245話「先約がある」
「おい、ここで何をしている!」
そう叫んだのは、俺たちのすぐ後に食堂へ入ってきた恰幅の良い中年の男だった。
身なりはそれなりに良い。が、貴族とまではいかない。おそらく商人か。
そんな彼が言葉を向けた先は俺たち、いや――
「なぜ穢らわしい獣人がこんなところに居る!」
サーニャだった。
彼はこちらに口を挟む隙を与えず早口で何やらまくし立ててくるが、正直何を言っているのか分からない。悪口なのは分かるけど。
下手に話しかけても無視、というか耳に届きそうもないので、彼とサーニャの間に割り込み、キッと睨み上げた。
思ったより効果覿面で、たじろいだ彼の口が一瞬止まる。ようやくこちらの主張が出来そうだ。
「彼女はリスタ商会に認められて乗船しています。何か問題ありますか?」
彼の額にピクピクと青筋が浮かび上がる。
「貧民風情が、調子に乗るでないぞ!」
貧民かぁー・・・・・・。
そこまでみすぼらしい恰好をしているわけではないんだけど、金持ちからすれば冒険者の着ている服なんて似たり寄ったりなのかもな。
まぁ相手は平民の商人だろうから、身分を明かせば撃退は出来そうだけど・・・・・・こういう相手に言っても信じそうにないな。
家紋を見せても盗んだと言われるのがオチだろう。
「そんなに大きな声を出されて、どうなされた?」
そう声を掛けてきたのは、新たに食堂へ足を踏み入れてきた細身の初老男性だった。
白いものが混じった黒髪は後ろに流されきっちり固められている。いわゆるオールバックというやつだ。
目の前の商人に比べるとはるかに身なりが良く、その洗練された立ち居振る舞いからは位の高さが滲み出ているようだ。
彼の後ろには商人よりも身なりの良い二人の侍従が恭しく控えているため、上位の貴族であることが見て取れる。
「おぉっ・・・・・・貴方様は!」
声を掛けてきた人物を見て、慌てて礼の姿勢を取る商人。やはりお偉いさんのようだ。
「ム・・・・・・其方は同郷の者か。顔を上げ、何があったか説明してもらえるか。」
「ハッ、こやつらが獣人を船に連れ込んでおりましたので注意していたところです。」
「ふむ・・・・・・。」
チラリとこちらへ視線を向けるお偉いさん。
その視線には俺たちを侮蔑するような色は含まれておらず、ただ確認しただけのようだ。
「それより、其方はこの船で見かけたことが無いな。乗るのは初めてか?」
「はい。イワギリ商会を営むイワギリと申します。お恥ずかしながら十年以上かけてようやく軌道に乗ってきたところでして・・・・・・お陰様でこうして魔導船を使えるまでに成長いたしました。」
「・・・・・・イワギリ商会か、覚えておこう。」
「有難き幸せ!」
そんなやりとりを眺めていると、更に新しい乱入者が複数人こちらへ小走りで寄ってくる。
高級そうなスーツに身を包んだのが一人。その後ろにガタイの良い黒服が数人。全員が胸に船員の証である身分証を付けている。
・・・・・・船員というか、マフィアっぽいけど。
「何か問題がありましたでしょうか、お客様方?」
高級スーツが先頭に立ち、声を掛けてきた。
彼の身分証を見ると、この食堂の支配人であるようだ。
その支配人の言葉を聞いたイワギリの眉がピクリと跳ね上がる。
「問題だと? 見て分からんのか!? 貧民と獣人が乗り込んでおるのだぞ!?」
支配人はこちらを一瞥した後、イワギリに頭を下げる。
「不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。つきましては、イワギリ様を特別歓待室へご案内させていただきたく存じます。」
「ほう・・・・・・特別歓待室?」
「はい。航海中はそちらをお使いください。もちろん代金は必要ありません。今回の件はそれにてご容赦を。」
「フン・・・・・・まぁ良いだろう。外相殿もご一緒にいかがでしょうか?」
外相って・・・・・・この人、外務大臣かよ。
俺も何か挨拶した方が良かったか? 今更だけど。
「いや、先約があるのでな。今回は遠慮しておこう。」
「そ、そうですか・・・・・・それは残念です。」
大臣とのコネを得ようとでも思ったのだろうが、その目論見は外れたようだ。
「有難うございます。お前たち、イワギリ様を特別歓待室の方へご案内しろ。」
「ハッ! イワギリ様、どうぞこちらへ。」
ガタイの良い黒服たちに案内され、通路の奥へ消えていくイワギリ。彼はウキウキしているが・・・・・・なんか、連行されてるみたい。
イワギリが見えなくなったのを確認した支配人がこちらへ向き直り、膝をついて頭を垂れた。
何か言われるかと身構えていた俺は虚をつかれ、若干身を引いてしまった。
「大変不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。お詫びにもなりませんが、どうぞこちらをお納めください。」
そう言って手渡されたのはなんと札束だった。・・・・・・いや、紙幣なんか出回ってなかったよな。
よく見ると”食事無料券”と書かれている。食事一回分の会計がこれ一枚で無料になるらしい。それが束になっている。
・・・・・・百枚くらいあるぞ、これ。随分と太っ腹だな。
とりあえず紙束をポケットにしまい込むと、今度は大臣さんが頭を下げてきた。
「こちらからも謝罪を。我がアズマ国の者の非礼をお詫び申し上げます。」
「い、いえ・・・・・・貴方の責任ではないのですから、お気になさらず。」
「そういう訳には参りません。支配人殿、貴賓室をもう一室借りたい。用意出来れば鍵は彼女らに。それから、航海中の彼女らの代金は全てこちらに請求するよう頼む。」
「はい、畏まりました。早速手配させていただきます。」
口を挟む暇もなくドンドン決まっていく・・・・・・。羽振りが良すぎるだろ。
貴賓室というのは二十人くらいが入れる豪華な大部屋ということらしい。
偉い人との会食や接待に使われる部屋だそうだ。
「さて、お嬢様方。すぐには部屋を用意出来ぬでしょうから、私めが借りている貴賓室でご一緒にお食事などは如何でしょうか? そこでなら、明日以降も人目を気にせず食事を摂れますよ。」
そう言われて周りに目を向けてみると、食堂の喧騒が静まり返り、こちらに注目が集まっているのに気付いた。
これは確かにいたたまれない。
なるほど、だから俺たちの分の貴賓室も借りてくれたのか。
「えっと、でも先程先約があると仰っていませんでしたか?」
「えぇ。ですがそれは貴女方との、です。もっとも、返事は頂いておりませんでしたが・・・・・・お受け願えますかな?」
それは先約って言って良いのか? まぁ、体よく断ったというところか。
それに、こちらにとっても有難い申し出ではある。
仲間たちに目を配ると、気乗りはしないようだが頷きが返ってきた。
「謹んでお受けいたします。」
「有難うございます。いくら歳を取ろうとも、女性との会食は心躍るものですな。」
「では、貴賓室の方へご案内させていただきます。どうぞこちらへ。」
支配人に連れられ、俺たちは大臣さんが借りている貴賓室へと足を踏み入れた。
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