178話「おさがり」

「さすが一番良い部屋なだけあって、食事も凄かったなー・・・・・・。」


 ベッドに身を横たえ、先程の食事の余韻に浸る。

 学食とかで食べられなくなったらどうしよ・・・・・・。

 いや、それはないか。俺の舌は筋金入りの庶民派だ。

 心配するなら「良いものを食べた所為で腹を壊さないか」だろう。


 心地良くウトウトしかけていると、控えめなノックの音に我に返った。


「ん・・・・・・今の音はフラムかな・・・・・・。」


 目を擦りながら扉を開けると、案の定フラムの姿。

 どうぞ、と部屋に招き入れた。


「どうしたの、フラム?」

「ぁ、あの・・・・・・これ・・・・・・。」


 彼女から小さな包みを手渡される。

 プレゼントという包装ではなく、手荷物として持って来ていたもののようだ。


「えっと・・・・・・開けても良いの?」


 コクリとフラムが頷いたのを確認し、中身を取り出してみる。


「これ・・・・・・フラムの水着?」

「そ、そのっ・・・・・・ァ、ァ、アリスが、着れるかもって・・・・・・言ってた、から・・・・・・。」


 そういやそんな事言ってたっけ。てか、前のやつ準備してたのか。

 しかし何だその「早く着て見せて!」と言いたげな目線は・・・・・・。


「ありがとう・・・・・・大きさが合うか着てみるね・・・・・・。」

「ぅ、うん・・・・・・!」


 フラムの視線を受けながら、浴室の脱衣所に入る。

 手に持った水着を広げてみると、赤いワンピースタイプ。

 胸と腰周りに小さなフリルが付いていて可愛らしい。


 これを俺が着るのか・・・・・・。

 うぅ、何だろう・・・・・・凄くイケない事をしてる気がする・・・・・・。

 グズっていても仕方ないか・・・・・・早く終わらせてしまおう。


 着ている服を脱いで適当に脱衣カゴに放り込み、水着に脚を通していく。


「大きさは・・・・・・丁度良いかな。」


 締め付けもキツくはないが、泳いでも脱げたりする心配は無いだろう。

 姿見には赤い水着を纏った美少女が映っている。

 思わず「鏡よ、鏡」と語りかけてしまいそうだ。


 ・・・・・・やっぱり気恥しいな、特にヒラヒラのは。

 どうにも”着ている”より”着せられている”感が拭えない。

 フラムを待たせる訳にもいかず、腹を決めて脱衣所の扉を開く。


「に、似合ってる、アリス・・・・・・!」


 脱衣所から出たフラムの第一声がそれだった。


「そう・・・・・・かな?」

「ぅ、うん・・・・・・すごく可愛い!」


 そんなにガン見されると更に恥ずかしいんですが・・・・・・。


「あ、ありがとう・・・・・・。それなら、海で遊ぶ時はこれを使わせてもらおうかな?」

「い、良いの・・・・・・!?」


「うん・・・・・・。」


 こんなに喜んでくれるんなら・・・・・・まぁ、悪くはないか。

 誰かのお下がりを使うのに変わりはないのだし。


「そ、それじゃあもう着替えるね! 部屋に水着でいると落ち着かないし!」


 名残惜しそうなフラムの視線を振り切り、脱衣所に戻ってさっさと服に着替える。

 脱衣所を出ると、項垂れたフラムが所在なさげに立っていた。


「夜も更けてきたし、そろそろ寝る準備をしないとね。」

「ぁ、あの・・・・・・。」


「分かってるよ。待ってるから、部屋から着替えを取って来なよ。」

「ぅ、うん・・・・・・!」


*****


 さすがスウィートルームのベッド。

 俺とフラムが並んで寝ても、まだまだスペースが余っている。

 これならニーナくらい寝相が悪くても、フラムをベッドの上から蹴落としてしまう事は無いだろう。


 部屋に残した柔らかくて小さな灯が、隣で寝るフラムの輪郭を薄らと浮かび上がらせる。


「ね、ねぇ・・・・・・アリス・・・・・・。」

「どうしたの?」


「ァ、アリスは・・・・・・卒業したら、どうする、の・・・・・・?」

「卒業したら、か・・・・・・うーん・・・・・・。」


 フラムの言葉に思わず考え込んでしまう。

 この冬休みが終われば、あっという間に春になって学院を卒業する事になるだろう。

 でも、何も考えていなかったのだ。

 ・・・・・・いや、考えないようにしていた。


 だってそうだろう?

 異世界に来てまで考えたいか?

 自分の将来なんて。


 結局のところ、”こちらでの生活には慣れたが適応出来ていない”という証左なのかもしれない。


「ご、ごめんね・・・・・・アリス。」


 黙り込んでしまった俺を怒ったとでも思ったのか、慌てて謝ってくるフラム。


「いや、違うんだよ! 別に嫌な質問だったとかじゃなくて、ホントに何も決めてないから考え込んじゃって・・・・・・。」

「そう・・・・・・なの?」


「うん。とりあえずやってみたい事はあるんだけどね。」

「やってみたい・・・・・・こと?」


「この世界を見て回りたい、かな。」

「ど、どうして? 危ない、よ・・・・・・?」


 どうして、か・・・・・・難しい質問だ。

 言ってしまえば、”冒険をしたいから”という単純明快な理由なんだが・・・・・・フラムの言いたい事もよく分かる。

 俺だって伊達にこの世界で数年暮らしてない。


 こっちの世界では、”旅”なんてのは命懸けの行為だ。

 魔物やら盗賊やらがウヨウヨしてる訳だしな。

 車でちょっと何処県のナントカ温泉まで、てのとは話が違う。


 貴族が行楽に出掛けるのだって、大金を積んだ護衛は欠かせない。

 それを、いくら冒険者の資格を持っているとは言え、年端のいかない子供が行うこと自体が無謀なのだ。


 大半の冒険者だって”無駄な冒険”はしない。

 大抵は仕事のある場所に移動して、そこを拠点に生活するだけだ。

 それを”冒険”と呼べるのかは甚だ疑問だが。


 そもそも”冒険者”という呼称は魔女たちが付けたもの。

 実態はただの日雇い労働者みたいなもんだ。夢が無ぇ。

 しかし、そんな中でも目覚ましい活躍をした冒険者の英雄譚が、娯楽の少ないこの世界に尾ひれが付いて伝播していく。

 そして、新たな”犠牲者”が生まれるのである。


「アリスは・・・・・・何処か行きたいところ、ある・・・・・・の?」

「そうだねぇ・・・・・・。まずは皆の故郷に行ってみたいかな。」


「故郷・・・・・・?」

「ヒノカのアズマの国や、リーフの生まれた村。もちろん、フラムのところも。」


「ゎ、私の・・・・・・ところ・・・・・・。」


 フラムの声色が少し沈んだ。


「えーっと・・・・・・ダメかな?」


 小さく首を横に振るフラム。

 しかしその表情が晴れる様子はない。

 話題を変えた方が良さそうだな。


「フラムはどうするの? 卒業したら。」

「わた、し・・・・・・は・・・・・・。」


 更にフラムの表情が沈んでいく。

 しまいには小さな光が頬を伝い、枕の中へ沈んでいった。


 うぅ、しまった・・・・・・。馬鹿か俺は。

 貴族の子が学院を卒業したらどうなるかなんて、決まってる事じゃないか。


「ゴ、ゴメンね・・・・・・フラム。」


 俺にはフラムを慰められるような言葉など思い浮かばず、謝ることしか出来なかった。

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