180話「マジ」
室内競技場。
雪がたんまり積もる季節でも、運動しやすい平らな地面を提供してくれる有難い施設だ。
超寒いけど。
今は俺とヒノカの二人しかいないため、人口密度が低い分、温度も更に低く感じる。
何故こんなところに居るのかというと、バカンスから戻って早々に彼女からの呼び出しを受けたのだ。
「どうしたの、ヒノカ。こんなところに呼び出して。」
まさか、ヒノカまで「結婚しろ」とか言い出さないよな?
そんなフラグは立ってないと思うんだが・・・・・・。
彼女は俺の問いに応えず、少し距離を取って真っ直ぐ相対し、腰の刀を抜いた。
照明を受けた刃がギラリと鈍く光る。
「少々手合わせを願おうと思ってな。」
有無を言わせぬ威圧感。
断るのはちょっと無理そうな感じだが・・・・・・。
「手合わせって・・・・・・いつもやってるでしょ?」
「真剣で、だ。」
「実戦形式で・・・・・・ってこと?」
「いや・・・・・・”実戦”だ。無論、命に危険が及ぶ真似はせぬが・・・・・・まぁ、その辺りは察してくれ。」
「つまり、本気で闘うって感じ?」
「うむ・・・・・・そう・・・・・・それだな。」
「って、私はいつも練習の時でも本気でやってるよ!?」
そして負けてるよ!?
「いや、そうではなくてだな・・・・・・。アリスには、持てる全ての技と魔法を使ってもらいたい。」
触手とかも使って戦えってことか?
確かに練習の時は使ってないからな・・・・・・、でないと剣の稽古にならないし。
「それは分かったけど、でも・・・・・・どうして?」
「一度、私の技がどこまで通用するか試してみたかったのだ。だが・・・・・・卒業してしまえば、その機会が訪れない気がしてな。」
それはまぁ、そうかもしれない。
もし皆が故郷に帰るとなれば、会うのも難しくなる。距離的に。
電話もメールも無いから連絡も難しい。魔女相手ならチャットですぐ済むけど。
卒業・・・・・・か。
フラムに限らず、皆それぞれ思うところがあるようだ。
俺も真面目に先の事を考えないといけないんだがなぁ・・・・・・。
ともかく、今は目の前の事に集中だ。
地面から剣を抜き、構える。
同時に、触手も伸ばして待機させる。
「投げた銅貨が地面に落ちたら開始の合図、で良い?」
「あぁ、そちらが投げてくれ。今は持ち合わせが無くてな。」
懐から銅貨を一枚取り出し、高く弾いた。
小気味の良い音を響かせ、クルクルと回りながら尖った放物線をなぞっていく。
大きく息を吸い込み、短く吐いて、止める。
銅貨が地面に跳ねた。
*****
「えーっと・・・・・・どうする、ヒノカ?」
「私の敗けだ。」
逆さ吊りになったまま彼女が応えた。
「とりあえず下ろすから、じっとしててね。」
ヒノカを捕らえている触手を操り、彼女を地面に立たせる。
「怪我とかしてない?」
「あぁ、問題は無い。」
勝負はあっけないものだった。
開始直後に触手で拘束して終わり。それだけだ。
そもそも見えない触手に反応出来る人間なんてそうは居ない・・・・・・と思いたい。
「わざわざ呼び出してすまなかったな。」
ヒノカは静かに刀を納め、少し乱れた衣服を整えた。
って、もう終わりなのか?
「今ので良かったの? 流石にズルい気もするし、何なら今のは無しでもう一回――」
「いや、今のが最適手だったのだろう? 実際、あっさりと敗けてしまったのだしな。」
「うん、まぁ・・・・・・。」
相手に怪我をさせずに制圧するとなれば、パッと思いつくのが今の手段だ。
よく使う手だし。
それでも抵抗を続けるなら”お仕置き”コースを追加する。
「それに、実戦であれば”狡い”などという言い訳は出来ぬさ。」
「分かった。ヒノカが満足してるなら、それでいいよ。」
息を吐いて刀を納めると、後ろから声が掛けられた。
「・・・・・・じゃあ、次はわたし。」
「お姉ちゃん!? いつから見てたの!?」
「・・・・・・最初から。」
全然気付かなかった。
まぁ、いつも気を張っている訳じゃないし。
「雪のせいで皆ヒマだものね。それにしても、随分あっさり負けを諦めたのね、ヒノカ?」
「手があるなら足掻きもするがな。無意味に辱めを受けるのは御免蒙る。」
「ま、まぁ・・・・・・そうね、同感だわ。」
リーフまで・・・・・・って、その後ろからもゾロゾロと。
「みんな来てたんだね・・・・・・。まぁ、丁度いいや。卒業も近いし、卒業旅行のこと決めない?」
「ふむ、卒業旅行・・・・・・か。」
将来についてはからっきしだが、せめて直近の予定くらいは立てておきたい。
「私としては皆の故郷を見てみたいな、ってだけなんだけど・・・・・・。」
「ボク、アズマの国に行ってみたい!」
東の果てから更に海を越えた先にある島国で、ヒノカの故郷。
神が最初に創ったという言い伝えがある島だ。
「海を渡る必要があるから順番は最後になると思うけど、行くつもりだよ。」
「なら、最初は何処にするつもりなのかしら?」
「最初は・・・・・・迷宮都市でどうかな? 教員の免状が取れれば、転移魔法陣の使用申請が出せるし。」
「良いのではないか。私も行けるところまで挑んでみたい。」
「この機を逃しちゃえば、”みんなで”っていうのは難しいだろうしね。」
出来ればクリアして、良い思い出にしたいものだ。
「まぁ・・・・・・そうね。その後はどうするのよ?」
頭の中の地図に線を引きながら、リーフの問いに答える。
「位置的にはフラムのところへ行って、次にリーフ、最後にアズマの国かな。行きたい場所があればその間に挟む感じで。」
「ァ、アリスの、ところ・・・・・・は?」
「そうよ。私だってフィーの故郷へ行ってみたいわ。」
「わ、分かったよ。リーフの次に、私のところね。大きな道筋としてはこれで良いかな?」
「異論は無い。」
「それじゃあ、一応これで決まりかな。他に行きたい場所があれば早めに言ってね。道が大きく逸れるところはちょっと無理だけど。」
ただ、その条件だと目立った観光地は無さそうだ。
かと言って何処でもアリにしたら全部の国を回りたくなるしな、俺が。
「・・・・・・で、勝負は?」
「い、いや・・・・・・私はお姉ちゃんの速さに対抗出来ないんだし、やらなくても分かるでしょ?」
ヒノカやニーナ、冒険者上がりの手練の生徒なんかは上手くフィーの剣をいなしているのだが、俺には真似できそうにない。
触手で捕まえようにも、それより早く動かれたらお手上げである。
進行上に触手を置いて引っ掛けたりという手もあるが、勢いがある分それでコケたりすると危険なのだ。
「・・・・・・ぶぅ。」
頬をぷっくりと膨らませるフィー。
ご機嫌を損ねてしまったようだ。
「わ、わかったよぉ・・・・・・。」
「せっかく皆集まったのだ。ついでに稽古もしていこう。時間はたっぷりあるのだしな。」
「えぇ・・・・・・っ!?」
この後、お姉ちゃんに足腰立たなくなるまでシゴかれた。
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