236話「婚姻の儀」

 本日は晴天なり。絶好の結婚式日和である。

 その結婚式の準備のため、ババ様の屋敷を訪れている。


「ほら、出来たよ。」

「ありがとう、ババ様。」


 目の前にある大きな姿見には、花嫁衣装を着付けられた自分の姿。


「そうして見ると本物の貴族に見えるね。」

「あはは・・・・・・自分じゃないみたい。」


 どこのお姫様かと思えるくらいに着飾った鏡の中の少女は、緊張のせいか表情が固い。

 今更ながら、本当に結婚するのだという実感と不安が鳩尾辺りから沸き上がってくる。


「まったく、なんて顔してるんだい。しゃんとおし!」

「ひゃい!?」


 ブスリ、と背中を指で刺され、背筋を伸ばされる。


「これじゃ先が思いやられるねぇ・・・・・・。どうやら、あっちも準備できたみたいだね。」


 ババ様が言うのと同時に、部屋の扉が叩かれた。

 扉の向こうからウィロウの声が聞こえてくる。


「ヴェネリー様、準備はお済みでしょうか?」

「あぁ、もう入って構わないよ。」


 「失礼します」と入ってきたウィロウと目が合った。


「よくお似合いです、アリューシャ様。フラムベーゼ様も必ずお喜びになられるかと存じます。」

「あ、ありがとうございます。」


 それからウィロウに促されるまま部屋を出て、フラムの待つ部屋へと案内される。

 その間、ババ様にビシビシと歩き方を指導されたが、気が紛れるため今の俺には有難かった。

 部屋の前に着くと、先程と同じ様にウィロウが扉を鳴らす。


「アリューシャ様がお着きになりました。」


 部屋の中からクルヴィナの弾んだ声が返ってくる。


「待ちわびましたわ! 早く入って頂いて!」


 ウィロウが扉を開き、招き入れられた。

 中には俺が準備に使っていたのと似た姿見があり、その前に純白の花嫁衣装に包まれた美しい炎の色の髪をした少女が立っていた。


「フラム・・・・・・?」


 呼びかけにピクリと肩を震わせ、ゆっくりとこちらへ振り返った。

 髪がバッチリ整えられているおかげで、いつもは前髪に隠れている伏せがちな瞳にまっすぐ見つめられる。


「その・・・・・・綺麗だよ、すごく・・・・・・。」

「ア、アリスも・・・・・・綺麗・・・・・・。」


 翳りが取り払われて薄く化粧されたフラムの表情は、いつにも増して蠱惑的だ。


「嗚呼! 二人とも素敵だわ! どうして私は画家を雇っておかなかったのでしょう! ウィロウ、今から腕の良い画家を探してきて頂戴。」

「そいつはまたの機会にしておくれ。二人とも支度が終わったのなら、さっさと広場の方へ行くよ。」


 ババ様の声で我に返った俺たちは、ババ様とウィロウに先導され屋敷を出て、村の広場に向かってゆっくりと歩き出した。

 広場の方では少し前から祝宴が始まっているはずだ。そちらの方はサレニアやラス姉さんに任せっきりである。

 とは言っても軽食とお酒を振舞う程度の宴会。費用は全部負担して貰っているし、大きな問題は出ないだろう。

 お酒も俺の安酒ストックを渡してあるので切れることは無いはずだ。


「こちらですよ、お二人とも。」


 ウィロウに来賓から見えないようエスコートされ、広場に設けられた小さな木組みの舞台の裏側へ誘導される。

 舞台裏からこっそり顔を出して見ると、殆どの村人が広場に集まっており、用意された料理やお酒を各々楽しんでいた。

 ババ様が壇上へあがると、村人たちの注目が一斉に集まる。


「さて、それじゃあ今日の主役にご登場願おうかね。」


 いくつかの席から歓声が上がった。

 すっかり酔っぱらってしまっている人もいるようだ。


「さぁ出ておいで、お二人さん。」


 ババ様の声に従い、フラムの手を取って壇上へ足をかけた。

 降り注ぐような拍手で迎えられる。

 拍手がやむのを待ってから、ババ様が再び口を開いた。


