203話「ふたりきり」

 艱難辛苦を乗り越え、遂に到達した50階層。最終層とされている場所だ。

 ただ景色は他のボスが居た階層と変わりなく、達成感は少し薄い気がする。

 街は相変わらず石壁と石畳でできており、整然とした街並びは魔物の街であることを忘れてしまいそうだ。

 宿屋、食事処、土産物屋など店の配置も変わっていない。

 他の場所との違いを上げるとすれば、ボスの間へ繋がる扉だろうか。装飾がちょっと豪華に禍々しくなっている。


 宿をとった後は恒例の食事処食べ歩きツアー。

 まぁ、ここではそれくらいしか楽しみが無い。

 それでもこれまでの食事が簡素だった分、感動も大きいのである。

 またしばらくはここで食っちゃ寝して英気を養い、最後の戦いに挑むことになるだろう。


 二次会へと赴く食いしん坊たちと別れ、それ以外の子たちと土産物屋へ。

 この土産物屋で密かに人気があるのが漢字Tシャツだ。

 最初は俺が買っていただけだったが、着心地の良さから部屋着や寝間着にするため皆も買うようになった。

 漢字はただの模様と思っているようで、それぞれが気に入った模様のものを買っている。

 とりあえず『新婚』は恥ずかしいから止めようかフラム。


 腹ごなしが終われば食いしん坊たちと合流してスイーツタイムである。

 いつも小食なフラムの胃袋も、この時ばかりは本領を発揮する。と言っても小動物に毛が生えた程度なのが微笑ましい。

 一生懸命に頬張る姿を眺めていると、口もとにフラムがスプーンを差し出してくる。それを咥える。周囲の視線が生温かい。


 俺への餌付けが完了した後は、もー食べられないと宿に戻ってぐったり。

 二段ベッドの下側で両足をブラブラさせながら横になる。

 隣にはちょこんとベッドに腰掛けるフラム。

 そう、今回の部屋割りはフラムとなのである。


 いやね、俺は不正なんかしてないんだよ?

 クジを引いた時、俺のルームメイトはフィーでフラムのルームメイトはリーフだった。

 ・・・・・・んだけど、リーフに無言の圧力をかけられクジを交換させられた。

 それを見ていた皆は何も言わず、うんうんと頷いていた。

 俺も空気が読めないわけではない。反論したら絶対叱られるので黙って受け入れた。


 というわけで絶賛二人きり。


 駆け足気味でここまで来てしまったので、フラムと婚姻してからこうして二人でゆっくり過ごすのは初めてだ。

 と、思い至った。思い至ってしまったのである。

 気付いてしまったら最後、何を話していいか分からなくなってしまった。

 それでも居心地は悪くない。


「お茶淹れるね。フラムは紅茶でいい?」

「ぅ、うん。」


 フラムの分の紅茶を淹れ、受け皿に角砂糖を二つ載せてテーブルの上に置いた。

 自分の分は適当に緑茶を淹れて、フラムの隣に腰を落ち着ける。

 ズズ・・・・・・とお茶を啜り息を一つ。

 特別美味しいお茶ではないが、懐かしい味だ。


「ァ、アリス・・・・・・フィーと、どんなお話・・・・・・したの?」


 そういやフィーとの話がどうなったかなんてフラムには全然話してなかったな。

 俺も一杯々々だったし、タイミングも無かった。

 いや・・・・・・知らず知らずのうちに機会を作らないようにしていたのかもしれない。


「私がどうして魔女になることを決めたかって話、かな。」

「そ、そっか・・・・・・。」


 また沈黙が流れ、フラムはそれ以上聞いてくる気は無いのだと知る。きっとこれから先も。

 でも、それで良いのだろうか?

 そう考えてしまうということは、良くないと思っている証拠だ。

 そして何より彼女には知っていて欲しい、そう思う。


「あのね、私には前世の記憶があるんだ。」

「前世・・・・・・って、何?」


 そこからか!

