237話「婚姻の儀Ⅱ」

 本日は晴天なり。今日”も”絶好の結婚式日和である。

 昨日とは違い、今日は花婿衣装を着ての挙式だ。


「だ・・・・・・大丈夫、フラム?」


 暗緑色の液体をなみなみと注がれた銀の杯を持ったまま硬直しているフラムに小さく声を掛けた。

 昨日は忙しくてすっかり失念してしまっていたが、二回目の結婚式にもこの薬酒を飲む必要があるワケで・・・・・・。

 先程まで幸せの絶頂みたいな顔をしていたフラムの表情は、銀の杯が登場してから一変してしまっている。

 毒ではないので「青汁みたいなモノ」と割り切って喉の奥に流し込んでしまえば乗り切れるけど・・・・・・言ってしまえばそれは大人の対応である。フラムにはまだ少し難しいだろう。

 昨日の式で下手に味を知ってしまっている分、口に入れるには更に勇気が必要なのだ。


「一口だけで良いよ。残りは私が飲むから。」


 フラムにそっと耳打ちすると、彼女はふるふると首を横に小さく振って答えた。


「ァ、アリスと、半分ずつ・・・・・・飲む、から。」

「フラム・・・・・・分かったよ。頑張って。」


 少し経ってから意を決して杯を傾け、喉を鳴らした。


「んっ・・・・・・ふぇぇ・・・・・・。」


 泣きそうになりながら手渡してきた銀の杯を受け取った。

 中にを見るとちょうど半分くらいの薬酒が残っている。昨日よりちょっと頑張ったらしい。


「頑張ったね、フラム。」

「ぅ、うん・・・・・・アリスも、頑張って・・・・・・。」


「うん、ありがとう。」


 さて・・・・・・俺も腹を決めるか。

 昨日と違ってまだ心の余裕があるため、じっくりと杯の中の液体を眺めてしまう。

 薬酒は相変わらず粘性が高い。味は酷いものだが、匂いはそこまで悪くはない。というより匂いが殆ど無い。

 そのせいで飲んだ時に感じる味のインパクトが強いのだろう。

 う、ヤバイ・・・・・・眺めてたら昨日の味が口の中に蘇ってきた・・・・・・。


「えぇい、南無三!」


 心の中で叫び、杯を傾けた。


 ドロォ・・・・・・。


 ゆっくり杯の中から垂れるように流れてくる暗緑色の液体。

 しかしこれは昨日通った道。想定済みで覚悟済みである。

 迎えうつ口内へ液体が流れ込んでくる。


 ぐふぅ・・・・・・っ。

 やっぱり不味い・・・・・・でも、飲み切ったぞ!


「ア、アリス、大丈夫・・・・・・?」

「うん・・・・・・。」


「杯をお預かりいたします、アリューシャ様。」


 杯を控えていたウィロウに返し、昨日と同じ様に挨拶して式を終えた。

 村の人たちも連日の宴会でゴキゲンなようだ。まぁ、タダ飯だしな。

 式を終えた俺たちのもとに、昨日は居なかった二人が訪れてきた。


「あー・・・・・・その、なんだ。おめでとう、アリス。」

「あ、ありがとう、お父さん・・・・・・。なんか、変な感じだね・・・・・・あはは。」


「全くだ。だから苦手なんだよ、結婚式ってのは・・・・・・ホレ。」


 エルクが投げて寄越した包みを慌てて受け止める。


「お父さん・・・・・・これは?」

「シャーリーがオレの報酬を勝手にそいつにしやがったんだよ。デックの野郎、言いふらしやがって・・・・・・良い酒でも買おうと思ったのによ。」


 懐かしい名前だ。村を発ったらギルドに寄って挨拶しておかないとな。


「良い酒ならここに残っとるよ。持ってきな。」


 ババ様が片手に持った薬酒の瓶をゆらゆらと振って見せる。

 いや、体には良い酒だろうけど、味は・・・・・・。あとお財布にも悪い。


「おぉ、薬酒か! そういや結婚式にはそいつがあったな!」


 意外にも嬉々としてババ様からひったくる様に瓶を受け取るエルク。

 何であんなに喜んでるんだ・・・・・・?


「おい、飲もうぜファラオーム!」

「ふむ、薬酒か・・・・・・まぁ良いだろう。」


 こっちのお義父さんも悪くない反応。・・・・・・というか、仲良くね?


「で・・・・・・ではな、フラムベーゼ。」

「ぅ、うん・・・・・・お、お父様・・・・・・ぁ、ありが、とう・・・・・・。」


 ぎこちなく挨拶を交わし、ファラオームはエルクと連れだってそそくさと離れて行ってしまった。

 しかし、残されたフラムは少し嬉しそうに胸元に小さな包みを抱えていた。俺が貰ったものと同じ包みのようだ。


「フラムも貰ったの?」

「ぅ、うん・・・・・・お父様、が。」


「そっか・・・・・・良かったね。中身は何だろう?」


 包みを開けてみると、中から可愛らしい小瓶が一つ。これは・・・・・・香水か。

 それとメッセージカードが一枚。


<私より先に結婚しちゃうなんて絶対許さないからね! おめでとう! シェリーより>


 シェリーにまだイイ人は見つかってなさそうだ。可愛いお姉さんなんだけどね・・・・・・。

 あの街の冒険者たちが彼女に頭が上がらないうちは無理かもしれない。


 フラムの包みの方にも同じく、香水の小瓶とメッセージカードが入っていたようだ。

 カードを見たフラムがクスリと微笑む。


「・・・・・・何て書いてあったの?」


 気になって聞くと、微笑んだままカードを手渡してくれた。

 受け取ってその文面を読んでみる。


<アリスちゃんは可愛くて強いけど、危なっかしいからちゃんと面倒見てあげてね! お姉さんとの約束! シェリーより>


 う・・・・・・こ、これは・・・・・・。


「や、優しそうな人・・・・・・だね。」

「まぁ、それは否定しないよ・・・・・・。村を発ったら街に寄ると思うから、一緒にお礼しに行こうか。」


「ぅ、うん!」


 フラムとそんな約束を交わしていると、広場の方から悲鳴が聞こえてきた。


「ぐあぁぁぁ! なんじゃこりゃあ!?」

「グホァ・・・・・・ッ! ど、毒かコレは!?」


 声のした方へ眼を向けると、悶絶する二人の父親たち。傍らにはババ様特製の薬酒。

 まぁ、アレを飲んだら当然そうなるわな・・・・・・。


「大丈夫、お父さん?」


 空のコップに水を入れて渡すと、二人とも凄い勢いで飲み干した。


「お、お前らあんなの飲んでたのか!?」

「え・・・・・・アレが普通じゃないの?」


「んなワケあるか!」


 普通、結婚式で飲む薬酒はもっと美味しいらしい。だから貰った時はあんなに喜んでたのか。

 ジトリとババ様の方へ視線を向けると、声を上げて笑い出した。


「お前さんたちが酒の味を覚えるにはまだまだ早いからね、カッカッカ!」

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