに残って移住希望者に”弱化”の指導をしてもらいつつ、各所の調整役として動いてもらう手筈になっている。
やはり姉としては心配なのだろう。
またいつもの姉妹喧嘩が始まったところでその場を離れ、酒杯を傾けるレンシアの方へ足を向けた。
「これで俺はようやく家に帰れるんだよな?」
レンシアの隣に腰かけて問いかけると、彼女が頷いて返す。
「転送所の部品さえ作って納品してくれるなら別に帰っても良いぞ。」
「”塔”と”約束の地”に建てる分だろ。ちゃんと覚えてるよ。」
部品を作るなら材料さえあれば自分の家で出来るし、納品もバザーに出すか、直接持っていけば良いだろう。”塔”も”約束の地”も自宅から転移出来るようにしてあるしな。
「それなら問題無い。それじゃあ早速、試験ついでに開通式といこうか。」
レンシアがチャットを使って連絡を取り始めた。相手は”塔”側の施設に付いているドクである。
互いに連絡を取り合いながらレンシアが転移陣の上になにやら物を並べていく。
彼女の後ろから覗き込んでみると、六本脚の毛皮や肉、この郷で採れた野菜などをきっちりと並べ、その様子を写真で収めドクと共有しているようだ。
「こんなところかな・・・・・・。皆さん! 転移陣の起動試験を行いますので、少し離れていて下さいね!」
転移陣に人が乗っていないことを確認すると、レンシアが転移陣の制御盤に指を走らせた。ほどなくして、床の魔法陣と対になっている天井にある魔法陣が同時に輝きを放ち始める。
すると対になった魔法陣の間が一瞬光で覆われ、置かれていた物品たちが光で包まれた。一瞬のうちに広がった光は同じ時間を掛けて収束し、光で覆われていた内部を曝け出す。
そこには先程並べられていた物品とは全く異なるものが整然と並べられていた。
酒の入った瓶に、何に使うのか分からない魔道具、あっちのは・・・・・・カップラーメン? いくつかあるが、なぜか一つだけお湯が入れられている。
他にも様々な物品があるが、沸く歓声を他所にレンシアはまたそれらを撮影してドクと共有していた。
今回使った転移陣は今まで使っていたものとは少し仕様が異なり、上下二つの魔法陣の間にある空間ともう一方の空間を”入れ替える”ものとなっている。
一度に大量の人や物を転送出来て便利な反面、魔法陣の大きさや高さをピッタリと揃える必要があるため、敷設の難度は高い。
先ほど現れた物品はドクが”塔”側の施設で並べたものだ。レンシアはそれらをチェックし、位置がズレていないか、中身が漏れたり変化したりしていないかの確認を行っているのである。
ドクも同様のチェックを向こう側で行っている最中だろう。
「おおっ! これで成功なんか!? これで”約束の地”に行けるんか!?」
「まだや言うとるやろ、アホ妹が! 気にせんと続けたってや、レンシアちゃん。」
「”約束の地”への転移はまだもうちょっと待ってくださいね。小動物での試験なんかも必要ですから。」
目を輝かせるノノカナに苦笑しながら答えるレンシア。
何故そんな試験が必要かは・・・・・・言わずもがなである。
それからしばらく試験が続き、最後にやって来たのは――
「ドク!」
「ほー、ここが闇の民の集落か、何やら面白そうなモンも・・・・・・って、なんつー恰好しとるんじゃお前たち!」
あ、全裸マントだったの忘れてたわ。
最初のうちは気になっていたのだが、快適さも相まって三日も経てば全く気にならなくなっていた。
今ならレンシアが部屋着にしたいと言っていた気持ちも良く分かる。
「闇の民の民族衣装みたいなもんだ。ドクも着て見ると良い。」
「ふむ、民族衣装・・・・・・随分と特殊な仕立てになっておるな。」
「裏側からしか針が通らないからだろう。」
「なるほど、それでこのような仕立てにしておるのか。」
慌てて研究者モードに入りそうな二人に割って入る。
「それより、ドクが来たってことは試験は無事終了で良いんだよね?」
「うむ、これで”塔”との往来は楽になったじゃろ。」
あの一ヶ月以上掛かった過酷な道のりが瞬き程度の時間に収まってしまうのだから、楽なんて言葉では足りないくらいだろう。
「それじゃあ俺は一度帰って構わないか、レンシア?」
「分かったよ。また明日に連絡入れるから、今日はゆっくり休みな。」
「恩に着る!」
ノノカナたちへの挨拶もそこそこに、急いで転移陣に飛び乗り起動させた。強い光に眩んだ眼をゆっくりと開くと、そこはもう”塔”の中だった。
”塔”側で待機していた魔女たちに軽い検査を受けた後、彼女たちに生暖かい目で見送られながら”塔”の自室へ戻り、そこからレンシアの街にある自宅へ転移した。
窓の外を見ると、陽は天頂を過ぎた辺り。この時間ならフラムは自分の部屋で領地経営の勉強をしているはずだ。
コンサによると、俺が旅をしている間、彼女が出した課題をしっかりとこなしていたと聞いている。
フラムが本格的に領地経営に携われるのも時間の問題のようだ。
自室の扉を蹴破るように飛び出し、そのままの勢いでフラムの部屋の扉を開いた。
机に向かっているフラムのびっくり仰天した顔と視線が合う。
「ァ、アリス・・・・・・?」
「ただいま、フラム!」
フラムの見開いていた瞳が潤み、頬が紅く染まっていく。
「な、何で・・・・・・は、裸・・・・・・なの!?」
「ぇ・・・・・・?」
視線を落とすと黒い外套がひらひらと捲れ、その中身を曝していた。何も纏っていない俺の身体を・・・・・・。
「こ、これには深いワケがあってね・・・・・・?」
この外套は部屋着にしない。
そう心に誓った。
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