 そういや、フィーもあまりピンと来てなかったな。

 やはり彼女ら、というよりこの世界の人とは死生観が異なるのだろう。


 それから、フィーにしたのと同じ内容の話をフラムにも聞いてもらった。

 同じ境遇の人が何人も居ることや、自分の能力について。

 彼女は言葉を挟むことなく俺の話に聞き入っていた。


 話が終わったところでフラムが震える口を開く。


「ァ、アリス・・・・・・し、死んじゃった、の?」


 俺の死因は簡単に言えば”とばっちり”である。

 『童貞が30歳を過ぎれば魔法使いになる』そんなネタに言霊というシステムを利用して力を与えたのが前の世界の神様。

 やんごとなき事情があったらしいが、俺には直接関係の無い話だ。

 そしてそれが広がり過ぎてしまい、想定以上に”魔法使い”が大量発生してしまったのである。

 魔力があるだけで魔法は使えないんだけど。


 その魔法使いが死んでしまうと、魂に蓄えられた魔力が世界に溢れ出してしまう。

 それ自体は問題無いのだが、地球の魔力濃度が極薄だった。それが不味かった。

 魔力濃度が一気に上がれば、色々と問題が発生してしまうらしい。魔物の発生とか。

 前の世界の人間は魔力の存在すら知らないため、その影響は計り知れない。


 そこで苦肉の策としての”転生者”である。


 お上連中にとっては”殺した”ではなく”魂を引っ越しさせた”というニュアンスであるらしい。

 確かに死んだという意識は希薄だったしな。苦しまなかったのは不幸中の幸いと言えるか。


 ただ”魔法使い”が多過ぎて全員を無理やり転生させるわけにもいかないため、時間稼ぎにしかならないようだが。

 その稼いだ時間を利用して前の世界の人達に対策をさせるのだそう。上手くいくといいけどね。


 そんな話を所々ボカして伝える。

 全てを伝える必要は無いしね。


「まぁ、つまり前の世界を強制退去させられたって感じかな。」

「うぅ・・・・・・っ、ぐすっ・・・・・・。」


「もー、なんでフラムが泣いてるのさ。」

「だ、だって・・・・・・だって・・・・・・。」


 シクシクと泣くフラムの頭を柔らかく撫でた。

 俺のために流してくれた涙だと思うと、それさえも愛おしく感じてくる。

 けれど、その涙を見るのは辛くもある。


「未練はまぁ・・・・・・多少はあるけど、結婚もしてなかったし子供もいなかったから、そこまで気にするようなもんじゃないよ。こっちの世界に来てからそれ以上のものも手に入ったしね。感謝してるくらいだよ。」

「それ以上の・・・・・・もの?」


「魔法が使えるようになったし、冒険者にもなれた。仲間も沢山できたし・・・・・・こうしてフラムと一緒に居られるしね。」

「ぁ・・・・・・。」


 フラムの手にそっと自分の手を重ねる。


「だからフラムが気に病む必要はないよ。それに、終わったことよりこれから先の方が大事だし。」

「これから・・・・・・先・・・・・・。」


「そうだよ。だって私たちは、その・・・・・・け、結婚、したんだし。」

「け、結婚・・・・・・。」


 その言葉にフラムの耳がカアッと赤くなった。

 それに釣られて自分の頬が熱くなってくる。自分で言っといてすごく恥ずかしい。

 やっぱり俺にはまだ早かったのかもしれない。口が裂けてもそんな事は言えないが。


 きゅっとフラムが俺の手を握り、腕を引かれる。

 思わずそちらへ視線を向けると、真っ赤になったフラムの顔がゆっくりと近づいてきていた。


「あ、あの・・・・・・あの、ね・・・・・・。」


 それ以上は言葉に出来なかったのか、潤んだ瞳をそっと閉じ、唇を尖らせた。

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