276話「六本脚」
ノノカナ達とともに魔女の塔を囲む結界を抜け、後ろを振り返る。
「うわー、ホンマに見えんようになってしもうた!」
高く聳え立っていた魔女の塔は結界により姿が隠され、塔のあった場所には木々が覆い繁り、塔などまるで最初から存在しなかったかのようだ。
再び結界の中に入るには魔女用のギルド証を持って複雑な手順をこなさなければならない。
まぁ、普通は転移で出入りするから、そんなことをする必要は全く無いのだが。
驚いて辺りをキョロキョロと辺り見回しているノノカナの頭に拳骨を落としたココリラが先頭に立つ。
「ほな行こか。」
一歩踏み出したココリラを慌てて止める。
「ちょ、ちょっと待ってください。このまま北へ向かえば良いのは分かるんですけど、当てはあるんですか?」
「ん? あー・・・・・・あっちやな。」
さも当然のようにココリラが指した方向は確かに北寄りの方角であるが・・・・・・何か根拠があるのだろうか。
「えっと・・・・・・どうしてそっちの方角へ?」
「何でって言われてもなぁ・・・・・・ウチらの郷はあっちの方やし。」
「此処は初めて来た場所な筈ですよね、そんなこと分かるんですか?」
「え、アリスちゃんは自分家の場所分からへんのか?」
逆に聞き返されてしまった。
そもそもいきなり知らない場所に放り出されて自分の家が何処かなんて分かるわけ無いと思うんですケド。
ノノカナもボボンゴも、ココリラの言葉に異は無いようだ。というか彼女らにとっても当然のことらしい。
闇の民には帰巣本能でも備わっているのかもしれないな。
それにココリラが指した方角は、元々俺が進もうと思っていた方角でもある。
その方角は、俺たちが最初に”黒い石”を手に入れたオークと戦った場所から真北に進んだ方角なのだ。
根拠としてはかなり乏しいのだが、そもそも闇の民についての手掛かりが殆ど無いのだから仕方あるまい。ただ、闇雲に進むよりはマシだろう。
それでノノカナ達が知った場所に出られれば儲けもの程度に考えていたのだが・・・・・・これは想定していたより早く到着出来るかもしれない。
「ではココリラさんには先頭をお願いして良いですか?」
「分かったで、任しとき。」
ココリラに導かれるように、木々が立ちふさがる道なき道を進んでいく。
しっかりと方角を確認しながら進まないと、たちまち方向感覚が狂ってしまいそうな森の中だが、彼女らはそんなものは気にも留めず、足取りも軽い。
道中何度か魔物に遭遇するも、俺が手を貸すまでもなくココリラが撃退。素手で。やはり本気を出せなくとも彼女は強いようだ。
俺はと言えば彼女らのペースに付いていくのがやっとで、陽が赤くなるころにはすでに方角を見失ってしまっていた。
「あ、あの・・・・・・そろそろ・・・・・・野営の準備を、しませんか・・・・・・。」
「せやな。ちょっと早いけど、アリスちゃんしんどそうやし・・・・・・今日はここいらで休もか。」
「・・・・・・ありがとうございます。」
やはり闇の民の身体能力の高さには驚かされる。
大人の冒険者たちとも仕事ができるくらいには体力をつけてきたつもりだったが、全く敵わない。
ウーラに連れ回されているフィー達も似たようなことを思っているのかもしれないなと考えながら、この日は床についた。
そして、魔女の塔を出発してはや数日。
魔力濃度は段々と高くなってきているが、彼女たちが本気を出せるには至っていない。
つまり、まだまだ道のりは長いということである。
この数日の間にノノカナとボボンゴも”弱化”を会得し、戦闘に参加するようになった。
彼女らも”弱化”しても戦闘力は高く、並みの冒険者パーティなら苦戦必至の図鑑でしか見たことの無いような魔物を、肩慣らしと称して単騎で撃破してしまうほどである。素手で。
闇の民というのはどこかの戦闘民族か何かなのだろうか。
「来よったな・・・・・・。」
先頭を歩いていたココリラが小さく呟いて足を止めた。
足元の小石を拾い、茂みの影になっている場所へ投げつける。ガサッと葉擦れの音が響く。
すると、まるで陰から溶け出してきたかのように一体の魔物が静かに姿を現した。
黒い体毛に覆われた身体は馬よりも一回りほど大きく、獅子のような口からはギラリとした牙を覗かせている。
「やっぱり”六本脚”かいな。こんな時に厄介なのに目ぇ付けられてもうたな。」
そう、何よりも特徴的なのが、その巨躯を支える六本の脚だ。
一本一本が太く、鋭い爪を地面に食い込ませて力強く立っている。
魔物、というか魔獣と呼んだ方がしっくりくるような姿だ。
「若い雌の個体ですな。獲物でも探しに来たってとこですかね。」
ボボンゴの言葉にココリラが頷く。
「そんなとこやろうね。ウチらを食う気満々みたいやし。」
六本脚がグルルと低く呻きながら、俺たちを品定めするように見回す。
六本脚の視線がピタリと定まった。
・・・・・・どうやら、俺が一番美味そうに見えるらしい。
土から刀を成形し、構える。
「ココリラさん達はあの魔物を知ってるんですか?」
「まぁね。別に珍しい魔物ちゃうよ。」
ということは、闇の民が住んでいる場所まで近づけていると考えても良さそうだ。
闇の民の帰巣本能は当てにして良いのかもしれない。
「せやけど・・・・・・。」
ココリラにしては少し歯切れ悪く、言い淀む。
「何か問題があるんですか?」
「ま、ウジウジ考えてるより戦ってみたら分かるわ。」
ココリラがグッと拳を固める。
「ほな行くで!」
号令とともにココリラたちが飛び掛かる。
六本脚は敵意と牙を剥き出しにし、ココリラたちを迎え撃った。
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