「これより、フラムベーゼ・イストリア、アリューシャ・イストリア、両名の婚姻の儀を見届け人ヴェネリー・バーウィックの下に執り行う。」


 会場が静まり返る中、ウィロウが壇上へあがって来た。

 手には小さな盆を持っており、盆の上には小さな銀の杯と小瓶が乗せられている。

 ウィロウはババ様の後ろに跪き、盆を差し出すように持ち上げた。

 厳かな雰囲気の中、ババ様は小瓶の蓋を開けてドロドロした暗緑色の液体を杯に注いでいく。


「あの、ババ様・・・・・・それは?」

「婚姻の儀で使う祝い酒だよ。ワシ特製の薬酒だから安心しな。」


 一番安心できないんですけどー!?

 叫びたい衝動をグッと堪える。

 ヤバそうな液体をなみなみと注がれた銀の杯は、ババ様からフラムに手渡された。


「二人で半分ずつ飲み干しなさい。」


 薬草を煮詰めて作られた薬酒は健康の象徴であるらしい。

 それを飲むことで、二人の末永い健康と繁栄を願うのだとか。

 銀の杯はイストリア家の紋章が施された年代物。おそらく代々使われてきたものだろう。


 躊躇っていたフラムが意を決して杯を傾けた。

 暗緑色の液体を口の中へ流し込み、コクリと嚥下する。


「・・・・・・!?!?」


 あぁ、あの表情は苦手なものを食べたりした時の表情だな・・・・・・。

 若干涙目のフラムから杯を受け取ったババ様が、今度は俺に手渡してきた。

 受け取った杯の中には六割ほどヤバそうな液体が残っている。


「ほれどうした、グイっと行かんか。」


 ・・・・・・覚悟を決めるしかない。

 舌に触れる前に喉にぶち込む!

 杯に唇をあてがい、垂直に傾けた。


 ドロォ・・・・・・。


 思ったより粘性が高ぇ!

 想像より一拍遅れて暗緑色の液体が口の中へ雪崩れ込んできた。


「・・・・・・!?!?」


 絶妙な渋味と苦味が渾然一体となって脳に衝撃を与え、粘液が這ったあとには独特の甘さと臭味が残る。

 つまり不味い。

 毒かと疑いたくなるような味だが、ベースにある渋味はおいそれとは使えない高級薬草のものである。

 おそらくはかなりの量を煮詰めて作ったのだろう。金額にすると恐ろしい額になりそうだ。


 空の杯と小瓶を盆に載せたウィロウが舞台裏へ戻っていく。

 後は適当に挨拶して終わり――


「おいおいおい、どうなってんだコレ!?」

「どういう事だ。なぜ結婚式が始まっている!?」


 ドタドタと広場に乱入してきたのは、お世辞にも綺麗な恰好とは言えないエルクとファラオーム。

 つまり両家の父親である。・・・・・・すっかり忘れてた。


「もう、エルク君!」「ファム君!」

「「お、おう・・・・・・。」」


 それぞれの嫁から凄まれ、気勢を削がれてしまう二人の男。

 そのまま引きずられるように連れられて行ってしまった。


「あー・・・・・・ちょいと邪魔が入っちまったけど、末永く幸せにね。」

「はい、ありがとうございます。」


「さぁ、あとはアンタたちが締めな。」


 ババ様に背中を押され、舞台の前へ押し出される。


「ぁ、ぁ・・・・・・あの、ほ、本日、は・・・・・・――ぁ、あの、その・・・・・・。」


 言葉が詰まってしまったフラムの手をキュッと握る。

 これでバトンタッチだ。


「えー、本日はお忙しい中お集り頂き、誠にありがとうございました。残りの時間は料理の尽きるまで、お酒の尽きるまで、ゆっくりとご歓談ください。」


 キョトンとした表情の来賓たち。

 あれ・・・・・・何か間違えたか?


「後は食って飲んで騒げってことだよ! 以上!」


 ババ様が活を入れると、ワッと歓声が上がった。

 結構頑張ってセリフ覚えたのに・・・・・・。

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